昼から飲んで、朝5時起き……酒場ライター・パリッコさんは、自らレーベルを立ち上げたミュージシャン
デイリーポータルZのライター、パリッコさんは「異常にお酒を飲んでいる」と自認する。
飲む量はすごいが、遅くまで飲み歩いているわけではない。朝5時に起きて働き、家事や育児もこなし、夜9時に寝る。ただ、昼から飲んでいるだけだ。
フリーライター・イラストレーターとして身を立てているが、本当は「音楽」で食べていきたかったと話す。20代でレコードレーベルを立ち上げ、オリジナルのレコードや楽曲を数多く世に出してきた。
パリッコさんの飲酒スケジュールとγGPT値は? どんな音楽を作ってきたのか? 昼間から、チューハイ片手に聞いた。
(聞き手:林雄司/岡田有花 構成:岡田有花 イラスト/林雄司 写真/石川大樹/林雄司)
5時起きで原稿……昼から飲み、9時に寝る
林:パリッコさんの1日の飲酒スケジュールを聞きたくて。つまみを作って飲んでいる記事も多いし、外で飲む機会も多いと思うんですが……でも、早起きですよね?
パリッコ:そうですね。朝に仕事するときは、5時くらいに起きて家で記事を書き始めます。3000文字ぐらいの原稿を1時間ぐらいで仕上げて、6時ぐらいから家事をして。
林:朝の1時間で1本書けるんですか?
パリッコ:慣れた原稿は、1~2時間ぐらいで3000文字書きますね。
林:早い! その後、娘さんを小学校に送り出して戻ってきて。
パリッコ:8時ごろから自分の時間になるので、仕事場に移ってもう1本書いたり。お昼ぐらいに、企画の料理を作って撮影しながら食べるみたいな感じです。
林:その時点で飲んでは……。
パリッコ:お酒に合いそうだったら、昼から飲んじゃいますね。外食の連載もやっているので、「今日外に食べに行かないとネタがないな」という時は外で飲みます。
林:酔っ払っていると、変なこと書いてたりしません? 変なメールを送っちゃったりとか。
パリッコ:意外と大丈夫ですね。
岡田 パリッコさん、記事の食べ物の写真がすごくきれいなんですけど、昼に自然光で撮っているからか!
パリッコ:それはありますね。中古のカメラでオート設定で撮ってるだけですし。
林:その後、夕方にお子さんが帰ってきて、夜ごはんを作って……。
パリッコ:そうですね。夕方から晩ご飯の買い出しと料理をして。あ、もちろん家事は妻と分担してますよ。料理や買い物は好きなので、僕が買って出ることが多いという。その後は、飲みながらできるイラストの仕事を、iPadでやったり。
常に食卓でパソコンかiPadを広げて、朝から晩まで何かしらやってる。お酒も仕事も好きで、仕事が半分趣味みたいだから、境目が曖昧になっちゃってて。
娘に「ゲームやろう!」とか言われると、「いや、それもいいけど、できればゲームより楽しい仕事がしたいんだけど」みたいな。
岡田:好きが仕事になってる。誰もが憧れる生活に見えます。
パリッコ:僕もありがたいと思います。楽しいから。
林:夜はいつまで仕事してるんですか?
パリッコ:早いですよ。9時とかには寝たいんで。
岡田:そして朝5時に起きる。超健康的だ。飲み過ぎている以外は。
異常にお酒を飲んでいます
林:パリッコさんは常に飲んでるイメージがあります。
パリッコ:たしかに異常にお酒を飲んでいますね。強いとかどうこうは別として、こんなに時間とか見境なく飲んでるやついないだろうぐらいに飲んでます。やばいです。
岡田:毎日どれぐらい飲んでるんですか?
パリッコ:家では甲類焼酎を炭酸で割ったチューハイを飲んでることが多いんですけど、それで4、5杯とかかな?。外に飲みにも行きますからね。この間も関西に3泊4日行って、居酒屋16軒まわりました。いいネタがたまるんですよね。
林:あとで原稿にするから、ちゃんと覚えてるんですよね?
パリッコ:覚えてないですよ(笑)。覚えてない店は書かない。
林:二日酔いはないんですか?
パリッコ:あんまりないんですね。体質なのかな。
岡田:γGTP値は?
