グラン・ミラオス迎撃戦記   作:Senritsu

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>> 前哨戦(2)

 

 

 モガの村に着くまでの船旅も実に平穏なものだった。村の狩猟船団の団長を名乗る人物がタンジアに立ち寄っていたため、青年もといエルタは村への帰路に付き添うかたちで狩猟船に乗せてもらった。

 ルドロスの一匹も見かけないのは本当に珍しいと団長は語る。魚も同様に姿を見せなくなっているらしく、おかげで漁が全く捗らないと嘆いていた。

 

 四日ほどをかけて狩猟船はモガの村に到着した。凪だったため早く着くことができたらしい。

 モガの村は戸数が百件あるだろうかという程度の比較的小さな村で、大きな陸地から少し離れた小島のような場所につくられている。陸上のモンスターの脅威から身を守るための工夫だろう。

 周囲は古代文明の遺跡だったようで、明らかに自然の手によるものではない柱や巨大なアーチのようなものがちらほらと見受けられる。海から顔を出すそれらを橋渡しするように足場が張られ、その上に建っている建物もあった。潮の満ち引きの影響を受けにくい土地なのだろうなとエルタは思った。

 

 タンジアに来たときとは違って、狩猟船が停泊した桟橋のすぐ近くにハンターズギルドの紋章が看板に標された小さな建物を見つけることができた。物珍しそうに彼を見てくる村人たちに会釈をしながらそこへと向かう。

 カウンターでは赤いベレー帽のような帽子を被った若い女性が、何か物書きをしていた。やがてエルタが歩いてくる気配に気づいたのか顔を上げて、慌ててカウンターの上に置かれていた本などを仕舞って居住まいを正す。

 

「ようこそ! モガの村へ。初めまして、ですよね?」

「……はい」

「ほっ、よかった~。こっちに向かって黙々と歩いてくる人がいるものですから、ひょっとしてここを知ってる私の知らない人かと思っちゃいましたよ。

 それはさておき、まずは自己紹介からですね。私はハンターズギルドの仲介役を務めています、アイシャです。どうぞよろしくお願いしますね!」

「……エルタ・ミストウォーカーです。よろしくお願いします。……これ、ギルドカードとクエストの依頼書です」

 

 にこにこと話す彼女に対して最低限の返答で済ませたエルタは、ポーチからギルドカードと依頼書を取り出してカウンターに置いた。

 これはどうも、とふたつを手に取って軽く目を通したアイシャは、その目を大きく見開かせる。

 

「ひえーっ! ここの村の専属ハンターさんに匹敵するくらいの高ランクじゃないですか! 頼もしすぎる援軍、タンジアハンターズギルドさんに何が!?」

「……この村の近くの狩場が荒れているのを、あちらも憂慮しているみたいです」

「そうだったんですね……。こっそり依頼を出してからしばらく全く音沙汰がなかったので、黙殺されちゃったのかなとか思っちゃいましたよ。まあそれどころじゃなかったっていうのがあちらの本音でしょうけど」

 

 アイシャもタンジアの事情は察知しているようだった。こっそり、などという不穏な言葉にエルタは若干の不安を覚えたが、それに触れることなく話を進める。

 

「この村の専属ハンターと合流するように言われているのですが」

「あー、今狩りに出ているんですよね……最近は村にいることの方が少ないくらいで。でも、そろそろ戻ってくる頃合いのはずです。すれ違いはよくないですから、少しお待ちください」

「……分かりました」

「立ち話もなんですから、座って待ちましょう。椅子を持ってくるので──」

「──ほう、風牙竜の防具か。身のこなしが行いやすい、良い装備だな」

 

 突然背後から声をかけられて、エルタは振り返った。アイシャが「村長!」と声を上げる。

 立っていたのは初老の男性だ。上半身は裸で、肩から羽織のようなものを被せている。白い髪を頭の後ろで束ねているのが特徴的だ。彼がこの村の村長らしい。

 

「お前さんがアイシャの言っていた助っ人かね」

「はい」

「うんむ。風牙竜を倒せるほどの実力であれば不足はなかろうて。あの砂の海の捕食者を狩れるものは限られておるからの」

 

