グラン・ミラオス迎撃戦記   作:Senritsu

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>>>> 原初の星、見通す海(4)

 

 

 ────あれが、大海龍を一人で退けた狩人か。なるほど、道理よな。

 

 灼熱の戦場の中で、傷だらけの大鎧を身に纏うガルムは独り言ちた。

 灼熱という言葉に語弊はない。かの煉獄の龍から放たれる熱気と放射熱は、周辺の温度を際限なく上昇させ、防具越しに肌を焼いていた。

 海中ほどとは言わずとも、劣悪な環境下で彼は立ち続けていた。もう一人の狩人と共に。ガルムは今、その狩人の姿を傍目に見ている。

 

 一見すればただの狩人だ。大剣を担ぎ、防具は強力ではあるが伝説級というほどのものではない。装備の希少性で言えば、ダマスクシリーズを身に纏うガルムが大きく上をいくだろう。

 では、なぜその狩人をガルムが注目しているのか。その理由は極めて単純だ。

 

 倒れない。

 

 かの狩人の驚愕すべきは全てその一言に集約されていた。

 ガルムや彼女がこの場所に立つまでの間、たった一人でかの龍とやり合った狩人がいる。彼はおよそ一時間もの間戦い続けていた。それだけでも十分に驚嘆に値するというのに、彼女はそれをも凌駕していく。

 

 半日。ガルムたちに繋いだ狩人が稼いだ時間の、十倍以上。彼女が戦い続けている時間だ。

 

 その間、ひと時も休みに入ることなく。膝をつくことはあれど、倒れることはなく。

 ときおり港のアイルーたちが決死の思いで投げ込んでくる食糧や回復薬などを手早く回収し、咀嚼しながら戦い続ける。

 ガルムが注意を引き付け、龍の死角に入ったかと思えば武器を研ぎ、再び狙われる頃には武器を構えている。彼女はそれを延々と繰り返していた。

 

 完全に守りに入ったのかと思えば、否だ。

 今もまさに、彼女──ソナタはグラン・ミラオスの懐へと駆けていく。

 

 二足歩行のかの龍は、首を揺らしながら二歩、三歩と後退する。その度に首元の火口から溶岩が零れ落ち、正面から駆けるソナタに雨のように降り注いだ。

 ソナタは絶妙な身のこなしでそれらを避けていく。避け切れないものは割り切って、溶岩の雫で焼け焦げた防具の煙を立ち昇らせたまま走る。

 

 その直後に放たれたのは、爆炎を纏うブレスだ。溶岩の雨で撹乱し、本命の高火力で仕留める目論見か。地面めがけて放たれたそれは発射と同時に着弾しているようなもので、周囲に炎を撒き散らしながら大爆発を引き起こす。

 爆発に巻き込まれたソナタはしかし、受け身を取って瓦礫に身体をぶつけることを凌いだ。それどころか、吹き飛ばされた先がかの龍の尻尾付近だったために、その根元へと斬撃を叩き込む。

 ダメージを受けていないかと問われれば、否だろう。余波とはいえ、少なくとも火竜のブレスを真正面から受けるのと同等の衝撃を受けているはずだ。

 しかし、その衝撃をできる限り内臓や骨に加えずに受け流している。少なくとも、それは素人ができることではなかった。

 

 懐に潜り込まれたことを察知したグラン・ミラオスはその場で足踏みを繰り出す。

 後ろ足を片方ずつ浮かせて、力を込めて地面を踏みしめるだけの行動。しかし、それはかの龍の超重量が伴うことで極めて危険な攻撃と化す。

 ごっ、と形容しがたい音を響かせて、地面が砕け散った。反動で周囲の岩盤が捲れあがる。周囲の半壊した建物や瓦礫たちががらがらと音を立てて崩れていく。

 地面からの衝撃は、砂漠の王者ディアブロスの突き上げにも匹敵するか。少なくとも、立っていられないどころの騒ぎではない。まともに食らえば腰が砕かれるだろう。

 

 しかし、逃げ場のないはずのそれをもソナタは察知し、避けにいく。

 大剣の切先を地面に置いてその重みを預けつつ、かの龍から離れるようにして小さく飛び退いた。

 直後にかの龍の左足が振り下ろされる。もっとも衝撃が大きくなる瞬間をソナタは半ば空中でやり過ごした。先ほどと同様、全ての衝撃を逃がすことはできなかったようだが、一瞬ふらついた後、そのまま大剣を地面に引きずりながら距離を取る。

 

