白藍の羽を梳けたなら(全年齢版)   作:Senritsu

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今、何をかたちづくるのか
第4話 新大陸古龍調査団 第五期団 編纂者


 

 もう二度と足を踏み入れることはできない。そう思っていたのだけれど。

 人生とは分からないものだ。いや、この言い方だと語弊があるけれど。

 

 四期団がここを訪れてから十年。私がここを去ってから十年。その間に、調査拠点アステラはまた大きな変化を遂げていた。

 

 船着き場から出てすぐの広場は、流通エリアと呼ばれているらしい。作物や魚、毛皮など、生活に必要なものがテントに立ち並んでいる。

 私が子どもの頃には、こんなテントはなかったし、そもそもこんなに広くなかった。五期団は五隻もの船でここに来たので、船着き場そのものから拡張する必要があったのだろう。

 この辺で見覚えがあるのは、生態研究所と植生研究所くらい。……いや、あそこにある本の山は確実に増えている。あの学者さんの散らかし癖は変わっていないらしい。

 

 そんな流通エリアも、今は即席の救護所になってしまっていた。

 入港直前にゾラ・マグダラオスにひっかきまわされた私たちの船団は、初っ端からたくさんの怪我人を出した。救護室はすぐに満杯になり、人が溢れてしまったのだ。

 海に落ちて溺れてしまい、意識のない人もいるらしい。災難なことだ。夢を持ってここに来たのだろうから、できれば目を覚ましてほしいと思う。

 

 特に怪我もせず、個別の指示が与えられていたわけでもなかった私は、怪我人の手当てをしていた。本職には及ばないにしろ、ある程度の応急処置は一通り習っている。

 長く海に浸かってぐったりしていたハンターへの対応を済ませて、他の人の手を借りながら担架に運び入れて、それを見送った。そのときだった。

 

 どしん、と背後で重々しい音が聞こえてきて、思わず振り返る。見れば、土煙と共に調査拠点の森へと続く大門が閉じられていた。何かあったのだろうか。

 そんなことを思った、すぐ後に。大門の方から歩いてくる人を見て、私はあっと声を上げそうになった。

 

 その髪色、髪型、顔つき。体格や服装は違えど、面影がある。十年前の記憶が呼び起こされる。恐らくほぼ、直感は間違ってはいない。

 背中に担いでいるのは大剣だろうか。彼はハンターになったのだ。特に驚くことでもなかったけれど、むしろその姿があまりに想像通りだったものだから、ついじっと見つめてしまった。

 

 私の挙動がやや浮いていたのだろう。彼と私の視線がぶつかる。

 彼はしばらく怪訝な顔をして、首を傾げて記憶を辿っているような仕草をして、ついに大きく目を見開いた。その反応が、既に十分な答えになっていた。

 

「お前は……!」

「……久しぶり。ハンターになったんだね」

 

 ひらひらと手を振ると、何とも言えない顔をされる。それもそうだろう。彼の中での私の印象は、決して良いものではないはずだ。

 彼の方から歩み寄ってくる。他の人々ならともかく、彼には遅かれ早かれ気付かれると思っていた。少し早すぎるような気もするけれど。

 

「まさか五期団に入ったのか。学者、か?」

「ううん、私、編纂者になったの。推薦組ではないけど。今はちゃんと資格を持って、ここに来てるんだよ」

「そうか。……大丈夫なのか?」

「うん。おかげさまで怪我はほとんど完治したよ。ちょっと腕を上げるのが大変だけど……体力はちゃんとつけてきたし、役立てるようにがんばるよ」

 

 やや戸惑いがちな彼の問いを、あえてはぐらかす。

 それで彼はなんとなく察したようだった。放っておいていい問題か、という葛藤があるようだったけど、今は聞かないでいてくれそうだ。

「どうした、知り合いか」という声が聞こえてくる。「アンタに五期団の顔なじみなんているのか?」という声もあった。その人は彼の境遇をよく知っているのだろう。

 そんな外野を手で制して、彼は私に向き合う。そして、声のトーンを落として言った。

 

