【槍弓】美(い)し人の腕【平安パロ】
槍弓平安怪異譚です。
鬼退治を生業にしている槍兵と、怨霊退治の弓兵が出合い、共闘する話。
恋愛未満ですが書いてる人が腐っているので槍弓タグ付けています。
※注意点
モブがメインストーリーに絡んできます。
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序.
「寄ってらっしゃい観てらっしゃい。ここに居るは異国の化身。さしも人智の及び無し。されどその身は小尾も無し。あいや、そこなかんばせ麗しき御仁。さぞ高貴なお方であれば、この世にも珍しきを是非一見」
時は平安、吉日大安。
猿面を被った見世物屋の声に、男は振り返って足を止めた。
さて、呼び止められたこの男。名を槍兵と言う。
実に見目の良い男で、烏の濡羽に艶めく髪と目。あまりに麗しい故、毎度高貴な生まれと勘繰られていたが、実のところ寝ぐらも無しに、ふらふらと西へ東へ、鬼退治などと陰陽師の真似事をして暮らしていた。
「化身ってのは、そいつのことか」
槍兵は呼び込みの猿面の後ろで、静かに座している男に目をやった。
化身かどうかはさておき、「異国の」というのは本当らしい。日に焼けたのとは違う濃い土色の肌、色のごっそり抜け落ちた白髪。やあ、珍しい毛色だなぁと、いたく惹かれてまじまじと見た。
猿面の男は、そのニヤついた顔の面を槍兵の前にぐいと突き出し、用意されたであろう口上を述べる。
「いざや、左様にござりまする。この男、鷹の化身にござりますれば、その眼は一里先も見通しますゆえ」
そうして、懐から取り出した小さな玉を、槍兵の前に突き出してみせた。
そうして次に、手にした扇子で玉をポンとひと叩き。するとはじけてパラパラと、桃色の紙吹雪が桜のように舞った。
「こちらと同じくす玉が、あの一町先の橋の手摺りにございます。それを鷹めが射ってご覧に入れます故、見事花が咲きますれば、お褒めいただきたくございまする」
舞を舞うような猿面の動きに、槍兵の後ろに一人、また一人と見物人が集まった。
はて、捻りの銭などあっただろうか。槍兵は懐を確かめ、なけなしの渡来銭に冷や汗をかいた。願わくば、この化身が狙いを外してくれればいいが。しかし見世物になっているのだから、外すはずもないだろう。
まあいい。これだけ人が集まったのなら、自分一人、捻りを誤魔化したところで構わんだろう。
槍兵は、猿面の指示に従って立ち上がる鷹の化身を目で追った。すく、と立ったその背は高く、身の丈六尺の槍兵よりもまだ大きい。精悍な顔立ちに、鋭い目。
男は見物人に一礼をすると、流水のような動きで橋に向かって矢を構えた。その動きの何と美しいことか。
槍兵の、腕から足から背筋から、全身の毛が毛羽立った。
ぞっとするような身のこなし。息をするのも惜しいほどの、男の衣擦れの音すら聞き逃したくはないほどの何かを、槍兵は確かに感じた。
張り詰めた弦の弾ける音。
ゆっくりと飛んでいく矢の動きを目で追った。しかし、ゆっくりと飛んでいるように見えたそれは、次の瞬間には一町先の橋でパッと桜の吹雪を散らす。
美しい桜吹雪。
息つく間もない出来事に、見物人は息を呑み、次いで、川の中に散っていく花弁に、ほうとため息を吐く。
しかし槍兵は、その花弁よりも男から目が逸らせなかった。花弁以上に美しい身のこなしであった。
「いざ、ご覧いただきました見世、見事花開きましてございます」
猿面の声に、みなが橋から視線を戻す。矢を下ろした鷹の化身は、黙々と礼をした。
わっと、見物人が湧く。
何と見事な弓の腕か。その動きの美しさ、神事の流鏑馬にも劣らぬと。
みな懐から捻りを取り出し、さあ受け取れと渡来銭を投げ渡す。
猿面は桶を出し、投げられた銭を受け取っていく。鷹の化身は我関せずと身なりを整えて後ろに下がり、再び地面に膝付いた。
槍兵は懐に手を伸ばし、気がつくとなけなしの銭を惜しげもなく男に向かって投げ渡していた。
桜のまだ咲かぬ、冬の晴天の日であった。
美し人の腕
貴族の娘が鬼に拐われた。
槍兵がそれを耳にしたのは、都から十里離れた農村のあぜ道。蕾綻ぶ春の頃。
力仕事の礼にと農家から施された茶をすすり、干し柿をかじる。やれ、鬼だというて男と逃げただの、噂話に花を咲かせる年若い女たちを横目に、槍兵は、はてと考える。拐って喰らうか、子を産ませるか。十里離れたこの地に噂が回る頃であるから、拐われたのはもっと先のことだろう。どちらにしろ拐われた女は無事ではあるまい。
