喧騒が煩わしい。
悲鳴を上げて逃げ惑う人々を視界に入れず、エルタはじっと空を見つめた。
海が発する熱によって立ち込める厚い雲、かの龍自身が生み出す噴煙。それらから産み落とされたかのように姿を現しては地上に落下してくる火山弾を見極める。
遠方から撃ち出されたためか、ある程度は冷めて黒くなっている。それでもその内側は熱く燃え盛っていて、視認が難しくなっている分、むしろ厄介だった。
雨のように無差別に降り注いでいるとはいえ、実際の雨のように密度があるわけではない。一度に千発落ちてくるなどということはないのだ。故に見極めさえしていれば。
ぴく、と柳眉を動かしてエルタは地を蹴った。暴徒化しかかっている人々を鎮めようと震える脚で立ち上がっているキャシーの身体を抱きしめる。
「きゃっ!?」
そのまま横っ飛びに地面を転がる。なるべく全ての衝撃が自分に向かうようにして地面を転がった。
一拍おいて、キャシーが立っていた場所の間近に火山弾が着弾した。
火山弾そのものは脆い。着弾すると同時に砕け散って、中身の溶岩を撒き散らす。瞬く間にカウンターと後ろの建物に火が付いた。
「ぁ…………」
その光景を見たキャシーはエルタの腕の中で力を抜いた。助けられた胸の高鳴りなどどこにもない。ただ、あそこにいれば自分は間違いなく死んでいた。その事実を突きつけられて、呆然とする。
爆風でカウンターから転げ落ちそうになっていた小柄のギルドマスターは、すんでのところでローラが受け止めていた。
先ほどまで彼女に詰め寄っていた人々は慄いて後ずさりし、集会所の出口に向けて逃げ出していく。
ハンターズギルドに縋ってもどうにもならないことを悟ったのだろう。燃え上がる掲示板やカウンターがそれを強く印象付けた。
エリナが必死の表情で、消火用の海水が入った桶をカウンターにぶちまける。
しかし、桶一つ分では火は消えない。まだ細かい火種が残っている。そして、ここは船上よりもはるかに燃え移るものが多い。
炎が再び燃え上がろうとする直前に、素早く起き上がったエルタが穿龍棍を叩きつけた。
黒い稲妻が弾ける。殴りつけた木板は黒い染みが広がり、炎は煙を上げて消え去っていた。
ソナタの水を生み出す大剣ほどではないが、エルタの穿龍棍が秘めるジンオウガ亜種由来の龍属性も炎をかき消すことができる。龍属性はその他の属性に該当するエネルギーを抑えつけることができるのだ。
次いで、カウンターの向かいの酒場にも火山弾が落ちてきた。めきめきと柱や屋根が折れる音と共に、数多くの食器が割れる音が響き渡る。店員のアイルーたちは前もって逃げていたようで、悲鳴が聞こえないのが不幸中の幸いか。
やがて酒場から火の手が上がる。あれは流石に消しきれない。ぱちぱちと木材が焼けていく音を聞き流しながらエルタはまた空を見た。今この瞬間にまた火山弾が降ってきてもおかしくはないのだ。
「……未練など何だの言っておれんな。皆で岩山の避難壕まで行くぞぃ。あそこを目指す者も多いはずじゃ」
重々しくギルドマスターが告げる。ローラとエリナ、ギルド職員たちはその言葉に頷いた。
腰を抜かしてしまったらしいキャシーをエリナが抱え起こす。流石は大銅鑼叩き担当と言うべきか、しっかり肩を貸せているようだ。
火山弾の予測に集中するエルタはそれを手助けすることができない。常に空を見上げながら彼らを追いかけた。
「……避難の誘導役はあちこちに向かわせたが、これではどうにもならんかもしれんのぅ。ワシの見立ても甘かったか」
年老いて飲んだくれていても足は衰えていないようだ。杖をつきつつも自らの脚で歩むギルドマスターは、沈痛の面持ちで沿岸部の街を見やる。
石造りの建物が多いので大火事にはなっていないようだが、煙や炎は無数に立ち昇っている。空からの破壊は今このときも進んでいるのだ。
