ひとときの夢
自分ではない自分の願いを叶えてあげる不器用な二人のお話。
捏造注意
FGO面白すぎません?
起承転結の起が書きたかったのでした。起承転結とは?
我がカルデアにおいてエミヤは皆のおかんです。
致命的なミスを発見いたしました……
とても恥ずかしいです……霊体化……
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女性の髪型というものは、文明が始まるよりずっと以前から続く装いの歴史に伴い様々な進化発展を遂げてきた。髪は女性の命という格言がうまれるほど女性の髪に対する関心は高い。
髪の調子や髪型ひとつで気分が左右されると身をもって実感したのは、もう遠い昔のことである。
姉と呼ぶ存在、部活の後輩、憧れの同級生。
自他共に認めるほどの女難の相をもつ自分が、髪型ひとつで双方ともに過ごしやすくなるのならと一般男性より髪に関する知識や手入れ方法、髪結いの技術があがったのは実に自然な流れといえるのだろう。
「おかあさん、髪とかして」
「ああ、これが終わるまで少し待っていてくれないか」
うん、と素直に返事を返したジャックはエミヤが流れるように夕飯の食器を片づけていく様子を足をブラブラさせながら待っている。彼女の目の前には豚毛ブラシと椿油。どちらも以前エミヤがジャックの髪を整えているところ見かけたエリザベートと玉藻の前から贈られたものだ。
ジャックがカルデアに来たばかりの頃は入浴後灰かぶりのように煤けた髪を濡れたままにしていたのだが、それを見かねたエミヤを始めとした世話焼き役の面々の苦労の甲斐もあって今のジャックの髪艶は召喚時とは比べ物にならないほど美しい。
エミヤがジャックに「おかあさん」と呼ばれるようになったのも、パサつき痛んでいた髪が艶めきだした時分であった。
古今東西の英霊の集うため、ともすれば無法地帯になってしまうカルデアの炊事洗濯のいっさいを自らかってでたこともあり、マスターからは「カルデアのおかん」と揶揄をされ受け流すことはあった。
そんな様子を見ていたのか、彼女に母と初めて呼びかけられた時の頭ごなしに否定することもできずまごつく自分を見て笑っていた周囲の反応は、今思い返しても眉が寄る。その後、母ではないと何度も否定はしたのだが「じゃあ、おかーさんはどこにいるの?」と悲しげに聞く彼女の瞳を見てしまってからは何も言えなくなってしまい、今の形に落ち着いている。
それからというもの、カルデアにいる年少組の世話は自分に任されるようになった。カルデアを掃除して回る自分の後をついて歩くジャックやアリスの姿は、まるでカモの親子のようだとカルデア名物になっているとかいないとか。なんでさ。
最後の大皿を食器棚に戻し、シンク周りをチェックする。身につけてていたエプロンをはずし綺麗に畳んでジャックの座る椅子の背に掛けた。
「待たせてすまない」
「ううん、いつもありがとう」
背に立つ自分を仰ぎ見るようにして微笑んだ彼女は、準備していたブラシを渡す。
入浴後のまだ少し湿っている髪をブラシでやさしくなでつけながら、拙い口調で語られる今日のあった出来事に耳を傾ける。アンデルセンのつくってくれたお話の最後が悲しかったのでアリスと違う結末を考えたこと。二人でマリーのお茶会に参加したこと。金ぴかに楽しい遊びだと言われてクー・フーリンの部屋にホットドックを置いてきたこと。
少し前には考えられないほど活発に今の生活を楽しんでいることを喜びながら、途中寝る前のミルクを貰いにやってきたアリスやアステリアス、エウリュアレもくわえて談笑しているとどこか緊張をはらんだ声が聞こえてきた。
「あ、あの……アーチャー」
その声にジャックの髪を梳かしていた手が一瞬止まる。この場には自分の他にもう一人アーチャークラスがいるが、呼ばれているのは自分で間違いないだろう。再開した髪を梳かす手はそのままに、頭だけ声の主の方へとやる。
「なにかね、セイバー」
そこにいたのは、ゆったりとした白のカットソーに蒼いショートパンツをあわせた金の美少女。アルトリア・ペンドラゴンであった。
「あの、その……」
両手を後ろにこちらを見たかと思えばすぐに視線をそらすセイバーは、もじもじと顔を赤らめている。そういえば今日の夕飯は煮込みハンバーグで、普段はおかわりをしない英霊達も珍しく食が進んでいたのでセイバーに配分された食事の量がいつもより少なかったような……
「セイバー、いくら夕飯が足りなかったとはいえこの時間に物を食べるのは良くない。蜂蜜をいれたミルクで我慢してくれたまえ」
「いえ、そうではなくて!いやミルクはありがたく頂戴したいのですが、そうではなくて!」
そう言ったセイバーは一度大きく息を吸い込んで吐き出すと、背に隠していた両手を差しだして消えそうな声で言った。
「私の髪も梳かしてはくれませんか……」
指先まで真っ赤になっている両手には、彼女には似合わずやけにファンシーなブラシだった。
