「自律して、でも失敗しないで」は無理難題。用意すべきは、“上手い負け惜しみ”が言える安全な失敗ができる環境
「自律型人材を育てたい」と多くの企業が課題に感じています。しかし、何から手をつければよいのか分からないと悩む人事担当者は少なくありません。研修を実施しても成果として見えにくい上に、現場任せにすると形骸化してしまうーーそんなジレンマを抱える企業も多いのではないでしょうか。
今回は、関西学院大学の松本雄一さんと、一般社団法人越境イニシアチブ代表理事の原田未来さんを迎え、「自律型人材の育成」をテーマに多角的に語り合っていただきました。
お二人の専門分野である「越境」と「実践共同体(学習コミュニティ)」は個人の問いや実践を組織の学びへとつなぐ仕組みとして深く結びついています。本対談では、自律型人材がなぜ今求められるのか、そして企業は何を設計すべきなのかを紐解きます。
<プロフィール>
松本 雄一さん
関西学院大学 商学部 教授
愛媛大学法文学部経済学科卒業、神戸大学大学院経営学研究科修了、博士(経営学)取得。北九州市立大学経済学部助教授を経て、現職。専門は経営組織論、人的資源管理論。主な研究テーマは実践共同体による人材育成、組織における技能形成。著書に『実践共同体の学習』(白桃書房)、『学びのコミュニティづくり―仲間との自律的な学習を促進する「実践共同体」のすすめ』(同文舘出版)など多数。
原田 未来さん
一般社団法人越境イニシアチブ代表理事/株式会社ローンディール 創業者
IT企業で営業部長や新規事業責任者を務めた後、求人・価格比較サイト運営企業へ転職。「会社を辞めずに外の世界を見る機会」を創るため、2015年にローンディールを設立。「レンタル移籍」という大企業人材をスタートアップ等へ派遣する仕組みを手がけ、個人と組織双方の変化を促進する。2025年に同社を退任。一般社団法人越境イニシアチブを立上げ、代表理事として、越境型キャリア・働き方の普及に取り組む。著書に『越境人材――個人の葛藤、組織の揺らぎを変革の力に変える』(2025年/英治出版)。
「問いが立ち、失敗から学ぶ力がある人」が組織を変える
──多くの企業で自律型人材の育成が進んでいますが、お二人から見てこれから企業に求められるのは、どのような人材でしょうか。
原田未来さん(以下、原田):「主体的に学べる人」だと考えています。今までは「これを学んでいればビジネスで役に立つ人材になれる」とある程度決められた型がありました。その型を自ら進んでこなす、いわば“与えられた枠の中で自律的に動ける力”があれば、組織の力になれたんです。ところが今は、企業が用意した枠組みの中だけで動く人材だと、ビジネス環境やテクノロジーの激しい変化に対応しきれません。「自律性」だけではなく、学ぶテーマを自分で決めて学ぶ「主体性」を持たないと組織の力になりづらいのだと思います。
松本雄一さん(以下、松本):おっしゃるとおりですね。そもそも主体性とは、単に自分の意志で動くことではありません。自分の意志で考え行動し、そのプロセスを周りに共有することを相互に繰り返している状態です。ところが多くの企業には、主体的に動くための前提やルールが明確に共有されていません。その結果、社員が良かれと思って自分の意志で共有せずにどんどん動くと、周りが自分勝手に動いていると感じて、「何をやっているんだ!」とブレーキをかけてしまいがちです。そうなると主体的に動いたつもりの人は気持ちが萎えてしまい、「どうすればいいかわからない」という壁にぶつかることがよくあります。
──ここまで主体性と自律性の違いを伺ってきましたが、あらためて「自律型人材」とは、どのような人を指すとお考えですか。
原田:理想的なのは「問いが立つ人」です。会社から「これをやるように」と言われたことにただ従うのではなく、目的に合わせて「そもそも、これは何のためにやるんだろう?」と立ち止まって考えられる力が求められます。かつ、さまざまな視点から物事を見ることができ、自分で変えていこうと仮説を持って動ける人がいいですね。
松本:加えて、「失敗から学ぶ力がある人」だと思います。現場の担当者は、「失敗してほしくないけど、自律してほしい」というジレンマの中で人材を育成しています。ただ、失敗しないように動くことは、決められた安全な枠から出ないことであり、それは自律とは言えません。
自律型人材を育てるなら、企業側が“安全に失敗できる環境”を用意してあげることが重要です。そのために必要なのは、失敗をポジティブに捉え直す“上手い負け惜しみ”ができる雰囲気をつくること。例えば、期待した映画があまりおもしろくなくても、「学びのネタになりそうだ」と面白がり、おもしろい映画と比較しながらみんなで学んでいく。そんな雰囲気が社内にあれば、「失敗しても、みんなで学べばいい」と思えて、従業員は失敗を恐れなくなるはずです。
「実践の武勇伝」を共有し合い、学び合う組織をつくる
──自律型人材が増えると、組織にはどんな変化が生まれるのでしょうか?
