神域の見送人   作:Senritsu

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3. 生きる術を創り出す

 

 

「どう?」

「……食べられなくはない」

「正直に言うと?」

「……不味い」

 

 えぐみを感じるほどに塩気のある肉を口の中でなんとか解していく。この家で初めての食事のときから、ほぼ毎回と言っていいほどこの類の料理を食べている。

 問いの圧に負けて素直にそう答えると、彼女は腕を組んでうむむと唸った。

 

「私はこの味に慣れているけれど……前に客人をもてなしたときも同じ反応をされたのよね。どうしたものかしら」

「これ、フロギィの肉だろ。食用じゃないはずだ。それが食べられるようになってるってだけでまあ……まあ、耐えられるよ」

「そこで言葉を濁されたら説得力がぜんぜんないわよ……?」

 

 訝しむグレイを横目に肩をすくめてみせる。

 マーチは商人だから、様々な地方の郷土料理を食べたことがある。その経験から、甲虫の足の佃煮や薬草の直食いよりはましだと判断したまでだ。

 

「調味料がそもそも少ないんだ。塩で肉の臭みを抑えるのにも限界がある。薬味になる植物もこの辺りには生えてないのか?」

「あるにはあるけど、その手の草花って大抵私の仕事道具なの。だから、食用に回せなくて」

「家のそこかしこに置いてある薬瓶はそういう……」

「整理整頓は苦手なのよ……ま、その通りね」

 

 落陽草か、トウガラシでもあればだいぶ変わってくるのだろうが、それらも入用らしい。この味の状況を打破するのは難しそうだ。

 船の積み荷の香辛料が手元にあればな、などと考えてしまう。あれらを駆使すれば、料理に彩りを与えることもできただろうに。

 過ぎたことを考えても仕方がない。それよりも、これは彼女について尋ねるいい機会だ。

 

「いま聞いた感じだと、グレイはその、調合師なのか?」

「え? うーん。そうとも言えるし、違うとも言えるような」

「それじゃあやっぱり、ハンター?」

「いやいや、むしろ離れてるわよ。ええと、これ通じるのかしら。マカルパが通じなかったから不安なのだけれど……」

 

 頬に人差し指を当てて少し考え込んだ彼女は、まあいっか、と呟いてマーチに問いかけた。

 

「あなた、錬金術って知ってる?」

「れんき……マカ錬金のことか?」

「え、むしろそっちの方を知らないのだけど。なにそれ偽物?」

 

 いきなり偽物呼ばわりはなかなか酷いな、と思ったが、実際のところはどうなのか分からない。

 ただ、マーチが見る限りではマカ錬金はハッタリなどではなかった。あれもまた彼らにしか成せない業のひとつだ。

 

「街にいた竜人族の婆さんが生業にしていたんだけどな。人の身丈よりも大きな窯を構えて、俺たちの知ってる調合とは全く違う方法で薬や道具を作るんだ。まさに竜人族の秘術って感じだったよ」

「……あら? 思っていたよりずっと本格的じゃない。しかも竜人族って……もしかして私のが派生? そ、そんなことないと思うけど……」

 

 それをマーチに問われても返答に困るわけだが。思いがけず動揺させてしまった。

 

「少なくとも、彼らはこんなに道具や材料やらを取り揃えている感じではなかったぞ」

「その方は街にいたって言ってたわよね。それなら、どちらかというと錬金する対象を絞って量産に力を入れてるのかも。こういう場所はアトリエって言うのだけれど、まあ何でもつくる人向けね」

「魔女っぽいな?」

「懲りないわね……そのイメージは本か何かから来ているの?」

「本が半分と、巷の噂話が半分くらい?」

「教養があるんだかないんだか……。とにかく、実際に見せた方が早いでしょう。ちょうどまだ毒抜きが終わってない肉が残っているから、それの処理を見てみるといいわ」

 

 そう言って、グレイは間仕切りのひとつを折りたたんだ。マーチのベッドを半ば囲うように設置されていたものだ。

 この家は部屋という概念がほぼない。生活の境界は間仕切りを置くことでやんわりと区切られている。

それが退けられると、視界が開け、開放感が増した。厠に行くときなどに垣間見えていた作業台や本棚を見通すことができる。

 

「それは願ったり叶ったりだけどもさ。そういうのは秘密じゃないのか?」

「その分野について何も知らない人に、いきなり実践を見せても技術が盗まれることなんてないと思うけど?」

 

 ごもっともだ。彼女の機嫌を損ねて見せてもらえなくなってもつまらないので、それ以上何も言わずに黙って見学することにした。

 

