終わりゆく日々と、終わらない世界への七日間   作:Senritsu

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注意書き
・本小説に物語性はありません。形式としては日記、または抒情詩に近いです。
・メッセージ性は特にありませんが、思想や感情を強めに書き出しているため、人によっては不快に感じたり、元気が奪われる可能性があります。ご注意ください。
・第一話の雰囲気が最後まで続くため、指標にしていただければと思います。




一日目:「生きていてごめんなさい」を延々と、延々と繰り返すような

 

 

 大切なものが、あったはずだった。

 それが大切なものだということを、自覚できていたはずだった。

 

 ふと、頭の中に浮かんできた。SNSの海に埋没している中で、唐突に。

 スマホの画面から目を離す。私は夜道を歩いている。人気のない夜の小ぎれいな並木道が目に映った。

 画面に集中していた意識が拡がっていって、静かな風と、やんわりとした光の街灯と、晴れた夜空が視界に取り込まれていく。

 澄んだ空気だ。素敵な景色だ。

 

 ────次の瞬間、はっ、と私はその感情を吐き捨てた。

 

 何が悲しくて、そんなことを考えなくてはいけないのか。

 そう。どうして、そういった何気ない風景が、私にとって価値あるものとして捉えられなくてはいけないのか。この頭は、どうしてそんな認識をしてしまうのか。

 これだから、本当にこれだから、私は────

 

 苦い感情が押し寄せていたはずの私の口元は、笑みを浮かべていた。

 社会の役に立たない自らの価値観を、ただただ、嘲って嗤っていた。

 

 

 

 

 

 短編 終わりゆく日々と、終わらない世界への七日間

 

 

 

 

 

 若い感性。子どもを抜け出せない人。

 心のどこかでそう思うだけで、なんだか吐き捨てたくなる。

 言ってろ、私はこれで十年間は過ごしてきたんだぞと叫びたくなって、そのたびに感情を胸の中で押さえつける。

 そういう見方は、ほんとうに気持ちが悪い。正しさに塗れすぎていて、耳を塞ぎたくなる。そうやって目を逸らしてしまうから、私はだめだというのに。

 

 私は、私だけは、自分がこれまでに生きてきた日々を見下したくない。

 たとえ認めざるを得ないことだったとしても、あのときの、この瞬間の切実な自分を否定したくない。忘れてしまうことを許したくない。

 

 けど、私はそれを望んでいたんじゃなかったっけ。そういう在り方にこそ、憧れを抱いていたはずだ。

 自分が自分で分からなくなる。いつもそんな感じだった。

 想いだけが先行して、私は刹那の感情に生きている。

 

 

 

 ……目覚める前から、被害妄想も甚だしい。

 眠っていたはずの身体はがちがちに強張っていた。思わず苦笑してしまう。

 

 夜はもう明けている。今日もだめだったなあ、と自分に向かってぼそりと呟きながらベッドに横たわり続ける。

 いつかは起きれるはずで、起きることができなかったらそれはそれで面白いのかもしれないなと思う。

 早起きしないといけなかったり、こんなにだらだらすることが許されない人から見れば、自分は甘えが過ぎる存在なのだろう。

 こんな人がいるから、身近な誰かがその負担を背負っている。日常の何気ないところでも、自分の生き方は誰かによって批判できる。批判されるべきだ。

 

 小さく笑った。今日もがんばろう。

 

 

 

 ベッドから起き出して、朝ご飯を食べて、支度を整えるまで。私はとてものろのろとしている、らしい。

 別に怠けているわけではないはずなのだけれど、それにかかる時間を人と比較したとき、そう言わざるを得ない。

 ふつうの人は本当に器用だから。あらゆることをてきぱきとこなしてしまうから。それがふつうと思っているのだから、本当にすごいのだ。

 私なんて、腰かけた椅子から立ち上がって、玄関まで歩いてドアを開けるまでが大変だ。冗談でもなんでもなく、その数歩が、果てしなく遠い。

 

 一度外に出てみればなんてことはないだろう、なんて、結局は何気ない日常を過ごせている人の主観に過ぎない。

 すれ違う人の視線、耳に届く他人の会話、秩序のある街の風景、その全てが胸の痛みへと変わって。それすら痛く感じてしまうほどに人を外れてしまったからこそ、外に出られない。

 

 そんな人に──なりたかったのか──私は、なりきれなかった。その勇気がなかった。

 ドアノブを握った。誰かにとっては分厚い鉄の板よりも重いだろうそれを、私は押して外へと出た。

 

 社会の役に立たない存在はいてはいけない。世間から必要とされないどころか、ただの荷物で、さっさと消えろと願われる。きっと私自身も誰かにそう願っている。

 それが怖いから、私は外へ出れた。それだけだ。

 外へ出られなかった自分の可能性をないがしろにし続けて、楽な方へと逃げ続けて、私は何がしたいのだろう。

 

 ああ、思考がまとまらないな。もったいない。非生産的だ。非生産的なのは罪なんだ。何か物語としての体を整えないと。筋道を立てて記憶しないと、ダメだ。許されない。

 外に出て、街中を歩く。空は青くて、思わずはっとするほどにきれいだった。いつも、その感覚を拭えない。

 

 

 

 最近、私はおかしくなり始めているな、と思う。

 生まれたときからおかしかったものが、隠せなくなっただけだろうとも思う。

 

 思考が深いわけでもないのに、心の内側の思考にばかり引き付けられてしまって、周りのことがぜんぜん身に入らない。

 そのせいでやるべきことがどんどん遅れて、やがて私に返ってきて、思考は焦りで浅くなって、それなのにやっぱり引き寄せられる。その繰り返しだ。

 はっきりと、使えない人間になってきているのが分かる。これまでの人生で私がちゃんと使えた場面があっただろうかと考えると、ほとんど思いつかないけれど。

 

