隣の芝生が青くて困る
ひとまず短い小話ができたので投稿しました。槍弓かつ赤騎弓の半神兄貴サンドもどきです。もっとちゃんと考えてたんですが、収集つかなそうなのでやめました。概ね適当なので、細かいことは気にせずおおらかな気持ちで読んでください。筆が乗ってるときに量産しないと気付いたらウン年経ってしまうんだな。
くっついたあとより、くっつくまでの過程がすきです。結果より過程を見るのがすきです。またおめえの赤騎弓は付き合ってねえな。
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俺はアキレウス。カルデアでライダーのサーヴァントをやっている。踵が弱点で有名な、アレだ。
此処じゃ通常の聖杯戦争とは違い、ライダーの連中は山程いる。召喚方式が原因らしいが、細かいことは、まあどうでもいい。兎に角そういう理由で、大抵の奴等は真名を開示したうえで、互いをクラス名ではなく真名で呼称するのが一般的だ。
だが、何事にも例外ってのはある。俺が言いたいのは、クラス名で互いを呼称し、認識している少数がいるっつうことだ。
で。俺はその少数になりたい。とは言え誰も彼もに、という訳じゃあない。ただひとり。ただひとりの奴の、俺はライダーになりたい。
あいつにとってのランサーのように。
◆◆◆
聖杯戦線。影の女王によって催された擬似聖杯戦争とも言えようそれは、常に激闘を呈してきた。
今回の指定フィールドは、市街地から郊外へ広がる丘陵。弓兵、槍兵、騎兵を伴っての戦線である。
アキレウスにとり、今回の戦線にあって不安事項はほぼ存在しないに等しかった。幾度も繰り返した仮想戦闘は、どのパターンでも勝利を導いてきた。
事前情報によれば、市街地戦闘に向くアサシンクラスは敵陣にはいない。陣の配置は此方が市街地。敵が丘陵。自分の高い機動力を活かし、敵陣に特攻をかけることも可能であるし、此方の腕の良い弓兵が正確な掩護射撃を行うことも予測できた。そうでなくとも、アキレウスは彼に多大な信頼を置いている。加えて、残りの槍兵は単独戦闘に長け、個々との連携も器用にこなすし、強力な宝具の持ち主でもある。
ひとつ残る懸念事項といえば、主に弓兵に関する槍兵への⎯⎯アキレウスの極々個人的な⎯⎯私情だけだった。
とはいえ、幸いにも現状ではそれも杞憂に過ぎず、残りのサーヴァントは二騎。概ね良好な戦運びで終始していた。
「お疲れさん。援護に感謝する」
「何。あの程度どうということはない」
土埃、鉄染みた空気。未だ戦闘の余韻が残る場を、一陣の風が洗い流して行く。朱の揺れる外套を見据えながら、アキレウスは血に汚れた額を拭った。頭の傷口から溢れていた血が漸く止まり、視界も冴え渡る。
右隣に立つエミヤは、若干足許が覚束ないようだった。固有結界を展開した影響だろう、魔力不足が見てとれた。揺れる肩を支えてやると、申し訳ないと断りが入った。それをひとつ否定し、アキレウスは屈託なく笑んだ。一歩ずつ歩みを進める。
「良いもん見せてもらった礼だ。何時何度目にしようと、あんたの世界には圧倒される」
「君の盾には遠く及ばない。比べるべくもない、空虚で寂れた空間だよ。積み重ねた後に残るものが、なかっただけのことだ」
「賛辞くらい素直に受け取っとけ。別に美しいとも、綺麗とも言ってないぜ」
アキレウスは事実のみを述べていた。この荒野には錬鉄以外は存在しない。あらゆる記憶、あらゆる感情は磨耗しているかもしれない。
しかしながら、そうして創られ研鑽され、どこまでも実直な鋼は真実を写している。この英霊がこれ程までに永く鍛え耐え抜き、生きてきたかの証明。それを評価しているのだ。
「武具ひとつひとつが証。それを何千何万、果ては無数に見せられたんだ。あれを圧倒と言わず、なんと言えばいいか分からん、俺は」
「君は存外詩的な表現をするな」