 エルタの着ている防具を見てすぐにその素材になった竜を言い当て、さらにそれでハンターの技量をも推し量っている。加工屋や同業の者でもなかなかできる者はいない。過去にハンターをしていたのだろうかとエルタは思った。

 三人はそれから専属ハンターが帰ってくるのを話しながら待つことにした。その間、エルタは村長から様々な話を聞いた。

 

 

 

 ──モガの村は「海の民」と呼ばれる種族と人間が助け合いながら暮らす村だ。温暖な気候と豊かな自然に支えられて成り立っている。ここで獲れた魚や特産品はタンジアから各地方へと運ばれ、人気も高いのだという。

 

 そんな村が原因不明の地鳴りに悩まされ始めたのは数年前のこと。

 最初のうちはこれを海の生態系の頂点に立つ海竜ラギアクルスの仕業であると村長は予想していた。しかし、専属ハンターの奮闘により海竜が倒されてからも地鳴りは収まらなかった。

 

 その後に判明した地鳴りの原因は、なんと古龍の仕業だった。大海龍ナバルデウス。深海に住まうとされる超大型の古龍だ。

 片角が育ち過ぎた個体が、海底の岩盤に角を打ち付けていたらしい。村には避難指示が出て、あわや村解体の危機だったそうだ。

 

「そこで、ならばナバルデウスの方を撃退してしまおうと立ち上がったのがこの村のハンターさんだったわけですよ!」

「……ひょっとして、ひとりで?」

「うんむ。持てるだけの酸素玉と回復薬を持って、な。そして、見事撃退して村に戻ってきた」

「……すごい。それは、本当に」

 

 エルタは素直に感嘆した。タンジアの近隣の村で大海龍が出現したという噂話は聞いていたが、まさかそんな背景があったとは。

 古龍を、それも超大型種を一人で撃退するなど尋常ではない。エルタはその話を聞いて、ある決意を胸の内で固めた。

 

「おかげでわしらはまた平穏な日々を取り戻すことができた。いくつか不思議なこともあったが、あの災難に比べればささやかなものよ。……だがしかし、最近になって森や海がまた不穏なことになってきおる」

「向こうに大きな陸地が見えますよね。私たちはモガの森って呼んでるんですが、荒れている狩場というのはあちらのことなんです」

「……具体的には、どのように」

「それは()()()に直接聞いた方が良かろうて。不和をじかに感じておるはずだ。ここ数日彼女らの姿を見かけんということが、状況を何よりも雄弁に語っているのかもしれんが……」

「あの人たちは戻ってこなさすぎなんです! あの人たちが森のモンスターたちの動向を見張ってくれているおかげでこの村に被害が出ていないというのも分かりますが、心配する私たちの身にもなってもらいたいものですっ」

 

 アイシャはカウンターから身を乗り出してまくしたてるように言った。

 

「それとなくあの人に注意しても、ぜんぜん聞き入れてくれませんし……。とうとう堪忍袋の緒が切れた私は、同じくあの人を心配する村人さんたちと結託して、こっそりタンジアからの応援を依頼したというわけです!」

 

「──なるほどね。私が知らない間に、そんな話が進んでたんだ」

 

 不意に話に割って入られて、アイシャは「うわぉう!?」と素っ頓狂な声を上げた。ちなみにエルタと村長はアイシャより先に気付いていた。その者が口元に人指し指を当てていたため、あえて黙っていたのだ。

 纏う防具は海竜ラギアクルスのもの。海の中では保護色となる蒼と橙のコントラストが映える。頭装備は腕に抱えられていて、ショートカットの黒みがかった銀髪が海風に揺れていた。

 

「は、ハンターさん! 戻ってきていたんですか!?」

「うん。少し前にね。さっきまでは村長の息子さんと話してたんだ」

「忍び歩きで来ましたよね! 盗み聞きなんて趣味が悪いです!」

「あれー私、さっき私に秘密で狩猟依頼出したなんて話を聞いちゃったんだけどなー。あれはどういうことなのかなー?」

 

 ラギアクルス装備の女性にいたずらっぽい笑みでそう言われてアイシャはたじたじとしている。どうやらかなり仲がいいようだ。エルタは黙ってその様子を見ていたが、そのハンターの方から目を合わせられる。

