過去編となります。本編中で語られた、エルタのかつての相棒の話です。
※ 以下、知らない人はスルーで大丈夫です。
ヒオンという名前のキャラが出てきますが、これは『 』少女で登場したキャラであるヒオンとは別人物です。
> 月を追う者(1)
出発するぞー! と、青空の元で、男の声が響いた。
おお、と掛け声が周囲から響く。
老いた男から若い女性まで、その年代は様々だ。アイルーの声まで聞こえる。
周辺には人々が行き交っていた。立ち並ぶ色とりどりのテントに、三角旗や気球まで。人家こそないものの、そこはひとつの小さな商店街のような雰囲気があった。
そんな商店街の一画が、ぱたぱたと
収納され、連結され、車輪を装着されて。あれよあれよという間に、そこには一列になった荷車の群れができあがっていた。
ここにいる人々はそれを、キャラバンと呼んだ。
荷物を仕舞っていた数人が、慣れた様子で荷車へと乗り込んでいく。
先頭と最後尾には数頭のアプトノスが控えており、彼らも戸惑った様子はない。これから自分たちがするべきことをしっかりと弁えている様子だ。
これが彼らの日常だった。ここは、彼らのようなキャラバンが集って構成された地図に載らない名の無き街。中継都市ですらない。世界にいくつも存在する、流動していく集落のひとつだ。
連結竜車となったそれには、一人のハンターが乗っている。キャラバンの護衛役だ。
これから行く道の周辺環境は比較的安定しているという情報は入っているし、小型の肉食竜程度であれば彼らの手持ちの道具で追い払える。
しかし、それでもハンターを雇う価値はある。大型のモンスターの狩猟経験のあるハンターであれば、なおさらだ。事が起こってからでは、遅いのだから。
キャラバンの団長らしき人物が、先頭の竜車に乗って手綱を握る。それを少しばかり大きめに揺らせば、よいしょ、と掛け声で合わせるかのように二頭のアプトノスが踏ん張った。
ごとん、と。竜車の車輪が回り始める。ぶら下がっていた連結梯子が持ち上げられて、ごとん、ごとんと後続の荷車が動き出した。
何人かの見送りが手を振っている。それ以外は見向きする程度。そういうものなのだ。彼らが空けた街の一画は、次の日には別のキャラバンが訪れて居座っているのだから。
キャラバンの団長も、わざわざ振り返ることはしない。さて、次に目指す地は。
「ちょ、ちょっと待ってー!」
振り返った。後ろの方を見るために竜車の横から顔を出してみれば、こちらに向けて手を振りながら走ってくる人物がいる。
一目見て、ハンターだと分かった。彼らの身に纏うものは千差万別だが、大抵、一般人が身に着ける衣服とはかけ離れた出で立ちになる。その人物もその例に漏れない。
白の毛皮が基調で、全体的にもこもこした可愛らしい印象を与える。彼の知るマフモフではないようだが、少なくともあれは女だな、と彼は見立てをつけた。
こうやって出発直前のキャラバンに突撃してくるハンターと言えば、その目的は大概予想がつく。
ひとつは、彼が抱えるキャラバンの誰かに素材を安く買い叩かれたか、道具を高く売りつけられたかで、その不満を捨てきれなかったもの。この場合はとっとと退散するに限る。
もうひとつは────。
「ここの人たちがバルバレに行くって聞いて! オレも乗せていってくれないか!」
キャラバンというものは次の街へ向かう際、荷車にできる限り商品を積むものだ。これ以上人を運べない、ということも少なくない。
ただ、かのハンターにとっては幸運なことに、今回は人ひとりが加わる程度の余裕は持ち合わせているようだった。
もともと、規模に対して護り手が一人というのには、もしものときに若干の不安があったのだろう。輸送費を割安にする代わりに追加で護衛を務めるという条件付きで、飛び入りながら同乗が許可された。
先客がいると聞き、そのハンターは同業者が乗る荷台へと飛び乗った。
ほろ付きの荷台。暖簾をくぐれば、適当に足を伸ばして座っていた青年が顔を上げた。
ハンター然とした装備を着ている。見覚えのある防具だった。確かクロオビシリーズだったか。
「はじめまして、だな。飛び入りで、このキャラバンに乗せてもらうことになった。ヒオン・ウィンドウォーカーだ。よろしくな!」
「エルタ・ミストウォーカー。よろしく」
不愛想だが、無視はしなかった。ヒオンはにかっと笑ってその場に座り込む。
バルバレに辿り着くまでの日々は、彼と共にキャラバンを守ることになる。人付き合いを嫌いそうな相手ならそれに合わせるが、仲良くできそうならばそれにこしたことはない。