「どっかの聖杯戦争で、味方にうるせえ劇作家がいたお陰で」
赤のキャスター。シェイクスピアの高らかな口上を思い起こしながら、アキレウスは面倒がちに言った。
先程の戦闘で、市街の半分は瓦礫と化していた。煉瓦の残骸を足元で避けつつ、辛うじて残っていた建物の陰へ移る。建物と言っても、粗末な小屋に近く、防御にはまるで役に立ちそうもないが、視界を遮るものは有るに越したことはない。
「少し休憩、だな」
エミヤを壁に預け、アキレウスは一息を付いた。見上げた空は快晴。夏葉が流れ、遠くに消えて行く。
順調な戦運びとはいえ、それは余裕のある、という意味ではない。後に控えるサーヴァントの面々を考えても、少しでも消耗は避けて回るべきだった。相手の弓兵は侮ることが決してできない相手だ。もう一人の槍兵も、アキレウスを以てして油断ならない難敵である。
「考えるのはいいが、腹が減って敵わねえ」
「帰ったら昼食にしよう。中華がいいかな」
「やりぃ。俺好きだぜ、あれ」
「⎯⎯飯の相談には早いんじゃねえか。敵さん、動いたぜ」
「ランサー。大事ないか」
「てめえらもな」
ランサーと呼ばれた男、真名クー・フーリンは、携えていた朱槍を空に散らせた。進んできた高台から軽く飛び降り、身体の土埃を払う。蒼天に倣うように、美しい髪が揺れている。
彼等のごく自然と互いを慮る様子が、絆然としたものを体現していた。しかも先手を打ったのがエミヤであったことが、どうにも気に食わなかった。ああ、この感覚だ。アキレウスは胸に幾分かほの暗い、痛みとも取れぬ違和感を覚えた。英雄足らんとする自分の影である。
「そっちの機嫌悪そうなのはどうしたよ」
「機嫌? アキレウスか?」
「別に、なんでもねえよ」
そうアキレウスは言い、エミヤから距離をとった。あからさまに話題を反らす態度に対して、多少思うところが有ったようだが、クー・フーリンは話を続けた。
「あっちの思考時間が漸く終わったみてえだな。二騎を退場、物理的な実数は此方の方が優勢、相性で行ったら五分。ま、気ィ抜いたら死ぬことは俄然変わらんが」
けろりと言ってのける内容は、決して軽いものではなかった。だがその評は的確であり、エミヤとアキレウス両名の考えと一致している。この男、戦士としては一流、その言葉さえ烏滸がましいほどだ。肩を並べる上ではこの上なく気がおける筈であるのに、警戒感ともとれる勘が、アキレウスにはあった。
だから、敢えて答えを委ねた。
「どうする、エミヤ」
エミヤは熟考の後、クー・フーリンに言った。
「後詰は任せる。私は哨戒にあたるが、接敵し次第後方へ下がるから⎯⎯」
「わあってるわ。せめてマスターに合図くらい出せやアーチャー」
「貴様がやればいいだろう、合わせろ」
「あーはいはい分かりましたよ! やりゃいいんだろやりゃあ」
「……なあ」
気付けば、無意識に口が動いていた。地球が自転するように、人が呼吸をするように。きっと自然な感情の発露だったのかもしれない。
言い合うエミヤとクー・フーリンは、それこそ全くの同時にアキレウスを振り返った。
「あんたらって……付き合ってたりすんの?」
「ただの事務会話をどう婉曲すればそうなる。慣れだ。非常に不愉快且つ遺憾極まりないがね」
「そこまで言うかてめえ」
ばつの悪そうに、けれど一言一句淀みなく発された言葉に、クー・フーリンは顔をしかめた。その様子に、アキレウスはどこか安堵とともに、冷ややかな疑問を感じた。
エミヤは否定をしていないのではないか。どう考えても口調は否定の意を表していたが、確実性に欠ける。少なくとも、実に嫉妬深い直感が告げていた。アキレウスは不確かな感情論より、よほど自分の勘を信じるたちであったから、考えるよりも先に体が動いていた。
「ふうん。じゃあ、こういうことしても困らないわけだ」
