おとぎ話をなぞる
FGOの槍弓です。カルデアのマスターは女の子です。
弓が色々あって女体化してますが、全くうまみを生かせておりません…。
デミヤが一瞬出てきて吐いてます。ごめんね。
表紙はこちらからいただきました。illust/50737012
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呼び出されて、シミュレーションルームに足を踏み入れたエミヤを迎えたのは、右手を振りかざすマスターの姿であった。
「令呪をもって命じる。エミヤ、女の子になって!」
「は…?」
その言葉の意味を認識した途端、強い光に覆われ、一度エミヤの意識は途切れた。
目覚めて初めにエミヤが思ったのは夢であったらいいなということだった。
残念ながらその願いは叶わず、エミヤの見た目は一変していた。
白い髪は肩につくかつかないくらいのボブ。
可愛らしい顔立ちだが、その眉間にはこれでもかというくらいしわが寄っている。
身長は女性にしては高く、赤いマントから覗くスラリとした脚が美しい。
黒くぴっちりとした礼装が程よい大きさの双丘に押し上げられ、えも言われぬ色香を醸し出していた。
マスターの令呪により、エミヤの性別は女に変わっていた。
未だ混乱の最中にいるエミヤは、ダヴィンチちゃんに促されるままに様々なバイタルチェックを受けた。
健康状態には全く問題がない。
双剣を投影して振るい、シミュレーションルームに用意された敵を攻撃する。
普段と変わりはなく、ステータスの変化もないようだった。
あえて言うならば脚や胸元に突き刺さる視線を感じ、少し派手に動きづらいくらいだろうか。
マスターやダヴィンチちゃんの下心丸出しのまなざしに、自分はこれからは今まで以上に女性に対して向ける視線に気を付けようと思うエミヤだった。
このカルデアは人理修復に乗り出してからまだ間もない。
次々と英霊が召喚されてはいるものの、育成が追い付いていない状況だ。
そんな状態で、迎えてしまったあるイベント。
一番強いアーチャーがエミヤであるにも関わらず、高難度のクエストの一つが女性限定でボスのクラスがセイバーだった。
「まだこのカルデアは戦力が揃っていない。無理をせず高難度は今回はスルーしようと散々言ったはずだが」
「だって竜の逆鱗が報酬なんだもん!セイバーオルタちゃんたちが欲しがってるんだもん!」
子供のように地団太を踏むマスターに、エミヤは頭が痛くなってきた。
どうしてもクエストをクリアしたかったマスターは、とんでもない策を思いついてしまったのだ。
エミヤを令呪で女の子にしてしまえばいいんだ!
いくら令呪とはいえ、カルデアのそれは本来の聖杯戦争のものより効果が極めて薄い。
英霊の在り方すら変えるようなその命令は、普通であれば通らぬはずだった。
せいぜいできてフリフリのお洋服で女装させるくらいである。
「それはそれで見たかった」
「やめてくれ」
諦めきれなかったマスターは、ダヴィンチちゃんに相談した。
そこで提案されたのが、あるサーヴァントの協力を仰ぐ方法だ。
「アンデルセンに、ストーリーを書いてもらいました!」
「は?」
アンデルセンは稀代の名作家である。
サーヴァントとなった彼が紡ぐ物語は一つの魔術回路として作用し、本来なら不可能である事象をも可能とする。
アンデルセンはある男が突然魔女の呪いにより突然女になってしまう童話を書き、
「わたしが魔女だなんてひどいや!」
それに令呪の魔力を重ねることで、アーチャーの女性化は可能となった。
「ほかでもない君が女性化すると聞いてな、久々に筆が乗った」
いやはや会心の出来だ、と満足気なアンデルセン。
「これでほんとのエミヤママだな」
「一体何を言ってるんだ」
話の通じない面々に、エミヤはただ頭を抱えるしかない。
「止めたんだけどねえ、ごめんね」
ロマニがただ一人申し訳なさそうにしている。
止められなかった以上共犯者と言えるのだが、心底すまなそうなロマニを責めることはできないエミヤであった。
なんとか心を静めて、エミヤは冷静に状況を整理する。
エミヤはアンデルセンの書いたストーリー通りに、女の子になってしまった。
逆に言えば、そのストーリーに呪いを解く方法が書かれているならば、それに沿って行動することで、この女性化も解けるというわけだ。
いくらアンデルセン、ダヴィンチちゃん、マスターの狂人チェインとは言え、解呪法を用意していないはずはない、と思いたい。
「ストーリーの続きはどうなってるんだ。女性化した後は?呪いは解けるのか!?」
「まあそれは後にして、とりあえずイベントにれっつごー!」
やり場のない――正確にはぶつける先はあるのだが、ぶつけたところで暖簾に腕押しである――怒りをイベントのボスに全力でぶつけ、見事、エミヤは勝利をもぎ取ったのであった。