対策が甘かったところはあるだろう。仕方がない、で済ませられないこともあるだろう。けれど、海の異常が表れてからこの火の雨が降ってくるまでの時間の短さはただただ残酷だった。
あと一日、かの龍が来るのが遅ければ。そう思わずにはいられない。そうであれば今までに死んだであろう人々の何割かは生きていたかもしれない。
そして、モンスターの街への襲撃というのは往々にして、そういった後悔が付きまとうのだ。
街や商業区の方から必死で逃げてきた住民たちも合流して、火山弾が降りしきる中、数十人の集団で避難壕へ向かう。
その列を食い破るようにして落ちてくる火山弾を、エルタは声を張り上げて回避させた。ただ、ハンターでない人は反応速度も胆力も鍛えられていない。零れ落ちるように人が死んでいき、また新たに合流して。
命が軽いという地獄がそこにはあった。
さらに悪いことに、辺りは夜になろうとしていた。もともと太陽などとっくに厚い雲に覆われて見えなくなっていたが、それがさらに暗くなって、暗闇が忍び寄ってくる。
誰かが松明を取り出して辺りを照らした。振り返れば、皮肉にも明るく照らされた沿岸部の街の姿があった。各地で燃え上がる炎によるものだ。
湾の向こうの空は、夕焼けとも似つかない紅い光が煌々と放たれている。時おり天まで火柱が立ち上がり、厚い雲の中へと吸い込まれ、それはやがて火山弾となって大地に降り注いだ。
ふつうに歩むだけならば、数十分とかからない避難壕までの道のりが、途方もなく長く感じた。火山弾が地面に落ちて冷えて固まると、無視できない障害物になる。
タンジアを火の海に変えた主が、彼らから見える位置まで来ていた。
今、かの龍は湾内へと差し掛かかる。
湾を囲い込むように双方から延びる岬の先端には、その位置を夜にも船に伝えるためにそれぞれ灯台が設置してある。どちらもかなり高さがあり、まるでタンジアの港に入るための門のようだった。
グラン・ミラオスはちょうどその灯台の間際に差し掛かろうとしていたところだった。やや水深が浅いのか、迎撃拠点で見たのと同じように上半身だけを海中から出している。
もはや、それを止めようとする船も、狩人もいない。人々がかの龍の侵入を受け入れたかのように見える登場だった。
少なくとも、何も知らない街の住民の視点ではそう映ったことだろう。
「……ワシらも逃げる準備ばかりしていたわけではないぞぃ。グラン・ミラオスよ。痛み分けといこうかのぅ」
避難壕の外で、エルタの横に立ったギルドマスターは重々しく呟く。
エルタがその意図を尋ねるよりも早く、その紅く暗い景色の中で、鮮やかな橙の光が弾けた。
その光源は、湾の先端部の右手の灯台の根元だった。海を挟んで遠く離れたここから見ているから小さく見えるが、今の爆発は相当に大きい。それこそ、灯台そのものを壊しかねないほどだ。
傍にいたグラン・ミラオスもその衝撃を感じ取ったのか、ぐるりと体の向きを変えてその灯台の方向を向いた。
その頭上から、倒れてきた灯台の本体が襲い掛かった。
灯台の爆破、それによる灯台の崩壊にグラン・ミラオスを巻き込ませるという作戦がギルドマスターから伝えられたとき。ある男が実行役をかってでた。
「あの灯台のことなら僕が誰よりも詳しい。どこにどんな風に爆弾を置けばうまく倒れるかもなんとなくわかる。むかし木こりをやっていたからね」
そう話す彼は、その湾の先端部にある灯台の守人だった。
灯台の頂上で焚かれる炎を管理し、それを絶やさないようにする。嵐や大風がくれば、壁や構造に問題がないかを調べる。ハンターズギルドの職員と一緒に沖合の見張りをする。この灯台の中で寝泊まりすることなど日常茶飯事で、彼にとっては家族当然だった。
