白藍の羽を梳けたなら(全年齢版)   作:Senritsu

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第13話 空でも、地上でもない場所へ

 

 古代樹の森は、よく晴れ、そしてよく雨が降る。曇りというどっちつかずの空模様はほとんどなく、天候がはっきりとしていた。

 隣の大蟻塚の大地は雨季と乾季が明確に分かれるが、こちらではそれも薄れる。年中似たような気候だからこそ、ここまで大木がひしめくようになったのだろう。

 つまり、朝空が晴れのときはその日の森は大抵晴れっぱなしということだ。にわか雨が降るにしても一時的なもののはず。

 

 編纂者として幾度となく足を運んだ古代樹の森。そこで得た経験則を頭に思い浮かべながら、私はさっきまで読んでいた手紙をポーチへとしまった。

 木漏れ日の中、紅色の小鳥が飛び去っていく。手紙を私に届けてくれたトウゲンチョウだ。

 伝書鳥としてアステラで飼われているらしい。この広い森の中でも道に迷わず文を届けてくれる、大変頼りになる存在だった。

 

 さて、と呟いてから身支度をする。手紙にはとある人の簡単な近況と、私に会いに行く旨の報せが書かれていた。

 そのために、待ち合わせの場所に赴かないといけない。この便りが私の手元に届いたときには、彼女は既に拠点を発っているはずだ。

 

 毎度のことだが、彼女がアステラに戻ってくるのは久しぶりだ。

 屍套龍ヴァルハザクの調査が一段落し、瘴気の谷の動向を調べていたらあっという間に月日が過ぎてしまった、と手紙には書かれていた。

 彼女は定期連絡ばかり寄越してきて、一向にアステラにも研究施設にも戻って来ない。それについて小言を言われるのもいつものことだ。

 だからこそ何かの機会に拠点に顔を出すことがあれば、そのときにしかできない事柄を一気に済ませていきたいのだろう。私の顔を見に行くことも、そのひとつか。

 なんだか、普段は会えない祖父母や親戚に会いにいくような気分だ。私はそういう繋がりは特にないので想像でしかないけれど、きっとこんな感じなのだろうと思う。

 

 今頃は私のいる森へと向けて、メルノスと共に空を走っている最中だろうか。

 ここでは遥か遠くに見える巨大な樹木。ここから見えるというのは、他の地形に負けていないというか、それそのものがひとつの地形である証だ。本当にすごい存在感だと思う。

 あの古代樹のおかげで周りの木々は相対的に全部小さく見えてしまうのかもしれないけれど、この森は十分以上に広く深い。素人が迷ってしまったら、生きて抜け出すのはなかなかに難しいだろう。

 ただ、それも彼女にかかれば舗装された道と変わらなさそうだ。何せ、地下の巨大な迷宮と噂される瘴気の谷に入り浸っていた人なのだから。

 リオレウスやアンジャナフにメルノスが狙われないようにする術も、目印の少ない森で目的地を違わずに目指す術も、きっと当たり前のように身に着けている。

 竜人族を除いて、あの年でも現役で元気にフィールドを駆け回っている人はほとんどいない。彼女を見ていると、年齢なんて指標は意味をなさない気さえしてくる。

 

 そんなことを考えながら手を動かしていると、いつの間にか身支度ができていた。ほとんど無意識でこなせるくらい、この手順を繰り返してきたんだな、と思う。

 しゅるる、と吐息とも唸り声ともつかない音が聞こえた。

 私はその音の傍にいる。自分の背の高さの位置にある淡い青色の厚布。その下地にある羽毛をそっと撫でる。手袋越しなので体温は分からないけれど、柔らかいながらも少しちくちくとする、その感触は伝わった。

 今しがた、私が固定したばかりの取っ手を握り、いちに、と拍子を付けて自分の身体を持ち上げる。足を持ち上げて開き、地に着かない両足が遊んでしまわないように鐙を履いた。

 

 体幹を意識して、背筋を伸ばす。前を向き、目を開く。

 いつもの私の二倍くらい高い視界。身が竦む感覚はとても小さくなったと思う。恐怖から身体を強張らせてしまう方がむしろ危ない。今まで私がこうして無事でいられていることを、信頼へと変えて。

 

「──行って!」

 

