砂とガラクタだらけの荒廃したこの世界によく似たものを、知らぬ訳ではない。
だからこそ初めて訪れたはずだが既視感を覚え、同時に記憶にあるものとの差異に多少苛立ちもする。彼処にあったのは贋作という意味での“ガラクタ”であったが、この場所に存在しているのは、鉄錆び刃毀れて崩れた剣と、動きを止めた歯車のみという、真の意味での廃棄物だけだ。
ガラクタと瓦礫の散乱する、廃棄場のような世界を見渡し、目的のモノを探す。
尤も、その目的のモノそのものも、崩れ落ちた塵屑なのだが。
ほどなくしてソレを見付け出し、予想通りではあったがその状態に眉を顰めた。遠目から見ても無理に移動させては崩壊を早めるだけだと判断し、ガラクタを蹴散らしながら自らの足で近づく。ボロボロになるまで酷使された偽物の剣や武具は、己の足先がコツリと触れるだけで砂のように形を崩した。
……この世界の主が壊れる寸前であれば当然だろう。
此処に突き刺さる剣の群れには、己が偽物の存在に憤り、怒りのままに薙ぎ払うような価値はない。
此処にある全ての武具は、道具を道具として使われることを是として、直され改良され使い潰されたもの達だ。
『作られた』ことではなく、『壊れるまで使い続けられた』ことに意味がある。
そのことを、これらのモノを作った主が知っているのかはわからないが。
石のようなものに俯いた状態で腰掛けたまま、ピクリとも動かない襤褸の前に立つ。
奴の特徴的な白髪と、黒い武装の上に羽織っている元は白かったのであろう外套は、砂塵や焦げや返り血といった汚れに塗れ、灰色とも茶色ともつかない薄汚れた色をしていた。
かろうじて形を保っているだけの残骸は、強大な力を持った存在が目の前に立っていてすら、何の反応も示さない。
頤を持って顔を此方に向ける。
半開きのまま瞬きもしない鉄色の瞳は曇り、何も像を結んではいないのだろう。微塵も生気が感じられない。顎を動かして上を向かせたことで、首の付け根あたりがザラリと崩れたが、それに構わず、もう片方の手に魔力を込めて額に触れる。
途端、人形が雷にでも撃たれたかのようにビクリと跳ね上がった。そのまま遺された塵屑の中から欠片を寄せ集め、足りないものを少しずつ分け与えながら、粘土でも捏ねるかのように外殻を創り出す。みるみるうちに、薄汚れた襤褸は見覚えのある赤い外套の男へと形を変えた。
この形がこの男の本質かどうかなどは知らぬ。己が知っているこの男は、この形でしかない。
程なく、赤い外套の男が薄く目を開いた。
即座に目を見開いてその目がモノを映し出すことに驚き、また自分の前に立つ者の存在と人物に、息を飲んだようだ。
はくはくと、唇だけを動かす。
「言葉も出ぬほど驚いたのか、そも声が出せぬのか、どっちだ」
問うと、掠れた吐息のような音で「……どう、して、」と小さく発した後に噎せ込んだ。声の出し方など、久しく忘れていたに違いない。
会話は出来るようになった。
だが、此奴を生き返らせた訳ではない。所詮コレは電気ショックで無理矢理蘇生させた後、残滓を寄せ集めて形作っただけの木偶だ。何の収穫もなしにただ看取るだけでは面白くないと、消えゆく最期の瞬間に、己が気紛れに形を与えたに過ぎない。
この男の結末自体は、何ら変わることはない。
さすがに立ち上がることはできぬのか、腰掛けたままで己を見上げてくる男の面差しには、戸惑いと疑問しか浮かんでいなかった。
それもそうだろう。
この男と自分の仲が良かったことなど、どの巡り合わせでも存在し得なかった。自分はこの男を蔑み、この男もまた自分を御し難い災厄だと思っている。事実その通りだ。互いに相手に掛ける情などない。
だが存在と在り方は知っている、それだけの関係だ。
「……我もこのようなところまで来るつもりなぞなかったわ。しかし誰も彼も間に合いそうにない腑抜け共ばかりでな。致し方なく王自ら足を向けてやったまでのこと」
どうして、という疑問に対する理由を簡潔に述べてやる。
自分も来たくて来た訳ではない。力及ばぬのか、そもそも見ることすら出来ぬのか。この男に別れを告げたいであろう関係者は、こいつの終焉に手が届かぬようだった。
見知っているからこそ目を向けてはいたが、此奴に関わるつもりなど毛頭なく、ただ道化の自壊と幕引きを見物していただけであったのに。彼奴らの手助けをしてやる義理はないが、かといって何もせず放っておくのは少々後味が悪い。
酔狂にも程があるが、そう思ってしまったのだ。
腕を組み、不貞腐れ気味にそうやって吐き捨てると、男は目を瞬いた後に緩く口角を上げた。
微笑っている、つもりらしい。
「……君の、ように。目が届き、過ぎるのも、考えもの……だな」
肉体の使い方を少し思い出したのか、たどたどしくもちゃんと声として言葉を紡ぎ、口元を笑みの形に歪めた。緩く首を振って周囲を確認すると、何の音もしないただ赤いだけの空を一瞥して満足げに息をつく。
「誰か来るとも、思っていなかったし、まさか、君とは、思わなくて。何を話したら良いものか、さっぱり、わからない」
敵意のない淡い表情は、穏やかでただただ純粋だった。
奴自身の最期に後悔が無いはずがないが、諦観は持ち去るもので、遺言として他人に置いていく気はないらしい。
フン、と興醒めな思いで鼻を鳴らす。自己のない我欲を突き詰めた挙げ句に到達し、その想いを抱え込んだまま摩り下ろされて消える癖に、怨念も呪いも残さぬとは。
行動は聖人じみているが、結局は己自身という軛からは逃れられぬ、ただの愚者であったのだ。
しかし、だからどうという訳でもない。その行動が我の愉悦を満たさぬというだけで、そもそも此奴は宗教家でも他者の救済を求めた聖者でもなく、借り物の理想を“そうあれ”と信じたままで燃え尽きただけの純然たる阿呆だ。
見るべきものも語るべきことも尽きたかと男を見下ろすと、奴の視線はこちらではなく、不器用に首を回して数メートル離れたところに突き刺さる剣へと向けられていた。他の模造品と違い、まだしっかりと原型を保っている青い聖剣の贋作は、それでも触れればたちまち灰塵へと帰すのだろう。
その、後生大事に慈しんだ依り代に目視で別れを告げると、瞑目してからゆるりとこちらを向いて、安心したように大きく息を吐いた。
思い残すことなどないといった顔が癇に障るが、今消える寸前であった命に、猶予と動く舌を与えたのは己自身だ。好きにさせてやるくらいの慈悲はある。
故に問うてやった。
「望まぬのか? 死してまで想い続けるほど愛していたのだろう?