「十年前のあの件は、四期団には伝えていない。俺自身、詳しい話は聞かされていないんだ」

「……それを聞いて安心したよ。あなたには……いつか私から話すから」

「分かった。俺は見ての通りハンターだ。お前たち五期団をまとめろって、じいちゃんに言われてさ。まあ見ていてくれ」

「それはまた、大役だね。陰ながら応援してるよ。……ところで、呼び方はどうすればいいかな。前みたいに、お兄ちゃんって言った方がいいかな?」

 

 少しからかい気味にそう言うと、彼は面食らった顔をした。周りに私の声が聞こえていないか気にし始めるので、思わず吹き出してしまう。

 

「勘弁してくれ……今は調査班リーダーって役職があるんだ。あんな呼び方されたら示しがつかない」

「ふふ、冗談、冗談だよ。これからよろしくお願いしますね。調査班リーダー」

 

 そう言って私は頭を下げる。と、背後から私の名前を呼ぶ声がした。彼の方も呼び出しがあるようだ。

 今の状況では歓談に時間を割けない。私の方から彼に報告することがあったという体で口合わせをして、お互いにするべきことへと戻る。

 

 ふと周囲を見渡す。十年前はいろいろなものを見上げていて、視界を遮るものの多かったけれど、今は立つだけである程度の空間を見渡せるくらいにはなってきた。

 それは、私の背が伸びたということ。過去の記憶と直接結びつく場所だから、事あるごとに子どもの頃と比較してしまう。

 きっと、これからしばらくは無意識にそう考えてしまうのだろうな、と思った。

 

 

 

 新大陸古龍調査団の五期団は、その人員の大部分をハンターが占めている。

 一期団が何もない状態から生き抜いて人の居場所を作り、二期団がその技術力で拠点を確固なものとし、三期団の研究者が現地の生態系を読み解き、四期団が生活の基盤と組織運営を支える。

 これらの基盤があってようやく、ハンターという、この地へ対外的な働きかけをする人々を迎え入れることができた。

 

 さらに、今回五期団と共に渡ってきた古龍のゾラ・マグダラオスはかなり特殊な立ち位置にいた。

 いちばんシンプルで重要なのが、その大きさだ。

 直立したなら、古代樹そのものよりも大きくなる。古龍は時として地形をも変えてしまう存在だけれど、それそのものが地形という在り方も凄まじい。

 それが私たちと同じように歩いて何処かを目指すのだから、とんでもない。ある学者さんはそれを、生命という名前の箱舟に例えていた。

 それの存在、過程、行先は私たち小さな生き物にとって大きすぎる意味を持つ。つまりそれは、古龍渡りの謎の鍵だ。

 

 ゾラ・マグダラオスの動向の調査を全体の主軸に据える。調査団上層部の打ち出した方針だった。かの龍の存在感があまりに大きかったからか、反対意見は特に出てこなかった。

 そこから一気に調査が押し進められた。

 それはこちらの意志というよりも、ゾラ・マグダラオスの行動がこちらの足踏みを許さなかったという見方が合っているような気がした。

 古代樹の森と大蟻塚の荒地、各地で次々とかの龍の痕跡が見つかり、その度に人々が動く。竜種などのモンスターの動向も活発になってきていて、目を離すことができない。

 

 密度の濃い毎日が、次々と通り過ぎていく。そんな中で私は、推薦組でないフリーの編纂者として、同じくフリーのハンターとパーティを組み、調査クエストをこなしていく日々を送っていた。

 

「この木の実の破片はプケプケの毒液の痕跡です。恐らくドスジャグラスと交戦しています。あまりこの近くでは食べ物の採取をしない方がいいかもしれません。水の補給も控えて」

 

「テトルーの標ですね。読めるか見てみます……この先、リオレイアの巡回ルートかもしれません。それを警告しています。回り道する前に少し時間をもらってもいいですか。スケッチを取って獣人学者さんに渡したいので」

 