 彼女の戦い方は大剣使いにしては変則的なそれだ。十分に大剣を扱える身長ではあるが、やや細身であるが故に体重が足りず、よほど体幹がしっかりなければ剣に身体が降られてしまう。

 しかし彼女は、自らが大剣を御しきれないことをよしとしているようだった。剣先は地面に置くし、溜め斬りは背負い投げのように繰り出す。

 比較的小さい力で剣を振るうこと重視していて、薙ぎ払ったり切り上げたりといった力づくの扱い方をしない。

 力で大剣を扱うよりも斬撃の威力はどうしても劣るだろう。しかし、彼女はその代わりにまるで片手剣使いであるかのような軽快な動きを獲得していた。

 今回の大剣を地面に置いての回避方法などまさにそれだ。恐らく我流だろうが、よくその戦い方を見出し、成立させたものだとガルムは思う。

 

 今もまた、かの龍が二本足で立った状態から倒れ込んで彼女を押し潰そうとする。そのまま四足歩行をするために、かの龍の両手が振り上げられる、それが予備動作だ。

 すぐさまそれに気付いたソナタだが、かの龍もまたこれまでの戦いで学びを得ている。確実に圧し潰すべく、かの龍の倒れ込みは非常に早くなっていた。

 ボディプレスは多くの龍や獣も使ってくる生物本来の技ではあるが、この龍では規模が桁違いだ。完全な回避は、それこそ翼でも持たない限り不可能だろう。

 

 灼熱の巨体が迫る。ソナタがかの龍から背を向けずに大剣の柄を手に取ったところで、ガルムの視界は遮られた。その間、僅か五秒にも満たない。

 地面が戦慄き、熱風が吹き荒れ、多量の土埃が舞う。かの龍の首元から零れる溶岩はガルムにまで届いた。銃槍の盾でそれを打ち払い、目を焼く熱風に負けじと眉を顰めた。その視線の先に。

 

 ソナタが転がり出てきた。

 彼女の命を幾度となく救ってきたであろうラギアクルスの防具は、先端部が欠け、溶岩に溶かされ、かの龍の重すぎる攻撃によって拉げ、しかし、まだその形を保っている。

 転がり出てきたソナタが担いでいた大剣からは水が滴っていた。海王剣アンカリウス。古龍の角をそのまま削り出したという類稀な剣は、斬撃や防御に海水を纏う。

 圧し潰される直前、その大剣を龍と自らの間に挟み、水流で受け流しつつ弾き出されるかたちで離脱したのだ。それ以外では脱出不可能であったとはいえ、過集中に近い武器捌きが求められるだろうことは想像に難くない。

 

 そして、ソナタは再び身構える。かの龍の次の動きの何れにも対処できるように、その動きで生じるかもしれない隙を捉えるために、力まずに巨龍を見据えていた。

 

 強い。彼女は、間違いなく。

 その強さは、ハンターの間で一般的に評価される類のものではないだろう。大剣の魅力と言える単発の火力の高さは控えめであり、ガルムのように頑強な肉体を持っているわけでもない。

 この世界には、彼女以上の狩人としての実力や功績を持つ人間は数多くいる。この街にもいるはずだ。故に彼女はモガの村に留まることができていた。

 

 しかし彼女は、今は亡きシェーレイによって見出され、現に今この場において誰よりも長くかの龍とやり合っている。

 恐らくシェーレイは気付いていたのだ。『継戦能力』という彼女の強みを。彼女を単身古龍撃退者たらしめた、その持久力を。

 

『モガの村にはかの海の巨人、ナバルデウスと二日間に渡って戦い続け、終いには根負けさせた狩人がいるらしい。古龍と根競べなど人に可能なのだろうかと思ったが、世界は広いものだな』

『ソナタ氏はいざというときに力になってくれるはずだ。彼女は巨大龍と一対一でやり合った経験がある。巨大龍との戦い方を識っているのだ。これの戦術的価値を決して無駄にしてはならない。無論、君も並び立てる者だがね』

 

 戦いが始まる前、厄海に向かう船の中でシェーレイはガルムにそう言っていた。

 彼は千人近い部隊の指揮を執り、黒龍に対してあくまでも冷静に戦いを挑んだ。社会から逸脱し自由奔放に生きる狩人ではなく、社会を構築し集団を力とする一般人として戦った。

 今まさに砲弾を放とうとしていた巨龍砲の砲塔に、かの龍の火球が吸い込まれていくのを見たとき、彼はどんなことを思ったのだろうか。

 