 私が呼びかけると、ぐんと取っ手に力がかかる。慣性に負けないように手に力を入れた。

 近くの手ごろな太い幹を持つ木へ。それを登る。まっすぐに駆けあがるというより、巻きつくように、螺旋を描くように登っていく。

 あっという間に枝葉の生い茂る上層部まで上り詰めた。当然のように幹は細くなり、枝葉が生い茂って視界は狭まる。

 空から見れば緑の床のようにも見えるこの領域は、現状、あるモンスターの独壇場と言っていい。

 

 待ち合わせ場所はここからは少し離れたところにある小屋だ。しかし、その程度はすぐに踏破できる。

 私が体重をかけただけでも大きく軋み、折れてしまいそうなくらいの枝へ、私よりもずっと太い前脚が何の戸惑いもなく置かれる。

 

 次の瞬間、小さくその枝が揺れ、私と、私を乗せたトビカガチの姿はいなくなっていた。

 

 

 

 彼女は小屋には直接降り立たたないだろう。その近くの林床に降りて徒歩で向かう、キャンプ地などでもよく取る手法だ。もしモンスターが見ていたときに気取られにくくするために。

 彼女のことだから、先に着いていても大人しく小屋で待っているなんてことはなく、外でこの辺の苔や胞子を観察していそうだ。

 

 そんな私の予想は見事に当たった。先に気付いたのはトビカガチで、私は少し遅れて木々の合間にいる彼女を見つけた。

 同時に、彼女の方もこちらの接近を察したらしい。流石の勘の鋭さだった。

 今の私たちは森の隙間を吹き抜け、木々を揺らす風とほとんど同じだ。ヨリミチウサギなどの耳の良い動物すらも騙す、トビカガチの洗練された動きに気付ける者はそう多くない。

 

 林床は背の高い木々の枝葉が日光を奪い合っているため、地上に届く光は少なく、開けた空間となっている。当然、主要な枝も上層部に密集しているから、地上に降りるための階段とする足場はほとんどない。

 一度地上に降りてから地面を走るか、木の幹を蹴りながら下っていく、なんてことも彼ならできなくもないだろう。

 

 しかし、彼はそんな手段を選ぶまでもない。彼は何もない空間に向けてその身を躍らせた。

 途端、落下しているのとは違う浮遊感が私の身を包む。普段は折りたたまれている、トビカガチの前脚から後脚にかけての飛膜が空気を受けて大きく広がっている。

 尻尾を使って重心をずらし、木の幹を避けながら滑空する。その気になれば羽ばたいて高度を維持することすらできる彼は、まさに森に生きる捕食者だった。

 

 彼女を見つけてから、ほんの十数秒でその目の前に辿り着いたトビカガチは、しかし彼女に襲いかかることはしなかった。彼女もまた、逃げ腰にもならずに出迎える。

 ──相変わらずのその不敵な笑みが、とても頼もしく見える。

 

「ごめんなさい。ちょっと、遅れちゃいました」

「あたしも今来たところだとも。ったく、さっそく格好いいところを見せてくれるじゃないか。元気そうだね、ネウ」

 

 私の元へ手紙を寄越したその女性、フィールドマスターに会うのは、半年ぶりのことだった。

 トビカガチの背中には鞍が取り付けられ、レザー装備を着た私がそれに乗っている。静電気を纏いながら舞い落ちる羽毛が、この場の彼の存在感を惹き立てているように思えた。

 

 

 

「もう、あれから一年経ったんだねえ。存外、あっという間だったね」

「そうですね。季節がない分、体感の時間が短く感じます」

 

 二人で小屋へと向かい、フィールドマスターが持ち寄ってきた素材を使ってスープを作りながら近況を報告する。

 私を連れてきたトビカガチは厩舎で一休み中だ。各地に点在する長期調査用の小屋の中でも、厩舎があるものなんてここくらいのもの。ほとんど彼専用と言っていい。

 

「瘴気の谷にいた古龍。ヴァルハザク、でしたっけ。あれの調査はうまく行きました?」

「ええ。まだまだ調べないといけないことは山積みだけど、とりあえずあたしの納得する成果は得られたよ。そっちはそっちで大変だったみたいだね」

「ええ。まさかクシャルダオラが古代樹にやってくるとは……アステラこそ大騒ぎだったんじゃないですか。人の居住区のあんなに近くに古龍種が居座るなんて、現大陸でも聞いたことがないです」

 