直ぐ目の前の、星屑のような鋼色の瞳が揺れる。零れ落ちそうなほど見開かれた眼は、いっぱいにアキレウスを映していた。
確りと抱き、此方へ寄せた弓兵の唇は存外に柔かった。軽く食み、油断したところに舌先を当てれば、少しばかりの抵抗が返ってくる。絡めた舌で、歯列をなぞる。くぐもった、艶を孕んだ声。飲み込み損ねた唾液が口端を伝う。
もう少し、あと少しだけ⎯⎯そう欲張ったところである。
「殺すぞ」
文字通りの横槍。翡翠の短髪が宙をはらりと舞った。眼前には、無機質な朱。首を後ろに反らし、寸でで回避する。確実に首をはねるための一撃。今のは、そういうものだった。
一歩、二歩後ろに下がる。まごうことなき槍兵の殺気に、アキレウスは鼻を鳴らして笑った。
「いや、好きだと思ったんでな。つい」
「ついじゃねえ。人のもんに手ェ出すなクソガキ。殺すぞ」
やはりそうだったか。これで確信が持てたと、アキレウスは口許を乱雑に拭い、悠然と腕を組む。呪いの朱槍は未だ此方を捉え、気を抜けばいつでも心臓は貫かれるだろう。だがその程度で引くほどの英雄でも、その程度で引く覚悟でもない。揶揄うように言葉を紡ぐ。
「ランサー」
「てめえは黙ってろ」
「……まだ何も言っていない」
エミヤは鼻筋を摘まみ、瞼を閉じた。その口からは、深く長い溜め息が漏れる。まるで他人事の如く、鷹の瞳は遥か遠くを見詰めていた。
そのやりとりはアキレウスを苛立ちに似た感情へと追いやったが、幾分か心には余裕があった。前に進む足が土を鳴らす。
「ケルトの大英雄サマが聞いて呆れるぜ。まだ手も出してねえとは。運命だかなんだか知らんが、此処じゃあ早い者勝ち。そうだろ?」
「運命、運命ね。腐れ縁なんでな。一度手にしたもんは永劫に離すつもりなんざねえよ。てめえもよく解ってるくせに」
ひどく的を得た指摘だった。クー・フーリンは愛槍を肩に担ぎ、同情混じりに言った。それは両者の抱く弓兵への執着が、まるで同義であったからだ。手に入れれば離すことなどなく、奪われるなどもっての他。呪い染みた固執に近かった。寧ろ、弓兵の心臓に刻まれたものは、正真正銘呪いであることに違いはない。
沈黙は肯定である。アキレウスは静かに続く言葉を待つ。
「餓鬼の考えることは喧嘩早くて困るわ。もう少しオトナの付き合いってもん学べや」
なあアーチャー。正に先程の再演、焼き直しである。デジャヴと言っても良かった。クー・フーリンはそう続けると、強引にエミヤの唇を奪った。白磁の腕は腰に回され、離すまいと引き締まった体躯を支える。微かな水音と、確かな熱量。エミヤが首を振って離れようとするも、敵わない。貪るように、勝手知ったるとばかりに⎯⎯最後に小さく音をたて、名残惜しげに離れていく。
「おい、どっちの方が良かった」
「アダルトビデオの台詞をまるごと使うな、阿呆」
振り上げられたエミヤの拳を、クー・フーリンが掌で受け止めた。ぎりぎり、と力が拮抗している。ひと度の甘い空気は霧散した。
アキレウスはしっかりとした足取りで距離を詰めると、エミヤの肩を抱き寄せた。板挟み、挟み込まれる形となった当人と言えば、諦めがちに拳を下ろした。
「……運命では負けてる。それは素直に認めるさ。食意地の張った狗よか、頭はマシなんでね」
ぴきり。正に音が聴こえる程度、クー・フーリンの怒りを的確に煽っていく。エミヤが途中で何か言いかけたようだったが、今はそれどころではない。機は逃さない。勝負の基本、畳み掛け時である。
「それに運命っての、大嫌いでよ」
アキレウスは得意気に笑った。運命は呪縛だ。だが、決定事項ではない。ただそうあれと願うだけのもの。そのようなものに、負ける気も負けてやる気も更々なかった。
は、と短い笑いが槍兵から漏れた。口角は上がり、薮睨みの鮮血を宿した瞳が、爛々と輝いている。
「上等だ。良く言った、アカイアの騎兵」
