グラン・ミラオス迎撃戦記   作:Senritsu

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第7節 絶対黒龍戦線マグマオーシャン
> 絶対黒龍戦線マグマオーシャン(1)


 

 

「はっ、はっ……なあ、俺たちどれだけ歩いたんだ」

「タンジアを出てから一日弱ってとこかね」

 

 狭く、険しい山道。タンジアから続く陸路を歩いていた二人の男は、その声に疲れを滲ませていた。

 歩いているのは彼らだけではない。同じように逃れてきた人々が、何十も、何百も、あるいは千を超えて歩いていた。人の列は数百メートルに渡ろうかというほどに長く続いていた。

 本来は肉食のモンスターなどが出てきてもおかしくはないが、そういった獣たちは先んじてこの地から逃げ出している。人々は隣町や道中の集落を目指して、黙々と歩き続けていた。

 

「随分とまあ、歩いたもんだが……船に乗ってばかりで歩き旅なんてしてなかったから、もう足が棒になったみたいだ。船や竜車がないと、とてもじゃないがやってられんのだなあ。人って生き物は」

「そうは言っても、命があるだけ儲けものだぞ。あの悪夢はもうこりごりだ。この空が晴れん限りは、ろくに眠ることすらできん」

 

 そう言った男は空を見上げる。赤い空だ。朝方や夕方というわけでもないのに、頭上の太陽の光は赤い空を映す。

 半日前、あの空から炎の雨が降ってきた。避難する人々にも例外なく降り注いだそれは、百を超す人々の命を失わせ、人々の心を限界まで削り取っていた。心労による騒動が起こらないのは、ひとえに恐怖に突き動かされているからだ。

 タンジアを出てすぐのころよりも色合いは薄くなったとはいえ、空の赤色は果てる気配がない。雲はタンジアの方向へと総じて流れていき、不気味な渦上の積乱雲を形作っている。

 

「それに、おまえにも聞こえるだろう。俺たちの足音じゃない、地響きやら、吼え声が」

「頭がおかしくなっちまうんじゃないかってくらい聞いたさ。山に反響して重なって聞こえやがる。あんなの、同じ生き物とはとても思えない。いるんだろうな。タンジアに古龍が……」

 

 彼らのような一般住民には、かの龍が黒龍に名を連ねるものであることは知らされていなかった。そうだとしても、古龍という存在への畏怖は彼らに否応なく刻み込まれていた。

 

「ハンターが戦ってくれているんだよな。だがよ、あんな神サマみたいなやつを相手に人がどうこうできるのか? 迎撃拠点はあっけなく壊滅したって噂で聞いたし、全然止められてないんじゃないのか……?」

「……歩こう。ハンターさんが古龍を食い止められていても、いなくても、歩いていた方が生き延びれそうなことに変わりはないだろう」

「……そうだな」

 

 男たちはそのやり取りを最後にして、再び黙って歩き始めた。この道を歩いている人々の多くが、同じような心境で口を閉ざしていた。

 彼らの多くが慣れない徒歩での避難。気温も普段より高く、消耗を強いられる。人々の中には倒れる者も出始めていた。

 

 とにかく、この悪夢のような赤い空が晴れることを。

 千を超す人々は、ただそれだけを一心に願っていた。

 

 

 

 

 

 グラン・ミラオスがタンジアに現れてから、丸一日以上が過ぎた。

 海の商人の聖地と呼ばれた港町は、この一日でその在り様を大きく変えていた。

 

 海は大量の瓦礫や木材が漂い、桟橋は軒並み破壊され、沿岸部は更地になっている。かの龍が大灯台を海に投げ込んだことによって発生した大高潮のためだ。

 街は今も火の手が上がっている。もはや崩れていない建物を見つけることの方が困難だった。もし、かの龍の両翼が今も破壊されていなければ、ここも更地になっていたかもしれない。

 ところどころ、大怪我をして動けない人や死人の姿もあった。呻き声は地響きや火事の音にかき消されて届かない。前線に行けないハンターや海上調査隊による、懸命な救助活動が今も続いていた。

 

 上空は今も厚い雲が立ち込めている。それは嵐の目のように、グラン・ミラオスの頭上を中心にして渦巻いているようにも見えた。

 赤く染まる雲から、黒色の雨が降る。山火事や街の火によって立ち昇った煙が混じった、灰混じりの雨だ。たびたび降ってきては、気まぐれに周辺の火を消していく。

 