「地図を見せてください。長雨が降ると、この辺は泥化して危険だと地質学者の方が仰っていました。立ち入るのは止めておいた方がよさそうです」

 

「そのクエストを受注されるのであれば、サブターゲットに火薬草の採取も引き受けてみませんか。物資班の方が必要としているらしくて。手続きと引渡しは私の方でやっておきますね」

 

「クエストお疲れさまです。当時の狩猟の状況と、怪我の経緯を教えていただいてもよいでしょうか。言葉での説明が苦手でも大丈夫です。私たちのほうで適切な言葉に直していくので、それで判断していただければ」

 

 お手本。私の調査団内での評価は、その言葉で落ち着いたようだった。

 

 私自身は武器を手に握らない。代わりに持つのは本と羽ペン。それでハンターと学者さんの間を取り持つのが編纂者だ。……と、私は自らに言い聞かせた。

 何か新しい発見をしているわけではない。その辺の業績は、他の同業の人の方がよっぽど優れている。

 どんどん先へと進んでいく推薦組や一部のエリートが、その速度故にどうしても取り零してしまうもの。その埋め合わせのような作業をこなしていた。

 

 ハンターの不慮の事故をできるだけ少なくすること。学者さんへ渡す調査書をできるだけ分かりやすく、要点を押さえること。その双方に近づくために、勉強すること。

 それらを黙々とこなしていたら、いつの間にかお手本と呼ばれていた。そんな背景だ。

 実際、クエストや調査の成功率や無事故率は、私が群を抜いていたらしい。その自覚はあまりなかったけれど、数値として他の編纂者と比較すると、そうなるようなのだ。

 

 その成果の元には、お父さんとお母さんからの教えがある。

 お母さんは、調査書の書き方や生き物の勉強については、子どもに対しても妥協しなかった。研究者のこだわりというものだろう。

 お父さんはお父さんで、スリンガーの構造を知る数少ない技術者の一人で、ハンターの事情についても詳しかった。相変わらずの口数の少なさでも、大切なことはしっかりと教えてくれた。

 そしてなにより、二人とも新大陸の経験者だ。人によっては、私はとても羨ましがられる環境にいたのかもしれない。

 

 私自身の認識としては、無難な立ち回りをしているだけ、という感じだった。

 良い意味でも悪い意味でも尖っている人が多い調査団の中で、無難に仕事をこなす存在はある意味貴重なのかもしれない。それなら私は、その役回りでいい。

 私を推薦組の枠に途中から入れる案も出ていたらしい、それでも活躍が見込めるから、と。でも、私自身がそれを希望せず、案は流れることになった。

 申し訳ないけれど、正直に言えば、あまり目立ちたくないという気持ちがあった。この組織に所属している感覚さえあれば、それで十分だった。

 

 そんな私の唯一の難点は、誰とも固定のペアを組もうとしないこと、らしい。

 お高く留まっているわけではなく、丁重に、しかしはっきりと断る。まるでフリーの立場に固執しているようだ。と、そんな指摘もあった。そして実際、その指摘は正しい。

 

 私は、人の信頼を預かるほど、人からお手本と呼ばれるほど、まっすぐな生き方をできていないのだから。

 

 

 

 大峡谷にて、ゾラ・マグダラオスの捕獲に挑む。調査班リーダーの祖父である総司令がそんな目標を打ち立ててから、アステラはまた一気に忙しくなった。

 大峡谷まで物資を届けるための道の整備、周辺のモンスターへの牽制、かの龍の動向の確認。数百人もの人々がそれぞれの役割を担って動く。

 その日、学者さんへの聞き込みを終えて、夜遅くに自室へと戻ってきた私は、そのままベッドへと倒れ込んだ。

 

「……はぁ」

 

 話を聞いた学者さんは、私のお母さんを知っていた。

 いつかそう言う日が来るだろうなとは思っていた。お母さんはかつての十年間、確かにこのアステラにいたのだから。

 

『アンタだけが戻ってきたのかね。あの人は現大陸に居させるにゃもったいないと思ったものだけれどね……』

 