先ほどまで笑い声が響いていた食堂には、するすると金糸をなでる音だけが聞こえる。
あの後、セイバーからの思ってもいなかった申し出に固まってしまった自分と両手を差し出したまま動かないセイバーをみかねて、エウリュアレがもう寝るわよと他のメンバーを連れ出してしまったのだ。まだ眠くないと駄々をこねるアリスをいいからおいでと食堂から追い出したエウリュアレは、最後にセイバーの背をやさしく押し出すと入口から見えなくなる寸前で自分を振り返り声に出さす口を動かす。
お・ば・か・さ・ん。
べっと舌を出したエウリュアレ達の足音が遠くなってゆく。背を押され一歩近くにいるセイバーの表情は俯いたまま窺い知ることが出来ない。無言の圧力とエウリュアレの非難するような鋭い視線に耐えかね、先ほどまでジャックが座っていた席にセイバーを案内したが、さてこの沈黙をいかんとするか……。
「髪を、梳かすのだったか」
「……はい!お願いします」
セイバーが普段身につけている物の系統とは少し違うファンシーなブラシ。よく見ると既製品にはない暖かみが感じられる。おそらく自室でいそいそとフィギュア作りに励んでいる魔女あたりに貰ったのだろう。無言のプレッシャーをここでも味わい溜息をつきそうになったが寸前で飲み込んだ。代わりに息をひとつ吐き出す。これは覚悟をきめた証拠だ。
彼女を現すかのように癖のないまっすぐな金の髪を手に取る。セイバーの肩がピクリと動く。手を動かすたびにシャラシャラとこぼれおちる絹糸のような髪にそっとブラシをいれた。
ああ、俺はこの感触を知っている。
一瞬手が止まりかけたが、怪訝に思われないよう意地で動かし続けた。無機質なライトの下でも星の光を失わない彼女の髪を、ゆっくり丁寧に梳かしてゆく。
命尽きる前に世界と契約を交わしたあの人は、普通のサーヴァントとは毛色が若干異なっていた。霊体化できないため、当然汗を流す必要がでてくる。保護者から女の子にはやさしくと教え込まれたこの身は、一番風呂を女性陣に譲り最後に浴槽に浸かることが多かった。カラスの行水と笑われる入浴を済ませて居間に戻ると、あの人はいつも少し濡れた髪をそのままに背を正して正座をしているのだ。
女性の髪の取り扱い方については、姉からみっちりと仕込まれていたため多少の自信はあった。元の性分と、何より動くたびに星がこぼれおちるような美しさを持つあの髪だ。濡れたままでは痛んでしまう。今思えば人ならざる身であるあの人の身体が損なわれることはないとわかるのだが。本音を言えばただ触れてみたかったという実に単純な理由だった。
―髪をとかしてもいいかな、セイバー
「あの、アーチャー?」
髪に触れられ前を向いたままのセイバーの戸惑う声。知らぬまに手が止まっていたようだ。すまないと声をかけ、再び金糸に手をかける。舞い戻る沈黙。
「今日は突然こんなことを願い出て申し訳ありません」
「いいや、気にしないでくれ。ジャックやアリスにもやっていることだ」
「私としてはその二人を並べて語られるのはいささか不本意なのですが……。いいえ、いいのです。ずっと貴方にしてもらいたいと思っていたことですから」
「私に?」
「ええ、貴方に。正確に言えば私でもなくましてや貴方でもないのですが。少なくとも今ここにいる私は貴方に髪を梳かしてももらいたかった。私の自己満足です」
貴方はわからないでしょうがと付け加えられた言葉には、自分の脚色でなければ少し乾いた音のように感じられた。
いいや、セイバー。わかるよ。忘れていたけれどさっき思い出した。
「君が何を言っているのかはわからないが、私に髪を梳かしてもらいたいのならいつでも言うといい。なにしろ私は細かいことに気をやってしまう性質でね、前々から君が入浴後に髪のケアを疎かにしていたことが気になって仕方がなかったんだ」
そう言うとセイバーは本当ですか!と喜色をあらわにする。その後は緊張がほぐれたのだろうか、この頼みごとをするまでの経緯を嬉々と話してくれた。やはりこのブラシは魔女に貰ったもので間違いないらしい。
彼女はあの人ではない。彼女の求める私も、今ここにいる私ではない。けれど限りなく同じに近い我らが、今この場所で世界に何の影響も与えない程の些細な願いを叶えることぐらい許されてもいいだろう。ここはもう終わった世界だ。マスターの行いが全て上手くいけば、この場所この時間はいずれ消えてなくなる。それならばひと時の休息を、果たせなかった思いを遂げたっていいだろう。
ここはカルデア。この場所は英霊たちの小さな願いを叶えるために世界が許したひと時の憩いの場なのかもしれない。
そんな的外れなことを思ってもいいだろう。こんなに心が暖かいのだから。
ここを見たら何だか切なくなった。エミヤとアルトリア、この二人はもうかつて求めた相手には会えない、しかしそれでも心の中で相手の求めるにやまない、これもまだ悲恋の一種でしょう。