 どうにか、こうにか、ここ数年はごまかせてきた。

 ごみのように動かない体を、その気にならなければ永遠にSNSにしがみ付いている体をなんとか動かして、数年間。それでも変わろうとしなかったのだから、当然の帰路だったのかもしれない。

 自分でも呆れるくらい他人に弱くて、鈍くさいのだから、もともとごみか。それがいよいよ存在してはいけない域まで行きつこうとしているだけだ。

 

 笑みが零れた。自虐、とはまたちょっと違う。どうしようもないなあ、という苦笑いのような。もう包み隠さずに、自己陶酔と言ってしまおう。

 本当に、どうしようもないな。けれど、不機嫌な顔で出歩くよりはましなんじゃないかなと思う。変に思われてはいけないから、俯いているけど。

 本当は空が見たい。けれど、俯いて足元のタイル模様の歩道を見ている。これもけっこう悪くなかったりもするのだ。

 

 白と赤のタイルの、白色のところだけを歩いてみたりして。

 こういうきれいなものをひとつひとつ見ていたいから、私は歩くことが好きだ。

 自転車や車を使う人から、時間を無駄にする人と言われることを代償にして。幼い子どものように遊ぶ、頭のおかしい大人だと自分で思いながら。私は歩いている。

 

 他の人がそうで在ることを許されても、私が許されるわけはないのに。

「私だけが」なんて浅ましい自尊心こそが、醜いもののはずなのに。

 

 

 

 

 たくさんの人の「ふつう」に紛れ込んで生きている。そんな感覚を常に抱きながら日々を過ごしている。

 まるで自分が特別な存在と認識してしまっているような、痛い人だと思われてしまうだろうか。できれば、そんな人にはなりたくなかったな、と思っている。痛みで死んでしまったら元も子もない、なんて。

 

 私の中でのふつうの社会とは、千差万別な人々の中で、いちばん割合の大きい価値観が礎となって構築されている空間だ。

 社会の価値観の視点に立てる、それを構築していく、選ばれた、あるいは選び取った人たち。きっと彼らに自覚はなくて、割合が十割ではないことに気付けない。

 

 ここに入れなかったし、入る努力をしなかった愚か者の私は、全ての選択をだいたい悪い方向へもっていく。当たり前だ。それ以前に土俵を違えているのだから、何を選んでも間違えるに決まっている。

 悪い方向とか、間違い、というのは全て他人から見たときだ。私にとっては正しいことのような気がしても、ふつうの社会に生きる人々からすれば、考えられないような選択になっている。

 

 だから私は、私自身を信用せずに、他の人、つまり社会に自分の在り方を全て委ねている。

 あの人はどう思うのだろう。あの人にとっては何が正解なのか。

 私がどう思ったかなんて、彼らにとっては確実に間違っているからどうでもいい。一対一のような小さな社会でも、組織のような大きな社会でも、自分と他人の境界線をできるだけ無くしていく生き方を続けてきた。

 

 私という存在は、その大部分が他人の評価によってできあがっている。

 

 自分のことは自分で決めるという大事なことを、最後まで実践できなかった人の末路のようなものだ。

 完全に他人軸な自分と、食い違い続ける自分の感性。

 

 やっぱり、思わず笑みが零れてしまうのだった。

 いけないいけない。今、まさに人と話している真っ最中だというのに、こんなことでは変に思われてしまう。

 心のどこかで、不器用なあなたが隠しきれているとでも思ったのか、と声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 最近、私はひとつの目標を立てている。私にとって、とても前向きな目標だ。

 それは、生きるという選択への肯定を、どうにかして欺くか、覆すこと。

 

 かなり難しい目標であることは分かっている。

 生きるか否かの選択について、いろんな本を読んだ。いろんな話や、人の意見を見た。いろんな創作の歌を聞いた。

 その多くが、最後には生きることを選択していた。それは本当に辛いこととしても、生きることをやめることはできないから。足掻こう、生きろ。と。

 

 それは、とても残酷なことなんじゃないかと、思って。

 いや、私の考えることだからどうせ間違っているのだけれど。でも、ふつうの人たちにとって間違っていたとしても、私は。

 

 夜道、鈴虫が鳴く。人気のない、小ぎれいな並木道だ。昨日と変わらない、少し肌寒くなったくらいかな。

 スマホを開こうとして、止めた。やっぱりそこは、私の好きな景色だった。どうしてこんなものが、と吐き捨てたい感情を抱いたまま、受け入れる。

 

 どうしても鬱屈としてしまって、怒りや嫌悪に支配されがちだけれど、できるだけ最後にひっくり返したい。全部悲しいとか、嬉しいとかの感情にもっていきたい。

 泣き笑いでも、苦笑いでも、空虚な嗤いであったとしても、柔らかい表情で在り続けられるなら、その方がいい。

 

 社会と自分が乖離していく違和感に浸り続けて。その先に、たぶん。

 私が見出してしまった、本当は見つけてはいけなかった、見つける道筋を辿るべきではなかった、大切のものがある。

 

 もし、それを掴めたのなら────。

 

 そっと生きるのを止める。そんな夢を叶えることができるかもしれない。

 

 がんばろう、がんばっていこう。

 あまりにも軟弱で、とても大変だった日々に。自分で幕を下ろせるように。

 いつものように、いつものように心をずたずたに裂きながら、歩いていこう。

 

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