町の書店は取次によって倒産を免れている?取次から「頼んでもいない本が届く」不条理を批判しきれない業界の歪み
■取次は“悪者”か このように、取次は書籍の流通になくてはならない存在なのですが、いっぽうで、長年にわたり「嫌われ者」の立場に置かれていることも事実です。書店業界、特に「町の書店」の関係者の間では、取次に対する不満や不信感が非常に強い。なぜでしょうか? まず「配本の不公平さ」が挙げられます。世の中には、ベストセラーになることがあらかじめ確約されているような本があります。過去の例で言えば、「ハリー・ポッター」シリーズの新刊、村上春樹先生の数年ぶりの新作長篇などです。売れることがわかっているのだから、当然ながら、書店はそういう本をたくさん仕入れたい。ところが、書店があらかじめ「100冊仕入れたい」と希望を出しても、その通りの冊数が届くとは限らない。と言うか、むしろ、希望通りの冊数が届くことは滅多にないのが実情です。
新刊書の総量には初版部数という「天井」があります。すべての書店の希望を容れたくても、現実に存在している以上の本を配ることはできません。そこで取次は、書店の規模や過去の販売実績などを考慮して、店舗ごとに配本数の傾斜をつけます。この時、小さな「町の書店」より、大型書店が優遇されることは、容易に想像がつくでしょう。 すると、小さな書店の場合、お客さんから「村上春樹さんの新作、ありますか?」と聞かれて、「すみません、入荷していません」と答えざるを得ないこともある。「売りたいのに肝心の本がない」というのは、書店員にとっては実につらいことです。反対に、「頼んでいない本が送られてくる」という不満もあります。いわゆる「見計配本(みはからいはいほん)」です。
書店にはそれぞれのカラーがあります。総合書店といえども、自店に積極的に置きたいジャンルとそうでないジャンルが確かにある。そうした、個々の書店の性格を度外視して、単に「売れそうだから」と大量の本が送られてくるケースがままあります。 しかも、そうして送られてきた本が、やや偏った主張だったり、政治的な本だったりした場合、書店員はきわめて難しい判断を迫られます。棚に並べれば、「どうしてこんな本を売るのか」とお客さんから批判され、店の評判に傷をつける恐れがある。かと言って、送られてきた本を売らずにそのまま取次に返品すると、その送料は書店側が負担しなければならないことがあるのです。