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半導体の常識を覆すために—ホンダが「土台」から作り直す理由

皆さん、こんにちは。HGRX半導体ドメインの小森 健太郎(こもり けんたろう)です。同じく半導体を手掛ける志波 義勝(しわ よしかつ)とともに、さまざまな企業と協業してHonda独自の半導体を作り上げるべく、日々世界中を巡っています。

クルマが作れない。
コロナ禍の半導体不足は、そんな“製造業の根っこ”を揺るがしました。

けれど本当の問題は、単なる半導体不足だけではありませんでした。クルマ業界の常識が、半導体の世界では通じない——その現実が、Hondaの中に「土台から作り直す」という発想を呼び込みます。

僕たちの役割は、特定のデバイスを選ぶことでも、流行りの技術を追いかけることでもありません。Hondaの将来の価値を成立させるために、半導体をめぐる課題を捉え直し、「どこを握るべきか」「どうつなぐべきか」を決めていく仕事です。

先日発表されたMythic社との共同研究も、その仕事の一つ。志波と2人で、これまでの歩みを振り返ります。

半導体不足が突きつけた“常識を覆せ”

志波:僕はエンジン開発をやってきた技術者です。エンジン開発そのものもやったし、「どうやって,開発の質と効率を向上させるか!?」など,裏方の地道な研究テーマも推進していました。

小森:僕は材料畑でいながら、新しい機能デバイス研究も手掛けてきた。ブレーキの材料をやったり、DLC(Diamond-Like-Carbon)というカーボンによるコーティングを初めて量産部品に使い、それでレース部品にも貢献した。ほかにも、NSXで使うMR(Magneto-rheological:磁気粘性流体)ダンパーを改良したりも。ざっくり言うと、エンジン・駆動系からシャシー系まで、ずっと「自分で作って、自分で確かめて、自分で次の仮説を立てる」みたいな動き方でした。

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(左から)小森 健太郎、志波 義勝

志波:そういう意味だと、僕も近いかもしれないな。組織の中にいるけど、感覚としては“1人で責任を持って、黙々とやる”時間が長かった。

小森:ずっと「1人ベンチャー」みたいな動き方で、テーマを自分で拾って、自分で動いて、周りをちょっとずつ巻き込んでいく。個人プロジェクトを積み上げて、その場で協力していただける仲間を増やしてきたようなキャリアだった。

志波:で、その2人が「半導体」で同じ場所に呼ばれることになる。きっかけは、やっぱりコロナ禍の半導体不足。クルマが作れなくなった。そのとき痛感したのが、調達の常識が根本的に違うってことでしたね。

小森:それまでの自動車業界の感覚だった「必要になったら買う」が通じない。

志波:スマホやPC業界は2〜3年先を見据え、数億個単位で半導体を調達していると言われている。その一方で、コロナ禍前のクルマ業界は、スマホやPC業界の様な数年先を見越した数の調達は行っていなかった。

小森:そのギャップが、そのまま“クルマが作れない”に直結した。

志波:だから、「半導体をどうするか」以前に、調達の考え方ややり方そのものを変えないと解消しないと思ったんだよね。

小森:僕は、もう少し前から別の危機感があって。

「電動化・知能化って言っているのに、なんで半導体を自分たちで研究開発していないんだ!」と。それを2017〜2018年くらいから何回か提案していました。でも当時は「なんでHondaが半導体をやるの?」っていう反応が多かった。

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志波:それまではどうしても「買う部品」になりがちだったから。でも半導体不足で空気が変わって、「やらないとまずいっ!!」になった。

小森:僕が提案した資料を、大津さん(本田技術研究所社長)と小川さん(HGRX所長)が見たんでしょうね。突然、「この日に会議室に来い」って言われて向かったら、タスクフォースが結成されていた。そこで初めて志波さんと一緒になったんだよね。

志波:当初のタスクフォースは、 “足元の問題”である「半導体不足をどうやって解決するか?」に対して、調達のやり方を中心に考えていた。みんなのアイデアと実行力で当面の課題を解決できる確信はあった。

ただ、僕の中ではずっと危機感があって。足元の問題は解決するが、将来、同じ問題が発生した際に、対応できるのか?新たな技術を開発する技術者として、調達のやり方だけ変えれば良いのか!?と。

小森:「これだと結局、今まで通り買ってくるのと、やっていることが同じになっちゃうな」って。当時自分が考えていたニューロモルフィック(脳の神経回路の仕組みを模倣した情報処理技術)を含め、技術戦略を見直し、提示し直そうとしたんです。志波さんも同じ疑問を感じているだろうなと思って、一緒にやることに。