 家の隅の方に置かれていた、布を被せられた物体。机のようにも見えたその布を、グレイは一息に取り払った。

 出てきたのは木枠で支えられた大釜だ。マカ錬金の竜人族が持っていたものよりは小さいが、少なくとも料理などの目的ではないことが一目で分かる程度には大きい。

 

 何やら怪しい儀式でも始まりそうな雰囲気が出てきたが、グレイは至って淡々と、家事をこなすようにてきぱきと準備を進めていく。

 おもむろに床板を持ち上げたかと思えば、床下にひょいと入っていく。

 持ち出してきたのは、ひんやりと白い冷気を放つ肉塊だった。なんとここには氷室まで存在するらしい。

 

 先ほど言っていた、フロギィの肉だろう。

 マーチはおぼろげながら、かの竜の肉が食用でない理由を覚えていた。たしか、水没林のとある村の住人から聞いたのだ。

 

 かの竜は毒袋と呼ばれる特殊な臓器を持ち、呼気に混ぜて毒を噴射する。

 そのため、毒袋と喉さえ取り除けばあとは可食部かと思いきや、皮膚から筋線維にかけて、マヒ性の毒が分泌されているらしい。

 毒性はそう高くないが、肉を食うとなれば流石に影響が出てくる。即席の肉焼きセットで取り除けるものでもなく、そういう意味でも嫌われ者だったのだが。

 

 彼女が実際に狩ったのか、それとも罠でも仕掛けたのかは不明だが、そういったものを食肉として扱わないといけない程に過酷な環境であることは分かった。

 本来はかなり面倒な工程を辿らなければ安全に食べられないはずのそれを、どのように処理するのか。なかなか見ものだとマーチは思った。

 

 いつもはフードを取っているグレイが、深くそれを被った。

 やはり、絵物語に出てくるような魔女そっくりの外見だ。マカルパという礼装めいた服は、そのイメージがもとになっているような気さえする。

 いや、もしかすると因果が逆なのかもしれない。そんな気さえした。

 

 窯の中は水が半分ほど入っていた。その内部までは見通せない。

 立てかけられた杖を取り出す。装飾こそ素朴だが、あちこち使い込まれた痕があった。それを迷いなく窯の中に突っ込む。あれでかき混ぜるらしい。

 続いて窯の中に、茶色の小石のようなものがばらばらと注がれていく。恐らく岩塩だ。マーチが食べる肉が全て塩辛いのはあれが原因だろう。

 

 窯の底は火が焚けるようになっていて、火薬草の粉末を種火にして火を入れる。贅沢にも燃石炭を入れているらしく、火は一気に燃え広がって窯を温め始めた。

 フロギィの肉が投入された。普段であれば、ここから数か月もの酒漬けを経て、毒の成分をじっくりと濾し出していかなければならない。

 

「……ん?」

 

 必要なものは揃ったはず。そのままかき混ぜ始めるかと思いきや、彼女は何やら妙なものを棚から取り出してきた。

 あれは……虫かごか。中にいるのは数匹で、大きさは握りこぶしほど。腹部がほのかに明滅しているのが見える。

 雷光虫だ。マーチもそれくらいは知っている。一般人にもそれなりに知られた虫だった。

 

 まめな世話を受けているのか元気に動き回るそれをグレイは手掴みし、そのまま────窯の中へと入れた。

 

 ……確かに、錬金術というだけのことはある。そのような工程は見たこともない。マーチは思わず唖然としてしまった。

 

 さらに瓶に入った半透明な正体不明の液体を注ぎ入れ、ようやく準備が整ったのか、彼女は杖で窯の中をかき混ぜ始めた。

 その表情は至って落ち着いている。ただ、手に力を入れているというよりかは、黙々と窯の中の事象に向き合っているような。

 

 ぱちぱちと火の粉がはじけ、窯からゆっくりと湯気が出てきたところで、彼女は火の勢いを弱めた。すぐにかき混ぜる作業へと戻る。

 たまにこつ、こつと窯の中の何かを軽く叩くような仕草をして、そのたびに僅かだがばちっという音と共に青白い発光があった。

 雷光虫をつついているとしか思えなかったが、それに何の意味があるのかは見当もつかない。

 

 部屋の中はけっして暗くない。しかし、それでもどこか幻惑的な雰囲気を醸し出す。

 見慣れない家の内装に、燃石炭の炎と雷光虫の放光、どこからか漂ってくる塩の匂い、フードまで被ったマカルパ装備とくれば、そのような印象になるのもおかしくはないか。

 いつの間にかマーチは、その光景に魅入ってしまっていた。

 

 

 