目的の品を手に入れられてホクホク顔のマスターの後ろを、エミヤは諦めモードで歩いていた。
「エミヤのおかげでセイバーオルタちゃん再臨できたよありがとう!次は種火集めるよ!」
元気よく歩くマスターとともに、エミヤは管制室に向かう。
「ぶっふぉ」
そこには出発前にも関わらず、持たされた水筒を早速飲んでいたクー・フーリンがいた。
エミヤの姿を見て、驚きのあまり噴き出してしまったようだ。
「汚いぞたわけ」
エミヤは全力で嫌悪のまなざしを向ける。
「なぜこいつがここにいる。セイバーの種火集めだと聞いていたが」
「いやあー、最終章絆レベル重要だっていうじゃん?兄貴の絆レベル上げたくてさー、控えで待機してもらうことにしたんだ」
こいつだけには見られたくなかったとエミヤはげんなりした。
「ふん、控えなら控えらしくおとなしくしておくんだな」
「そんなカッコで言われてもちっとも怖くねえよ」
驚きつつも興味津々といった様子で眺めてくるクー・フーリン。
キッと睨み付けるエミヤだったが、この姿では迫力は半減していることだろう。
周りからの視線をなるべく気にしないことにし、これから行う戦闘へと意識を集中させた。
途中まで戦闘は順調であった。
週に二度行われるセイバークラスの種火集め。
これにエミヤは毎回駆り出されていた。
同じ敵に、同じ攻撃。
退屈ではあるが、エミヤが油断することなどなかった。
ただ、何度も何度も繰り返した場所と相手であった。
このタイミングで切りかかり、一呼吸後には飛び上がる。
そういう、ルーティーンとでも言うべきものが、確立されていた。
姿が変わった今回もそれに違いはなかった。
次は、相手の腕を突き刺し、それを起点に方向を変える。
宙を舞うエミヤは、いつも通りの動きをなぞろうとした。
しかし。
「はっ…?」
いつも通り伸ばしたはずの刃は敵の表皮をかすめただけで、その体に突き刺さることはなかった。
エミヤの腕は大きく空振る。
なぜ、と問うて、視界の端を横切るいつもより長い白髪が答えをくれた。
女性化したところで攻撃力も運動能力も変わってはいない。
しかし、その体格は違う。
一回り小柄になったエミヤ。
いつも通りと伸ばした腕はいつもより短く、その目的を果たすには不十分であった。
支点となるはずだったものを失い、エミヤは空中で大きくバランスを崩す。
そこを相手は見逃さなかった。
「がっ…!!」
腹に強烈な一撃を食らい、エミヤの華奢な体は思い切り吹き飛ぶ。
「エミヤ!!」
マスターの驚いた声が聞こえる。
地面に叩きつけられる衝撃を予想して体が強張る。
その予想に反して、体は何か大きなものに優しく抱き留められた。
「大丈夫かエミヤ」
顔を上げればそこにあったのは青を纏った美しい白皙であった。
(近い…!)
因縁の槍兵の顔が近くにあることに、エミヤはひどく動揺した。
「君に心配されるほどで、っつぅ…」
起き上がろうとするも腹部の痛みに邪魔されて思わず声が出る。
気付けばその体はクーフーリンの両腕に横抱きにされていた。
屈辱のために顔に血が上るエミヤ。
「休んどけって。こんだけ削られてたら槍のオレでも倒せるさ」
ランサーは普段の乱暴な態度とは裏腹にエミヤを優しく地面におろした。
かばうように背を向け、クーフーリンは敵に槍を構える。
その状況に、エミヤは愕然とした。
自分は守られるべき、弱い存在になってしまったのだ、と。
幸いにもエミヤの傷は霊基に関わるようなものではなく、カルデアからの魔力供給によりあっさりと回復した。
レイシフトによりカルデアに戻ったエミヤは、ロマニのねぎらいへの対応もそこそこに、アンデルセンのもとへ向かった。
エミヤは焦っていた。
噛みしめる奥歯に力がこもる。
何としてでも、一刻も早くこの女性化を解かなければ。
「アンデルセン!いるか!」
「ああ、やはり来たな」
部屋の戸を叩けば、想定していたという様子のアンデルセンがエミヤを迎えた。
解呪方法を教えろと迫るエミヤに渡されたのは、アンデルセンの書いた物語であった。
*****************
むかしむかし、あるところに、一人の男がおりました。
なめした革のような褐色の肌に、雪のような白い髪。
身体は鋼のような筋肉で覆われ、その立ち姿は古くから聳える大木にも見えました。
男はなんでもできました。
その腕で持ち上げられない物などありませんでしたし、器用な指先はどんなに繊細なものでも作り上げられました。
勉強家でもあり、もとの物覚えも良かったので、いろんな古い教えだって知っていました。
その力を使って、男は様々な人に幸せを与えてきました。
荒れた畑を前に困っている者がいれば、大きな岩をどけて畑を綺麗にするのを手伝ってやりました。
明日の天気に悩む者がいれば、雲の様子から天気を予想する術を教えてやりました。
転んで泣いている女の子には、シロツメクサで花かんむりを作ってあげました。