 古龍撃退任務で彼と関わることが多かったガルムは、彼の内面をいくらかは知っている。

 恐らく彼は、呆然としてはいなかっただろう。現実を受け入れ難いという感情はあったろうが、それを超えて自らの死を毅然と見つめ、拳を握り締めていたはずだ。

 彼は思考のどこかで予感していたのかもしれない。巨龍砲すらもかの龍に超えられる可能性を。巨龍砲の傍に自らが立って指揮し、ガルムを遠ざけたのはそういうことだったのかもしれない。もう、それを確かめる術はない。

 

 無念だっただろう。彼が用意した兵器はほぼ全てが打ち倒され、海上調査隊は半壊した。

 相手が悪かったとしか言いようがない。作戦に不備はなく、相手がゾラ・マグダラオスであれば間違いなく成功していた。グラン・ミラオスは、伝説の黒龍であるということを考慮してもなお、あまりにも強く、そして人への殺意に満ちていた。

 

 ただ、彼のことを無駄死にとは言うまい。少なくともガルムは欠片もそう思ってはいない。

 なぜなら、まだタンジアが陥落していないからだ。エルタ、ソナタ、ガルム、生き残ったハンターたちが踏ん張り続けているからだ。

 ひとえにそれは、安直にハンターを投入しての解決を図らずに兵器での迎撃を目指したシェーレイの采配あってこそ。

 かの龍についての情報が皆無だった厄海の迎撃拠点で、ハンターがあれ以上に投入されることがあれば、ソナタやエルタはあの地で命を落としていたかもしれない。その場合、この街はとっくに陥落していただろう。

 

 ソナタを見出し、ハンターたちを温存したシェーレイの犠牲の、その価値の行く末はガルムたちが背負っている。

 

 ソナタだけに負担を負わせるわけにはいかない。ガルムは前へと足を進める。

 彼女が戦っている間、それを呆けて見ていたわけではない。彼もまた前線を支える者として、かの龍と戦いながらソナタの立ち回りを垣間見ていた。

 

 四足歩行となったグラン・ミラオスは、這いずりという名の凶悪な突進攻撃を仕掛けてくる。突進の王者たるディアブロスよりは遅い速度だが、その圧は桁外れだ。大規模な火砕流が迫ってくる感覚に近い。

 多くの人はそれを目の当たりにするだけで足が竦み、あるいは絶望に捉われて成す術もなく引き潰されるだろう。いかなる防具を着ていたとしても、あの這いずりに巻き込またならば、その後にできあがるのは圧壊された肉塊だ。

 

 ソナタは標的から外れている。かの龍の視線はガルムに向いていた。

 大楯担ぎたる者、正面から待ち構えて受け止めることができるのであれば、それが理想だ。

 しかし、そんな幻想、気概は捨て置く。それは蛮勇ですらない、ただの愚かな行為だ。

 

 ガルムは今一度盾と銃槍を握り締め、強く一歩を踏みしめた。

 走る。武器を手に握ったまま。それはガルムが体格に恵まれていたからこそできる、まさに力にものを言わせた所業だった。

 突進の進路上から横に逸れるようにして走る。しかし、這いずるように動くグラン・ミラオスは軸合わせを容易にやってのける。あっという間にその巨体がガルムのもとへと迫った。

 

 かの龍がガルムに追いつく寸前に、彼は街の用水路へと飛び込んだ。腰下あたりまでが水に浸かる。

 その直後、彼の頭上で凄まじい音が轟き、砂や瓦礫、溶岩が大量に降り注いだ。

 ともすればあっという間に生き埋めになりそうなそれを盾で払いのけ、あるいは槍を杖のように扱いながら、ガルムは用水路から脱出する。

 グラン・ミラオスもガルムが紙一重で突進をやり過ごしただろうことは気付いていたようで、後退して再びあの黒い鎧を着た人物を探そうとする。

 

 そのとき、グラン・ミラオスの背中で大きな爆発が起こり、煙が巻き上がる。

 小さく呻いたかの龍が、後ろを振り返ろうとする前に、再度尻尾の辺りで爆発が起こった。大樽爆弾の爆発を彷彿とさせるが、これは違う。大砲による爆発だ。

 赤く染まり、大量の木々や布きれが漂う海の上で、一隻の撃龍船から砲撃が行われている。

 

「それぞれあと一発撃ったら撤退だ! 外すなよ!」

 