 そんな雨に打たれながら、エルタは立っていた。

 全身を覆う外套を羽織っている。彼の見た目があまりにも痛々しく、見る人を委縮させるからと彼に渡されたものだった。

 

 しばらくして、エルタの元へ、いや、今エルタがいる拠点へとふらふらになりながら走ってくる人々が現れた。

 皆、最前線で戦っていたハンターたちだ。例外なく疲労困憊している。中には辿り着いてすぐにその場で嘔吐する者もいた。

 そんな中でも、殿となっていたらしい二人のハンターの消耗は尋常ではなかった。

 

「ガルムさん! よくご無事で……っ、その腕はどうされたんです!? はっ、早く手当てを!」

「……なに、かの龍の突進を二、三度受け止めただけだ。人の身に過ぎる真似をした……代償だな。それよりも……彼女の手当てを優先してやってくれ」

 

 拠点に辿り着くなりどかりと座り込み、ガルムは荒い息を吐く。ダマスクアームを外した彼の右腕は、はち切れそうなほどに腫れあがり、青く変色していた。

 骨が複雑に折れていることは明確だ。それでいながら、回復薬でごまかし、腕の筋肉で無理やり盾を持ち続けていた。流石のガルムと言えど、やせ我慢であったことを隠し切れない様子だった。

 本来、グラン・ミラオスの突進は、ハンターが受け止められるか否かという次元にないものだ。それを一度のみならず二、三度。その他にブレスも盾で防いだだろうことを考えれば、こうなるのも道理か。

 

 長時間熱波に晒されて体中を赤く茹でられつつも、痛みによる脂汗を滲ませるガルム。しかし、彼はそんな自分を差し置いて、もう一人のハンターを気遣う。

 最後に拠点へと辿り着いたそのハンターは、その直後に事切れたように倒れ伏した。

 

「ソナタ! ソナタッ!?」

 

 負傷したハンターに肩を貸して歩いていたアストレアは、その姿を見て弾かれたように顔を上げる。他の者に負傷者を託して、ソナタに群がる人々を押しのけて駆け寄った。

 ガルムと同様、顔が赤い。けれどそれは火傷によるもので、血の気は引いている。息は浅く短く、ひゅーひゅーと音を鳴らす。四肢の指先は細かく痙攣していた。

 酸欠だ。アストレアも経験があった。双剣を使っていて過集中に陥るとこうなることがある。

 

 けれどこれは、そのときよりもさらに酷い。瀕死だったエルタと大差ない状況だ。

 このままソナタの息が細くなってしまうような気がして、アストレアは咄嗟に声が出せなくなった。

 

人工呼吸器(さんそだま)持ってこい早く! くそ、なんでこうなるまで戦い続けられるんだ……!」

 

 ソナタの姿に呑まれていた周囲の人々の内の一人が、数秒後に声を張り上げた。

 彼らが信じられないような目でソナタを見るのも無理はなかった。人という生き物は、そうなる前に倒れたり、怖気ついて引き下がるようにできているはずなのだ。そういう箍が外れた人は本来以上の力を発揮できるとされるが、それこそまさに命の前借り、凄まじい勢いで生命力を削っていることに他ならない。

 そして、ソナタはそれができてしまう人物であったからこそ、ナバルデウスを単身で撃退し、グラン・ミラオスを相手に延々と戦い続けることができてしまったのだろう。

 

 そのきっかけは、モガ村の人々の優しさに触れたこと。

 一見すれば、海竜の防具を着た上位の狩人程度の認識だ。ソナタ自身もその認識でいいと笑っていた。

 モガの村の人々に居場所を与えられ、村を大切に想い、アストレアのような存在に密かに憧れた。ただ、それだけのハンターだ。それだけで、自らの生命力を削り抜けるようになってしまった。

 

 ソナタが担架で運ばれていく。吐血もしていた彼女が命を繋げられるかは、気力と残りの生命力次第だ。しかし、ナバルデウスのときも彼女はその状態で死の淵から戻ってきたという実績がある。

 今回もそうであることを祈るしかないし、アストレアはソナタのことを信じていた。自分の身の回りから次々と命が零れ落ちていく、怖さの柵から足掻き出る。

 ソナタの元に居座るわけにはいかない。自分は自分の為すべきことを。アストレアは身を翻して、遠方のグラン・ミラオスを見つめて立つエルタのもとへと歩いていった。

 

 

 

 

 

「煙幕弾と隠蔽工作も、限界のようじゃな」

 