何か伝えるにせよ、この場にまで引っ張って来るにせよ。可能かどうかは兎も角、望むのは自由だ」
我がそれを聞き入れるかどうかはまた別問題であるが、というのは、敢えて口にせずとも此奴はわかりきっているだろう。
「……君の口から、そんな言葉が出ると、思わなかった」
心底驚いた顔でそう呟くと、気持ちは有難いが結構だ、とゆっくり首を振った。
「……我はそこまで狭量ではないぞ」
「ハ、まさか。そんな心配は、していない。本当に、伝える言葉が、ないだけだよ」
ーーー別れは生前に済ませてきたからな、と言いながら瞳を閉じる。
次に開けた時には、もうあの青い聖剣は奴の目には霞んで見えぬようになっているに違いない。それを当然のように受け入れて、再び目を開けた時に、距離の近い我の姿がまだ像を結んでいることに安堵するように、ほうと小さく息をついた。
「……意地か、矜持か。どちらにせよ下らぬ感情よな。相変わらずの独善だ」
「はは。君に言われるのは、心外だが、返す言葉もないな。だが、愛していたからこそ、だ。
複雑な、男心という奴でな。やせ我慢と知っていても、それだけを頼りに、ここまでやって、きたんだ。一度や二度、死んだくらいじゃ、性格まで、変われはしない」
軽口を叩こうとするが一息に喋ることは難しいらしく、頻繁に息継ぎをしながら、それでも途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
呼吸を整えようとするも無駄な努力だと悟ったのか、肺を引き攣らせながら出来る限り大きく吸って吐く行為を繰り返して、最期の空気を味わった。
……もう時間のようだ、と独り言のように呟く。
今際の際には間に合ったとはいえ、語り合うにも随分と短い時間だ。それでも、この無欲な男はひどく満足そうな顔で此方の方を向いて、僅かに頭を下げた。
「ありがとう、英雄王、ギルガメッシュ。
オレが、最期に口にするのが、後悔でも懺悔でも、祈りでもなくて、感謝の言葉で良かった」
これで本当に終わりだと思うからか、男は言い逃げでもするかのごとく途端に饒舌になる。
「オレはきっと、ずっと前から。オレを全く必要としない、誰かに、お礼を言いたかったんだと、思う。
……だから、来てくれたのが、君で良かった」
どうもありがとう、という囁きは、眠るように失せていった生気と共に、たちまちのうちに溶けて消えた。
此奴を此奴足らしめる自我が消失してしまえば、純粋な“力”として世界に使役されるのみだろう。
壊れて機能を停止したこの人形は、もう二度と動かない。
閉じた瞼に指を添わせる。
形を与えただけの木偶人形は、温度を失って硬直していくこともなければ、このまま捨て置いても蛆が這うようなこともない。柔らかく血潮に満ちた生きている肉を持たせはしなかった。元々生身の肉体なぞ、とうに持たない亡霊だった。
遺骸から手を離して周りを見渡す。
赤錆びた空も荒野に散らばる残骸も、何一つとして見るべきものはない。
さにあらん。死は美しいものではない。腐り落ちて有機物へと分解される生身の肉体も、泥や魔力で編まれた仮初めの肉体も。
死が美しいのではなく、死したものの軌跡が、魂が心を揺さぶるのだ。
この世界の主は、祈りという己の欲よりも、感謝という当たり前の言葉の方を良しとして、それだけをこの我に放り投げて逝った。
礼を言われたくて自らを投げ捨てていた訳でもなかろうに、為された厚意に感謝の意を示すという極々平凡な振る舞いを、我欲などより大事なことだと何の迷いもなく選び取った。
……なるほど、奴のことをつまらぬ贋作者だと思っていたのは訂正せねばなるまいか。
アレは、死してなお度し難きただの人間で、一途で愚かな一人の男だったのだ。
気紛れで訪れただけにしては、悪くない見世物であったと。主のいない世界でひとり、虚空に向かってほくそ笑んだ。