パリッコ: 一般の人からしたら悪いけど、やばい人からしたら良いぐらいですよ。
オードリーの若林が高校の同級生 隣の席だったこともある
林:パリッコさんって、ミュージシャン経験もありますよね。酒場ライターになるまで、どんな人生を歩んできたんですか? 生まれは私と同じ練馬で……。
パリッコ:はい、1978年、昭和53年生まれ。練馬区の大泉小、大泉中でした。今もその近くに住んでいます。
林:ドラマみたいなシンプルな学歴ですね。小中ではどんなことを?
パリッコ:漫画を描くのが一番好きでした。どこかに発表したりということもなく、漫画を模写して友達に見せる程度ですが。あと小学校にブラスバンド部があって、そこでトランペットやってました。
林:高校はどこだったんですか。
パリッコ:日大二高です。JR中央線・荻窪からちょっと上がっていったところにある。
林:西武線と荻窪の間ぐらいの……あれ? オードリーの出身校じゃないですか?
パリッコ:そうです。若林くんとは隣の席だったことがあります。高2の時。
林:間違ってたらオードリーにパリッコさんがいたかも。
パリッコ:いやいや……向こうが覚えてるかわかんないですけど、若林くんは、学校では「一番面白いやつ」って有名だったから、僕はよく印象に残っています。とにかく面白くて「お笑い芸人になる」って昔から言っていました。
隣の席だったことがあるぐらいで、接点はあんまりなかったです。前にオードリーが日大二高に凱旋するテレビ企画があって、「当時の先生、まだいるんだ~」って感動したのは印象深いです。
電気グルーヴにハマり、ミュージシャン「パリッコ」誕生
林:音楽は高校生で始めたんですか?
パリッコ:はい。その頃、電気グルーヴにハマりまくって。「VITAMIN」っていうアルバムがちょうどリアルタイムだったんですが、リズムとメロディだけで、歌が入ってないのが衝撃で。ハマったんですよね、友達と。
その頃にローランドの「MC-303」っていう機材が出て、買いました。それ以前は、電子音楽を作るには、シーケンサーとサンプラーとシンセサイザーを全部買って、繋げる必要があったんですが、サンプラー以外が1台になったのが「MC-303」。高校生から30代ぐらいまではずっと音楽を作って頑張っていました。
高校のころは発表する場がなかったので、カセットテープに作った曲を10曲ぐらい録音して、アルバムとして友達に聴かせていました。
その時、石野卓球みたいな変な名前を自分もつけたいなと思って。ちょうど家の台所にきゅうりの漬物「パリッコ」が置いてあったから、それにしたんです。結構年季が入った名前です。
林:お酒とは関係ないんですね。いい名前。
「男女別学」という生殺し
林:日大二高って、男子校でしたっけ?
パリッコ:「男女別学」っていう生殺しの高校でした。男女別に敷地が分かれていて、男子校なのに見える場所には女子高生がいた。でも恋愛とかは全くない。
林:女子と一緒になることはあるんですか? 食堂とか運動会とか。
パリッコ:文化祭か何かで係をやらされた時、女子と男子が一同に会することがあって、本当に緊張しましたね。
女子生徒と何しゃべっていいかわかんないから、「あー、ねみーわ」とか言って。「本当はもっと喋ったりするんだけど、頭回んねー」みたいな雰囲気を出してました。
今でもすごく覚えてるんですが、その時フランクな女子が、自分が飲んだペットボトルのお茶を「飲む?」って差し出してきたんですよ!
僕がすごい喉が渇いた素振りを見せたわけじゃないのに……あんな衝撃は後にも先にもないですね。
林:そういうのって本当に覚えてますよね。かっこよく受け取れたらいいんだけど……。去年の紅白で、米津玄師がダンサーからマイクをパッと受け取ってかっこよく決めたみたいな動き。
パリッコ:慣れていないと、とっさの判断でミスるやつ。
林:もう一回人生を巻き戻してやってみたい。女子が口付けたドリンクをもらって自然に飲むって、人生にはなかったから。
……こういう話って年取るとしなくなったんで、今すごい新鮮です。
大学時代にレーベル立ち上げ
林:高校卒業後、日大に入った。
パリッコ:はい、日本大学経済学部。水道橋にありました。軽音部みたいなのに入ったら、いろいろな音楽をやってる人がいて。電気グルーヴの真似事みたいなのも面白がってもらえ、居心地が良かったですね。
かっこいいテクノミュージックというよりは、面白いサンプリング音を乗せる音楽をやっていたら、「ナードコア」という、当時カルト的に人気があったシーンと音楽性が被っていたようで、そのジャンルの一人として、いろいろなライブに呼ばれるようになりました。
在学中の2001年に、気の合う友達とレコードレーベルを始めました。DJイオという、少し年上の社会人の友人で。彼はもう亡くなってしまったんですが。当時としては珍しく、CDじゃなくてレコードを出したんですよね。
「LBT」というレーベルでした。もともと「LOVE BEER TRAX」(ラブ ビア トラックス)っていう名前で、レーベル面に某ビール会社のロゴを模した絵を入れていたら、その会社にちょっと怒られて、LBTに変えました。
その後は「音楽こそが人生」みたいな感じで、30代ぐらいまでやってました。
岡田:レーベルって何ですか? 自費出版で、レコードを出すブランドみたいな?