最早両者、取る行動は一つだった。槍の煌めきが陽光に眩しい。聞こえるのは呼吸音、鳥の囀ずり。燕が蒼天を切っていく。草葉のさざめきさえ五月蝿く思える。
いざ⎯⎯槍の穂先が交わされようかという時、両者に振り下ろされたのは今度こそ弓兵渾身の拳であった。
「いってえな! なにしやがる!」
「それは此方の台詞だ。何を。している。貴様らは」
一言一言に大変な怒気が込められている。一様に口を揃えた大英雄たちは、現状を正しく理解した。互いに存外聡明であったので、一先ずは昂る鼓動を抑え、静かに武器を下ろした。
すっかり完璧に忘れ去っていたが、今は戦闘中である。決まり悪く押し黙るクー・フーリンとアキレウスを前に、エミヤは淡々と口を開いた。
「私は物ではない。まずそれは分かるな馬鹿共」
はい、そうですね。二人はやはり口を揃えて言った。敬語であったのは、そうでなければならない気がしたからだ。揺れる外套をぼんやりと視界にいれる。揺れるものに男は惹かれるだとかは、事実らしい。
「盛りに盛って手を出したかと思えば、調子に乗るのもいい加減にしろ」
はい、そうですね。最早返す語彙がこれしかない。居たたまれない。アキレウスは横をちらりと見たが、自分と同じく死にかけの魚のような目の大英雄がもう一人いるだけのことだった。
「だが魔力をどうも有難う。お陰さまで動けるよ。そして貴様らはそのまま好きにやっていろ、私も勝手にやらせてもらう」
それを最後に言い残し、エミヤは市街の屋根を伝い、赤い背は遠く見えなくなった。暫くそれを目で追った後も、場は沈黙が制していた。どちらからともなく、敵陣を眺めた。木々は薫風に揺れ、午後の柔らかな日差しが忌々しくも思えた。
「なあ」
「なんだよ」
アキレウスが一言呟くと、クー・フーリンは感情のない声で答えた。足元の小石を蹴飛ばすと、ころりと転がって壁にぶつかった。
「この戦いで、活躍も活躍、超大活躍したら巻き返せると思うか」
「まあ……行けるんじゃねえの。相当怒ってるけどな、あれ」
「じゃあこの戦線で、より格好良く活躍した方が勝ちってのはどうよ」
「……てめえすっかり忘れてるようだが、うちんとこの師匠だけじゃなくて、例のセンセーもいるだろ。俺ァ面倒事は御免だぜ」
「げ。すとーんと忘れてたわ。今のナシ。次回やろう、次回」
びし、とアキレウスは指差す。思い出した師の表情は、何故か訓練で下手をうったときのそれであったから、背筋に冷たいものが走った。
それを振り払うように、口笛を吹く。澄んだ音色が響けば、三頭の愛馬は戦車を後ろに、アキレウスの横に留まった。若干クサントスが物言いたげにしているのを無視し、いつものように手綱を握る。手袋をしているはずなのに、手先にひんやりとした感触が伝わった。
クー・フーリンはひとつ屈伸すると、目線を上げ、戦車に立つアキレウスに言った。
「それはそうとして、お前さんアーチャーに真名で呼ばれるの嫌なんだろ。顔に出てるぜ」
「嫌っつうか……呼ばれるのは嬉しいに決まってるわ。あんたみてえにクラス名で呼ばれたいってだけ。特別だろ、それって」
「……そうかもな。けどな、真名⎯⎯名ってのはそれはそれでいいもんだ。唯一無二、絶対性じゃねえか」
「あんたが言うと説得力ねえよ。何人いると思ってんだ、自分」
「……四人」
そう言ったクー・フーリンの表情があまりにも悲しげで、アキレウスはほんの少しだけ、惻隠の情を覚えたのであった。
◆◆◆
⎯⎯一方、敵陣。見晴らしの良い、丘の上にて。
「どうしたケイローン。不肖の弟子どもが気になるか」
「いいえ、そのようなことでは。少々面白いものが見えたので」
「そうか。此処からの⎯⎯お前の言うところの、実践講義よりもか」
「……それも、いいえと。ほんの日常における、些細なことですよ、スカサハ」
たった運命の巡り合わせ程度の、とケイローンは呟いた。敵陣の愛弟子。その太陽のような顔を思い起こし。開戦の一矢を、星の賢者はつがえた。