 それは、何気なく口をついて出てきてしまったのだろうと思う。きっと、私を責める意図はなかった。

 それでも、予想はしていたとしても、その言葉は私の心に重くのしかかっていた。

 

 お父さんとお母さんは、新大陸へは戻ってこなかった。新大陸行きの船に乗り込んだのは、私だけだ。

 どちらも、もう現大陸で定職を得ていたということもある。どちらも新大陸関連の仕事で、二人の経験はしっかりと活かされていると聞いていた。

 さらに、五期団はハンターと編纂者を主に編成されたので、技術者や研究者の枠は少なく、それらをできるだけ若い人材に託したということもある。

 

 けれど、何にせよ二人がアステラに戻ってこなかったことは事実で。それを残念に思う人がいて。

 そんなことになったそもそもの原因は、紛れもなく私にある。

 

 二期団の人たちから、私のお父さんについて触れられたことはない。

 私が少し敬遠しているというのもあるけど、全く話さないわけではないから、気を遣われているのかな、と思っている。

 それに、二期団はもう引退して現大陸に帰っている人もいるから、そこまで特別扱いされないのかもしれない。

 

 でも、お母さんは別だ。三期団は竜人族が多くて、お母さんは数少ない人族だったから、よく目立っていた。さらに大峡谷を越えずにアステラに残り、本来の三期団に求められていた役割にできるだけ応えようとしていた。

 お父さんも含めて、いろいろな人から話を聞いて、いい人だったんだなと思う。だからこそ、その帰還は惜しまれた。

 

 私と同期の五期団は当時のことをよく知らないし、調査班リーダーが言ったように、四期団もそれは同様だ。

 彼らの中で私は表向き、他の人と同じで新大陸に初めて訪れた人ということになっている。私も、自分の境遇は誰にも話していないから。

 

 でも、当時を知っている人がまだそれなりにいる以上は、いつか噂が出回る日が来る。今も、渡航前にその情報が洩れなかったのも、運が良かっただけに過ぎない。

 新大陸生まれで半分新大陸育ち、半分現大陸育ち。そして、新大陸にまた戻ってきた。客観的に見ても、おもしろそうな話だ。

 

 それに、これからは大峡谷の向こうにいる三期団とも接触が増えていくことになるだろうと、総司令が言っていた。

 気球を改良するか、あるいは別の手段か、分からないけど。いずれにせよ、調査を進めるために彼らの力が本格的に必要になっている。

 あそこにいるほとんどの人は、お母さんのことを知っている。寡黙な二期団の人たちと違って積極的に話す人も多いはずで、私が行けば囲まれるようなことがあるかもしれない。

 

 その辺のことを考えると、気が重かった。

 表立って責められることがあってもなくても、その話をするだけで、かつての自分を思い出してしまう。十年前の過ちの記憶が蘇ってきて、胸が苦しくなる。

 

 

 

 ならどうして、そんな気苦労をしてまで、私は新大陸へ再び足を踏み入れることを選んだのか。

 実際、現大陸のハンターズギルドに入る選択肢もあった。それを蹴ってまで、どうしてこのアステラへと来たのか。

 ベッドの中で自分の膝を抱える。さまざまな不安を、人に言えるはずもない想いを、抱え込んでいる。

 

 辛い記憶があっても、憂鬱なことがあっても、ここへ帰ってきた。そして、また現大陸へ行きたいとは思わない。

 それは、今の状況ですら────現大陸よりは、ほっとできているからだ。

 

 お父さんとお母さんにとっては、自分の生まれ育った場所に帰ってきた感覚だったのだろう。アステラの環境は特殊で、現大陸でならしっかり私と向き合えると思った。

 しかし、私の生まれ故郷は。たとえ街として成立していない基地のような場所だったとしても、ここアステラであり、新大陸なのだ。それはもう、覆しようがない。

 