「勝手に護衛の人数を増やしちゃってごめんな。どうしても、早めにバルバレに着きたかったんだ」
「構わない。護衛の経験は?」
「あるよ。二回くらいだけどな。一応、ギルドにしっかり登録したハンターだ。依頼を途中で投げ出すようなことはしないし、できないさ」
「念のため、ギルドカードを確認したい」
「いいぜ。ちょっと待っててな……ほら」
エルタはヒオンから手渡されたギルドカードを手に取る。
マカライト鉱製のギルドカード。駆け出しハンターというわけではなさそうだ。
イャンクックやロアルドロスといった各地方の登竜門とも言えるモンスターを狩猟していなければ、この材質のギルドカードは作成してもらえない。
ギルドからの信頼の証とも言えるだろう。ヒオンの言うことにも頷ける。
「装備は……ウルクシリーズか」
「お、知ってるのか。ちなみに武器はチャージアックスを使うぜ。おまえは?」
「スラッシュアックス」
「変形武器仲間か! いいな。近距離武器二人は若干考えること増えるけど……ま、なんとかなるだろ」
ヒオンはうんうんと頷く。エルタはそれを見つつ、珍しい武器種の使い手だなと思っていた。
チャージアックスはエルタの使うスラッシュアックスよりも後に現れた。開発されたばかりの武器だ。一般に普及し始めて一年も経っていないのではないだろうか。
エルタも使用者は片手で数える程度しか見たことがない。知らない人もまだ多いだろう。ヒオンという人物はなかなかのチャレンジャーのようだ。
しかし、そんなことよりもエルタは気になってしまうことがあった。
初対面で尋ねるべきではないことかもしれないが、気になってしまったものは仕方がない。
「ヒオン。そのウルク装備についてだが」
「うん?」
ヒオンは首を傾げる。亜麻色の瞳。その仕草はあざとささえ感じさせた。
ウルクススの装備は対暑性に難があるが総合的な守りが堅く、女性用のものはそのデザインにおいても評価が高い。それを着ていることに特に不満はないのだが。
「君、男じゃないのか。女性用のものを身に纏っているのには何か理由が……」
二人の間に沈黙が下りた。
単純に気になっただけとはいえ、不躾だったか。あまり人に話したくない経緯があるのかもしれない。
慌ててエルタが訂正しようと口を開きかけたところを、ヒオンの楽しそうな声が遮った。
「すごい! 初対面で気付くやつはなかなかいないぞ。ギルドカードでもそれとなく隠してあるのに、どうして分かったんだ?」
「どうしてと言われても、見て分かるとしか」
「やっぱ勘で当てるやつっているんだな……。そう、オレは男だよ。童顔で身体のつくりもがっしりしてないからさ。よく女に間違えられるんだ」
あっさりと、ヒオンは自らの性別を明かした。
確かに、男らしくない顔つきと体つきと言われれば、そうなのだろう。防具の内部の構造は多少弄られているだろうが、女性用のウルク装備を着こなしている時点でそれは察せられる。
「このままだとオレが誤解されそうだからざっくり話すとな。工房で間違えられたんだ。ふつうそんなことはあっちゃいけないって返品を提案されたんだけど、せっかく作ってもらったしな……」
「それで、そのまま受け取ったのか」
「ああ。でも、案外いいもんだぜ。調合屋とか言ったときに値引き交渉が上手くいったりな。容姿ってものは武器になるんだなと思ったよ」
そう言ってヒオンは目を逸らしながら笑う。と、しばらくしてから少しだけ声のトーンを落として呟いた。
「やっぱ変、か?」
「……いや、別に」
ヒオンが顔を上げた。少しだけ驚いたような顔をしている。
何か変なことを言っただろうかと思いながら、エルタは言葉を重ねた。
「君がそう思っているのなら、いい防具なのだろう、それは。君自身が納得していて、君の身をしっかり守れるのなら、僕は何も言うことはない」
初対面のハンターがあげられるコメントなどその程度だろうとエルタは思っていたが、その言葉は、存外にヒオンに好意的に受け入れられたようだった。
「……そうだな。その通りだ。ありがとな、褒められるとは思ってもなかった」
嬉しそうに表情を綻ばせる。その顔はハンターらしくところどころ傷があれど、どこか魅力を感じさせるものがあった。
もしかすると、茶化されたり引かれたりすると思っていたのかもしれない。エルタはそういう絡みは馴染みがなく、生真面目だった。
二人で握手を交わして、やはり嬉しそうに、少しだけ照れくさそうにヒオンは告げた。
「改めてよろしく。おまえとなら、いい旅路になりそうな気がするよ」
話し合いの結果、エルタはキャラバンの先頭、ヒオンは後方で見張りに着くことになった。