原田:組織は“失敗を隠す場”から“失敗を共有し学び合う場”へと変わっていきます。組織の中で一人だけが自律している状態では、まだ全体として学べる状態にはなっていません。「問いが立つ」「失敗から学ぶ」といった一人ひとりの実践が積み重なることで、自律的な組織の風土や文化が体現されていくのだと思います。
松本:まさに、互いに学び合う人が増えることに尽きますよね。そのコミュニティとして、僕は「実践共同体」を研究しているんです。これは組織の内外で、あるテーマについて共通の関心を持つ人々が主体的に集まった「学びのコミュニティ」のことで、それぞれの経験を持ち寄って学び合い、知見やスキルを深めていきます。実践共同体の中で、自律型人材が「自分はこんな経験をしてきて……」と実体験を披露すると、メンバーには「え、そんなことが!?」という驚きと気づきがあり、組織全体の学びが深まります。
その一例が、実践共同体の初期研究で示された、コピー機の修理技術者の話です。彼らは休み時間に「こんな故障を直してきた」といった実践談を語り合い、知識を共有することで学び合っていました。これと同じように、社内に自律型人材が増えれば、それぞれが独自の経験を披露し合い、そこから学び合う機会が増えていきます。
原田:面白いですね!僕のこれまでの経験では、所属組織など(ホーム)を離れて、別の場所(アウェイ)で学ぶ「越境人材」が増えることで、周囲も次々と外へ飛び出す変化がよく起こりました。コミュニティ内で実体験を披露する人が一定数いると、「あの人は、あんな活動をしているのか、自分も負けていられない」と刺激になる。誰かに命じられるまでもなく、各々が自発的に学んできては、その知見を持ち寄ることが習慣化してくるんですよね。
松本:越境を経験すると、外では当たり前とされる習慣や行動様式、価値観を持ち帰ることになります。新しい視点を持ち込めば、既存のやり方とぶつかり、軋轢が生じるかもしれません。しかし、みんなが外の世界を知っていけば、「アウェイではよくあることだよね」と受け入れてもらいやすくなります。
原田:そのとき、越境人材はホームとアウェイとの“通訳者”として機能します。自社の文化を理解している人が越境して戻ってくるからこそ、外の文化を自社の言葉に翻訳して伝えられる。「外で得た知」と「既存の知」を組み合わせることで、イノベーションが起こる組織になっていくのだと思います。
ホームとアウェイを往復する「越境」で自律型人材が育まれる
──先ほど越境人材の話が出ましたが、「越境」とは何かを改めて教えてください。
原田:ホームとアウェイを行き来すること、その往復の中で学びを得ることです。例えば、所属する会社組織をホームとした場合、そこから外に出て、他社での副業や異業種交流会などに参加して未知のものに出会い、得られた学びをホームへ持ち帰ります。
大事なのは“戻って還元すること”で、だからこそ組織にとっても価値があるわけです。こうした越境は、⾃律型⼈材を育てることにつながると考えています。
──それはなぜでしょうか?
原田:一つは、越境によって自律型人材にならざるを得ない環境を経験するからです。大企業の人材をベンチャー企業に送り出し育成する仕組み「レンタル移籍」では、少人数のスタートアップへ越境してもらうケースが数多くあります。世の中からまだ十分に価値を認められていないベンチャーで働くと、「自分たちはなぜこの事業をやるのか」という問いが常に立ち上がり、失敗が続く中でも何とかして前に進まなければなりません。こうした環境で自律型人材の基本動作が身につくと、ホームに戻ったあとも「管理されるより、自分から動くほうが楽しい」という状態になっていきます。
また、アウェイでは自分の限界値を知ることもできます。ベンチャーでは120%の力で働かなければ船が沈んでしまうため、否応なく120%を体験することになる。「自分は思っていた以上の力を発揮できる」という“余白”と“伸び代”に気づいた上でホームに戻ると、従来の働き方では物足りなくなり、「全力を注ぎ込める状態をどうやってつくるか」と葛藤する場面が少なくありません。
松本:自分の限界値を知るのも大事ですよね。周囲から「もっと自分で考えて働け」と言われても、「すでに限界までやっている」と本人が思っていれば、日々の忙しさで余裕がないこともあり、それ以上に何かしようとはなかなか思わないでしょう。一方で、アウェイで限界値を知ると、そこまで到達しようとすること自体が自律型人材の原動力になります。越境は、それを生み出す最も効果的な方法の一つだと思いますね。
原田:さらに言えば、越境を経験するとホームの捉え方も変わるんです。越境前はホームを「自部署」として見ていた人が、越境後には「会社全体」として捉えられるようになる。すると、アウェイでの学びを自部署に還元できなかったとしても、社内での「縦・横・斜めの関係」の中で活かせる可能性は確実に高まっていくと思います。
越境者の学びにおける孤立を防ぐ「実践共同体」
──アウェイでの学びを活かすために、社内での共同体は設計すべきなのでしょうか。
原田:越境者の中には縦・横・斜めの関係性でどう立ち振る舞えばいいかわからず、壁にぶつかる人もいます。アウェイでの学びを共有・活用し合えるような、社内での共同体は設計すべきなのでしょうか?