 

「ええと、今の流れだとあなたが助っ人に来てくれたハンターさんだよね。私の名前はソナタ。この村の専属ハンターです。よろしくね」

「……エルタ、です。こちらこそ」

「それであそこにいるのが……って、まだあんなところにいる。おーい! チャチャンバー! アスティー!」

 

 相変わらずアイシャに抱き着かれながら、ソナタは背後を振り返って遠くにいた三人を呼んだ。

 いや、一人と二体と言うべきかもしれない。歩いてくる彼らの姿を見てエルタはそう思った。

 

「これだからカヤンバはお子チャまなのチャ! おれチャまのドングリのお面の方がイケイケでノリノリ、着け心地も最高っチャ!」

「ンバダ~! チャチャの方こそお子ちゃまっンバ! ワガハイのカニ爪のお面は海原の香る素敵なお面! こっちの方がギンギンでドンドンッンバ~!」

「ふたりともかっこいいお面だとおもう。わたしも、そういうのを作れるようになりたい」

「ブッブッブ。いい心掛けっチャ~! おれチャまがしっかりレクチャーしてイケイケなお面を作らせてやるっチャ!」

「何を言ってるンバ~! ワガハイに弟子入りした方がグッドデザインなお面を作れるに決まってるっンバ~!」

 

 ……いや、やはり三人と言うべきなのだろうか。割と真剣に悩んだエルタである。

 

「もう……ええと、真ん中にいるのが竜人族のアストレア。ドングリのお面を被っているのがチャチャで、二本角のお面を被ってるのがカヤンバ。ふたりは奇面族なんだよ」

「……奇面族は人に好戦的なモンスターだったような」

「少なくとも彼らは違うみたいだよ。狩りについてきてくれるんだけど、けっこう頼もしんだ」

 

 人と共に狩りをする奇面族の話は初めて聞いた。エルタが彼らを見ていると、彼らの方もエルタに気付いたようだ。奇面族たちは率先して駆け寄ってくるが、アストレアという竜人族の少女は警戒しているのかその場で足を止めてしまう。

 

「コイツ何者っチャ? はっ、ひょっとして弟子入り候補っチャ!? ブッブッブ、おれチャまの人気は留まることを知らないっチャ……」

「ダッダー! そんなわけあるかンバ! ワガハイのレジェンドな噂を聞いてサインを貰いに来たに決まってるンバ!」

「こーら! 失礼でしょうが!」

 

 ソナタが奇面族たちを窘める。エルタが戸惑いつつも村に来た事情を話すと、少し残念がっていた。

 彼らの声を聞きつけてきたのか村の子どもたちが何人か集まってきた。彼らは子どもたちと仲がいいらしく、すぐに子どもたちの輪の中へと飛び込んでいく。

 

 少し遠巻きにこちらを見ている竜人族の少女にエルタは視線を向けた。白いワンピースのような服を着ている。ぱっと見では防具のように見えない。

 また、右袖はあるものの、そこから腕が伸びていないことに気付いた。怪我の多いハンター業界においては隻腕もそこまで珍しいことではないが、印象的ではあった。

 

 視線に気付いてぴくっと肩を動かした彼女はしかし、エルタの目を見てやや不思議そうな顔をする。それは彼女の目を見たエルタと同じ反応だった。

 ──人が持つそれとは思えないような静かな迫力を放っている。それは例えるなら竜の眼光に等しい。

 人のかたちでありながら人ならざる気配を放つもの。覚えのある感覚だった。

 

 しばらく視線のやり取りが続いて、やがて少女の方がエルタに歩み寄ってきた。頭一つ分ほどの身長差があり、少女がエルタを見上げるかたちとなる。

 

「……わたしはアストレア。アスティでいい」

「……エルタだ。好きに呼んでくれて構わない」

 

 近くで見てもやはりそれは見間違いではなかった。少女の瞳の色は翡翠に似た深緑で、人間と全く変わらないはずなのに、竜と相対するときの印象が混じる。

 少女は何かエルタに言いかけたようだったが、思いとどまったのか首を振った。

 