 フィールドマスターも大概だけれど、最近の私はほとんど拠点に戻って来なくなっている。そのために調査団の近況にも疎くなっていて、こうして情報を得る必要があった。

 他の人からは勘違いされやすいが、私は別に独立したわけではない。調査団には所属し続けている。

 私はこの古代樹から離れた森一帯の観察を任されていて、報告書も定期的に出している。この区域で狩猟や採集の依頼があれば、案内人として同行もする立ち位置だ。

 

「でも、最近は人と話してなさ過ぎて……今自分の話し方にびっくりしてます。テトルーや古代竜人の方々との方がよっぽど話す機会は多いかも。書くのはともかく、そのうち話し方は忘れちゃうかもしれません」

 

 冗談交じりにそんなことを言う。でも、フィールドマスターと話していて少し慣れない感覚を抱いているのは確かだ。

 今の私と交流があるのは調査団だけに留まらない。特に古代竜人には私たちが物珍しく映ったのか、いや、何か、より自然なものを見ているような感じで、たまに言葉を交わすことがあった。

 

 彼らは人の醜美にあまり頓着しない。だから話しやすいというのもあるのかもしれない。

 私の顔には未だに電撃が這い回った痛々しい傷痕が残っている。人によっては怖がらせてしまうだろう。

 自分の意思の結果なので、憐れみを送られるのも何とも言えない気持ちになる。フィールドマスターはその辺の機微を汲んでくれるから、今でも気兼ねなく話せる数少ない一人だ。

 

「古代竜人とかアイルーの言語って、トビカガチに直接伝わってるんじゃないかって感じる時があるんですよね。今度あの言語学者のおじいさんとお話してみたいな……」

「いいんじゃないかい。あの人はどっちかって言うと獣人族の言葉の専門家だけど、得られる知見はあるだろうさ。ここに来るのはちょっと大変そうだけどね」

「あはは……僻地ですもんね。そのときには自分からアステラに行きます。トビカガチに留守番を覚えさせる方法、本格的に考えないと」

 

 こうして話している中で、以前の私とは大違いだ、とフィールドマスターは言う。

 それこそ、この顔の傷ができてすぐのころの私は本当に笑わなかったそうだ。たしかに、言われてみればそうだった気がしなくもない。

 拠点の外という厳しい環境の中で、自分でどうにか元気を作らないとやっていけない、というのもある。とりあえずフィールドマスターが満足げなので、良い変化なのだろう。

 

「ところで、鞍の具合はどうだい。あの様子を見るに、もうかなり使いこなしているようだけど」

「ああ、それはもう。技術者さんにはもうお礼の手紙を送っているんですけど、本当によくできた鞍です。長く乗っていても全然腰が痛くならないし……何より静電気を防ぐんじゃなくて吸収するって仕組みが素晴らしくて」

 

 私がここに訪れる時にもトビカガチの背に装備させていた、彼専用の鞍。

 あれは本当に優秀な逸品だった。新大陸の工房が考え抜いただけのことはある。トビカガチにとっても不快ではないように裏地の作りも丁寧で、彼が装着を嫌がらないのもありがたかった。

 

「そう言えばこの件で、私の処遇についてフィールドマスターに協力してくれた人たち、分かっちゃいました。たぶん間違えてないと思うんですけど、二期団の方々ですよね。そのことでもお礼を言っておかないと」

「おや、ばれちまったかい。そう、その通りさ。彼らも今のあんたの姿を見たら喜ぶだろうさ。スケッチでも描いて持って行ってやりたいくらい」

 

 ネウという一人の編纂者の願いは、専用の鞍があれば叶えられる。フィールドマスターが二期団の親方にそのことを話すと、彼は何人かの部下を見繕って彼女と同じことを伝えた。

 それは、十年前の私がトビカガチと共に外に出るために使った、ジャグラスやケストドン用の鞍を開発していた人たちだ。

 結局、かの小型竜たちに鞍を付ける案は却下され、ハンターの間では直乗りが普及してしまった。そんな結果に忸怩たる想いを抱いていた彼らは、考えもしていなかった再挑戦の機会を与えられた。

 フィールドマスターに言われるまま、頭に疑問符を浮かべながら私が綴った、十年前に使った鞍の感想は、手紙として彼らのもとへと届けられた。そして、彼らの熱意に火をつけた、らしい。

 

「現大陸に強制送還だなんてとんでもない。鞍が良ければ十年前の事件の結末はもっとましだったかもしれない。若人の夢を俺たちが叶えてやらんでどうするってね」

 

