特定技能2号につき、国会で高市早苗総理が「受け入れ人数の上限は設定しておりません」と答弁したことが話題となった。これは「これから制度設計するのであり現時点の話に過ぎない」と見る立場と、「現在の基準を変更する意思は感じられない」と見る立場で論争が起きた。そこで、ワシの意見じゃ。
まずな、現在特定技能1号と2号という在留資格がある。1号を数年経験して、日本人の小1くらいのテストに受かると、2号になれる。
2号は現状、無期限滞在で、家族帯同ができる。
家族は養子縁組も認められ、戸籍証明制度の無い国ならば無限に「家族」を増やすことが出来、日本政府は「外国政府の発行した家族関係書類」の真贋を確認する能力が無い。
その2号資格に現在「上限」が無い、ということは事実だ。
しかし、高市総理は直後に「今後制度設計していく」と述べているため、あくまで「現状」を挙げ、議論していく、というようにワシには聞こえた。
もちろん、一連の答弁で国民の安心感を完全に得られる、とまではいえないため、
国民として粘り強く「受け入れ上限」を求めていく必要がある。
そもそもな、「移民問題」とは何が問題なのか。
それは「責任をとる者がいない」ということなんじゃ。
例えば、スターバックスがあるじゃろ。
なぜ、あそこのコーヒーはうまいのか。
それは、実際問題として「うまい」という事実に加えて、「何かあった時の責任」をスターバックスがとれる「安心」があるからじゃ。
細菌が万が一混入して臓器が損傷しても、スターバックスには責任をとる能力と意志がある。
だからこそ、それを含めて「スタバのコーヒーはうまい」となるわけじゃな。
これがな、貧乏そうなおっさんが引いてる屋台でコーヒーを提供してみろ。
いくらキリマンジャロだのブルマンだの最高級の豆をその場で挽いてめちゃくちゃうまかったとしても、どうしても心底「うまい」とはなれんじゃろ。
何故ならば、そのコーヒーに「責任」が無いからじゃ。
食中毒をおこして大事な取引にいけなくて経済的損失を食らっても、
貧乏そうな屋台のおっさんに責任をとれるだけの財力や意思があるとは思えない。
「責任がとれるか」
これが政治の基本じゃ。
なのに移民政策は誰も責任をとっていない!
埼玉県では実際に、移民が女子中学生と女子小学生を強姦した。
しかし、責任をとらされたのはその移民一人だけであり、その移民を呼んだ者は一切の責任をとっていない。
こういうとな、「日本人だって強姦する」という声がすぐ飛んでくる。
しかし、責任とは「条件説」で定義される。
「あれなければこれなし」という話じゃ。
例えばな、加害者が被害者を強姦しようとしたところ、被害者が強姦を避けようとして抵抗して、結果的に怪我をしてしまったとする。これは「強姦致傷罪」になるか?
答えは、成る。
"必ずしも猥褻姦淫の行為自体もしくは猥褻姦淫罪の手段たる暴行脅迫の行為に因りて発生することを要せずいやしくも暴行脅迫に因る猥褻姦淫罪の行為と既遂の場合なると未遂の場合なるとを問わず他人にして生せしめたる死傷に一の条件を与えたる以上はその犯罪行為と死傷との間には当然因果関係は存在する"(大審院明治44年6月29日判決(刑録17-1330))
つまり、ある事実があって、それによってさらにある現象が発生したとき、
そもそも最初の「事実」が無ければ、ある現象は発生しなかったととき、
もっとわかりやすく言うぞ。
加害者が被害者を強姦しようとしたところ、被害者女性が逃げようとして走り、足をすべらして斜面から滑り落ちて、下にあったコンクリートの地面に頭をぶつけ死亡した事案につき、加害者としては「強姦未遂」のつもりが、裁判所の判断は「強姦致死罪」の成立を認めた。(最高裁昭和46年9月22日判決 刑集25巻6号769頁)
だってな、そもそも強姦しようと思わなければ、被害者が走り出すこともなかった。
走らなければ滑って落ちて、頭を打って死ぬこともなかった。
「あれなければこれなし」
条件説によって「責任」は問われる。
移民問題も同じだよな。
そもそも「移民政策」をしていなければ、在留を認めていなければ「発生しなかった事件」じゃないか。
「移民なければその事件なし」じゃろ。
あの埼玉の移民がそもそも日本に在留する許可をだされていなければ、
あの女子中学生らは強姦されなかったわけじゃ。
明確な因果関係じゃろが!