 撃龍船で指揮を執っているのは、ソナタやエルタと共にいたらしい三番船の船長だ。

 かの龍がソナタとガルムに気を取られ、船に背を向けた隙に砲撃を差し込んでくる。ロックラックの誇る砂上撃龍船、峯山丸の乗組員でもここまでの活躍は難しいだろう。

 その威力から察される通り、撃龍船はかの龍の注意を引きやすい。グラン・ミラオスのブレスは大砲よりも威力が高く、狙いは正確で、かつ速い。エルタの離脱後に集中砲火を受けた撃龍船は、既に沈没寸前だった。

 

 かの龍が四足歩行のときは移動速度こそ早いが、方向転換には時間がかかる。首だけ振り向くといった芸当もできない。反撃を受けないこの機会を確実に活かしている。

 有効射程の限界辺りから放たれる砲撃はガルムたちの助けになっていた。その直撃を受けてもほとんど損傷が見られない外殻の堅牢さは絶望的にも思えるが、衝撃は着実に内側へと届いている。

 

 遠くの撃龍船が稼いだ時間で用水路から這い出したガルムは、今度は自らかの龍へと肉薄する。

 狙いはソナタと同じく尻尾の付け根だ。放射熱を絶え凌ぎ、ガルムはその銀色の槍を罅割れた外殻へと突き入れる。

 もともとは真っ赤な溶岩溜まりとなっていたそこは、ソナタやガルムの攻撃によって潰され、外殻と同じ黒色になっている。しかし、硬さは外殻よりもましだ。まだ固まりきっていないと言うべきか。

 

 鋭い槍先が傷口を抉り、そこから赤黒い炎が噴き出した。

 エルタと同じ色合いのそれは、しかし属性としての現れ方が大きく異なる。それは、エルタの穿龍棍が獄狼竜由来のものであり、ガルムの槍が銀火竜由来であることが原因だろう。前者は雷として、後者は炎として発現しやすいが、効果は概ね同じだ。

 二度、三度と突き入れれば、龍属性に侵食された甲殻が剥がれ落ちていく。この極端なまでの龍属性への脆弱性は、グラン・ミラオスが黒龍であることに起因しているのか。

 

 グラン・ミラオスもやられてばかりではない。かの龍が身動ぎしたのを見逃さず、ガルムは咄嗟に盾を構える。そこに、大質量の後ろ足が衝突した。

 

「ぐっ……」

 

 吹き飛ばされこそしなかったものの、滑りながら大きく後退する。その衝撃は、ともすれば盾を担ぐ右腕が砕けてしまうのではと感じるほど。

 這いずり、そして後退。かの龍が移動のために繰り出しているそれは、十分すぎるほどの恐怖だ。続けて迫り来た片翼も盾に衝突し、ガルムはさらに後退する。

 重すぎる衝撃に全身が軋み、鈍く痺れる。しかし、立ち止まるわけにはいかない。

 

 再び武器を握って強引に走り出したガルムは、背中の火口から零れ落ちる火山弾を盾で弾き退けながら、グラン・ミラオスの懐へと再び潜り込む。

 かの龍の滴る血潮が盾から零れ落ち、鎧の隙間から皮膚へ垂れる。焼けるように痛い、超高温の血の雨だ。

 それに臆することなく、一気に走り抜けたガルムは槍先をかの龍の後ろ足へと突き入れた。

 

 龍属性の炎は吹き出さない。その一撃は目標から数寸のところで外れている。しかし、ガルムの意図はそこにある。

 引き金を引く。コオ、というやや高い音と共に、槍先を明るい光が覆う。温度だけであればグラン・ミラオスのブレスにも匹敵しようかという程の熱量が槍先に収束していく。

 後退してガルムを見つけ出し、前脚で叩き潰す算段だったのだろうグラン・ミラオスが、辺りを見渡してから再び動き出す。その直前にガルムの準備は整った。

 

 それは竜のブレスを模倣した一撃。

 銀の太陽、古龍級生物とまで呼ばれたリオレウス希少種の銃槍が放つ────竜撃砲。

 

 グラン・ミラオスの後ろ足の指の一本が、蒼銀の炎に包み込まれた。

 

 オォ────

 

 咆哮が聞こえる。流石に看過はできなかったか。

 反射的に持ち上げられた左後ろ足が地面を砕くが、撃龍砲の反動で大きく後退しているガルムには当たらなかった。

 

