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AI時代に考える"伸びる市場"への嗅覚——ドラクエを世に送り出したエニックス創業者に聞く

クロフィー代表取締役、テックジャーナリスト
エニックス創業者の福嶋康博氏(筆者撮影)

公団住宅の空き情報誌、持ち帰り寿司、オフィスコンピュータの代理販売、そしてゲームソフト——これらはすべて一人の経営者が手がけた事業だ。
旧エニックス創業者であり、現スクウェア・エニックス・ホールディングス名誉会長の福嶋康博氏。1974年に公団住宅の情報誌事業を開始し、1982年には「ゲームを一度もプレイしたことがない」ままゲームコンテストを開催。1986年には株式会社エニックスから国民的RPG『ドラゴンクエスト』を世に送り出した。

テクノロジーやトレンドの変わり目が次々と訪れる中、業種を問わず「伸びる市場」を見極めて飛び込み続けた同氏の判断軸を聞いた。

「何が大きくなるか」——好き嫌いは関係ない

福嶋氏に事業選択の基準を聞くと、答えは明快だった。好き嫌いでも、得意不得意でもなく、「伸びるかどうか」。それだけだという。実際、同氏は文章を書くのが苦手で読書もしないにもかかわらず情報誌を創刊し、飲食の経験がないまま持ち帰り寿司に参入している。社員と「未来会議」と称する場を設け、今後どの市場が大きくなるかを定期的に議論していたという。

情報誌事業は2〜3年で年間7000万円の利益を出していたが、「これをやっても小さい。伸びるのが見えない」と判断し、次の事業を模索した。寿司事業では、小僧寿しが安価な持ち帰り寿司で市場を急拡大させているのを見て「これは大きくなる」と踏んだ。しかし、機械化による効率化が裏目に出て短期間で撤退。「これは難しいと思ってやめた」。失敗しても、全体の損失額からして会社は潰れない——そう計算した上での挑戦と撤退だった。

「自分の得意なこととか好きなこととかは関係ない。それよりも伸びるやつをやった方が当たるでしょ、確実に」と福嶋氏は語る。

ゲームを知らない人間が、13本中11本をヒットさせた仕組み

ゲーム事業への参入も、「伸びる市場」への嗅覚がきっかけだった。コンピュータを学ぶために東芝の特約店になり、パソコンショップへ通ううちにゲームソフトが主力商品だと気づいた。将来のパッケージソフト市場を見越して、まずゲームから参入し流通網を先に作る——という戦略だった。

しかし福嶋氏自身にはゲーム開発の経験がない。「自分たちでは100%作れなかった」。そこで選んだのが、外部からクリエイターを公募するコンテスト方式だった。

最優秀賞100万円に対し、当初の反響はほぼゼロ。当時の業界相場は30万円で、「該当なし」もある時代。無名のエニックスが100万円を掲げても信じてもらえなかった。それでもパソコンショップへの電話営業やゲーム制作コミュニティへの地道な働きかけで、200通以上の応募を集めた。

選考プロセスも独特だ。福嶋氏本人は応募作品を「一切見ない」。アルバイトの大学生に全作品を評価させ、点数で選ばせた。商品化にあたっても「どうすればもっと面白くなるか」のフィードバックを大学生から集めて作者に返し、作者がそれを基に改良を重ねた。結果、13本中11本が当時のヒットライン(3000本)を超えた。

「当たり前のことをやっただけ」——印税方式という革新

報酬も業界の常識を変えた。主流だった買い取り(10〜15万円)ではなく、印税方式を導入。「だって当たり前でしょ。その人の作ったものが売れたら、その分だけお金が入るのは当然だから」。出版などの他業界で常識だった仕組みを持ち込んだだけだと本人は言うが、買い取り10万円の時代に印税で何百万円も入る仕組みは、優秀なクリエイターを引きつける決定的な差別化となった。

才能の公募、ユーザー視点のフィードバック、成果連動型の報酬——こうした構造は、現在のプラットフォームビジネスの原型の一つとも言える。自ら技術を持たずとも、才能が集まり作品が磨かれる「仕組み」を設計したことが、エニックスの本質的な競争力だった。

こうした「伸びる領域に仕組みで乗る」アプローチは一貫している。家庭用ゲーム機『ファミリーコンピュータ』が大ヒットしていると知るや、翌日には社員に任天堂への交渉を指示し、パソコンゲーム各社が様子見する中いち早くファミコン市場に参入。以降もエニックスではグッズ販売や出版事業などのゲームとは異なる分野で、市場の成長性を見極めて仕組みを持ち込む手法が繰り返されている。

AI時代の「変わり目」をどう見るか

興味深いのは、福嶋氏自身はChatGPTをはじめとする生成AIツールを「使ったことがない」と即答したことだ。しかし、AIが伸びる市場であること自体は明確に認識している。

福嶋氏にAI時代の事業機会について聞くと、その答えもまた、一貫した哲学に基づいていた。「AI、ロボット、3Dプリンター、ドローンなどなど、やれることはたくさんある。その中で将来どんどん大きくなっていくものを見つけて、やればいいんだからすごく簡単だよ」。

AI領域は競合がすぐ現れることを懸念する声も多いが、福嶋氏の見方は明快だ。「それはしょうがないよね。伸びてるんだから。競合がいるかとか、そこに勝てるかとか、そんなこと考えたら何もできない」。そして、「みんなが必要としているものを出していけば使ってくれる」とも語った。テクノロジーそのものへの関心ではなく、あくまでニーズの先にある市場の拡大を見ている。

不動産情報誌からゲームへ——福嶋氏の歩みが示しているのは、技術そのものへの精通より、「何が伸びるか」を見極めて素早く動く力の重要性だ。AIやロボットが成長市場として注目される今、その判断軸は改めて振り返る価値があるのではないだろうか。

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ありがとうございます。
クロフィー代表取締役、テックジャーナリスト

大手証券会社、ビジネス誌副編集長を経て2013年に独立。世界各国のスタートアップ、テック企業、AI研究所、政府機関などを取材、国内外メディアで執筆。エストニア政府主催のジャーナリストプログラム『100 Friends』に日本人枠から選出、インドで開催された『ザ・マッシブ・アース・サミット』の登壇など、国際的プログラムや海外政府主催イベントへの参加を重ねる。2018年より株式会社クロフィー代表取締役として、AI/システム開発、PR戦略立案・実行、新規事業開発支援を手掛ける。

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