それを崩す。根元から折って、迫りくる古龍への攻撃手段とする。人々はそのようなことは守人が頑として認めないだろうと思っていたが、彼の反応は穏やかなものだった。
ギルドマスターがその作戦を話したときには既に、タンジアの港の海も赤く染まり、温泉の如く熱くなっていた。
その姿が見えずとも分かる。おとぎ話に伝えられる古龍の何たるかを具現化するような、恐ろしい古龍が来る。そして、このタンジア地域の灯台群の名前が『黒龍祓いの灯台』であったのは、まさにこのときのことを指しているのだろうと。
無論、彼にとっては灯台を崩すのは苦渋の選択だった。できることなら、そのまま残してやりたい。
けれど、その一撃が並の兵器の何倍も重たく、今、このタンジアでできる最大の攻撃だろうことは彼が一番分かっていた。
そして彼もまた、この灯台を支え続けた故郷のタンジアの港を守りたかったのだ。
「ふぅ……」
彼は今、灯台から少し離れた岩陰で組み立て式のバリスタを構えていた。
バリスタの引き金を持つ手が震える。これで灯台の最下層に設置された爆弾を撃ち抜けば、連鎖爆発を引き起こすことができる。
火山弾が空から降ってきたときにはかなり肝が冷えた。しかし、灯台が身代わりになることで誘爆を防ぐことができていた。彼にとってはそれだけで胸が痛む光景だった。
タンジアの街の様子も気になったが、それを気に留めていては機を逃してしまう。海から訪れたかの龍を、悠々と湾の中に入れてしまうことだけは避けたかった。
かの龍は、灯台の間近に迫ってきていた。もうすぐだ。
海から出ているのは上半身だけのようだが、それでも島か何かかと錯覚を起こすほどの大きさだ。彼が以前見たことのあるガノトトスも大型の竜だが、それすら比較にならない。
ゆっくりと、しかし着実に歩みを進めている。一歩を踏みしめるたびに地響きが伝わってきた。
両翼はもはや翼というよりも二つの火山であり、噴煙を立ち昇らせながら、空へ火山弾を撃ち出している。首筋の火口からも、とめどなく溶岩が零れ落ちていた。
あの溶岩を止めない限りは、たとえハンターたちでも近づくことはできないだろう。そして、この灯台の重さと大きさならば、かの龍すらも押し潰せる。
息を吸って、吐く。引き金となる取手を握る。
これから自分は、自らがずっと面倒を見てきた灯台を崩す。
ならばせめて、大きな功績を果たさせよう。かの龍を下敷きにして動けなくさせるくらいのことをやってのけよう。
「……ごめんな」
ここで、その進行を止めるのだ。
グラン・ミラオスが灯台の隣に到達した直後に、バリスタの弾が灯台内部に敷き詰められた爆弾を撃ち抜いた。
重なり合った爆発音が轟音となって響き渡ると同時に、ずん、と重くくぐもった音が聞こえてきた。
多量の爆弾によって、根元からごっそりと吹き飛ばされた灯台の第一階層が、自重に耐えられず潰れたのだ。大量の瓦礫埃が撒き散らされる。
そして、灯台は海の方向へ向かって倒れていく。彼の目論見通り、今グラン・ミラオスのいる位置へと寸分違わずに。
大質量の建造物がその左翼にぶつかり、次いで頭部、右翼に叩きつけられる。
かの龍は灯台を見ながら吼えるが、持ちこたえることはできなかった。幾度の嵐にも耐えた強靭な構造は砕けることなく、その形を保ったまま、かの龍へと圧し掛かったのだ。
夜闇の中で、どおっと特大の水柱が立つ。
そのあとにはかろうじて陸に残っている灯台の根元部分と、波打つ海しか残っていなかった。
バリスタから手を離した守人は、言葉を発することなく成り行きをずっと見守っていた。
灯台が倒れたことで一気に広がった視界を喜ぶ気にはなれず、けれど、これを別の人間にやらせるわけにはいかなかった。彼なりのけじめだったのだ。
あれだけ鳴り響いていたかの龍を象徴する音、溶岩が零れ落ちて海水を蒸発させる音や、噴火の音は鳴りを潜めていた。それらは全て、海の下に。