志波:危機感の方向が揃っていたんだよね。「このままじゃHondaのやりたいことが成立しない」って。そして、小川さんが小森さんを導いたように、僕もエンジン開発時代の先輩だったある役員が気持ちを察してくれて、この道に導き、背中を強烈に押してくれた。

小森:あとで分かったんだけど、実は僕ら同期だったんだよね。それまでずっと敬語だったのに、そこで初めて「え、同期かよ」って(笑)。

志波:そういう出会い方をした2人が、いま次世代の半導体研究を進めているし、海外の企業やベンチャーと共同研究を行っている。だから、この話は、単純に「半導体を作ってやるぞ!」っていうものではないんだよね。僕らが向き合っているのは、“半導体そのもの”だけではなくて、Hondaが未来でやりたいこと、実現したいことを、成立させるために必要な技術であり、土台である。

小森:その土台を作るには、外から技術を“調べる”、“集める”だけじゃ足りない。自分たちが目指す方向を決めて、その方向に必要な技術と仲間を、ちゃんと呼び込んでいかなければならない。

性能だけでは載らない 複雑な成立条件

志波:その“土台”というのは、技術の話でもあるし、採算の話でもある。

小森:そう。知能化が進むほど、クルマは半導体の塊のようになる。でも、そこで本当に怖いのは、「高い」「手に入らない」「中身が見えない」となってしまうこと。性能が良いだけではダメで、量産できる、廉価である、必要な数を継続して確保できる、しかもブラックボックスにならないこと。

志波:ブラックボックスって、単に中身が分からないだけじゃなくて、こっちが改善できないってことだから。

小森:クルマって、品質・機能安全・検証も含めて、“やり切る”世界。そこが握れないと、技術としてはできてもビジネスとして成立しない。

志波:あともう一つ、ここに電力消費の問題が乗ってくる。AIの計算能力を上げようとすると、消費電力が上がる。そうすると熱が出て、冷やす必要が出て、電源も強化が必要になる。クルマには、その“余裕”が大きくない。

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小森:航続距離、搭載スペース、コストに跳ね返ってしまう。要するに、電力を食う半導体では、クルマの設計が成り立たない。

志波:だから「速い」だけじゃなくて、電力をどう抑えるかが成立条件になる。

小森:ここが、いままでの半導体の常識とぶつかるところなんだよね。チップ単体で勝っても意味がない。チップの上でAIを動かすなら、ソフトも要るし、設計の道具も要るし、評価の仕組みも要る。それぞれの“点”を全部つなげて“線”にしなければ。

志波:その線が、価格・供給・検証・電力…全部を満たして、初めてビジネスになる。

小森:まさに、今までの常識を覆さないと成立しない場所。電力も、コストも、ブラックボックスも。全部をひっくり返して、「こういう半導体ならクルマに載せられる」っていう土台を作りたい。

志波:それができたら、クルマ側の自由度が変わる。

小森:そう。情熱としてはシンプルで、“今までの常識を覆す半導体を作りたい”っていう、それだけなんだよね。だから、技術を探索するときも、ただ調べるだけではなくて、「それをHondaに実装するなら、どこを自分で握るべきか」まで考える。

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志波:それで言うと、僕はエンジンやシャシー部門がやってきた“機能開発”の感覚が効いていると思う。クルマは、自社で開発する部品もあれば、要求仕様をお取引様に提示して、開発・納品してもらうやり方もある。でも、エンジンやシャシー部門は昔から、作りたい機能のメカニズムから踏み込んで「お取引様と一緒に機能を作る」こともやってきた。半導体も同じで、買って終わりじゃない。

小森:日本の半導体が弱くなった理由って、僕はそこにあると思っているんだよね。欧米は「何をやりたいか」を実現するために半導体を作る。日本はいつの間にか「半導体を作るために半導体を作る」になってしまっていたのではないかって。

志波:性能などの数字はすごいけど、「それで何ができるの?」は弱い。また、実現したいことに対して、その機能の振る舞いが合致しているのか分からない。

未知の領域では、既存の評価軸が役に立たないこともあるから、そこを自分の目で観察して、判断して、次の一手を決める。

小森:僕らのゴールは、半導体の専門家であることじゃないんだよね。

志波:Hondaの未来のために「どういう点を、どんな線でつないでいくか」を決める仕事、と言えるかな。

半導体ムラ(村)に入ってつながった“線”