あの移民がいなければ、あの交通事故は起きていなかった。
明確な因果関係じゃろが!
世の中のあらゆる行為と事象には、それが自然現象による結果であったとしても、人が予測できるものであれば「責任」が伴う。
もう既に、移民が性犯罪をすること、そして、宗教的な教義によってその性犯罪は善行であるとすら認識されている背景事情があることも、一般報道によって広く認識された。
なのにまだ、移民を入れたいという。
その責任は誰がとる? 誰もとってないじゃろ。
移民に盗まれた。 残念でしたね~
移民に犯された。 アンラッキーでしたね~
これで済まされる社会は、「政治能力の不存在」じゃ。
政治とは何か。責任をとるためにある。
政治家とは何か。政策に責任をとるためにいる。
ワクチンひとつにしても、昔は「責任」を明確にするため長い間「認可」されなかったが、
新型コロナのときはベネフィット優先という理屈で、短時間で広範囲に接種され、そしていま「誰が責任をとるのか」ということで広範囲に揉めておるじゃろ。
で「責任をとる」といった政治家がいるにはいたが、「それは接種できることに対する責任で接種の結果どうなったか責任をとるわけではない」と後出しで言った。
移民も同じことになったら、今度は国が亡ぶぞ。
まとめるぞ。
移民労働を使う企業や農業法人は儲かる。
だが、その移民の子弟の教育コストは、医療費は、文化的摩擦による民事事件は、宗教観を動機にした神社への放火や強姦などの刑事事件は、
いったい誰がどのようにして責任をとるというのか。
国民はそこに不安を覚えている。不信感がある。
移民はな、覚せい剤と同じじゃ。
覚せい剤はかつて合法で市販され、サザエさんの裏に住む伊佐坂先生も購入して、バキバキになって小説を書いていた。
でもな、医学の発達にしたがい、覚せい剤を使うと、統合失調症みたいになる人がいて、赤ちゃんを沢山殺したり、通り魔をしたりと、社会問題になった。
もちろん、覚せい剤を使用した人が全員そうなるわけではない。むしろ、「異常行動」をするのはごく少数の人たちだ。
多数が異常行動をとったら覚せい剤は発売当初から危険視されるからな。大多数の人には問題なかった。少数の人に問題が起きた。
具体的には、エストロゲンというホルモンが多い体質の人は覚せい剤を使用しても問題がなく、少ない体質の人には問題がでた。
でも、誰がどの体質かなんて、長期間実際に使ってみるまでわからないじゃろ。
「ごく一部」の覚せい剤使用者が、前頭葉を萎縮させ、殺人とかやりまくって、また中毒患者の医療費も高くついた。
こうして、覚せい剤を町の薬局で販売し続けることに「誰も責任がとれなくなった」わけだ。
こうして覚せい剤取締法がつくられて、1951年になってようやく「一律禁止」となったわけじゃ。
ワシは移民も同じだと思う。
いったい誰が移民、いや移民と言うなというなら外国人労働者でもいい。その外国人労働者がもたらすあらゆる社会影響について責任をとるのだ?
誰もいない。だからこそ、ワシは規制しろといっている。
覚せい剤を禁止しなければ国が亡ぶとさえ言われ、ようやく禁止された。
移民も同じじゃ! われ、目覚めよ!
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(速聴(倍速で聞くこと)はボケ防止にいいぞ!ワシの祖父母も毎日していた。ワシは12才から18才まで毎日速聴して予備校にいかず旧帝に現役合格したから頭の筋トレなんじゃ)
ワシの書いた「われ、目覚めよ!」はこれまでされた移民無制限がなぜ国を滅ぼすのか、欧州各国はなぜ壊滅的打撃を移民政策で受けたのか、具体例を挙げて書いた。
是非読んで、日本人として正しい知識をゲットして頂きたい!
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写真は目黒川を背景にしたワシじゃ。あと少しで桜の季節じゃな。