そんな風に過ごしていた男でしたが、ある日魔女から求婚を受けました。
「あなたのように屈強で賢い男を探していた、
欲しいものならなんでもあげよう、だから私と契を交わせ」
そう言われて男は断りました。
男に欲しいものなどなく、今の生活で満足していたからです。
男は人に何かを与えるのは好きでしたが、与えられるのは得意ではありませんでした。
そう伝えると、魔女は激怒しました。
「この私の求婚を断るとは、何たる無礼。決して許さぬ」
魔女は激情のままに杖を大きく振るい、男に呪いをかけました。
強い魔力に覆われた男の肉体は、一瞬のうちに女のそれに変わってしまいました。
「その呪いは愛する異性に口づけされねば解けぬ。
狂うほどに何かを欲し、それを手に入れられない苦しみを味わえ」
そう言い残し、魔女は自分の城に帰っていきました。
******************
そこまで読んでエミヤは頭を抱えた。
べたな解呪法にため息が漏れる。しかも。
「愛する異性、とは…まさか男と恋仲にならねば解呪できないのではあるまいな…」
「いや、愛するという部分は装飾に過ぎん。男という縛りは有効だがな」
その返事を聞いて、エミヤは少し吹っ切れたような顔をした。
「そうか、分かった」
「あ、待てエミヤ、まだ続きが…」
アンデルセンの制止も聞かず、エミヤはアンデルセンの居室を飛び出していった。
「なぜだ!?」
数分の後、再びエミヤはアンデルセンの部屋に戻ってきていた。
なんだか廊下の方が騒がしい。
「男とキスしたのに元に戻らない!君は嘘をついたのか!?」
「一体誰にキスしたんだ」
呆れた顔で尋ねるアンデルセン。
その答えは廊下の喧噪の中にあった。
「ナイチンゲール早く来て!デミヤの嘔吐が止まらないの!」
「ノロウィルスの可能性があります。みなさん離れて!」
そう言うなりエミヤ・オルタに直接ハイターをかけるナイチンゲール。
「ぎゃああああああああああ」
現場は地獄と化していた。
「条件は満たしたはずだ。苦渋の決断だったというのに…」
こちらのエミヤは自身の解呪の方が優先されているためか、一見正気を保っているように見える。
しかしその顔面はいつもと比べて蒼白であり、時折うぷっとえづいている。
「だから止めたのに…」
「どういうことだ」
「まだ続きがあるんだ、読め」
******************
男は女になりました。
女は自分の姿にショックを受け、誰もいない森の奥に引きこもりました。
今まで自分を頼ってくれていた人々に、変わり果てた姿を見せたくなかったのです。
幸いにして、手先の器用さや、狩りができる程度の運動能力は失われていなかったため、女は一人で暮らしていくことができました。
小さな丸太小屋を建て、森の動物たちを狩り、女は静かな生活を送っていました。
女はもう誰ともかかわる気はありませんでした。
そんなある日のこと、一人の男が森に迷い込みました。
その男は大層美しく、それは滅多に人間に興味を持つことのない森の妖精たちが騒ぎ出すほどでした。
男の髪は深い泉のように青く煌めき、引き締まったその腕に、宝石でできているかのように輝く赤い槍を携えていました。
*****************
エミヤははっと顔を上げた。
おとぎ話にありがちな展開。
魔女に呪いをかけられた主人公が次に出会うのは、呪いを解いてくれる王子様だ。
「察しがいいな、エミヤ。突然現れた謎の男に、主人公は徐々に心を開いていく。やがて、恋仲になり、この男のキスで主人公の呪いは解けるのさ」
そして、この、描写が示す人物は。
「青い髪に、赤い槍」
呟くと同時にエミヤの頭に最悪の想像が浮かぶ。
条件を満たす者はカルデアには一人しかいなかった。
「そう、お前の呪いを解くのは、ランサークラスのクー・フーリンだ」
たっぷり数秒の間をおいて、エミヤの口からは大昔の口癖が、いつもより高い声で漏れた。
「なんでさ!!!!」
「確実に礼呪の強化を行うためには具体性が必要でな。相手役としてクー・フーリンをキャスティングさせてもらった」
「なぜ男なんだ…女性ならまだ抵抗が少なかったものを…」
「実際女性を相手役にしたとして、容易くお前にそれができたか?わざわざこんなことのために女性にキスを強要するなんて、お前の主義に反すると思ったのだが」
「ぐっ…」
図星を突かれて言葉に詰まる。
だが一番の問題点を追及しないわけにはいかなかった。
「そうだとしても、どうしてクー・フーリンなんだ」
「ストーリーを構築するにあたって、全く関わりのない者を配役するのは不自然だ。縁の深い者を相手役に選ぶほど、物語の質は上がり、魔術はより強化される。その点において、お前と槍のクー・フーリンは最適じゃないか」
運命なんだろ?と口角を吊り上げる童話作家。