「そろそろ行くかね」
槍兵はぷっと柿の種を吐き出し、立ち上がる。
「ほんならコレももってくがええ」
農夫は連なった干し柿と、干した大根を槍兵によこした。旅の途中で畑仕事を手伝った、その礼だ。
「また気ぃ向いたら寄ってくんな。男がみいんな都行ってしもうて」
そう言って農夫は北を見やった。
そういえば、そこかしこ、田畑を耕しているのは女ばかりだ。農民が都に行って、仕事なんぞあるのだろうか。
槍兵は農夫に気の良い返事をして、えっちらおっちら、都へ向かって歩みを進めた。
十里の道は丸一日かかった。
都の道は広く、道行く者の身なりもよい。土を掘った藁の家ではない塀のある建物、時折牛車が土埃を撒きながら通り過ぎていく。
「寄ってらっしゃい、観てらっしゃい」
桜の並木が続く大通り。どこかで聞き覚えのある声に、槍兵は足を止めた。
「これよりご覧にいれますは、猫の舞に御座りまする。高き場所からくるくると、狭き場所までするすると。ああ、そこな御仁、是非とも一見。さあさこちらへ」
猿面の男だった。舞を舞うような動作で、道ゆく人を呼び止めている。
あれはまだ冬の頃だった。そう、あの鷹の化身を連れていた見世物屋だ。
槍兵は背後に控えて座す者を見た。猫の面を被った、小柄な女であった。
あの鷹ではないのか。
槍兵は猿面の呼び声を聞かずに、歩みを戻した。あの鷹であるのなら、もう一度見てみたいと思ったのだが。
橋に散った桜吹雪。
記憶は朧となり、儚く散る。
ああ、あの鷹はどんな顔だっただろうか。
槍兵は桜の並木を奥へ奥へ進んだ。
さて、この平安京には貴族たちが多く住うが、同時に、身の回りの世話をする下男下女も多くいる。槍兵は、大工の下働きとして屋敷の中に入り込み、鬼に拐われた貴族の女の噂を聞いて回った。
「そりゃ、鬼やのうて朝日様の呪いやって話やわ」
「朝日様?」
槍兵が聞き返すと、話好きの親方は大きく首を振って頷いた。
「まだ亡くならはったんは十月ほど前の話でな。好いた男が牛車に轢かれて死んだんで、後を追いなさったとか。そらもう、部屋中血塗れで、畳から何から全部仕替えやんとあかんかった」
「自分で自分を刺したのか」
槍兵の言葉に、親方はまるでその目で見たかのように、ああそうだとまた大きく頷いた。
不思議なものだと槍兵は思った。好いた男の後を追って死んだなら、何を呪う謂れがあろうか。その朝日という貴族様には、なんぞ恨み言など無かったろうに。
「親方は、その部屋を知ってなさるのかい」
「せや、あそこの床は俺が仕替えた。この屋敷にある西の対の中部屋やわ」
大工の親方は、そう言って南西の御殿を指差した。槍兵たちのいる場所とちょうど反対側。檜皮葺の屋根の上から、百日紅の捻れた大木が、まだ花の季節ではないというに、赤い花弁を散らしていた。
「ほんなら、休憩も終わりにして仕事に戻ろか」
親方の言葉に槍兵は腰を上げる。
百日紅の赤い花びらが、風に乗って目の前を過ぎった。
「せやから、朝日様は牛車に乗ってたお貴族様を探しとるって話よ」
「好いた人を殺した相手やもの。そらえろう恨まはったんとちゃう?」
夕刻になると、槍兵は大炊所を預かる下女たちの元で話を聞いた。
貴族の恋は器量の良し悪しと言うが、平民の恋は見目の良し悪し。槍兵の見目の良さに、女たちは口を軽やかに開いて、あれやこれやと花を咲かせた。
「その、牛車で死んじまった貴族ってのは何者なんだ」
「ええ、そういえば誰やろなぁ」
「偉いお貴族様とは聞いたけど、何処の誰かは聞いたことないなぁ」
槍兵の問いかけに、女たちは首を傾げた。
なんとも不可思議な話だ。これほど噂になっているのに、死んだ男が誰なのか分からないとは。誰も疑問に思わぬのだろうか。
奇怪な噂に疑念を覚え、槍兵は、ああでもないこうでもないと話を続ける女たちに耳を傾けるフリをして考えた。すると、ガラリと戸が開く。
あばた顔の女であった。薪を両腕一杯に抱え、頭は手拭いを桂包みにして隠している。
「やあ、あこかい。その薪はそこにおいといで」
年長者らしい女の指示に、あこ、と呼ばれた女はペコリと頭を下げ、薪を置いて出て行った。
「やあ、兄さんすまんかったねえ。びっくりしたやろ」
「びっくりって、なにがだ?」
「ほら、あのこ幽霊みたいやろ。くらいし、初めてみた人はみんなびっくりしはるんよ」
「でも、最初の頃よりずっとええわ。前はもっと、動きも幽霊みたいやったし」