 その言葉を聞くたびに、私の涙腺は緩んでしまう。

 いい人たちで、それ以上に技術や自分たちの腕にひたむきで、己の信念をかけて私を支えてくれた。こんな生活になっても、私は調査団の在り方が好きだった。

 

「でも、それはネウの努力もあってこそだとあたしは思うよ。例えば今、あたしがトビカガチの背に乗ったところで、鞍があってもすぐに落っこちてしまうだろう?」

「それは……そうかもしれません。ジャグラスとかに乗るのとは勝手が違うのは、そうです」

「うむ。忖度がなくてよろしい。その騎乗の難しさの中で、落ち方が悪かったり、踏みつけられたりしたら大怪我は避けられない。しかも、トビカガチの本来の領域は木の上だ。そこまで踏み込もうというのなら、命の危険すら覚悟しないといけない。

 そんな怖さを乗り越えたから、さっきのあんたの姿があるんだよ」

 

 そう、なのだろうか。私は自覚というものが薄いのかもしれない。

 トビカガチと息を合わせて、前を見続けることに必死だった私は、そこまで大層な覚悟はしていなかったと思う。努力とすら言えるかどうか。

 しかし、フィールドマスターが言うには、その姿はハンターとはまた異なる期待を感じさせるものだった。

 人と竜である以上、どうしてもそこに危うさはあるが、だからこそ。新しいものを追い求める調査団の一人として、私を応援したい、と。

 

「──ライダー」

「え?」

「あんたみたいな人のことを何て言えばいいんだろうと思ってね。たしか、陸珊瑚の台地のテトルーたちの間で伝わってる言葉じゃなかったかな。彼らとあんたじゃまたちょっと違うかもしれないけど」

 

 連中の中には風漂竜に乗る子もいるらしいよ、という言葉に私は興味を惹かれた。機会があれば会いに行ってみたい。

 最近の私は、人以外の種族への関心が強いようだ。私が興味を抱くようなことをしている生き物が、人以外の種族に偏っている、という言い方が正しいかもしれない。

 そして、私に興味を与えてくれるのはいつだってフィールドマスターだった。子どものときからそれは変わらない。受け身になってはいけないとは思いつつも、次にフィールドマスターと会うのが既に楽しみになりつつあった。

 

 暖かな食事を共に囲んで、しばらく専門的な話を交わした後に、「それじゃあ、今日はこれで解散かね」と言ってフィールドマスターは席を立った。 

 私の顔を見に来ただけ、という話は本当のようだった。いつだってフィールドマスターは忙しい。

 忙しいというより、時間をかけてやりたいことが多すぎて全く寿命が足りない。とは彼女の口癖だ。私にも、その心情は少し分かる。

 

 聞いた話では龍結晶の地で立て続けに古龍が姿を現しているようで、百年に一度とか一生に一度会えるかどうかとか、そういう古龍の常識が崩れ去りつつある。

 直接的にはフィールドマスターの手に余るかもしれないけれど、五期団の面々が矢面に立って調査を前に進めている。彼女も一期団の一人として、彼らの行末を見届けなければいけない。

 

「じゃあ、またいつかね」と言って立ち去ろうとする彼女を、私は咄嗟に呼び止めた。

 

「あの、フィールドマスター」

「ん? どうしたんだい」

「えっと……今までのこと、何から何まで本当に、ありがとうございました。私が願ったことではあるんですけど、こんな未来があるなんて思ってもいなかったんです」

「あら。……うーん、そうだね」

 

 夢のような日々、とはまた少し違う。困りごとはやはり多いし、この森はどうしてこんなに物騒なんだと頭を抱えることも多い。

 彼らの視点に立ってみると、人とは違う方向性ながら、本当にいろいろなことを考えて生きているんだなと思い知らされる。

 

 ただ、それでも。こうして生きることが私の願いだった。それは自分自身ですら思い描けていなかったもので、他者の力を借りてこじ開けてもらったからこそ気付けたのだ。

 立ち上がって深く頭を下げる。それを見た彼女はしばらく何かを考えて。

 

「あんたは何かお礼に悩みそうだから、先に言っておこうかね。あんたが昔書いてたトビカガチの観察記録、あれを完成させておくれよ。調査団の規定とか関係なく、あんたの望むままにさ。あたし、あの本のファンだからね」

 