 およそ一キロ。グラン・ミラオスと此方との直線距離だ。

 それだけ離れていても、かの龍の姿は視界に大きく映る。放射熱がここまで届いているような気さえする。タンジアのギルドマスターは目を眇めた。

 隣には外套を着た青年の姿があった。一見浮浪者のようにも見えるが、手に握る一本の武器がハンターであることを示している。その足元には、血の雫が滴っていた。

 

「見てみよ。今まさに最後の撃龍船が沈みよるというに、なけなしの砲撃を当てるその技量。あの若造はタンジアの誇りじゃな」

 

 ギルドマスターの視線の先には、炎上しながら傾いていく撃龍船の姿があった。

 煙幕弾から逆探知され、グラン・ミラオスのブレスの応酬に晒された。舵を駆使して直接の被弾を避けていたが、徐々に火の手が上がり、煙幕を十分に張れなくなり、やがて、その土手っ腹に風穴を開けられた。

 かの龍の撃退のために世界から集った六隻の撃龍船は、これで全てが沈没、航行不可能になったことになる。その最後は、戦いの趨勢を決めるような華々しいものではなかったとしても、確かに多くのハンターたちの命を救ったのだ。

 

「いよいよ、覚悟を決めねばならん。おぬしは……愚問じゃったな」

 

 横に立つエルタの姿を垣間見たギルドマスターは、やや視線を落として歩き出した。

 木組みの指示台に立ったギルドマスターは振り返り、拠点内の人々を見渡す。その様子に気付いた人々が顔を上げた。老齢の竜人族特有の小柄な体格ながら、長らくタンジアの港を仕切ってきた威厳がそこにはあった。

 

「おぬしらよ。分かっているとは思うが、この場所がワシら人の最後の砦じゃ」

 

 彼は、半日前まで火山弾の雨から身を守るために洞窟に避難していた。その雨がエルタの手によって鎮められ、外に出られるようなり、逃げ出さなかった人々で寄り集まって突貫で作り上げた拠点がここだった。

 受付嬢やギルドの医師、地元の漁師、数人の海上調査隊とハンターたち、延べ三十人程度。巨大龍への対抗組織というにはあまりにも、その数は少なかった。

 

「この期に及んで気長に話すつもりもない。率直に言うぞい。……ハンターらよ。これからワシは、おぬしらを死地へ行かせるつもりじゃ」

 

 はっきりとそう告げたギルドマスターに対し、不満や非難の声は帰ってこなかった。

 

「最後の撃龍船も沈んだ。今、あやつを遮るものは何もない状況じゃ。ワシらの作戦は、あやつをここまで誘導し、あの胸の核に撃龍槍をぶつけることにある」

 

 彼が立つ指示台の真下に、それは鎮座していた。

 撃龍槍。本来は撃龍船に積まれていた巨大な兵器だ。ギルドマスターたちは高潮によって打ち上げられた撃龍船から撃龍槍を抜き出し、この場所に固定し、十全に稼働させることにこれまでの時間を費やしてきた。

 巨龍砲よりも歴史的には古い対龍兵器だ。しかし、その攻撃力には確かなものがあり、今の時代まで現役を張り続けてきた。

 何より、拘束用バリスタから大砲、巨龍砲に至るまであらゆる兵器を撃ち返してきたグラン・ミラオスは、まだ撃龍槍のことを知らない。燃料に滅龍炭は使用していないため、事前に察知もされない。上手くその存在を隠せば、初撃はほぼ確実に当てられるという算段だ。

 

「ハンターらの活躍によって、あやつが身体に纏っておったマグマは今や、胸の一部位のみになっておる。そこに撃龍槍の一撃をくらわせれば……強烈な痛手になるはずじゃ」

 

 倒すことができる、という言葉を、ギルドマスターは飲み込んだ。

 それは希望的な観測だ。もしかしたら、という夢に縋っているに過ぎない。ただただ、そうするしか道は残されていないということだけが、紛れもない事実だ。

 

「撃龍槍はここから動かせぬ。あやつがあらぬ方へと行かぬように大銅鑼を鳴らすつもりじゃが、ここにブレスの一発でも撃ち込まれればそれで終わりじゃ。じゃから、誰かが囮をせねばならん」

 