 戦いから四半日が過ぎ去ったかという頃、グラン・ミラオスの肉質には変化が訪れていた。

 これまで全身にくまなく行き渡らせていたマグマを、自らの身体の内部のみへと引き込んだようだ。全体的に黒ずみ、以前に拘束弾を溶かしたあの体表の熱量は失われている。

 代わりに、マグマによる軟化がなくなって冷え固まった体表は、凄まじい程の硬さを発揮した。

 特にその傾向が大きかったのが後ろ脚と前脚だ。剣ではまず刃が通らず、ソナタは尻尾の付け根や腹などの限られた部位への攻撃を余儀なくされていた。

 

 しかし、ガルムの担ぐガンランスの砲撃ならば、その影響を小さくできる。むしろ、下手に柔らかく衝撃が受け流される構造よりも、衝撃を減衰させずに伝える硬さを持っていた方がより効果的だ。

 その砲撃機能の切り札とも呼べる竜撃砲、ガルムの担ぐガンチャリオットともなれば、その威力はハンターの武器でありながら大砲の一撃を凌駕しうる。

 

 重鎧と重量武器を手に持ちながら走ることのできる体格、類稀な狩人の勘、そして攻防を兼ね備え、瞬間的な爆発力も持つガンランス。

 これがガルムの単身古龍撃退者たる所以だ。シェーレイが過去に言っていたように、ソナタとは大きく特徴が異なる。

 西シュレイド国の王の暇潰しで銀火竜狩猟に一人で駆り出されても死なず、ドンドルマに突如古龍が襲来し、砦で孤立無援状態になっても死なない。ガルムもまた、凄まじい狩人であることには違いなかった。

 

 竜撃砲はそう何度も放てる攻撃ではない。武器にとっても、ガルムの負担にとってもだ。

 二度連続で放とうものなら、いかにガルムの強靭な肉体とて肩が外れることを避けられないだろう。それだけ大きな反動がある。

 

 ガルムの竜撃砲を合図としてか、周辺の用水路や瓦礫の山に隠れていたハンターたちが姿を現す。

 ソナタやガルムの他に、六人。全員タンジアの上位ハンターだ。彼らは順番に前線に出て退却を繰り返し、ガルムとソナタが一息つくのに一役買っている。

 彼らの負担はガルムたちよりは少ないはずだが、それでも犠牲は避けられていなかった。一人、また一人と欠けてこの人数だ。本来は一瞬で壊滅してもおかしくはないのに、よく持ちこたえていると言うべきか。タンジアの港は彼らの血にも濡れている。

 

 既に、彼らが戦い始めたあの広場は、既に黒龍自身の超重量と大破壊のブレスの連発によって岩盤ごと崩壊し、海中に没してしまっていた。

 無人の地と化した街中が今の戦場だった。ソナタは崩れたキャンプや建物内に人がいないと判断するや否やそこに飛び込み、あるいはあえてかの龍の突進をぶち当てて、自らが動ける場所を強引に確保していく。

 彼女とガルム、もしくはグラン・ミラオスが動けば、前線がそこへと移ろっていく。戦う場所を選んでいる余裕はない。戦いの主導権は常にかの龍に握られていた。

 

 ガルムは再びソナタを見る。

 彼女の龍を見つめる瞳を見て、この場の人々の指揮はガルムが取ると決めた。彼女に好きなようにやらせることが、この場においては最善だろうと判断した。

 モガ村の事件、体長六十メートルを超す巨大龍に明確に一対一で戦うという特異な状況を生き延びた彼女は、何を思って今ここに立っているのだろうか。

 悲鳴と怒鳴り声が聞こえた。また何者かが重傷を負ったか、あるいは死んだか。極めて劣悪な環境下で、ガルムは再び槍を握って走り出した。

 

 

 

 

 

 不思議と、懐かしい感覚だ。三年振りくらいかな。

 

 ソナタの意識は、グラン・ミラオスとの戦いに割かれていながらも、どこか遠いところにあった。

 身体が熱い。周囲の音がやや遠く、代わりに心臓の脈拍が聞こえてくる。明らかにふつうでない状態のはずなのに、身体の動きはとても滑らかだ。

 心と体が分かたれているように感じる。ソナタはこの状態に覚えがあった。

 

 三年前、ナバルデウスの撃退を請け負ったとき。丸一日を海底遺跡最深部への誘導に費やし、そこからさらに一日、ナバルデウスと戦い続けた。今の状態はそのときに近い。

 無論、環境は似ているどころかほぼ真逆だ。あのときは海の深くで、水圧の変化と低体温症に気を付けなければいけなかった。

 対して今、本当に気を付けなくてはならないのは熱中症だ。まるで火山の只中にいるような気温が、容赦なく体力を奪ってくる。

 唯一の共通点は、とにかく大きいということ。あのときの経験がソナタを生かしている。二度目は経験したくないな、と思ったあの戦いの記憶が、ソナタの命を今まで繋いでいる。