 と、にやりと笑った。

 彼女は以前、人の悩みを聞くのは正直あまり得意ではないんだと言っていた。一期団として渡ってきてからずっとこの大地に目を奪われちまってて、だからこそ、あんたの気持ちがちょっとは分かったのかもしれない、と。

 先駆者として編纂者という概念を提唱し、未だ現役で新大陸を駆け回る彼女は、私の人生を含め、それがほんの一部に数えられてしまうくらい、大きなものを見ている。

 彼女の歩む先には、一体何があるのだろう。寿命が足りないことが宿命であるのなら、せめて少しでも彼女の満足のいく旅路であってほしいと思う。

 

「がんばりなよ、ネウ。古龍の調査が終わっても、古龍渡りが通常に戻ったことが分かるまで新大陸には人がいるんだ。そういう世代まで、あんたがここで生活できてることを期待してるよ」

「…………はいっ」

 

 はっきりと、返事をして。

 背を向けてひらひらと手を振りながら、フィールドマスターはメルノスと共に森小屋を去っていった。

 

 その姿を見送って、さて、と私も歩き出す。

 ちょうどトビカガチの唸り声も聞こえてきた。長らく放置していたので、どことなく不満気だ。勝手に出て行ってしまうこともあるが、今回は厩舎で待ち続けてくれていたらしい。

 外に出た私に近づくと、その背中をとんとんと当ててくる。

 

「乗れって? うーん、どこ行きたいって言うの。また池に飛び込んだりしないよね」

 

 毛並みを手で撫でながら声をかける。触れ合いと言っていいのかもしれないが、彼に甘えるという感情はほとんどなく、ある種のマーキングのようなものかもしれない。

 私を乗せることを拒まないのは素直にありがたいと思う。でも、他の人に対するそっけなさは相変わらずで、私の困りごとになっていた。

 フィールドマスターにはある程度心を許しているようだけれど、以前の気ままな助っ人のような雰囲気は薄れて、一緒にいていいのは私だけとでも言いたげだ。

 

「わかったわかった。ちゃんと埋め合わせはするよ。だからあまり張り切らないで」

 

 トビカガチに騎乗する私はフィールドマスターの目には格好よく映ったらしい。しかし当の本人に言わせてみれば、まだまだ余裕がない。特に夜中は危険が大きく、トビカガチに諦めさせる日も多かった。

 何気にトビカガチはこの辺の気遣いにおいて才能を感じる程で、危険が差し迫っているとき以外に無理やり私を乗せることはほとんどなく、慣れていない私に合わせて速度を緩めたり上下動を減らしたりすることもままあった。

 もしかするとそれは、子どもの頃に小さな私を乗せていた経験が生きているのかもしれない。そう私は思っている。

 

 トビカガチが私を乗せて気兼ねなく木々を駆けることのできる日は、数年後か、十年後か。とにかく経験を積むしかなさそうだ。

 それを目標として捉えることができることに、嬉しさを感じる。木々を伝って駆けるあの景色を、怖いとは思いつつも、しっかり見据えられる自分で良かった。

 レイギエナに乗って大空を飛ぶライダーのテトルーにも興味はあるけれど、私にはこっちの方が性に合っていると、お世辞抜きでそう思えた。

 いつか、彼と共にこの森を庭のように駆け回る。怖いモンスターに目を付けられてしまうかもしれないけれど、それはそれ。まずは夢が夢で終わらないように、しっかりと今を生きないといけない。

 

「……ねえ、トビカガチ」

 

 私が背中の鞍に跨ったことを感じ取ったトビカガチは、さっそく走り出そうとして、彼を呼び止める声を聞いて振り向いて私を見た。

 今このときに咄嗟に思い浮かんだことを、そのまま口にする。

 

「私、あなたに会えてよかった。

 ……あなたに会えてよかったって、言える。やっと言えるように、なったんだね」

 

 白藍の羽を、手で梳きながら。

 今までにないんじゃないかってくらいの、まじりっけのない微笑みを。

 

 ようやく一年。日々変化のある新大陸において、次の一年はまだ見通せない。そんなに楽観視もできない。それでも、明日を。

 かつての胸の痛みも、互いの身体に刻まれた傷跡も、今、この胸の内にある気持ちも、ずっと忘れることのないように。

 

 彼と共に、生きていこう。

 

「行こう。よろしくね!」

 

 そんな掛け声とともに、一人の編纂者と一匹の竜は、広大な森の中へと飛び込んでいった。

 

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