それを言ったのは自分ではないと反撃したいエミヤだったが、それを言ったところでこの現状は少しも変わらないのであった。
「まあ時間がたてば徐々に令呪の効果は薄まる。何もせずともいずれは戻るだろう」
「どれくらい待てばいいんだ」
「思ったより俺の物語の出来がよくてな。このペースだとまあ半年くらいだろう」
「半年…!」
予想以上の期間にエミヤは目の前が真っ暗になったような錯覚を覚えた。
それでは遅すぎる。
しかしあの槍兵に口づけをせがむなど、自分にできるだろうか。
うんうんと悩み始めたエミヤの思考が手に取るように分かり、アンデルセンは声を立てずに笑うのであった。
小一時間葛藤したのち、エミヤはクー・フーリンの部屋に向かった。
ひとしきり流れを聞いたクー・フーリンは爆笑した。
初めはベッドに座って聞いていたのだが、途中からは腹を抱えてベッドの上をのたうち回っている。
クッションをばんばん叩き、ひぃひぃと喉を引きつらせ、呼吸もままならないといった様子だ。
「笑い事じゃないんだ…」
困り果てた表情のエミヤを見て、クー・フーリンはやっと爆笑するのをやめた。
意味ありげにふぅん、と笑みを漏らす。
「まあ、とんだ災難をこうむったお前のために、一肌脱いでやるのも悪くねえ」
オレに頼る弓兵なんざ、滅多に見られないからな、とクー・フーリン半ば独り言のように零した。
断られることも想定していたエミヤは安堵する。
そうと決まれば相手の気が変わらないうちに終わらせてしまうのが得策だ。
「ならばさっさとすましてくれ」
「いいや」
否定を返されて首をかしげる。
腰に手を回され、ぐいと引かれる。
不意を突かれて抵抗するのが遅れた。
座るクー・フーリンの太ももを跨ぐようにベッドに膝を突いてしまう。
少し下から見上げるような赤い瞳に心臓がひとつ跳ねた。
「せっかくの呪いを解く口づけだ」
強い視線に捕らえれて思考が止まる。
白く長い指が下から上に頬をゆるりと撫でていき、甘い震えが背を這う。
その手が耳の後ろを通り、白髪に差し込まれ、エミヤの後頭部を優しく引き寄せた。
鼻がぶつかりそうなほど顔が近づく。
真っ赤に熟れた唇が薄く開き、鋭い犬歯が覗いた。
「ロマンチックにしてやらねえとなァ、お姫様」
その大仰な呼びかけに我に返り、エミヤは見事な平手打ちを相手の頬にかました。
クー・フーリンは食堂でぶすくれていた。
その目が追うは、数日前に平手打ちをクリーンヒットさせてきた相手だ。
エミヤはいつも通り厨房に立ち、カルデアの職員やサーヴァントたちに配膳を行っていた。
エミヤが女になってしまったことと、その経緯は既に周知の事実である。
初めはみな戸惑ったものの、エミヤの態度が少しも変わらなかったため、見た目の変化はすぐに受け入れられた。
むしろ男性陣からはこんな奥さんが欲しいと好評である。
実際に今、ランスロットがでれでれと鼻の下を伸ばしてエミヤに話しかけているところであった。
エミヤの方も相手が名高い円卓の騎士であるためか、なんだか嬉しそうに見える。
クー・フーリンの拳には思わず力が入り、乾いた音を立てて箸が折れた。
本日既に四本目である。
誰かに見とがめられないよう、他の食器の間に折れた箸をクー・フーリンはこそこそと隠す。
全く英雄らしからぬ姿であったが、今の彼にはどうでもよいことであった。
クー・フーリンの興味の先は、もちろんエミヤだ。
席に着いてから、クー・フーリンはエミヤを凝視し続けている。
だというのに、ちらりとも目線が合わない。
料理を渡すときも、皿をこちらにやるなり、話しかける間もなく奥に引っ込んでしまった。
あの気配に敏い弓兵が、こんなにも強い視線に気が付かない訳がなかった。
避けられている。
これはもう疑いようのない事実であった。
この食堂でのことに限った話ではなく、あの日以来、クー・フーリンはエミヤにことごとく避けられていた。
近寄ればするりと逃げられ、話しかけてもすぐに話を切り上げられる。
その理由には心当たりがある。
エミヤが部屋にやってきたあの日、少なからずクー・フーリンは動揺していた。
今まで何度も戦場を変えてあいまみえてきた、あの因縁深い弓兵が、思いもよらぬ姿で現れた。
逞しかった二の腕はしなやかな細腕に変わり、元から引き締まっていた腰はより括れてどこからどう見ても女のそれで。
さらには滅多に見ない困り果てた様子で自分を頼ってくる。
だから、少し魔が差してしまったのだ。
からかってやろうと、これまで惚れた相手に対して使ってきた手練手管をエミヤに用いた。
「女性とみれば見境なしかね。さすが駄犬といったところだな」などと振り払われると予想した腕は、しばらくの間そのままで。
抵抗するどころか生娘のように頬を染めるエミヤに、引き下がるタイミングを無くした。
まあ目的が果たされる前に遅れて予想通りの反撃がやって来はしたのだが。
悪戯が過ぎたという自覚はある。