黒龍祓いの灯台の名に恥じぬ働きをしてくれただろうか。いや、これだけであの龍が倒せているとは思えない。撃退すらも難しいかもしれない。
せめて、かの龍がここを抜け出すまでの間に、少しでも多くの人々が逃げ出せるように。海上調査隊やハンターたちが形勢を立て直せるように。
時間稼ぎが終わるまで、ここでそれを見守る────。
そのとき彼は、星の内側の光を見た。
海が吹き飛んだ。
その言葉に比喩はない。夜闇で錯覚を起こしたなど言い訳にもならない。その瞬間だけは、周囲は眩い光に照らされていたのだから。
海の一部が刹那の間に水蒸気へと変わり、それを埋め合わせるように海水がなだれ込んだことによる二つ目の水柱を、彼は見たのだから。
「────ッ!!」
鼓膜が破れるかという程の轟音だった。先ほどの大樽爆弾の連鎖爆発による音も、灯台が倒れた音もこれよりはましだ。咄嗟に耳を塞いでいなければどうなっていたことか。
視界もたちどころに悪くなっている。莫大な量の水が一瞬で気化したことによって生まれた水蒸気が濛々と立ち込めていた。
そして────これが、悪夢でなくて何だというのだ。
海上から顔を出していたはずの灯台の姿はなくなっていて。恐らく海に沈んでしまっていて。
代わりに、その灯台に下敷きにされたはずのグラン・ミラオスがそこに立っていた。
傷ついていないわけでは、ない。最も負荷がかかっただろう左翼は、その付け根からへし折れるようにして力なく垂れさがっている。火山弾が噴き出す様子もない。
逆に言えば、それ以外は健在だった。右翼も、首筋の火口も、紅い光の筋を瞬かせながら溶岩と火山弾の生成を続けている。何よりも……かの龍は、歩みを再開していた。
現実から目を背けてしまいたい。けれど、彼は思考を放棄しなかった。
今のは恐らくブレスだ。竜が吐くのと同じ類の。そのブレスの反動を用いて、かの龍は立ち上がった。自らを下敷きにしていた灯台をも押しのけて。
それを成したが故の、あの威力。自らの大きさに匹敵するほどの範囲の水を一瞬で気化させ、文字通り、海に孔を開けた。ガノトトスの高圧水流とも、ラギアクルスの雷弾とも違う。至近距離の障害を消し飛ばすためのブレス。
かの龍にとっては、思わぬ痛手を負ったが、足を止めるまでもない反撃だったということか。もはやその灯台には見向きもしない。
「…………すまない。止められなかった」
あるいは、古龍の進行を阻むという発想そのものが、愚かなだけかもしれない。
その一部始終を見守ることしかできなかった守人は、一人で岩陰に佇んだまま首を振って独り言ちた。
対岸の森や街の景色は、夜闇の中で、火の稜線と言っても過言ではないほどに赤く揺らめいていた。
海上調査隊の使命を更新する。
迎撃拠点は陥落し、使える兵器は残り僅かだ。しかし、かのグラン・ミラオスは未だ健在である。
故に、これからはタンジアの街の住民を一人でも多く港から脱出させることを最優先事項とする。
有志の者は残りの兵器を用いて、グラン・ミラオスの注意をできる限り引き付けろ。
心が折れたものは街の住民と共にこのタンジアから脱出しろ。食料や緊急用のテント、武器を託す。
不幸中の幸いか、この地域からあらゆるモンスターはいなくなっている。タンジアの港を超えてグラン・ミラオスが歩みを進めたならば、それを観測し、行き先を調べ、それからできうる限り遠く離れる方向に進路を取るのだ。
行け。じきにここも戦場となる。身の安全は全く保障できぬ。
火山弾の雨を恐れるなとは言わない。酷な命令であることは承知の上だ。だが、決して足を止めるな。立っていても、走っていても、確率は同じなのだ。ならばせめて、最後まで海上調査隊らしくあれ。
行け。今、火山弾はその数を減らしている。今のうちに、急げ!