 よし、という一言と共にグレイが窯をかき混ぜる手を止めて、マーチは我に返った。

 慌てて傍に置いてある砂時計を確認する。どれくらいの時間が経ったのだろう。

 半刻で落ちきる砂時計は作業を始める直前から砂を落とし始め、上下の砂の量が半々程度になっている。つまり、三十分程度だ。

 本来なら数日では済まない時間のかかる作業を、彼女はたったの三十分で終わらせてしまったのだろうか。

 

 錬金を終えたらしいグレイはまず、雷光虫たちを窯の中から出していく。

ぐったりしているが、殺したわけではなかったようだ。次の出番が来るまで待機させ、また力を借りるということなのだろう。

 

 次に、本命のフロギィの肉が取り出される。

 マーチは純粋に驚いた。それは以前よりも赤みが増し、心なしか新鮮さを取り戻しているようさえ見えたからだ。

 

「どう? 私が錬金術師ってこと、納得してもらえた?」

「そりゃあもう……それこそ、小さいころに読んだおとぎ話みたいだ」

 

 腰に手を当てて不敵に笑う彼女にも、素直にそう答えるしかないだろう。

 今の作業に見せかけが入っていたとは到底思わないし、それができるほど彼女は暇ではないだろうから。

 

「雷光虫に何の意味があったのか教えてもらっても?」

「そうね、あの子たちには毒抜きの反応を早める役割を果たしてもらったの。毒に対して直接何かしたってわけではないけど、重要な役割よ」

「ははぁ……見事に分からんが、これだけ時間が節約できるならかなり金になりそうな……」

「む……あのね。これは錬金術の分野だって言ったでしょう。汎用的に広められるものではないし、そうやってお金儲けの発想をされるのは、あまり気持ちのいいものじゃないわ」

 

 軽率に口走ったことを怒られてしまった。

 確かに、それは商人が人に嫌われる理由の一つだ。しかも、マーチはそれで商売に失敗したばかりなのだから耳が痛い。

 

「す、すまん……。この流れで信用してもらうってのも無茶な話だが、ここでの話は外ではしないようにするよ」

「そうしてもらえると助かるわね。外部に吹聴されて金目当ての人なんかが来たら目も当てられないから」

 

 グレイはやや冷ややかな口調でそう言った。その様子を見て、彼女の根幹はあまり人好きではないのかもしれないとマーチは思った。

 マーチに対しては親切だが、それとこれとは切り離せるもの。どちらかと言えば人の社会を好まないと言った方が適切か。

 それは、彼女がここにいる理由の一端になっているような気がした。

 

「……さて、気を取り直して調合の続きをしましょうか。せっかく窯を出したのだし、まとめていろいろと作ってしまいたいわね」

「その錬金術で、他にどんなものを作れるんだ?」

「さっきも言った通り、なんでも、よ。傷薬に、家の建材、粗紙、蒸留水、火薬に中和剤……」

 

 とりとめもなく、次々と浮かんでくる物たち。本当に何でもつくってしまうのか。その手の専門家たちの手を借りることなく。

 全てを錬金窯でやってしまうわけではなく、小さな炉で金属を融かしたり、工作台も使っているようだが、ほぼ全ての行程に錬金術独自の工程を挟むのだとグレイは言っていた。

 

「ひとりで生きていくのだもの。このアトリエを維持するのも、食べ物の調達も、ぜんぶ自分でこなさないと。……まあ、複雑な道具とか、この地域じゃどうしても手に入らないものなんかは人の手を借りるけどね?」

 

 先ほどの少し不機嫌な様子が少し和らいだ。グレイはここでの生活を嫌ってはいないらしい。

 

「自己完結してるんだな」

「そうね。何とかなってるって言い方の方が正しいかもしれないけれど」

「…………」

 

 全てを一人でこなせてしまうというのは確かに凄いことだ。

 しかし、そうでなくても生きていけるように社会というシステムを作ったのが人という生き物でもある。

 

 あくまでもグレイはひとりの人で、錬金術で何かを作るのにも、その材料を採りに行くにも、その拠点を守るにも、必ずひとり分の時間が割かれていく。それだけは削ることも、生み出すこともできない。

 この環境となれば、やるべきことは積み重なっても落ち着くようなことは決してないだろう。体調を崩したり怪我をするようなことがあれば、余裕はあっという間に失われる。

 

 自分が見てきた人々とはあまりにも違うその在り方に、どこか途方もなさを覚える。

 マカルパのフードを被ったまま次の錬金へと取り掛かっていく彼女を見ながら、マーチは何とも言えない感慨を浮かべていた。

 

 






トライ以降から始められた方は困惑されたかもしれませんが、錬金術は2G以前に実在したスキルです。錬金術専用の調合が行えるようになります。
ググると僅かに資料が残っていますが、本当に謎の組み合わせなのです……。
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