 撃龍槍の射程は対龍兵器の中でも最も短い。迎撃拠点での巨龍砲への誘導、あのとき以上に、目と鼻の先までかの龍を導かなければならない。

 ソナタとガルムに任せればよかったのではないか、と、言えるはずもなかった。双方、とうに限界は超えていたことは明らかだ。誘導の途中で力尽きて、グラン・ミラオスに大暴れされるという最悪の展開が待ち受けていただろう。

 彼ら二人には任せられない。他のハンターにとって死地に等しいことは明白で、仲間の死を踏み越えながら囮役を受け継ぐような、悲壮な決意が必要だった。

 

 決断に一刻の猶予もなかった。かの龍の周囲に漂う煙幕はもう、ほとんど残されていなかった。

 重々しく沈黙を貫いていた角竜の装備のハンターが「俺たちのパーティが……」と声を上げかけて、少女の声がそれを遮った。

 

「わたしが、行く」

 

 凛とした宣言だった。

 もとは真白だったのだろう血の滲んだワンピース。どこの汎用防具でもない、一見すれば防具にも見えない、ラギアクルス亜種の皮で編まれた装備を着た、隻腕の少女だ。

 角竜装備の男は首を傾げる。目立つ格好はしていたが、どこの誰だ、と。モガの村にずっと留まっていたが故に、彼女の認知度はソナタと比べて無に等しかった。

 

「ソナタの連れか。おぬしのハンターランクはこの場にいるハンターの誰よりも低いはずじゃ。それを分かってなお、自らが行くと言うのじゃな」

「かんけいない。わたしがころされたら、ほかの人におねがいすればいい。わたしがさいしょに行く。それで、わたしがここまでつれてくる」

 

 ギルドマスターの静かな圧力に、一切怯むことなくアストレアはそう宣った。

 最初から最後まで、誘導は自分一人で十分だと。他の誰も介入する必要はないと、そう言い切ってみせた。

 ギルドマスターは角竜装備の男をちらりと見る。男はギルドマスターと少女、自らの仲間を一度ずつ見やって、ややあってから頷いた。

 

「分かった。おぬしのみを前線に出そう。ただ、お主の言う通り、お主が殺されれば即座に次の者を出す。おぬしの亡骸は無視して作戦は続行するぞい。それで良いか?」

 

 その言葉に、少女もまた頷き返す。

 そうと決まれば、とアストレアは走って拠点の外へと出た。拠点内では受付嬢が大銅鑼を鳴らす準備を始める。

 ソナタたちが走ってきた瓦礫だらけの道なき道を、アストレアは逆走していく。本来燃えないものが焼けて溶ける特有の匂いと、僅かな血の匂いがそこには漂っていた。

 

 走って、走って。大銅鑼が鳴らされる直前、アストレアは振り返って拠点の方を見た。

 一見、そこらの建物の残骸と大差ない崩れかけの木組みの台の上に、外套を羽織った青年が立っている。

 彼と言葉は交わさなかった。また話すことがあるとすれば、それはこの戦いに何かしらの決着がついたときだ。そんな約束をした。

 

 今、彼の手にはアストレアが回収してきた彼の二つ目の武器が握られている。

 彼があの場所で待ち構えているということに、アストレアは何よりも意味を感じていた。ただ立っているだけで、もうほとんど意識はなかったとしても、見守られているということが彼女の背中を押していた。

 

 独りだ。

 誰の力も頼れない。誰かが手を貸すことはない。自分一人で何とかしなければならない状況を、アストレアは彼女自身で選んだ。

 竜であるラギアクルスに育てられ、人であるソナタに引き取られ、龍と人の狭間にいる者(ドラゴンコミュニア)だったエルタに認められた。

 今、この瞬間が、アストレアの本当の巣立ちの時だ。

 

 重厚な鐘の音が、タンジアの港に響き渡った。

 撃龍船を沈めて、厳かにその場に佇んでいたグラン・ミラオスが音の鳴った方向を向く。

 そして、たった一人の少女の姿をその瞳に捉えた。

 

 一度、その瞳を剣で貫かれるほどの至近距離で見えた、その少女の姿を。

 人でありながら竜の眼光を宿す稀有な少女は、グラン・ミラオスの瞳を真っ向から見返してみせた。

 

「来い。ラギア・アストレア(森の王の継承者)は、あなたなんかこわくない」

 

 グラン・ミラオスの口から滾った紅蓮の炎が、彼女のもとへと撃ち出された。

 

 





こんばんは。お待たせしてしまってごめんなさい。
第7節は一週間ごとに投稿します。本編の進みが遅くて心苦しいのですが、次回から一気に進められる……と思います。
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