もはや、組織での抵抗は不可能だ。
アストレアと共に船長の乗る撃龍船から負傷した人々を運び出しながら、ソナタは険しい表情で暗い海を見つめていた。
撃龍船で留守番していたアストレアと合流してから数時間が経った。エルタとはハンターズギルドの集会場で別れてからまだ合流していない。
ソナタたちもかなり慌ただしく動いていた。本来はこの湯気立つ海に無理やり潜ってでもかの龍を止めに行くのがハンターの本分なのかもしれないが、目の前で失われていくタンジアの人々の命を見捨てることはどうしてもできなかった。
一時は火山弾によって封鎖されていたこの街唯一の陸路も、何とか再開通させた。しかし、またいつ封鎖されるか分からないような状況だった。
もともとあの道は二つの山に挟まれた谷をなぞるようにしてできている。火山弾の他にも、この断続的な地響きによって地滑りや落石があるかもしれない。
それは洞窟や岩盤をくりぬいて作られた避難壕にも同じように言えることだった。度重なる地揺れによって天井が崩壊すれば、中にいる人々は生き埋めだ。火山弾が防げるだけの仮初の安全地帯に過ぎない。
そして、当のグラン・ミラオスは、ついに海上調査団の本拠地の大灯台まで辿り着こうとしていた。
あそこに生き残った数百名の海上調査隊の人々が取り残されている、わけではない。臨時の総司令となったガルムが、火山弾の雨が緩くなったタイミングで大灯台から兵士たちを逃がしていた。
それでもと残った兵士たちが、大灯台の中や外から大砲やバリスタで砲撃を行っている。誘導を行おうとしているのだ。
やはり、そういった攻撃には優先的に対処しようとするようだ。かの龍は大灯台へと真っすぐに歩んでいた。あるいはこの大灯台がこの龍のひとつの目標だったのかもしれない。
大灯台までかの龍を連れてくれば、タンジアの街を左右から分断するかたちになる。
けれど、そこが居住区から最も遠く離れていることも確かであり、まして何もせず、居住区に直接上陸させたり、今も住民が避難のために歩んでいる陸路を見つけさせたりなどさせれば、さらに酷い惨状になることは想像に難くない。
そこには、組織的な抵抗を諦めて少しでも時間を稼ぐことを優先する悲壮な決意があった。
そしてソナタも、アストレアにこそ話していないが、似たような決意でいる。
もしグラン・ミラオスがソナタたちの背後にある陸路に向かって進路を取るのであれば、商店通りとその目の前の海を舞台に足止めのために打って出る。
もし、勝算はあるのかと問いかけられれば、ソナタはそれに明確に答えることはできなかった。
この龍はあらゆる意味で、それこそ、古龍という種族全体から見てもきっと極めて特殊な存在だ。
ソナタはかの龍の左翼を見た。今は血潮が通っていないのか、ただの黒い火口となって夜の闇に溶け込んでいる。この港の入り口で、灯台そのものと引き換えにその力を奪った証だ。このおかげで、空から降り注ぐ火山弾の数は大きく減っていた。
しかし、そこには少しずつ紅の光の筋が通おうとしていた。再生が始まっているのだ。
再生。治癒ではなく、再生と言った方がしっくりくる。
大砲によって傷ついていた外殻は、火口から流れ落ちる溶岩で覆われたかと思えば、何事もなかったかのように元に戻っている。
迎撃拠点の後方にある灯台群から帰ってきた女性の話によれば、かの龍の移動中に爆弾を乗せた蒸気船が突っ込み、右翼の部位破壊ができていたのだという。そうでなければ、自分は生きて帰ることができなかったと。
しかし、現状は見ての通りだ。かの龍はそんな傷を受けたことなど微塵も感じさせず、むしろ負傷した左翼の分を補うようにして右翼を活発化させている。
グラン・ミラオスは自らが受けた傷をなかったことにする。そんな感覚を抱かせる。故に再生だ。
溢れ出る溶岩、噴き出す火山弾は留まることを知らない。無尽蔵に創り出されては、世界を紅く染めていく。それはまるで、
そんな存在に対して、果たして自分がどこまで持ちこたえられるのか。生きて帰ることはできるのか。