この手のキャラバンが最も被害に遭いやすいのは、荷物ではない。竜車を引くアプトノスたちだ。
生ものや多くの人を運んでいれば話は別かもしれないが、引手の草食竜が小型の肉食竜の群れに襲われるという被害が最も多い。
商人や人が通る道とはいえ、この自然の中で人だけが取り残されてしまう状況は、一般人であればほぼ死に直結する。故に、人に従順なアプトノスは大切に守り通さなければならない。
そのためにハンターがいる。商人たちもクロスボウ程度なら持ち合わせているが、あくまで牽制する程度のものだろう。
エルタたちも主の得物とは別にボウガンを担ぐ。遠方から威嚇射撃ができるのは大きな利点だ。狙いは外れても、徹甲榴弾の音と匂いに驚いて逃げてくれるのであればそれに越したことはない。
エルタが竜車を引くアプトノスたちを、ヒオンが控えのアプトノスたちを守る。そのままバルバレまで辿り着ければ護衛は成功だ。しくじれば報酬は支払われず、違約金が求められることもある。
かくして、キャラバンの旅は順調に進んでいた。
途中、イーオスと呼ばれる毒を吐く走竜が五匹ほどの群れで現れたが、エルタたちが素早く対処し事なきを得た。
その後しばらくは親玉たるドスイーオスの襲撃に神経を尖らせなければならなかったが、そこまでには至らず、一行は森の中を進む。
だが、木々の身長が一気に高く、幹が太くなる大樹の群れに差し掛かったところで、彼らは思わぬ足止めを食らうことになった。
その道には、通常のクモの巣とは比較にならない程に大きな白い粘着物が、ところどころに付着していたのだ。
「これは……先に気付いてよかったかな。下手に進んだら一網打尽だ」
「ヒオンはこれが何かわかるのか」
「ああ。たぶん、ネルスキュラだ。何日か前くらいに、ここで狩りをしたんだろうな。そうでなきゃこんな痕跡は残らない」
地面に付着した粘着物にそっと指で触れながら、ヒオンは険しい顔をしていた。
それはかなり風化した様子を見せつつも、べたつくような粘着力を未だに残していた。どうやらネルスキュラというモンスターの仕業らしい。
エルタたちの他にも、一組のキャラバンが森に入る前で立ち往生している。バルバレが近くなっているため、合流することが多いのだ。
人の道に大型モンスターが縄張りを構えてしまうなどという事態は滅多に起こらない。そういう意味では、不運と言うべきか、これまで順調であったツケと言うべきか。
迂回するか、それともこやし玉などの道具を頼りに強行突破するか。キャラバンの人々の間で議論が交わされている間に、ヒオンたちが話を持ち掛けた。
「オレたちでよければ、狩りにいこうか?」
ヒオンたちは旅の道中、護衛という任務内容を履き違えない範囲内での大型モンスターの狩猟が許可されている。ギルドから与えられたその権利を行使し、事前にネルスキュラを狩ろうというのだ。
その案は考えられていなかったらしく、ヒオンたちは心配された。それもそのはず。ここでヒオンたちが返り討ちに遭い死んでしまったなら、ここからバルバレまでの道のりの守り手がいなくなってしまう。
「でも、すぐに迂回を選ばないってことは、みんなも早く着きたいんだろ? 狩猟が失敗してもできるだけ戻ってくるようにはするからさ」
食い下がるヒオンに、キャラバンの人々は迷いつつも了承を返すしかなかった。ヒオンが言っていることは図星だったのだ。
迂回路はあまり使われない分、そこでも何かに襲われたり、思わぬ障害物に足止めを食らう可能性は十分にある。ハンターたちがうまくやれば、数日の損失で済むというのは大きい。
三日。それがヒオンたちに与えられた日数だった。四日目の朝には、キャラバンはヒオンたちが死んだものとして迂回路に進む。
ヒオンたちが狩猟に出ている間の人々とアプトノスの護衛は、もう一組のキャラバンのハンターが請け負った。
大型モンスターを相手取るのはまだ荷が重いらしいが、ライトボウガンの使い手で小型肉食竜相手の護衛は任せてほしいという。互いの無事を願い、彼らは握手を交わした。
そうして、巨大樹の乱立する森の中にヒオンとエルタは入っていく。
二人がペアを組んでの、初めての狩猟だった。
小休憩を挟み、道からも外れて森の中へ本格的に入り、半日弱は歩いただろうか。
エルタたちは、当のモンスターの食糧庫らしき場所へ辿り着いていた。
朽ちた倒木が偶然折り重なり、やや閉じた空間が生成されている。大木の枝に吊り下げるようにして、大小の繭のようなものがあちこちにぶら下がっている。
エルタは腰に下げたポーチから双眼鏡を取り出した。
「あれは、全てモンスターなのか」