「なんぼ女は器量やいうても、あの様子やったらねえ」
「器量といえば聞いたんやけど。隣の屋敷の葛女様。夜這いの契りをすっぽかされたんやて」
女たちは、また噂話に花を咲かせる。人の噂とはどうしてこうも、悪い話ばかりが盛り上がるのか。
さて、もうここで聞く話もないか。
そろそろ夕日も落ちてきた。丑満つ時に朝日様の部屋を見にいかねばならんのだ。それまでは、屋敷の中に潜んで待たねばならない。
「姉さんら、粥をありがとよ」
槍兵は、振る舞われた小さな碗を女たちへ返すと、人気のない厩へ向かった。
今日は月が紅いのだ。
鬼に合うには絶好の夜。槍兵は雲間から射す灯りを見上げた。
日中あれこれと話を集め、拐われた貴族は既に五人もいると聞く。男も女も分け隔てなく、皆一様に忽然と姿を消したそうだ。
好いた男を亡くした朝日は、牛車に乗った貴族を男女分別なく呪う。一見筋が通っているが、なんとも違和感が拭えない。
夜も更けて、月が高くなる。
槍兵は何処からともなく手の内に赤い槍を取り出した。いまの槍兵が使える、ただ一つの妖術だ。霊験あらたかな破魔の朱槍は、山神様から賜った、あらゆる呪いを弾く槍。
槍兵は今まで多くの鬼をこの槍で退治してきた。此度も、この槍一振りで朝日の呪いを払おうと、身を低くし月明かりから隠れながら、人気のない西の対へと向かう。
軋む渡殿を忍足で進んだ。
昼間伺えた奇妙に捻れた百日紅の大木が、ざあざあと風に揺れている。雲間から覗く月明かりは赤く、木から舞う花弁は血飛沫のようだった。
この角を曲がった中部屋。槍兵が昼間親方から聞いた言葉を思い出し、御殿の廊下の角まで来た頃。
突如、雲が月を隠し、吹く風がひやりと冷めた。
「そこな。ちこうよれ」
か細い女の声だ。
キンと冷えた空気に身が強張る。暗がりの中、目を凝らした。
三番目の障子の部屋。おでましか、と。槍兵は槍を持つ手に力を込めた。
息を詰めて静かに廊下を渡ると、ふ、と音が消えた。風にそよぐ葉の音も、瓦の打ち付ける音もない。ぴぃん、と耳の奥で甲高い金切音だけが、細く長く鳴り響く。
見つめた先の障子が、ゆっくりと開いた。
わずかな隙間の奥は暗く、暗く、中の様子は窺えない。
その隙間から真っ白な細腕が、手首から5寸ほど先まで、ぬぅ、と突き出て手招きをした。
「そこな。ちこうよれ」
ぞわり。
槍兵の臓腑に、言いようのない怖気が走る。唾を飲みかけて、その動作すら危ういと思い、やめた。
動いてはいけない。
息をしてもいけない。
どういうわけか、そのように感じた。
3尺ほど先にある細腕が、ゆったりと手招きを続ける。
「ちこうよれ」
声は障子の奥から聞こえる。女のようなか細い声だ。
けれどそれが、とてつもなく恐ろしいもののように感じた。額に汗が浮かんだ。動けば死ぬのだと、本能が命じている。そうして動かずにいる槍兵の背筋に、またぞわりと怖気が走った。
ずり…ずり……
何かが廊下を這って、背後から近づいてきている。
耳の奥は絶えず耳鳴りが響く。
逃げなければ。そう理解していても、動けば死ぬと身体がいうことを聞かぬのだ。槍を握りしめた手を緩めることも、握り直すこともできない。
槍兵の目の前で、白い手が手招きをやめて障子の縁を掴んだ。
すすすすす。
ゆっくりと手が障子を開いていく。
ああ、出てこようとしている。
「走れ!!」
突如聞こえた声に、風が舞い込んだ。吹く風は強く、花吹雪が槍兵の視界を舞い、そして吹雪を引き裂くように、矢が二本、目の前の柱に突き刺さった。
「ーー!」
槍兵は金縛りが解けたかのように、即座に声の命ずるまま、庭に飛び出した。廊下から転がり落ちるように玉砂利を踏み鳴らして、百日紅の木へと走る。
後ろを振り返るのは恐ろしかった。
決して振り返ってはいけないと思った。
走れと叫んだ声が誰のものだったのか。それすらも考えず、今はただ、この場から逃げなければいけないのだと悟り、ヤモリのように土壁をよじ登って塀を越えた。
走る。走る。
ひたすらに走る。
大通りの桜並木。
枝垂れ桜の大木の下、身の丈六尺の槍兵よりまだ大きい男が一人佇んでいる。この辺りでついぞみない、日に焼けたのとは違う濃い肌と、老人のような色の抜けた白髪。
「無事逃げおおせたな」
そう言った鷹の化身は、顎をしゃくって笑って見せた。
うおおお夢枕獏先生の陰陽師が好きでして、平安、相棒、たまりません!!ありがとうございます!!