松本:そう思います。越境後、本人は会社全体がホームだと気づいても、周りは「自部署だけがホームだ」と思っていることが多々あります。そうなると、越境者がアウェイでの学びを会社全体に還元しようとしたとき、周りから異端児扱いされ、孤立してしまうかもしれません。そうならないように、企業はさまざまなタイプのコミュニティを用意する必要があり、その一つが実践共同体です。
実践共同体は越境そのものを促し、自律型人材を育てることにつながります。コミュニティ内で多様な越境者が好奇心のままに動く姿を見ていると、「自分にもできるかもしれない」という“心の余白”に気づき、主体的になりやすくなる。実践共同体では、「あの人がやっているから」という所属する人との関係性そのものが、行動を続ける原動力になっているのです。また、全員が越境者だからこそ互いに気遣い、親近感を覚えながら安心して学べます。
原田:学びを組織に持ち帰る点でも、越境を促す点でも、ホームとアウェイのあいだにある中間体として、実践共同体の意義は大きいですね。
「火が消えない組織」になるための企業としての関わり方
──⾃律型⼈材を育成するために、企業にはどのような態度が求められるでしょうか。
原田:組織として一定程度関わろうとする姿勢が必要です。多くの企業では、個人の努力や選択にキャリア自律を委ねすぎている印象があります。しかし、実際のところ企業に求められるのは、越境を後押ししたり、実践共同体を設計したりして、個人や組織の中に主体的に動ける「余白」を生み出すことです。そうした取り組みを通じて、個人と組織のあいだに相互作用が生まれてこそ、関係性はより良いものになっていくでしょう。
また、越境者が戻るホームの中に経験を共有できるコミュニティを育めれば、“火が消えない組織”になれるはずです。越境後、必ずしもすぐに活躍できるとは限りません。それでも、コミュニティ内で実践を共有し、越境で得た経験を風化させずに保ち続けていると、いざというときに活躍できる可能性が上がります。
松本:そのためには、越境者を受け入れる企業側にも一定の学習が必要ですよね。上司には、「なぜ、外でそんな経験をしてきたんだ」と突き放すことではなく、「外での貴重な経験を、ぜひ社内に還元してほしい」と受け止める度量が求められます。越境者を学びの資源として最大限活かし、組織に還元しようとする姿勢が自律型人材を育てる上では欠かせません。
──その一方で、人事や人材育成の担当者ができることには、どんなことがありますか?
松本:企業とコミュニティのあいだに立ち、うまく仲立ちすることです。企業が言う「自分で育ってください」は、「一人で学んでください」という意味ではありません。むしろ、これからは主体的に学び合う環境を自らつくることが重要な時代です。そのコミュニティと企業を担当者がつなぐことで、双方がよりうまく機能するようになるでしょう。
人事や人材育成の担当者は、コミュニティの“守り手”であり、緩衝材の役割を担います。従業員が安心して挑戦できる環境を整え、過度に管理せず、しかし孤立させない。そのバランスを取る存在です。社員は主体的に学ぶためのコミュニティを育み、それぞれが成長していく。その活動に対して、企業は力を貸すようになるのです。
──担当者には重要な役割があるのですね。最後に、これまでのお話を踏まえて、自律型人材を生み出したい人はまず何から取り組むべきか、教えてください。
原田:自身が越境することだと思います。人事や人材育成の担当者でいうと、事業開発の経験がなければ、事業を生み出す人材の育成はなかなか設計しづらいでしょう。そのとき、実践を伴う学びを得られるのが越境です。副業や短期スポット型の仕事でも構わないので、価値を生み出す現場に身を置き、自ら価値をつくり、対価を得るところまでを一通り経験することが大切だと思います。
松本:越境者である部下に学びを還元させる立場にある上司も、越境を経験しておくことが重要ですよね。そうすれば、アウェイで学んできた部下の感覚が理解できますし、その経験をどう社内に還元すればいいかも見えてきます。また、上司が越境するあいだ、部下は主体的に動かざるを得なくなり、これまで出し切れていなかった力を発揮しやすくなるはずです。上司自身が越境を経験し、社内に新しい視点を持ち込むことが、自律型人材を育てる一つの重要なきっかけになるのではないでしょうか。




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