「ああ。ネルスキュラに捕らわれて、ああやって保存食にされるんだ。あまり見てて気持ちいいもんじゃないけど……何か分かるか?」
「……いや、見慣れない生き物たちだ」
「ちょっと貸して見せてくれ。んー……あいつはゲリョスを好んで食うって聞いたんだけど、見当たらないな。代わりにぶら下がってるのは……ケチャワチャか。あれはアルセルタスっぽいぞ」
物陰に隠れながら、ヒオンが独り言のように呟く。
ケチャワチャ、アルセルタス。どちらも好んで森に入るモンスターなのだという。
エルタの知るイーオスも餌食にされていた。ゲリョスのことも分かるが、翼を持つ竜はこの森にはあまり入りたがらないのだろう。その姿は見当たらなかった。
「ケチャワチャを仕留められるってことは、かなり大きいな。成体か……」
この森の食物連鎖の頂点に立っているだろうことは明らかだった。
そして、そんなモンスターの食糧庫にまで足を運んだのは、飛んで火にいる夏の虫にも等しい。しかしそれは、エルタたちが望んだことでもある。
一日のどこかのタイミングで、ネルスキュラがここへ足を運んでくる可能性は高い。そこでの鉢合わせを狙う。
いや、今このときにも、エルタたちが気付いていないだけで、相手はこちらを捕捉しているのかもしれない。
相手は翼を持たず、声帯もない。さながら、暗殺者のようにひっそりと森に溶け込んでいる。
エルタたちは慎重に動いた。
いつでも武器を抜けるような緊張感を保ちながら、自分たちが戦いやすい場所を選んで歩く。木の根で足場が不安定だったり、逃げ道が少なかったりする場所からなるべく距離を取る。
油断しきった姿を演出する。雑談を交わすことまではしないものの、ここまで知らずに迷い込んできた生き物のように振る舞い、誘う。
「…………」
「…………」
先ほど、千里眼の薬を一口飲んだ。普段より鋭敏になった五感が、近くに人よりも遥かに大きな生物がいるという気配だけを伝えてくる。
来たのだ。エルタたちを観察している。機を窺っているのかもしれない。
こちらはあちらの姿がどこにあるかまでは分からず、あちらもこちらの誘いに気付いていない。
駆け引きのような時間が過ぎていって、そろそろ半刻が経とうかという頃。
ヒオンの足元で、泥水がぶちまけられたような音がしたと思ったときには、エルタの視界からヒオンの姿が消えていた。
「ッ───くっそ!?」
転倒させられた。ヒオンの脚にへばりついた人の腕ほどもある白い糸が、ヒオンを急に強く引っ張ったのだ。
咄嗟に地上の木の根を掴む。しかし、その糸──もはや綱と言っても過言ではない──は足元の地面にも付着しており、それ以上に引っ張られることはない。
それが意味するものとは。ヒオンがぞっと身を強張らせたそのとき、エルタが己の武器を振り被っていた。
剣斧、ソルブレイカー。砕く牙の名をもつその刀身が、蜘蛛糸を捉え、しならせ、そして断ち切った。何重もの細かな糸の破片が宙を舞う。
その間、僅か一秒。しかし、その迅速な対応が命運を分けた。
エルタが飛び退き、ヒオンが倒れながらも地面を転がった矢先に、巨大な四つ足と尻尾が飛び掛かってきたのだ。
ネルスキュラ。これが。
なるほど、思っていた以上に蜘蛛に近い見た目だ。そして大きい。大型の竜に匹敵するか。
もしヒオンがあのまま拘束されていたら、下敷きにされ、そのまま糸で全身を縛られていたかもしれない。滑稽な姿に見えるかもしれないが、もしソロだったのなら、その時点で死はかなり近い。
ぎちぎちぎち、とどこで鳴らしていくかも分からない不気味な音と共に、ネルスキュラの脚がせわしなく動く。
前肢をこちらへと向けた。こぶし大の六つの光点。あれら全てが眼なのだろうか。
「さっそく助けられたな! さあ、狩猟開始だ……!」
足に巻き付いていた糸を無理やり切ったらしい。立ち上がったヒオンが盾と剣を構える。エルタも自らの得物を剣から斧へ移行させ、その切っ先を油断なくネルスキュラへと向けた。
初めて出会う種との戦いだ。そして、ここはそんな相手の本拠地でもある。地の利を十全に活かし、こちらを翻弄してくるだろう。
願わくば、小さな生き物二匹相手に油断してくれるといいが。蜘蛛にそういった思考はあるのだろうか。
威嚇するように一対の爪を掲げたネルスキュラに対し、回り込むようにしてエルタは走り出した。
お久しぶりです。Senritsuです。
一連のお話は既に書き上げているため、週一で投稿していきます。
(週一だと間隔が長いと思われる方は、感想欄等で書いていただければ検討してみます)
恒例の過去編&最後に少しだけ未来編となります。よろしくお願いします。