エミヤ教授は休日に推理する
「エミヤ教授は推理する」 novel/8548505
の小話です。
ツイッターで仲良くしていただいている方のリクエストで書かせていただきました。
諸事情によりべったーからのお引っ越し
ランサー刑事とエミヤ教授のとある休日のお話(付き合ってません)
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エミヤ教授は休日に推理する
午前九時。
いつもより遅い時間に、ランサーはショッピングモールの中を颯爽とした足取りで通り抜ける。服装には拘りがないタイプだ。旅行のお土産にともらった派手なアロハシャツは、容姿と相まって良い意味でも悪い意味でも人目を引く。
今日は非番だ。刑事という職業柄、中々休みのとれない仕事ではあるが、気ままな独り身であるため気にした事はない。
数ヶ月ぶりにもらえた休み。いつもの習慣で朝早くに目が覚めてしまった。せっかくの休日なのだからと、二度寝を決め込んでみても、なかなか、どうにも落ち着かない。
朝食はどうしようかと、いつものパン屋に足を向けたが、運悪く臨時休業だった。たまにはどこか喫茶店で、優雅に朝食というのも良いかもしれない。
ぶらぶらと新都を散策し、辿り着いた喫茶店の看板には『アーネンエルベ』と書かれている。
ここにしよう。
からんころんとベルの鳴る音に導かれるまま、店の中をぐるりと見やる。洋風の小洒落た内装の店だ。大きく切り取られた窓から差し込む光が、店内を明るく照らしている。
ふと、窓際の席に、見覚えのある褐色を見つけて声を上げた。
「アーチャー?」
名前を呼ばれた男は、作業をしていたラップトップから訝しげに視線をあげ、驚いた様に、掛けていた黒ぶちの眼鏡を中指で押し上げた。
「ランサー」
「なんつーか、奇遇だな」
ごく当然の流れで、ランサーは男の向かいに腰を落とした。
男は新都の大学に勤める教授だ。名前は衛宮・S・アーチャー。つい最近知り合い、幾度か捜査に協力をしてもらっている。鉱物学の専門家は普段は大学で教鞭をとっているのだが、それがどうしてこんなところにいるのだろう。
「大学は休みなのか?」
「ああ、講義があるのは週に三回だ、それに会議が週一回、それ以外の日は実験室に籠るか、こうして論文を書いている」
オーダーを取りに来た店員に珈琲とハムサンドを注文したランサーを見る事もせず、エミヤはカタカタとキーボードを打ち鳴らす。
しばしの沈黙、手持ち無沙汰にシュガーポットの蓋をあけて中を見た。顆粒のグラニュー糖ではなく角砂糖が置かれている。
「そういう君は分かりやすいな」
「なにがだよ」
くすりと笑う男の言葉が理解出来ずに、不機嫌に聞き返す。
「今日は非番だろう。習慣で朝早くに目が覚めてしまったが特にやることもない。朝食にありつこうといつものパン屋に立ち寄ったが臨時休業で閉まっていた。仕方なく商店街を彷徨いた後、たまたま目に入った喫茶店で朝食をとる事にした。違うかね?」
気味が悪いほど当たっている。何故、パン屋に通っている事までバレているのか、空恐ろしさに思わず身震いをした。
「なんで分かるんだ」
「簡単な事だ」
エミヤはようやく手を止めて、ラップトップ横の紅茶を一口飲むと、楽しげに口の端を吊上げた。
「私服警官といえどもそんな派手なシャツを仕事では着ないだろう。よって君は、今日は非番だ。君のように休みのない仕事をする人間が休日だからと寝坊などするはずもない。毎朝パン屋に行っていると思ったのは、君に会うとき、いつも仄かにパンの香りがするからだ。朝食にトーストを食べる程度であのような残り香は付かない。パン屋の中で商品を購入する為に10分以上並ぶからだろう。それほど懇意にしている店なら、休日のこんな時間にわざわざ外出する理由としては十分だ。しかし今日の君からパンの香りはしていない。常連の君がパン屋の定休日を把握していないはずはないから臨時休業だったのだ。だから君はこんな半端な時間にここでサンドウィッチを注文している」