パリッコ:そんな感じです。自分の曲だけでなく、曲を作る同好の人たちが集まって「こいつの曲を出そうぜ」「今度はこんなレコードを出そう」と企画して、マスター音源を作って、レコードの工場にプレスを発注して……。
マスター音源作りは気を使いましたね。自分の曲は、当時一番高いCD-Rを買ってきてそれに焼いて、それを納めていました。ジャケットデザインもほぼ僕がやってました。版下を作って入稿して。
音楽を続けながら、ピンク広告のデザイナーに
林:新卒で就職されたんですよね。
パリッコ:はい。大学は4年で出たんですが、サボりまくってたので、4年で卒業できるとはとても思ってなくて、就活してなかったんです。
でも「ギリギリで単位足りてるっぽいぞ」みたいなことになって、卒業直前の3月ぐらいに慌てて就職雑誌を見て、一社面接を受けに行きました。広告代理店のデザイナー募集、みたいな。
同い年の3人が一緒に面接を受けたんですけど、豪快社長みたいな人が「お前ら、4月から全員来い!」とか言って。
募集要項にはちゃんと載ってなかったんですが、ピンク業界の広告を主に扱っているところで。風俗関連情報の写真とかデータをもらって、PhotoshopとIllustratorで編集していました。よくPCがフリーズしましたね。
当時の激荒いプリクラで撮った女性の写真が素材として送られてきて、どうすんだこれって。それを、顔の輪郭なんかもう無視してトリミングして、とにかく綺麗に見えるように加工して広告にデザインする、みたいな仕事が多かったです。
毎晩のように同僚と飲みに行って上司の愚痴を言う、みたいな普通の社会生活でした。3年弱、超ブラックで働きました。2002年から2005年ぐらいですかね。
その頃、高円寺の友達のマンションが溜まり場みたいになってたんですよね。行ったら誰かいて、飲んでる。僕は大泉の実家から東新宿の会社で仕事して、終わったら高円寺の友達の家に行って朝までまた飲んで仕事に行く、みたいなことをしていました。青春っぽい感じでしたね。
働きながらレーベルも続けていましたが、音楽活動は全然お金にならなかった。本気で音楽で食っていきたいと思ってたんですけどね、当時は。
矢沢永吉にインタビューしたフリーペーパー時代
林:フリーペーパーの編集部で働いていたのは、その後?
パリッコ:はい。最初の会社を辞めた後、1年ぐらいフラフラして、「そろそろ働かなきゃ」と思って、バイト雑誌で見つけた、とあるマイナーな音楽フリーペーパーを作る仕事に就き、長く勤めさせてもらいました。
2カ月に1回発行のフリーペーパーで、僕はデザインやレイアウトを担当していました。でも人が少ないから「インタビューしてみない?」って当時の編集長に言われて、取材や執筆もやることになり。ライターという仕事があると学ばせてもらいました。
いろんなミュージシャンにインタビューさせてもらって。一番のビッグネームだと矢沢永吉さんとか。事務所の一室の呼ばれて。30分ぐらい一対一で話したのかな。
林 永ちゃん、どうでした?
パリッコ: 男が惚れる男でした。タブーと言われる話もしてくれるんですよ。原稿に使えないのはお互い分かってるんですけど、打ち明けてくれると「心を開いてくれてるのか」って思わされて。他に記憶に残ってるのは岡本真夜さんですね。どこの馬の骨ともわからないライターの僕に対しても、めちゃくちゃ真剣に向き合って話してくれていた印象で。
林: その仕事は、10数年続いたと。
パリッコ: はい。定時で働けて、勤務時間外は自由だったので、副業としてライターを始めました。
「大衆酒場ベスト1000」で酒場ライターデビュー
パリッコ: 友達が「ピコピコカルチャージャパン」っていう読み物サイトを始めて。僕にも「なんか書いてよ」って言われたのが最初でした。無償ですけどね、その時は。
書き続けられそうなネタを考えて、「その週に行った居酒屋の記録みたいなのだったら書けるかな」と思って「大衆酒場ベスト1000」っていう連載を始めました。
林:1000店も選ぶの?