小森:この「線」をつなぐ仕事って、言うのは簡単なんだけど、実現するのは難しい。半導体は、結局、外とつながらないと作れない。作る技術だけじゃなくて、設計の道具も、エコシステムも、人のネットワークも全部セット。他の技術でも”〇〇ムラ”と呼ばれるつながりがあるけど、半導体の世界でも、企業の枠組みを超えた、業界独自のネットワークがある。

志波:だから僕らは、「半導体ムラ」に入っていった。シリコンバレーを中心とした、大小さまざまな企業の人たちと会ってネットワークを作っていった。

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小森:ムラに入って、この業界の流儀ごと理解しないと議論の入口に立てないからね。技術そのものだけじゃなくて、設計のやり方、評価の文化、意思決定のスピード、情報の回り方——そういう“前提”が共有されている世界。

志波:逆に言うと、前提が揃うと議論が一気に早くなる。数字の良し悪しだけじゃなくて、「それ、量産は?」「供給は?」「ソフトは?」「検証は?」って、線で話せるようになる。

小森:しかも、「技術」だけじゃなくて「人」が動く。ベンチャーにいた人が、翌年には大手企業の役員室にいて、その人経由で話が繋がっていくなんていうことも多い。

志波:自動車のサプライチェーンの感覚だと、ちょっと信じられない。

小森:その中で、僕らが最初にやったのは、土台づくり。以前noteにも登場してくれたCadenceだね

志波:CadenceはEDA(半導体を設計するための開発ツール)を提供している会社で、世界でも限られたプレイヤー。だからまず、こちら側の“土台”と“プラットフォーム”を作るという意味で、きちんとお取引をさせていただいた。

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小森:その上で、僕の中では裏でずっと思っていたことがあって。ニューロモルフィックとかアナログ積算みたいな領域って、「面白いよね」とは言われるけど、ほとんどの人が「実現は難しいでしょ」で終わる。そこに、うちは突っ込みたいと思ったんだ。

志波:だから、“半導体ムラ”に一緒にやれる企業を探しているって投げかけた。

小森:「チャンスがあれば共同研究もするし、場合によっては出資もしたい」という話も、1社1社ちゃんと伝えて聞いてみた。実際に数社とは会うことになったんだけど、そのスピードがとにかく早い世界で。実際、会う前日に買収されちゃって、当日にもう会えない、なんてことも普通に起きた(笑)。

志波:それで、結局数社と会って、各社の技術内容を聞いて回ったよね。実際に会ってみると分かることが多い。

小森:プレゼン資料では良いことを謳っていても、ソフトが追いついてないとか、量産の話になると急に弱いとか、IP(知的財産権)の考え方が合わないとか。

志波:その数社の中で、「これは違う」も見えたし、「これはいける」も見えた。

小森:そう。そして、その“いける”側にいたのが、今回共同開発を発表したMythicだった。

志波:素晴らしい出会いだったと思う。

小森:まず、ストーリーが一致していた。僕が社内向けに作っていた戦略資料と、彼らが提案してきた内容が、ほぼ同じだったんだよね。

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志波:横でみんなアイコンタクトしていたよね。「これだ!」って。僕はあの場で、「この話が“実現可能な話”なのか、“風呂敷を広げているだけの話”なのか」を必死に見ていた。

小森:まさに“点”じゃなくて“線”。一発の性能だけじゃなくて、電力、コスト、供給などを含めた成立条件まで持っているかどうか。その条件を頭に置いたまま聞くと、相手の説明の薄いところがすぐ見える。

志波:で、Mythicはそこが違った。

小森:まず「チップ単体」じゃなくて、チップの上でAIを動かす技術を有していた。

志波:AI半導体って、半導体であるハードウェアと半導体上でAIを動かすためのソフトウェアが必要になる。例えば,NVIDIAはGPUだけじゃなく、CUDAというソフトも持っている。半導体上で動かくAIの開発やコンパイルなど、幅広いエコシステムを持っている。

小森:Mythicは「ハード」と「ソフト」を両方持っていて、しかも組み合わせて動かした結果を持ってきた。プレゼンのうまさじゃなくて、現場・現物・現実の匂いがあった。