エミヤが己を避けている理由はそれだろうとクー・フーリンは確信していた。
しかし、だからと言ってここまでこじれるのはおかしいのではないか。
エミヤとはそれなりに長い付き合いであり、小競り合いなら数え切れないほどしてきた。
お互い血の気が多いためか、殺し合いにまで発展したことも少なくない。
ただし、それが後々まで尾を引くことなどなかった。
ましてや何か文句を言うでもなく、一方的に避けるなど、これまでのエミヤにはなかった行動だった。
それだけに、クー・フーリンはどう対処していいか分からなかったのだ。
「子供の喧嘩じゃあるまいし…」
途方に暮れてため息をつく。
もう一つ気になるのは、エミヤの女性化が解けていないことだ。
エミヤの話では、解呪方法は槍のクー・フーリンの口づけとのことだった。
このことはエミヤの女性化を計画した者たちと、このクー・フーリンしか知らない。
そんなおとぎ話みたいなことがあるものかと思ったが、今までエミヤが女性のままであることを鑑みると、本当に今のところ他の方法は見つかっていないのだろう。
エミヤはあの日、一刻も早く元に戻りたいといった様子でやってきた。
そうでなければ自分に頼るなどあの強情な弓兵がするわけがない。
それなのに、あれから一向にエミヤはクー・フーリンに話を持ち掛けてこない。
元に戻れなくてもいいと思わせるほど、エミヤは自分とのキスを嫌がっているのかと思うと、さすがのクー・フーリンも少しへこんだ。
「エミヤママ―!」
「やあナーサリー。今日は野菜も取ってえらいな」
クー・フーリンの耳に楽しそうな会話が届く。
自分以外の者とは常と変わらず接するエミヤに、クー・フーリンの気分はさらに落ち込むのであった。
いくらエミヤが避けようと努力していても、レイシフトのメンバーに共に選ばれてしまえば行くしかない。
素材集めのメンバーにクー・フーリンがいることを知り、エミヤは顔を思い切りしかめてしまった。
しかし文句を言えるはずもなく、何も言わずにレイシフト先に向かう。
直接連携を取らねばならぬほどの敵ではなかったため、がむしゃらに攻撃するだけで倒すには事足りた。
「お疲れー!二人は今日はもう休憩してていいよー」
連戦の後、マスターに言い渡される。
後半は別のサーヴァントたちが引き継ぐようだ。
「もうちょっと素材集めてから帰るからその辺で待ってて」
「ならば少し散策してきても構わないかね」
この前ブーディカがこの辺りで良い山菜が採れると言っていてね、と、ふと思い出した風を装う。
何の疑いも持たず、いーよー、行っておいで、というマスターに少し心が痛んだ。
横槍を入れてきたのはクー・フーリンだった。
「オレも行く」
「いくら敵が弱いとはいえ、サーヴァントが二人もマスターの元から離れるのはどうかと思うがね。おとなしく留守番していたまえ」
目も合わせずに切り捨てれば、それ以上クー・フーリンが食い下がってくることはなかった。
どんな表情をしているのか見たくなくて、振り返ることなくそのまま目的地に向かった。
辿り着いたのは深い森であった。
同じように素材集めでこのエリアに来た際に、単独で索敵しているときに見つけたのがここだった。
前来た時と変わりなく、そこは強い魔力で満たされていた。
おそらく古くからある木々を核として、森全体が意思を持ちだしているのだろう。
敵意は感じられないが、外からの侵入者には容赦がない。
ただの人間や、対魔力の低いものが踏み入れば、体に合わぬ魔力に侵され、最悪の場合死に至る。
マスターと来るときには気を付けねばと思った場所に、ためらいなく足を踏み入れた。
エミヤの対魔力はけして高くない。
ただの人間ほどではないにしても、この森が良い影響を及ぼさないことは明白であった。
じわじわと肌から沁みこむような森の魔力にエミヤの口角が上がる。
思ったより凶悪な森だ。
この様子では数分と持たずに自分の意識は混濁してくるだろう。
エミヤはカルデアとの通信を遮断し、マスターとのパスをダミーのものに切り替えた。
カルデアとの通信が切れるのも魔力が一際強いところではままある現象だ。
これでしばらく異常には気付かれまいと、エミヤはより一層森の深部へと踏み込んでいった。
エミヤは自分が女になったとき、口に出したほど問題は感じていなかった。
もちろん元の姿とのギャップに驚いたものの、前と変わらず戦闘をこなせるのであれば、自分の務めは果たせる。
ゆっくり元に戻る方法を探せばいいか、と悠長に構えていた。
その考えが一変したのは、クー・フーリンに庇われたときだ。
クー・フーリン。
半神半人のケルトの大英雄は昔、その強さと美しさで若きエミヤを魅了した。
その憧れはその後のエミヤの人生に多大な影響を及ぼした。
やがてエミヤは英霊となり、クー・フーリンと剣を交えた。
以前は一突きで殺された英雄と対等に戦い、相手が自分を好敵手とみなしたときの喜びと言ったら。
