- 1二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 03:47:31
- 2126/03/04(水) 03:49:33
朝になったら消すかも
なんか質問あったら答えるわ - 3二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 04:00:38
復讐って合法的なやつよな?
- 4126/03/04(水) 04:01:56
俺の人生が狂い始めたのは、親の仕事で海外に行った時から
父の仕事の都合で、8歳のときに香港に移り住んだ
行くと告げられたのは出発の1週間前で、理由は最後までよく分からなかった。父の仕事はそういうものだと、母は言った。詳しい説明はなかったけれど、決定事項だった
俺は友人にまともに挨拶もできずに香港へ旅立った
空港で見た香港は、やけに光っていた。看板も街も、湿った空気も、全部が派手で、うるさかった。日本でで育った俺には、ずっと画面の向こう側みたいな場所だった - 5二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 04:04:46
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- 6126/03/04(水) 04:06:26
言葉が分からなかった
それが一番きつかった
英語も広東語も話せない俺は、学校ではほとんど黙っていた。笑われたわけでも、いじめられたわけでもない。ただ、話しかけられない。透明なまま一日が終わる
家に帰ると、母は忙しそうにしていた
「せっかく海外に来たんだから」と言って、習い事のパンフレットを山ほど集めていた。俺は選ばされる側だったけれど、選んだ記憶はない。いつの間にか決まっていて、いつの間にか始まっていた
その中に、フィギュアスケートがあった - 7126/03/04(水) 04:08:45
もともと日本でやっていた。だから続けるのは自然な流れだった。香港にもリンクはあって、思っていたよりちゃんとしていた。氷の上だけは、少し安心できた。あそこは言葉がいらない場所だった
そこで、コーチに会った
日本語を話す人だった
それだけで、最初から特別だった
「こんにちは」と声をかけられた瞬間、胸の奥が緩んだのを覚えている。ここに来てから、両親以外で誰かが俺に日本語で話しかけてくれたのは初めてだった - 8126/03/04(水) 04:12:52
その人は、俺の話をちゃんと聞いた
学校で何があったかとか。今話して分からなかった単語はあるかとか
練習のことだけじゃなく、全部
俺はすぐに懐いた
というより、しがみついた、方が近いかもしれない
家では父は相変わらず仕事でいなくて、母は「将来」の話しかしなかった。スケートがどれだけ大事か、どれだけお金をかけているか。ガキながらに期待されているというより投資されている感覚だった
でもコーチは違った
俺ができないことより、できたことを見ていた
転んだときも、「次はどうやったら成功すると思う?」と聞いた
それが嬉しかった - 9二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 04:14:15
文章書くの上手いな
期待 - 10二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 04:17:43
そのコーチが復讐相手なん
- 11126/03/04(水) 04:21:37
九歳のとき事故に遭った
横断歩道を渡っていて車にはねられた
目を開けたとき足が動かなかった。動かそうとすると息が止まるほど痛かった
医者は難しい顔をしていた
母越しに「またスケートできる様になるか分からない」ことを聞いた
母はその日から変わった - 12二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 04:22:01
子供に手出す奴は反撃されるリスク低いの狙ってるクソ野郎だから大人になって復讐出来たの凄いな
ネットに書いてスッキリするならいいけどもししんどくなるなら途中でやめてええんやでイッチ - 13126/03/04(水) 04:25:59
- 14126/03/04(水) 04:29:53
母は毎日泣いて毎日怒っていた
「どれだけ注ぎ込んだと思ってるの」と繰り返し責められたことを今でも鮮明に思い出す
俺は黙って聞いていた。謝る理由が分からなかったけれど自分が悪いことだけは理解していて、謝るしかなかった
足が動かないのは俺のせいみたいな気がしてきた
父は入院中一度も来なかった - 15126/03/04(水) 04:33:05
- 16126/03/04(水) 04:37:19
そんな中で、コーチだけが病室に来た
花も持ってきていなかった。ただ、椅子に座って、俺の目を見ていた
「大丈夫だよ」と言ってくれた
俺が「もうジャンプ飛べないかも」と言ったときも「生きてていいのかな」と聞いたときも
「絶対治る」
「心配しなくていい」
断言だった。慰めじゃなかった
その瞬間俺の世界は決まった
コーチが言うなら、そうなんだと思った - 17126/03/04(水) 04:48:15
退院して家に戻ってから、家の中の空気は変わった
音は同じだった。テレビもついていたし、洗濯機も回っていた。でも変な緊張がずっと張りつめていた
母は俺の足を毎日見ていた
包帯を替えるたび、触れるたび、目の色が違った。心配しているというより道具の点検しているみたいだった
「今日はどうか」「昨日より動かせるか」と質問は途切れなかった