 

 四つ足の状態で、前脚で掴みかかってくる。こういうときに外に避けようとしてはいけない。前脚の一振りは大型モンスターの体当たりと同規模なのだから、飛び退いたくらいでは避けられない。

 内側に潜り込む。かの龍の攻撃の起点となる方へ向けて思い切って飛び込んで、抜け穴を探す。前脚の脇に当たる部分が構造的に隙間となることは分かっているから、そこから脱出する。巨大龍はその巨体故に、そういった隙間をなかなか自覚できない。

 

 続いて、特大の咆哮。かの龍の独特の呼気を感じ取って、即座に両手で耳を塞いで大剣を盾に衝撃に備える。

 一拍後に放たれた衝撃は、タンジア全体を震撼させるに足るものだ。本能的な恐怖と暴力的な空気の振動に晒される。それを無防備に受ければ嘔吐や強烈な眩暈に襲われることは間違いない。意識を失ってもおかしくないだろう。

 ナバルデウスと戦っていたときにはこの手の咆哮をまともに受けた。あのときの教訓が活かされている。あるいは砂原の捕食者ティガレックスとの交戦経験があるハンターは、対応ができたかもしれない。

 

 さらに続いて、方向転換。二足歩行だと足踏みをするだけだが、四足歩行では規模が大きくなる。

 体の向きに合わせて尻尾が動き、押された瓦礫が束となる。あれに巻き込まれれば四肢が砕かれかねないだろう。今のソナタは反対側にいるためその心配はない。

 後ろ脚を基点とするため、前脚の動きにも注意しなければならない。しかし、それは普段は届かない部位へ攻撃を当てるチャンスにもなり得る。

 走ってグラン・ミラオスの死角にまで回り込み、その動きから抜刀するべき大まかな場所を予測する。死角を辿り続けられるように走る。

 

 かの龍は前脚を動かしながら方向を変えていくため、その反動で首が少し上下に揺れる。脇下から逃げていったソナタを追撃するために方向転換し終えた、その瞬間を見逃さない。

 ソナタの頭上間際まで下がってきた頭部の、その喉元をソナタは叩き切った。その部位はブレスを放つという構造上、強固な外殻で覆うことが難しい。大剣の刀身は弾かれることなくその内へと食い込み、食い止められることもなく振り抜かれた。

 

「あっつ……ぅ……」

 

 頭上から血潮がソナタに降り注ぎ、防具から湯気が上がる。この熱湯を被ったかのような生々しい痛みは、斬撃の代償と言うべきか。

 かの龍にとっては表皮を軽く裂かれた程度の感覚だろう。しかし、喉元に刃を突きつけられるという感覚は、生き物に共通して強い印象を残すはず。

 ソナタの予想通り、グラン・ミラオスは悲鳴こそ上げなかったものの、ソナタに向けてより強い殺意を示した。

 それでいい、とソナタは思う。一人の火力なんてたかが知れている。ソナタが注意を引き付けている間に、周りのハンターや砲兵が傷を与えていった方がいい。

 

 

 

 ────がくっ、と膝が崩れた。

 あれっと思う間もなく、かの龍のブレスが間近で着弾する。爆風に吹き飛ばされ、大剣で身を守る間もなく、瓦礫の角に叩きつけられた。

 

「か、はっ」

 

 息が止まる。そのまま地面に倒れ込みそうになるのを、無理やり瓦礫に手をかけて飛び越し、再びその身を投げ出す。

 直後に二発目のブレスが着弾した。再度爆風に打ち飛ばされるが、今度は自らの状況を把握している。地面を二転三転し、受け身を取って膝立ちになったところで咳き込んだ。

 口の中を滑り気の液体と強い鉄錆の味が埋め尽くす。吐血した。内臓にダメージが行ったか。

 

 驚いたことに、こんな状況でも不思議な感覚は続いていた。そう言えば、ナバルデウスのブレスをまともに食らって数秒間意識を失っていたときもこの感覚が続いていたっけ、とどこか他人事のように考える。

 反射能力はクリアだ。思考もまともかは分からないが冷静だ。

 けれど、身体が追い付かなくなり始めている。かの龍を前に休まず戦い続けた、重ねられた傷や疲労が表面化しつつある。

 