さらに、ここカルデアでは背を預け合い共に戦うことができる。
誇りを持たないはずのエミヤであったが、この立場は決して失いたくないものの一つであった。
それなのに。
クー・フーリンは自らの慢心から怪我を負ったエミヤを優しく抱き留め、庇うように前に立ちはだかった。
まるで、か弱き乙女にするがごとく。
その瞬間エミヤのちっぽけなプライドは砕け散った。
もし自分が男の姿であればこうはならなかったであろう。
生粋の女たらしであるクー・フーリンのことだ。
意図的かどうかは別として、エミヤだと分かっていても、女性を雑に扱うことなど出来なかったのではないか。
もし男の姿であればきっと、「気が抜けすぎじゃねえか弓兵」などと揶揄して、自分のことは放って敵のもとへ向かっただろう。
それでよかった、むしろそうして欲しかった。
守られてなどしまっては、追いついたはずのその背がまた遠ざかってしまう。
それだけは嫌だとエミヤの全身が訴えていた。
そもそも体格が元のままであればあんなミスは犯さなかった。
思い出してエミヤは歯噛みする。
一刻も早く性別を戻さねばならない。
その方法は時間経過かクー・フーリンの口づけだけ。
そのどちらの方法も今のエミヤは取るわけにはいかなかった。
残された道は一つ。
それは霊基のリセットだ。
通常の聖杯戦争であれば、消えたサーヴァントは座に還り、再び召喚されることはない。
しかし、今回のカルデアでは召喚システムの違いから事情が異なっている。
一度召喚に成功していれば、時間はかかるものの、致命的な傷を負って消えたサーヴァントでも再召喚が可能だ。
一旦座に戻ればエミヤの霊基はリセットされ、女性化が解けた状態で再召喚されるだろう。
しかしカルデアのマスターがサーヴァントの死を嫌うため、エミヤはこの方法を実行することができないでいた。
いかにマスターの目から離れた場所で死ぬか。
それが最近のエミヤの懸案事項であった。
そんな折に舞い込んできたのが、このレイシフトだった。
森の魔力の浸食により、エミヤは酒に酔った時のような浮遊感を覚えていた。
不思議と嫌な気分ではなく、むしろ少し楽しい気さえする。
より魔力の強いところに向かわせる機構だろうかと考える端から思考が溶けていく。
まだ前へと進めているが、いずれ前後不覚となり倒れこむ羽目になるだろう。
ぼんやりとした視界の中に、大きな花が映った。
色彩の暗い森の中で、毒々しく映える赤い花。
まだ意識のあるエミヤを警戒してかそれは静止しているが、一目見てそれが食人花のモンスターであることが分かった。
ちょうどいい、と笑みが漏れる。
散策の途中にうっかり魔力の強い森に迷い込み、魔力に侵されて動けなくなったところを食人花に食べられてしまう。
それはある程度自然なシナリオに思えた。
酩酊状態の中、重い手足を動かす。
食人花はいまだ動かない。
花の真上に腕をかざし、反対の手に持った刃で、自らの腕を礼装ごと浅く裂いた。
「さあ、喰え」
ぽとりと垂れた血に、食人花が堪えきれなくなり大きく花弁を広げる。
さあ大物を喰らわんとエミヤの腕に纏わりつく寸前、その身を赤い一撃が貫いた。
「ギ……ギギッ…」
苦痛の声を上げた後、食人花は花弁を垂らしてどう、と地面に倒れた。
共にエミヤの視界も回る。
魔力の浸食に耐えられずに地に伏し、意識が朦朧としたエミヤが見たのは、怒りに狂った赤い双眸であった。
「餌をやりに来たのか?ペットにしちゃあちょっとしつけがなってねえようだな」
軽口をたたきながら槍をくるくると回すクー・フーリン。
その軽快さとは裏腹に、クー・フーリンは全身に重苦しい殺気を纏っていた。
「森で、まよってしまってね。血をやるかわりに道をおしえてもらおうと思ったのだが、これでは聞けまい」
そう嘯けば、相手の怒りが一気に膨れ上がる。
勢いよく胸倉を掴まれた。
「てめえの考えていることは全く分からねえ。今までは見逃してやったがもうしまいだ」
歯の隙間から低くこぼれる声。
耳を澄ませば怒りに震える喉の音まで聞こえそうだ。
「全て吐くまでお前の願いは何一つ叶えてやらん。オレから遠ざかることも、死ぬことも、だ」
あぁ、それは困るなあと心の底から思いながら、エミヤの意識は闇に溶けていった。
クー・フーリンにロマニからの通信が入ったのは、エミヤが散策に向かってから数分後のことだった。
「エミヤとの通信が切れた。今どこにいるか分かるかい?」
「オレが知るわけねえだろ。散歩行くっつって一人でどっか行ったぜ」
出ていくときのエミヤの態度を思い出して自然と素っ気ない返事になる。
視界にも入れたくないといった様子に心配する気も失せるというものだ。
「うーん、ちょっと通信の切れた場所が不安なんだよね」
どうも歯切れの悪いロマニの声が聞こえる。