俺が少しでも痛がる素ぶりを見せると母の顔が歪んだ
だから痛みをなかったことにした
答えを間違えるといけない気がした - 18126/03/04(水) 04:53:27
夜になると、母は泣いた
最初は俺の前では泣かなかった。シャワーの音に紛れて、すすり泣く声が聞こえた。それがだんだん隠されなくなった
「全部計画通りだったのにどうして」と電話越しに誰かに叫んでいたのを聞いたことがある
それは俺に向けた言葉じゃないはずだった。でも、俺しか聞いていなかった
父は相変わらず家にいなかった。電話はかかってきていたのかもしれないけど、俺は知らない。父の声を聞いた記憶がない
ある日、母が言った
「あなたにどれだけ捧げたか分かってる?」
俺は黙っていた
分かっていると言うべきなのか、分からないと言うべきなのか、判断がつかなかった - 19126/03/04(水) 04:57:03
「環境も整えて」「時間もお金も」
言葉が、積み上がっていった
それは責める声じゃなくて漏れ出した呪いのように思えた
事故のことを母は不運だとは言わなかった
間違いだった
「なんであの日、あそこを渡ったの」と何度も叱られた
俺は母の顔が浮かぶから自分の足を見るのが怖くなった - 20二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 04:58:01
コーチもだが親も最悪だな
1に非なんかないのに - 21126/03/04(水) 05:04:29
母は眠らなくなった
夜中にキッチンの電気がついていることが増えた。
何かを片付けている音がした。引き出しを開けたり閉めたり、同じ場所を何度も
ある朝、母は俺を呼ばなかった
学校に行く時間を過ぎても部屋が静かだった
リビングのドアを開けたとき母は床に座っていた
包丁を握りしめて、意味の分からないことを繰り返し呟いていた
俺は動けなかった。体が言うことをきかなかった
その後のことは記憶が途切れ途切れで、母は病院に入ったと後で聞いた
母の代わりに家事をする知らない女の人が出入りするようになって、まるで最初から母がいなかったみたいに塗り替えられる家が恐ろしくて仕方がなかった - 22二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 05:08:24
ヒェッ…
- 23二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 05:12:48
海外在住だったりフィギュアスケートだったり金持ちっぽいのに何でこんなハードな環境になってるんだ…
- 24二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 05:14:14
この時点でコーチが1番マシな人間に見えるのに全部グルーミングでこの後性犯罪やるの怖くない?
- 25二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 06:46:09
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- 26二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 06:52:24
このレスは削除されています
- 27二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 07:28:03
フィギュアってどれくらい上手かったの?
得意な技とかあった? - 28二次元好きの匿名さん26/03/04(水) 10:20:13
母親も大概極限状態で子育てしてたからこんなことになったんかな
これ全部父親が悪いのでは???? - 29126/03/04(水) 11:30:24
- 30126/03/04(水) 11:31:37
母は帰ってこなかった
母がいなくなってから家に帰る理由が減った
レッスンの時間以外でもコーチと過ごす時間が増えた
最初はリハビリの様子を見るためだったと思う
理由はいくらでもあった
迎えにくるの車の中で「今日はどうだった?」そう聞かれることが何よりも嬉しかった
コーチの家は整っていた
散らかっていないし生活感も薄かった
物の置き場所が決まっていて余計なものがなかった
足が痛いと言うとコーチはマッサージをしてくれた
触り方は慣れていて迷いがなかったから身を任せた
医者や理学療法士と同じだと思っていた
泊まっていくことも増えた
「遅くなったから」次は「明日も早いから」
家に連絡を入れる必要もなかった
父は何も言わなかった - 31126/03/04(水) 11:32:39
「ちゃんと治るよ」と寝る前に言われると足の痛みが軽くなった気がした
本当かどうかじゃない。そう思えたことが救いだった
俺はコーチの顔色を見るようになった
機嫌がいい日は安心したし疲れている日は静かにしていた
嫌われたくなかった失くしたくなかった
ここを失ったら俺には戻る場所がなかった
学校のことより家のことより今日はコーチに会えるかが一日の基準になった
最初に変わったのは言い方だった
「これは、貴方にだけ話すことなんだけど」と
そう言われたとき、俺は少しだけ誇らしかった
内容はコーチの昔のこととか、他の生徒への悪口とかだった
特別な話を共有されている。信頼されている。そう思った
「誰にも言わないで」という一言が俺を特別にした
それまでは何かあれば全て母に話していた
母がいなくなってからは誰に話せばいいのか分からなかった
だから話すなと言われるのは楽だった
日に日に俺はコーチの秘密をたくさん知っていった