どうかね? と問いかける男に、ぐっと喉が詰まる。
「……オレがこの店の常連だって可能性は?」
「常連はシュガーポットの中身など確認しない。第一、常連の私が君の姿を見た事が一度もない」
常連なのか。
相変わらずの怒濤の推理に、ぐうの音も出ない。
反論しないランサーに気を良くしたのか、男は満足げに頷いて、再びキーボードに指を走らせる。
「……あんた、一日中ここで仕事してるのか」
「一日中ではないが、まあ朝の間はそうだな」
「ワーカーホリックってやつだな」
「君に言われたくはない」
ごもっとも。
それこそ、反論も出来ずに頷いていると、店員が、お待たせしましたとランサーの目の前に珈琲とハムサンドを置いた。
インスタントではない、豆の香ばしい香りがする。内装に負けていない本格的な店のようだ。シュガーポットから角砂糖を一つだけ、珈琲の中に放りこんでかき混ぜる。螺旋を描く液体から。渦の数だけ香りが立ち昇った。
先ずはこちらからと、目の前に置かれたハムサンドを一つ手に取ってひと齧り。丁寧に塗られたバターとマヨネーズのソースが、薄いハムの旨味を吸い込んで、シャキシャキと音を立てるレタスの味を引き立てる。飲み込んで、珈琲を一口啜る。口の中に残ったバターの味が、珈琲の中に溶けて流れた。食べ応えはないが、珈琲に合うように作られたのだろう。悪くない味だ。残ったかけらを一息に口に放り込む。
「美味そうに食べるな」
「……そうか?」
美味いからな。
そう答えれば、短くそうかと返答があった。会話は続かない。
ハムサンドをもう一つ手に取る。これを食べ終えたあとはどうしようかと考える。久々に港で釣りでもするか、それとも街でナンパでもしようか。仕事柄、ロクに休みもないので特定の相手を作るのは難しい。そういえば、目の前の男はどうなのだろうと顔を上げる。学者のくせに体格が良く、顔も精悍で男前だ。
「なあ、あんた恋人とかいないのか?」
「いる様に見えるかね」
みえないな。
愚問だった。顔はいいが、人付き合いができるような性格ではないだろう。
「学生にはモテそうだけどな、色男」
「学生に手を出してどうする」
「大学生なら問題ないだろ。いいよな女子大生」
「興味がないのでね。それに…私なんぞより、君の方がよっぽど綺麗な顔をしていると思うが」
まさかのカウンター。
皮肉しか飛び出さないと思っていた男からの褒め言葉に、自覚のある事でも妙に照れてしまう。
「お世辞いってもなんも出さねーぞ」
「お世辞を言った覚えはないが」
きょとんとした顔。完全に無自覚だ。
モテないどころか、この男は無自覚の人たらしという一番罪深い種族なのだと理解したランサーは、八つ当たり気味に手にしたハムサンドに齧り付いた。
さてもうすぐで食べ終わるというところで、ズボンのポケットに入れていた携帯電話がブルブルと振動する。
取り出して画面を確認すると、上司の名前が表示された。どうやら非番は終わりのようだ。
「どうしました?」
『ランサー、すまない。殺人事件だ。直に署に来てくれ』
「了解」
短く答えて通話を切ると、残った珈琲を一息に飲み干して、立ち上がった。
「蝉菜マンションの306号室だ」
別れの挨拶をしようかと口を開けた直後、エミヤからの謎の言葉にランサーは首を傾げる。
「私は一段落付いたら自宅に帰るのでね。どうせまた何か聞きにくるのだろう?」
「そうとは限らねえだろうが」
「そうか、ならば忘れてくれたまえ」
しっしと手をふる男に別れの言葉と渋面を向け、ランサーは店員を呼んで会計を終えると店の外に出た。
窓際を振り返る。
頬杖を付いた男がこちらに視線を向けていた。その唇が”またな”と動いた気がしたので、ランサーは片手を上げてその場から立ち去った。
「常連だって言ってたな」
男の性格上、この曜日のこの時間いつもここにいるのだろう。たまには店の珈琲も悪くない。また飲みにこよう。
ほんの短い時間だったが、悪くない休暇だった。
終
Comments
- そーOctober 26, 2017