パリッコ:いや「ベスト10」「ベスト100」とかじゃなくて「1000」だから、「甲乙つける気がない」っていう意味のタイトルです。
岡田:「行った居酒屋全部」ってことですね。
パリッコ :その連載が100回を超えたあたりで、「いつも楽しみにしてます」と反響が来るようになったり、仕事として「記事を書きませんか」とオファーが来たりしだして。それの積み重ねで今に至っています。
林:ライターとしての成功物語ですね。
パリッコ: そうですね……。僕はライターになりたいとも思ってなかったし、居酒屋のことを書く人になりたいとも思ってなかったですけど、完全に流れで今の位置にいるっていうだけの人間なんです。
林:でも「音楽評じゃなくて居酒屋について書こう」と決めたのはご自身なんですね。
パリッコ:音楽だと真面目になっちゃいますし。お酒はずっと好きだったのと、大学ぐらいから東海林さだおさんを読みまくって、「エッセイを書いてみたい」という気持ちはあったのかもしれないですね。
林: 音楽業界出身のライターって、すごくちゃんとした原稿を書いてくれる気がするんです。
パリッコ: 僕は普通の記事しか書けないから、変なことを書ける人にコンプレックスを感じますよ。トルーさんの記事を見て「なんで俺、こんなに普通のこと書いてんの」って思いますもん。
岡田: いやあ……普通の人は、パンに刺身を乗っけないと思いますよ。
パリッコ :凡人の発想ですよ。トルーさんなら思いついても、「普通すぎる」って即、却下するんじゃないかな。
林: パリッコさんは文章が話し言葉で読みやすいし、食べ物で変な組み合わせを試しても、ちゃんと美味しく着地する安心感があります。料理スキルのない人だと「まずくなるからやめなよ」って言うんですけど、パリッコさんなら大丈夫。
音楽は天才だと思ってる
林: パリッコさんがデイリーに書き始めた2017年は、まだ会社員だったんですね。
パリッコ そうです。最初の記事は、「会社と逆方向の電車に乗って、どこか遠くへ行ってしまいたい……」を実行した「出勤前に秩父旅行」でしたし。
「いつかフリーになってやるぞ」とは全く思っておらず、成り行きだったんです。副業がだんだん大きくなってきて、収入が本業を少し上回ってきたころ、会社の調子も悪くなったりして40歳で辞めて独立しました。
今でもライターとかイラストの仕事はあまり上手だと思ってなくて。ただ、音楽を作ることに関してはいまだに、天才なんじゃないか?と思ってるんですけど、誰も認めてくれなかったですね。
林 : パリッコさんの音源は、どこで聞けるんですか?
パリッコ Bandcamp(インディーズ音楽の配信・販売プラットフォーム)とか。かっこいいですよマジで。
代表作は「ALCOHOLIC TUNES」。タイトルからアル中ですけど。
林 : 声もパリッコさんがボコーダー通して録音してる。全然素人っぽくないし、すごくまとまってて、かっこいい!
こういうのって売れると売れないのってどこが違うんでしょうね。
パリッコ: う〜ん、実はあんまり良くもないのかな?(笑)
林: 今も音楽が本業で、音楽で身を立てたいと思ってるわけですよね?
パリッコ: そりゃあそうですよ!
林: 今、音楽活動してるんですか?
パリッコ : してない(笑)。すいません。「音楽が本業」は言い過ぎました。今はもう勘が鈍って、ソフトも立ち上げ方が分からなくなっちゃた。それに、お酒や酒場について書くのが楽しすぎるんですよね。本業はこっちに移行しました。
老後、もし余裕のある人生送れていたら、いい景色が見える自室で、趣味のように曲作りしたいなと思ってます。その老後も、近づいてるんだけどね。
林 : 景色を見ながら作るとして、電子音楽だと、何を使って作曲するんですか?
パリッコ: キーボードとパソコンと、マウス。
エーゲ海とか見ながらマウスを動かして、「音符はここかな? いや、こっちに置いてみるかな」みたいな……。そういう老後を送りたいです。


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