 こういう考えはあまり好きではないけれど、とソナタは思考に前置きをした。

 グラン・ミラオスはナバルデウスよりも強い。周囲の環境へ干渉する作用が強すぎて、人が土俵に立つことができない。

 その場にいるだけで周囲を灼熱の環境に変えて、今こそ活動停止しているがその翼から夥しい数の火山弾を降り注がせる。それは自然災害というよりも、現象そのものだ。ソナタの立つ大地が意志を持って顕現したと言われても、ソナタはそれを疑わない。

 

 あの伝説の黒龍を前に半日持ちこたえられただけでも大したものかな、とソナタは僅かに苦笑を浮かべた。

 そんな思想が諦めや戦いの放棄への理由になってはならないし、そうするつもりもない。しかし客観的に見て、厳しいな、と思う事実からも目を逸らしてはいけない。

 

 彼女の肩は共に二、三度外れて強制的に引き戻している。肋骨もひび割れて、息が浅くなっている。エルタほどではないが、重い火傷も負っていて皮膚が完全に剥けている。

 熱さによって刻々と奪われていく体力に認識の方が追い付かなくなれば、ああなる。次かの龍を前に隙を晒したら命はないだろう。

 

 対してかの龍の方は、健在だ。受けた傷は蓄積されているのかもしれないが、少なくとも今までの間にその動きが鈍った様子はない。

 姿を現した当初の前身の光の筋は失われているが、胸部の光核は今も煌々と光り続けていた。あれを突破して心臓を引き抜きでもしない限り、かの龍が止まることはなさそうだ。

 

 何より恐ろしいのは、とソナタはかの龍の両翼を見る。

 ありったけの大砲を撃ちこみ、大動脈から穿って活動を停止させた。破壊するまでに、あまりにも大きな犠牲を払った。そうすることでようやく、一方的な状況から僅かに抜け出すことができていた。

 

 その機能が回復しつつあるということに気付いている人は、果たしてどれだけいるだろうか。

 破壊された部位はもう元には戻らないか、長い時間をかけてゆっくりと生え変わるもの。そういったハンターの間での常識が覆ろうとしている。動脈は再び繋がれ、血が通わずに死んだはずの外皮にうっすらと細い光の筋が伸びつつあった。

 

 悪い予感は当たるものだ。今は虚ろなあの火口が再び火山弾を吐き出すようになるまで四半日あるかないか、とソナタは直感で見立てる。

 再生したそれを再び破壊する余力は人々に残されていない。今度こそ本格的な進撃が始まる。再び火山弾の雨が広範囲に降り出せば、避難している人々も無事とは限らない。

 

 できることなら、それを止めたい。全身を傷つけ続ければ、その対処に追われて再生のためのエネルギーを割けなくなるという可能性にかけて、ソナタは半日近く戦ってきた。しかし、かの龍が一枚上手だったようだ。

 閉じ籠るように収束したマグマ。外傷の修復やソナタたちの排除よりも、両翼の再生を最優先にと行動した。その方が人にとって都合が悪いということを分かっているのだろう。

 

 届かない。どうしても届かない。

 何気ない致命の一撃を避けながら、かの龍を見上げながら、傷だらけのソナタは拳を握り締めた。

 これまでにソナタたちが戦っていた時間に意味がないとは言わない。しかし、狩猟という一連の流れにおいてソナタたちに風向きのいくような、有効な一手をまだ一度も与えられていない。手ごたえが感じられない。

 

 この場で可能性があるとすれば、ガルムの竜撃砲を胸部に当てることだ。ソナタが胸部を斬り裂き、そこにガルムが竜撃砲を撃ち込めば、少なくとも両翼の再生を遅らせることができるかもしれない。

 ただ、そういうことができる隙はどこにもなかった。皮肉にも、翼が部位破壊されたことでかの龍は大噴火のような長い溜めが必要な動きを取らなくなっている。

 四足歩行形態では地面付近に胸部があるし、ソナタも斬撃を何度か叩き込んでいる。しかし、そこまでだ。かの龍もまた、その部位が弱点であることを分かっている。連続して攻撃を加えるのはまず不可能だ。

 

 優秀なハンターが何人もいてもなかなか覆すことのできない、巨大さという、ただそれだけの絶対的な壁が立ち塞がっている。

 対して自分自身の体力は恐らく限界だ。集中は維持できているが、過酷な環境で強いられた消耗と痛手はごまかしきれない。届かない、という切実な感情だけが重なっていく。

 