ここから南に少し行くと、鬱蒼とした大きな森がある。
その外れの部分で通信は途切れていた。
森の中は周りに比べて魔力濃度が高く、対魔力の低いエミヤの動きが制限される可能性があるとロマニは言う。
「何もないならそれでいいから、ちょっと向かってみてくれないかい?」
他のサーヴァントとマスターはまだ素材集めの最中だ。
「わあったよ」
純粋にエミヤを心配するロマニに頼まれては断るわけにもいかず、しぶしぶクー・フーリンは足を向けた。
対魔力が低いとはいえ、魔力の察知はある程度できるはずだ。
わざわざ危険な場所に踏み入ってはいないだろう、というクー・フーリンの予想は外れた。
「思いっきり入ってんじゃねえか」
エミヤの気配は完全に森の中にあった。
さらに悪いことには思っていたよりも森の魔力が濃く、エミヤはこの中では数分と保たないだろうと予想された。
「あんの、馬鹿…!」
魔力除けのルーンを施し、自らも森の中に踏み入る。
そうして見つけたのが、ゆらゆらと体を揺らしながら、食人花に己を喰わせようとする女の姿であった。
ベッド脇の椅子に腰かけ、クー・フーリンは部屋の主が目覚めるのを待っていた。
あれから意識を失ったエミヤを森から連れ出し、急いでカルデアに帰還した。
慌てふためくマスターにはエミヤが森でしていたことなど言えるはずもなく、不注意で迷い込んでしまったのだろうと告げた。
森の魔力は霊基には影響を与えなかったものの、抜けきるまで本来の力は出せないだろうとのことだった。
体調が万全になるまで、エミヤを休養させることが決定していた。
クー・フーリンは眠るエミヤを眺める。
冷静に考えれば元は男とは言え、無防備な女と二人きりなわけだが、何かしようといった気は全く起こらなかった。
自死などという手段を選んだエミヤへの怒りが脳内を占めている。
その理由を聞くまで、決してこの場を離れるつもりはなかった。
しばらく待つと、白い睫毛がピクリと動いた。
何度か上下したのち、ゆっくりと瞼が持ち上げられる。
鋼色の瞳が天井を眺め、横に移動してクー・フーリンの姿を映した。
「体はどうだ」
「全身がおもい」
「痛みは」
「ない」
その返答にカルデアのスタッフを呼ぶ必要はないと判断する。
水を差しだせばエミヤは素直に受け取り、凹凸の少ない滑らかな喉元が上下した。
「嬢ちゃんたちには森で倒れてたところを見つけたって言ってある。心配してたぜ、後で声かけてやれ」
「すまない…」
エミヤの身体にはまだ魔力の影響が残り、口を開くのも億劫そうだ。
だが、逃がしてやるわけにはいかない、とクー・フーリンは問いを投げる。
「詫びの代わりに洗いざらい吐いてもらおうじゃねえか。なぜあんなことをした」
口を閉ざすエミヤ。
怒りがこみあげて視線が鋭くなるが、ここで怒鳴っては意味がないと、なんとか気持ちを落ち着ける。
その様子を見て逃げられないと悟ったのか、諦めたようにエミヤが口を開いた。
「きみと、対等でいたかったんだ」
女の姿で、守られたくなんてなかった。
聞こえるか聞こえないかぎりぎりの音量でエミヤが囁く。
頭に浮かぶのは種火集めの戦いでの光景だ。
珍しくドジを踏んだ弓兵を、思わず女のように扱ってしまったのを思い出す。
そんな小さなことを今まで気にしていたのかと拍子抜けする。
「じゃあ今すぐにでも男に戻してやるよ」
そう言って身を乗り出せば、エミヤは苦しそうに顔を歪めた。
「ダメなんだ…」
あまりに悲痛な声にクー・フーリンの動きが止まる。
「きみに優しく触れられて、女のように扱われて、どこかで喜んでいる自分がいた。これ以上触れられてしまえば、私はもうきみと対等でいることができなくなる。もしかすると、女のままでいたいとさえ思ってしまうかもしれない」
弱った口調で紡がれるのは、思いもよらぬ弓兵の心情。
驚愕にクー・フーリンの目が見開かれる。
エミヤの言葉はクー・フーリンの琴線に触れ、胸に広がるのは紛れもない幸福であった。
「男の自分には与えられないはずの愛を、この姿でなら与えてもらえるかもしれない、と。
そんなわけないのにな。きみは私をからかっただけだというのに」
「ああそうだな」
素っ気ない肯定にエミヤがびくりと身を震わせた。
そうだけどそうじゃないんだと伝えたくて、白い髪をゆっくりと撫でる。
発端はからかってやろうと思っただけだった。
それからも引き下がるタイミングを逃しただけだと思っていた。
だけどきっとそうじゃなかった。
常と違う姿に動揺したのも。
自分のことは避けるのに、他の奴らには優しく振る舞う弓兵に苛立ったのも。
自分を求める言葉に心臓が跳ねるのも。
気付いてみればその理由はあまりにも明らかだった。
「男でも女でも関係ねえんだ」
優しい手つきに困惑したエミヤが不安そうに見上げてくる。
「お前の望みを叶えてやる。全部受け取れ」
「は…?」