 二人がそんな様子でぎこちないながらも挨拶を交わしていた間に、ソナタと村長、アイシャはモガの森の近況について話し合っていた。

 

「なんと、リオレウスまでもやってきおったか」

「森の方にいたドボルベルクはどうなったんでしょう?」

「たぶんリオレウスが追い払ったんだと思う。ドボルベルクの痕跡を見かけなくなってたから……」

「ふうむ、一難去ってまた一難か。ドボルベルクが森に居座っていたなら、わしらが森に深く立ち入らんように気を遣うだけでいいが、リオレウスは見過ごせんな」

「ギルドからの報告もなかったので、ほとんど乱入に近いかたちですね。強引に他の竜の縄張りを奪いに来るなんて、かなり気が立っているのかもです」

「私もアイシャと同じ意見。これはさすがに放っておけない。森にいるアプトノスたちの数もかなり少なくなってるから、活動範囲をこの辺りまで広げてきてもおかしくないよ。ここに戻ってきたのは、あの竜と相手する前に補給しておこうと思ったからなんだ」

「う~ん……、ハンターさんたちにはしばらく村でゆっくりしてほしいですけど、そこまで状況が切迫してるとなると強いことは言えませんね……」

 

 難しそうな顔をする村長と腕組をするアイシャを傍目に見ながら、エルタはアストレアにだけ聞こえるように話した。

 

「……大変だったんだな」

「みんながしんぱいするほどじゃない。こういうのにはなれてる。でも、道具をそろえたりぶきを直してもらったりするのは大事なことだから」

 

 アストレアの話し方は若干たどたどしい。しかし、エルタはあまり気にしなかった。そういう人もいるのだろう程度だ。普通に会話する分にはほとんど支障はないので気に留める理由もない。

 ソナタたちの話によれば、加工屋にお願いした武具の整備が終わり、狩猟用の道具が補給できたらすぐに村を発つそうだ。見込み日は明後日とのこと。その話題になって、エルタに声がかかってきた。

 

「気が立っているリオレウスはかなり手強い。お前さんとて一筋縄ではいかんだろう。そこにいる彼の手を借りるべきではないか?」

「うん。さっきまではチャチャンバたちと一緒に慎重に立ち回るしかないかなと思ったけど。ええと、好きに呼んでくれって言ってたし……エル君、でいいかな?」

 

 その呼び名を聞いて、エルタは少しだけ懐かしさを覚えた。しかし、それを表情に出すことなくソナタに頷きを返す。

 

「どうだろう。いきなり厄介な相手だけど手伝ってくれる?」

「いけます」

「即決! ギルドカードを見せてもらいましたけど、リオレウスの狩猟経験も何度かあるみたいですね。頼もしい限りですよー!」

「じゃあ、私とアスティ、エル君でリオレウスに集中して、もしものときのためにチャチャンバを村にいさせてあげられるね。かなり即席のパーティだけど……なんとかなるんじゃないかな。何はともあれ、よろしくね!」

 

 ソナタは笑って右手を差し出してきた。エルタもぎこちないながらその手を取り、二人の間で握手が交わされる。かなりがっしりとした手だ。強いハンターなのだろう、というのがそれだけで察せられる。

 その後の話題がエルタの泊まる場所や村の案内に移ろうのを見計らったのか、今度はアストレアの方からエルタに話しかけてきた。

 

「いっしょに狩りに行くことになったのか?」

「……ああ。リオレウスとの戦いに同行することになった」

「わかった。あなたならきっとだいじょうぶだと思う。背中にかついでるぶき、今は布でおおわれてるけど、たぶんリオレウスによくきくはずだから」

 

 そう言って口を閉ざしソナタたちの話を見守るアストレアを見て、やはり不思議な少女だとエルタは思った。

 

 






主人公の纏う防具が判明しました。べリオUシリーズ、自分も3Gでは愛用していましたね。

下図は私の作品群におけるハンターランクの基準です。G級という概念が存在しないのが特徴かもしれません。あの辺りのモンスターは歴戦個体として扱われていますね。
エルタのハンターランクは5となります。この世界においてはかなり珍しい高ランクです。

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