そんなことを考えている間に、グラン・ミラオスは大灯台と目と鼻の先のところまで来ていた。
先ほどのように灯台を崩壊させる、ことはしない、というよりもできない。つい先ほどまで、そこには数百人の兵士たちがいたのだから、その用意ができていないのも道理だ。内部の砲台も、ほとんどがかの龍の反撃によって使い物にならなくなっている。
つまり、海上調査隊の時間稼ぎもここまで、ということになる。ここからはかの龍の出方次第。場合によっては、ソナタが出る。
しかし、グラン・ミラオスはそこで不思議な行動に出た。
二足歩行時には垂れ下げたままの前脚を、両方とも持ち上げて、大灯台を掴んだのだ。
流石に大灯台と言われるだけのことはあり、径の太さだけならばかの龍に勝っている。かの龍の両前脚では円周の半分もカバーできていない。まるで、大きな木にしがみ付く人間のような。
その口から、竜撃砲の炎を何百にも何千にも重ね合わせたような焔が光となって溢れ出ているのを見て、ソナタはぞっと背筋を凍らせた。
「少しでも高い場所に逃げて!! 船に乗ってる人は何かにしがみ付いて……!!」
その言葉を言い切った直後に、かの龍の焔の
次の瞬間。大灯台の腹が
ドーム状の爆炎が大灯台を包み込んで、迎撃拠点での巨龍砲の暴発にも匹敵、あるいはそれを凌駕する衝撃波と熱風がソナタたちを襲う。大気の流れが変化し、ごうごうと強い風が渦巻いた。
それは、あの湾の先の灯台を倒壊させたときに、かの龍が灯台を押しのけて無理やり起き上がるために使ったブレスと同じもの。なぜ、それを人のいない大灯台に向けて撃ったのか。
あのとき、かの龍は見ていた。感じ取っていた。
灯台が倒れたことによって発生する大波を。自らの力ではなかなか生み出せない海のうねりを。
そして、人間たちはなぜか、海に近い場所にたくさんいる。
ならば、そう。彼らがやったことを真似ればいい。先ほど思い出した焔を使えば、あれくらいのことは造作もない。
ああ、あそこにちょうどよく似たような建造物がある────。
前脚の灼熱の爪が、消し飛ばされずに残った大灯台の壁に食い込む。みしみしと石造りの壁がひび割れて軋む。
基幹部分を失った大灯台を、かの龍は海の方向に向けて薙ぎ倒した。
かの龍がタンジアの港に至ってから、三本目の水柱。それは、他二つよりも一線を画すほどに巨大なものだった。水飛沫は天高く、かの龍の頭や翼をも優に超えて。
子どもが水たまりに投げた石が、水たまり全体に波紋を起こすように。
グラン・ミラオスが投げ込んだ大灯台は、タンジアの湾全体に巨大な波紋を行きわたらせた。
「うわああぁぁぁぁっ!? あ、あづっ、あづい……っ!」
「たすけっ、ごぼっ、けほっ、たすけて……!」
「高波だ! 逃げろ、逃げろーーっ!!」
まだ沿岸部の街に居残っていた人々、陸路が危ないからと戻ってきていた人々は、その高波によってほぼ全員が押し流された。
「せ、船長! あの波は乗り越えられません! 打ち上げられます!!」
「ちいぃっ! 皆死ぬ気で柱に掴まれ! 死ぬなよ……!」
接岸していた船はほぼ全てが陸に打ち上げられるか転覆し、桟橋も破壊された。
湾内で熱せられた海水が、タンジアの街を覆い尽くす。か弱い老人や子どもだろうと、屈強な狩人だろうと関係はない。人間である限り、大波にさらわれるという自然現象に抗うことはできない。
人も、建物も、全てが押し流されて。一掃された景色の中に、グラン・ミラオスはいた。夜闇を紅蓮で染め上げて、タンジアの港に佇んでいた。
人間は勝手に死んでいく。
立ち向かう船もない。砲弾ももう飛んでこない。立ち向かう者は、いない。
もはや、かの黒龍を止める術はない────。
いや。まだか。
グラン・ミラオスは自らがブレスで消し飛ばした、大灯台があったはずの場所を見下ろした。
そこには、たった一人、人間が立っていた。両手に龍殺しの武器を握って、その場に佇んでいた。
まだだ。まだ終わっていない。
反撃はここからだ、と。
見上げるは、原初の星。
立ち塞がるのは、いつの時代も『人』だった。