 三年前、ナバルデウスと戦っていたときはどうだったか。込み上げる血に喘ぎながら、遠のく意識を繋ぎ留めながらソナタは考える。

 あのときは、ナバルデウスに届かせられるものがあった。古の兵器、海中撃龍槍だ。ソナタひとりの手では決して引き出せない力をあの兵器が担った。

 なんとか海中撃龍槍を当てて、ナバルデウスの異常発達した巨大角をへし折ることができたことが、あの戦いの転換点となった。命運の一撃といっても過言ではなかった。

 この戦いにおいては、そう。迎撃拠点の巨龍砲がその役を担うはずだった。巨龍砲を先んじて破壊されてしまった代償が、あまりにも重い。

 巨大龍戦においては欠かすことのできない瞬間火力、それを欠いた状態で戦い続ければ、こうなってしまうのか。

 

 

 

 諦観に包まれたくはない。届かせたい。この絶望的な状況の先を見たい。

 終焉の赤い空。その先にあるはずの青空を、未来を見たいのに。

 

 

 

 大剣を杖代わりに、膝立ちでグラン・ミラオスと向き合いながら、一筋の涙を流した。

 そのときだった。

 

 ピィ──ッ、とひときわ高い音が、大型船が出航するときの汽笛の音が鳴り響いた。

 思わず空を仰ぐ。全天が夕闇に染まったかのような赤い景色の中で、ソナタの背後、グラン・ミラオスに背を向ける方向から信号弾が上がっているのを目にした。

 撤退指示の信号弾だ。しかもそれは、迎撃拠点で見覚えがある特別な意味を持つもの。

 

 対龍兵器の準備が整ったことによる、誘導撤退の信号弾だ。

 

「────っ!」

 

 驚いている暇もなく、今度はグラン・ミラオスに向けていくつもの砲弾が着弾した。

 人々の動揺を感じ取って広範囲に攻撃を仕掛けようとしていたグラン・ミラオスは、自らの外殻に着弾したそれがこれまでの砲弾と違っていることに気付き、警戒を強める。

 砲弾は火薬の炸裂光を見せはしたが、音や衝撃はかなり弱い。その代わり、大量の白い煙が溢れ出し、グラン・ミラオスとその周囲を包み込んでいく。

 煙幕弾だ。ハンターたちの撤退のために、撃龍船から放たれたもの。かの龍は飛ぶための翼を持たないが故に、素早く煙幕を散らす手段を持たない。

 

 本当に一人残さず撤退させるつもりだ。何かの策がなければ、ここまではできない。

 膝立ちからふらふらと立ち上がって、ソナタは走り出した。かの龍から離れていく方向へ。それができるのは煙幕が濃い今しかない。時間が経てば経つほど、煙幕は風に流されて効果を失っていく。

 

 走って行った先に何があるのかは分からない。大砲やバリスタはほとんど破壊されてしまったはずだし、巨龍砲に匹敵する兵器を用意できていたとしても、また先に壊されてしまうかもしれない。

 

 けれど、それでも、まだ繋ぐ。まだ足掻く。

 血塗れになって龍の翼から落ちたエルタから継いで、ソナタたちが命を零しながら保ち続けた意思は、途切れることなくその先へ。

 

 生きよう。生きなければ。道なき道をソナタは走り続けた。信号弾の煙が打ち上がる方向へと向けて、懸命に走っていった。

 

 

 

 

 

 急造で拵えられた、簡素な木組みの防護壁。昇れば最前線の様子が小さく見える。

 今、その足場の上に一人の青年が立った。

 

「……本当にやるんじゃな?」

「ああ」

「そうか。ならばワシは、見届けさせてもらおうか。そうじゃのう、クエスト名は────」

 

 

 

【緊急クエスト】

 絶対黒龍戦線マグマオーシャン

 

【内容】

 星の始まり、原初の開闢とは、まさにこのような景色だったのかもしれぬな。

 追い詰められたのはワシらの方じゃ。これより後に残されたものなどない。止められなければ皆死ぬ。それだけじゃ。

 じゃからのう、おぬしらよ。この物語が新たな黒龍伝説となるか、英雄譚となるかはおぬしら次第じゃ。ワシはそれを見届けよう。

 もし、また青空を拝めたのなら────酒でも、飲み交わしたいものじゃな。

 

 

 





二か月ぶりですね。お久しぶりです。
更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。だいたいアイスボーンのせいです()
いよいよというところまで差し掛かってきたので、もう少し頑張っていこうかと思います。
pixivでMHWの短編の投稿も始めました。こちらの方もよろしくお願いします
https://www.pixiv.net/novel/series/1183469

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