志波:それと同時に、僕らの“動き方”が変わったよね。

小森:そこからは「面白いですね」で終わらせずに、一緒に作る前提の問いを投げるフェーズになる。

志波:具体的には、「それ、車載で成立させるならどこがボトルネックになる?」とかね。

小森:そして、最後の重要な条件も彼らは快くOKしてくれた。

志波:「IPにアクセスできる形にしてくれ」って話だね。

小森:誤解されがちだけど、僕らは“部品”が欲しいわけじゃないんだよね。チップがブラックボックスのままだと、結局「部品買い」と同じになる。中身が分からないと、改善できない。検証もできない。

志波:僕らは“今までの常識を覆す半導体”を作りたい側だから、ここが通じないと協業じゃない。Mythicはそこが通じた。「そこまで思いが一緒なら」って。

現場・現物・現実で確かめ、新たな基準を作っていく

小森:でも、Hondaって面白い会社だよね。エンジンや材料をやっていた僕たちが、半導体を手掛けている。しかも、世界中にいるトップの技術者たちと会話して本質を見抜く仕事。

志波:半導体って専門知識がないと見抜けない、って思われがちだけど。

小森:もちろん勉強は要るけど、見抜く芯は——物理と数学と、自分で疑う姿勢だよね。

志波:それって結局、Hondaフィロソフィーにある三現主義、現場・現物・現実なんだと思う。机上の説明だけで判断しない。現場を見て、現物に触れて、現実として成立するかで判断する。その目があるから、会社の大小で判断しなくなる。

また、ムラに入って直接会話することで、改めて自分達を見つめ直すきっかけにもなる。例えば、Hondaの製品に対して、性能や品質に絶大な信頼を寄せてくれていることや、F1に代表されるHondaのチャレンジ・スピリットへのリスペクトといった部分。ちなみに、シリコンバレーで我々2人は、良い意味で「クレイジー」とか「ロックスター」って言われているね(笑)。

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小森:大企業だから正しい、小さいから怪しい、じゃない。その会社がやっていることが正しいのか、Hondaと合うのか。そこだけ。

志波:だから、Cadenceのようなビッグネームともやるし、Mythicのようなベンチャーともできる。

小森:技術の前では人は平等っていう感覚で、最初から本音で話しに行けるのがHonda流だね。形式やスタイルなんて気にせず、土足で入り込むというHonda流。でも半導ムラはそれを受け入れてくれた。

志波:ただ、そういう動き方って、マニュアル通りに「決められたことをやる」ことを仕事にしている人には、正直しんどいかもしれない。でも僕らは、マニュアルはあって然るべきだと思いつつ、常にそれを改善したり更新したり、場合によっては取っ払って新しいルールを作ったり——そういうことをずっとやってきた。

小森:もちろん、マニュアル通りにやる人も必要。でも、我々HGRXは、“先進技術”研究所。ないもの、できないことを技術でできるようにする場所だから。

志波:だから結局、自分の中に「何が正しいか」の基準を作ることが大事になる。「この技術はこういう道筋で進めればできるはずだ」っていう最適ルートを自分で作ること。最適ルートから外れたら,何故外れたのか?を考えて補正する。時には基準そのものを変える。

技術を作るとき、最後は当然、材料力学とか熱力学みたいな学問で“結果”を判断するけど、それだけじゃない。「どう進めば、無駄なく、メンバー全員が目指すゴールに辿り着けるのか?」っていうストーリー構成も必要なんだよね。

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小森:社内の反応も、どんどん変わってきた。

志波:システムの価格が高い、性能が出ない、消費電力が大きい——そういう現実に直面している人は、「将来それを改善する活動なんだね」と、我々の活動を理解してくれている。

小森:「もっと早く出してよ」って言われることも増えてきたね。

志波:そういう激励が増えて、Hondaの中でも「半導体が重要」って認識が広がってきている。

小森:最初から100人中90人が賛成するなら、それはもう一般論だもんね。イノベーションじゃない。

志波:最初は1人とか、せいぜい1〜2人から始まる。

小森:僕らも最初は別々に動いていた。

志波:でも、1人が2人になって、組織ができて、ドメインになって、仲間が増えていく。

小森:社内も、社外のパートナーも含めてね。走り始めている。

志波:仲間が増えると、線が現実になっていく。「無理だよね」で終わっていた常識を、ひっくり返せる側に回れるはず。

小森:今までの常識を覆す半導体を、現実にしていくその日まで。

志波:自動車業界は今日、100年に一度の難局を迎えていると言われて久しい。Hondaも第二の創業期と言える局面を迎えている。

この活動は将来、Hondaが提供したい価値や目指す姿に向けた「新たな創業」。技術者としてやり甲斐のある挑戦なのは間違いない。やり切りましょう!

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