想いが伝わるように、エミヤの唇に自らのそれを強く押し付けた。
エミヤの身体から光が発され、体を作り変えるべく魔力が流れる。
一瞬も見逃すまいとクー・フーリンの目は開かれたままだ。
髪は縮み、丸みを帯びていた体のラインが逞しい筋肉を縁取っていく。
徐々に光は弱まり、エミヤが元の身体に戻ったところで消滅した。
完全に男の姿になったことを確認しても、まだクー・フーリンは口づけをやめなかった。
少しの間呆けていたエミヤだったが、我に返ってクー・フーリンの肩を押す。
それには応じず、しっかりとエミヤの視線を捕らえる。
今オレはお前が男だと分かって、こういうことをしているのだ、とエミヤに分からせるために、クー・フーリンは執拗に唇を貪りつづけた。
「んーっ!」
抗議の声をあげるエミヤの顔が真っ赤なのを確認して、クー・フーリンはようやく体を離した。
「たわけ!勝手なことをしおって」
「お気に召さなかったか?随分と嬉しそうだが」
にやにやと笑いながら言えば、必死に眉根を寄せて平静を装おうとするエミヤ。
それがまた可愛らしくて、クー・フーリンはさらに笑みを深めた。
「お前は確かにオレの好敵手だ。お前ほど血の滾る戦いができる相手はそうはいねえ」
だがな、とクー・フーリンは続ける。
「同時にお前はオレの特別だ。男でも女でも関係なく、な」
言葉の意味が確かに伝わるよう、視線を真っ直ぐに向ける。
「お前にとってもそうだと、思ってもいいか」
少し弱気になって伺いを立てれば、鋼色の瞳は喜びと戸惑いでゆらゆらと揺れた。
「ああ」
数秒の逡巡ののち、エミヤは確かにうなずいた。
その微笑は春の日差しのように柔らかで、クー・フーリンの心臓をがっしりと掴んだのであった。
**************
森に迷い込んだ男は獣に襲われ足を怪我していました。
女は男を家に招き入れ、甲斐甲斐しく介抱してやりました。
優しい女に男は心を惹かれ、また女の方も男に恋情を抱き始めていました。
想い合う二人がお互いの気持ちに気付くのにそう時間はかかりませんでした。
晴れて気持ちが結ばれた二人でしたが、そこで女は自分の呪いのことを思い出します。
愛する者の口づけで、自分は男に戻る。
自分が男だと知れば、男は離れていってしまう。
男を愛し始めてしまった女にとって、それは耐えられないことでした。
そこでようやく女は魔女の言葉の意味を知るのです。
『狂うほどに何かを欲し、それを手に入れられない苦しみを味わえ』
女は絶望しました。
日に日に曇る表情と、触れられるのを拒む女の姿に、男は心を痛めました。
眠る時ですら苦しそうな愛する者の姿に、少しでも苦痛が和らげばと男は女に口づけてしまいます。
その瞬間呪いは解け、女は男に戻りました。
女は慌てふためき、声をあげて泣きました。
「自分は呪いで女にされており、愛する者の口づけで男に戻ることができたのだ。
男に戻ってしまった今、君に愛されることができない。
今まで騙していて悪かった」
そう言う女に男は聞きました。
「俺を愛したのは呪いを解くためか」
女は大きくかぶりをふりました。
「君のことは本当に愛していた
神に誓って嘘はない」
それを聞いた男は女を抱きしめました。
「俺が愛したのは君という人間だ。
性別がどちらであろうとその愛に変わりはない」
男は心の底から女を愛していたのです。
女は再び泣きましたが、それは歓びによる涙でした。
そうして二人は愛を手に入れ、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
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アンデルセンの物語を読み終えたマスターはどこか不満気である。
「アンデルセン、やっぱりこの魔女役わたしなんだよね?」
「そうだ」
「なんかやだなあ、性格悪いし身勝手で」
「そう言うな。当て馬とは得てしてそういうものだ」
「まあ、あの二人の当て馬ならむしろご褒美かあ」
心底楽しそうにマスターはくつくつと笑う。
「何もなければそれもよし。なにか進展があれば万々歳ってところかなあ」
そう言うマスターは、アンデルセンが物語に込めた意図を完全に把握しているようだ。
今回マスターとダヴィンチちゃんからエミヤ女性化のための物語を依頼されたアンデルセンは、要望通りのシナリオにひとつおまけを付け加えた。
カルデア内において、誰がどう見ても特別に思い合っているのに全く自覚していない二人のサーヴァント。
その進展は現代の中学生の恋よりも遅く、アンデルセンは常々もどかしく思っていた。
せっかくなので、それを引っ掻き回す、もとい応援する技巧を組み込んでみたのだ。
「あの二人のことだ。このシナリオほど綺麗にはいかないだろうよ」
「だよねえ」
マスターとアンデルセンは共犯者のように悪い笑みを浮かべるのであった。