龍角散は国替えを経て、常陸国(茨城県)から久保田(秋田市)へ移住した武士の一族だといわれ、何代目かが医者となり、江戸中期には大曲(大仙市)に住んだ藤井某がいたとされ、江戸末期になると久保田と大曲に薬店を開いた。 明治維新を経て、個人経営としては久保田を本店とし、1871年に東京神田、1873年に大曲に支店を開業。

Joined September 2021
・ツイッター時代からの経緯 龍角散を秋田県の六郷(美郷町)のものとしたい人がいる それを「複数の説がありますよ」と教えると、必ず、喧嘩腰になる人がいる そのアカウント、又はそのフォロワーさんがおかしな動きしたのを調べたところ、面白いことが分かった そのため当方はわざと聞いてみると
またですねぇ。そのアカウントが嫌がらせをしている方です。ちゃんと読みましょう。
1,065
実は、これはこの方の言い分であり、資料館を作る話など聞いたこともありませんでした。 ですからね、今の時代は誰が相手であれ、信用できない人は信用してはならないのです。
「油谷これくしょん」(あぶこれ)さんが、 >>生薬資料館の設立を促すために龍角散の発祥地としての認知度を高めていきます。生薬資料館を設立する目的は、観光資源をつくり、地域の活性化に取り組むためです。今回の展示会での目的は、資料館設立の有志志願者を集めることです。 と報告しています。
4
751
現在の隆太社長の妹さんは鈴木姓ですが、洋子さんは都市史研究家だった鈴木理生(すずき まさお)氏の長男と結婚しています。 この情報は、藤井康男さんの江戸あきんどの知恵袋―老舗の商法より。
康男前社長は多趣味な文筆家として知られていましたが、その一方で当時の東京側には、康男前社長以外にも江戸の研究をする人がいました。 この手の話が色々と引き継がれていないのではないでしょうか。
1
487
「油谷これくしょん」(あぶこれ)さんが、 >>生薬資料館の設立を促すために龍角散の発祥地としての認知度を高めていきます。生薬資料館を設立する目的は、観光資源をつくり、地域の活性化に取り組むためです。今回の展示会での目的は、資料館設立の有志志願者を集めることです。 と報告しています。
4
1,257
ネット上の早い段階から、「龍角散、龍角散」と投稿していたのが、このわらび座さんとその取り巻きの方々。 Instagramとフェイスブックでかなりの数がありますので、田沢湖関係者が信用されなくなるのは当たり前ですね。 今回は敢えて貼りませんが、一時期晒してましたね。
1
1,381
おさらい:インスタのsekitakaji.jpさんに返信したら、丁寧に返ってきた。 しかし、なぜかXのsekiramaさんが怒り出した。 そこでアカウントを調べた所、 弟さんが障碍者で、自分は平成の終わりに世帯主になった茨城県笠間市の関さんだと自分で書いてただけでしょ。晒しも何もありません。
Instagram instagram.com/sekitakaji.jp/ Takaji Seki (@sekitakaji.jp) 犯人のアカウント出ました。sekiramaこと、デジタルクリエイターのsekitakajiさんです。ただの言いがかりでしたね。これまたクリスマスイブやクリスマスの日にみっともないですね!
1
890
なお、皆様には多大なる迷惑をかけたsekiramaにつきましては、Instagramで返信したところ、この方も丁寧に返事をくれました。 それをなぜかXへ持ち込み、キレだし、今回のように無関係の人たちにもリプライしたのです。話し合いになるタイプではありませんので、ブロックしてくださいね。
2
252
まずは1人。尾暮君が逃げました。みっともないですね。これから色々と張り付ける予定だったのに。 弱いですね。 この美郷町と仙北市については、龍角散関係の怪しい情報発信源なのは皆様も分かるでしょうけれども。
2
322
秋田県内にあった龍角散支店藤井薬舗。別の説では藤井家は代々美倉橋にありと云う retweeted
Replying to @sekirama
このツイートは随分昔のものなのですけどもね……ご忠告有難う御座います。確かにこちらと致しましても「何のこっちゃ?」と思う節が多々御座いました。以後無視するように致します。
1
3
334
おさらい 六郷町史そのものが龍角散側に無断で書かれたものであり、何を持って、龍角散は六郷の親子が作ったとか書かれたかは不明であり、原稿を書いた人の責任なのです。あんばいこう氏のも同様に無許可です。 龍角散の昔のホームページは2000年頃と、2022年辺りのはこうです。
357
康男前社長は多趣味な文筆家として知られていましたが、その一方で当時の東京側には、康男前社長以外にも江戸の研究をする人がいました。 この手の話が色々と引き継がれていないのではないでしょうか。
康男前社長は多趣味な文筆家として知られていましたが、その一方で当時の東京側には、康男前社長以外にも江戸の研究をする人がいましたね。 この手の話が色々と引き継がれていないのではないでしょうか。
1
707
皆さんも分かったでしょう。 fujiiyakuho fujiiyakuho と、とにかくしつこく、マルチポストし、あちこちにトラブルの種を持ち込んでいるのは当方ではないこと。
1
455
これがツイッター(X)がダメな理由なんですよね。好き勝手やった方が勝つみたいなことはあってはならないことです。 久しぶりに見たら、主なアカウントが既に活動しておらず、別のところへ移住したのですね。 仮にどこかでfujiiyakuhoと見つけても、当方でないものがほとんどです。ご注意ください!
・ツイッター時代からの経緯 龍角散を秋田県の六郷(美郷町)のものとしたい人がいる それを「複数の説がありますよ」と教えると、必ず、喧嘩腰になる人がいる そのアカウント、又はそのフォロワーさんがおかしな動きしたのを調べたところ、面白いことが分かった そのため当方はわざと聞いてみると
2
372
このように郷土の歴史が全く分からないのですね。
Replying to @sekirama
やっぱりか❗️🫡
323
本来の情報って、二次資料的なものではなく、一次資料でないといけないのですが、Xに多い、片方の言い分だけ聞いて、「はい、そうですか」となる人はこれだからダメなんですよね。
Replying to @bujohoKENNAN
@bujohoKENNAN これは酷いですね。ネットストーカーやっているほうへ引っ張られていく。何が正しいかも分からずに失礼ですね。
264
秋田県内にあった龍角散支店藤井薬舗。別の説では藤井家は代々美倉橋にありと云う retweeted
Replying to @sekirama
教えていただきありがとうございます 明日にはこのポストを削除したいと思います
1
1
2
369
秋田県内にあった龍角散支店藤井薬舗。別の説では藤井家は代々美倉橋にありと云う retweeted
Replying to @sekirama
ありがとうございます! 面倒くさい人だったのでブロックしました😂
1
4
363
関西・東海地方で明治末期、大正時代から、得三郎商店(龍角散)の宣伝ビラが配布されていたのは、龍角散と小林製薬が親戚だからです。 そのため逆に東京府や秋田県で、小林製薬が仕入れているものが売られていたのもこの関係にあります。 ※龍角散の社内報、小林製薬の歴史より
3
324