 現大陸に到着し、そこでの生活を手に入れて、ふつうの人として生きるために。中流階級の学び舎へと入った私は、自分と他の人たちとの常識の違いを思い知ることになった。

 そもそも、同年代の子との接し方が分からない。大人と子どもの礼儀作法は知っていても、先輩や後輩といった上下関係が分からない。流行や遊びも、知らない。いつも、学び舎の花壇や空を飛ぶ鳥を目で追いかけている。

 読み書きや計算は人並み以上にできた。だって、学者さんが教えてくれたから。それができないということが、よく分からない。子どもながらに純粋な態度を、彼らに向けてしまった。

 

 それはもう、当然のようにいじめられた。

 当時の私は自分がどんな目に遭っているのかすらよく分かっていなくて、ひたすらに困惑するばかりだった。

 人の心は目に見えない。だから、紙に書き出して調べることもできない。お父さんやお母さんへも、どう相談すればいいのか、分からなくて。

 きっと、私のいろんなところが気に食わなかったのだろう。気に食わないと思うような人が集まる学び舎に、私は入ってしまっていた。

 現大陸の話を聞いていたときに思い浮かべていた広大さは、そこにはなかった。ただただ狭い人間関係だけが私に立ち塞がっていた。

 屋敷の隅でこっそり泣いて、完治しきっていない足を引きずりながら、それをからかわれながら歩いた帰り道は。その学び舎での日々は、私の心に暗い影を落とした。

 

 現大陸の全てがそういう場所ではないことは分かっているつもりだ。

 学術院直轄の学び舎に行けば、少なくとも勉強周りで浮くことはなかっただろう。そういう選択をしなかったのも、私のひとつの責任とも言えるのかもしれない。

 ただ、私が今まで見てきた世界では、そんな選択肢があることすら分からなかっただけで。

 

 それに比べて、新大陸はどうだろう。

 ここでなら呼吸ができる。冗談抜きでそう思った。

 編纂者になった私の、生真面目かもしれない意見がちゃんと聞き入れられるということ。それだけでどれだけほっとした気持ちになることか。どれだけ、救われることか。

 調査団として所属する以上、協調性は最低限必要かもしれない。でも、現大陸では変人扱いされていた人が多いこのアステラでは、尖った知識や興味は笑われるものではなく、ひとつの個性として扱われる。

 その独特の文化と感性に、他のいろいろな辛さを差し置いてでも、縋りつきたいと思ったのだ。

 

 そして、もうひとつ。私にとってとても重要なことがある。

 

 それはかつて、十年前にははっきりとした答えを得られずいたものだ。

 私の十年前の過ちに直接結びついていて、その全容を知るのは私しかいない。

 

 はっきりいって見込みは薄い。何の手がかりも掴むことができないまま、調査そのものが終わってしまう可能性もある。

 実際、すでに何度か調査でフィールドには出向いているけれど、古龍渡りの影響で十年前とは地形が変わっていることもあって、何の成果も得られずにいる。表の態度には出していないけれど、内心では落胆してしまうこともあった。

 

 それでも、この調査拠点の外に出られるようになった時点で、大きな進捗だ。十年前はそれすら叶わなかった。今でも、ハンターの同行が求められることが多いけれど。

 考えないといけないことも増えて、仕事柄、昔のように自分の時間を作ることもなかなかできない。それでも私は、自分でもよく分からない、贖罪に近い心に突き動かされている。挫けるとか、そんな話ではないのだ。

 

 あの子の未来は、どうなったのか。

 その日に命を落としたのか、逃げられたとしてもあの大怪我故に淘汰されてしまったか、これは希望的観測だったとしても────生き残っているのか。

 それをこの目で確かめる。私が新大陸へと戻ってきた、何よりも大きな理由だ。

 

 今私がいる二等マイハウスは、集団部屋になっている。木造の船を改造した居住区だから、壁も薄い。

 私は周りの人に気取られないように、小さく呻いた。

 

 しんどい。それはもう仕方がない。誰かに相談したってどうにもならないし、そもそもの話が複雑すぎて、理解に至ってもらえる自信がない。

 気が逸る。それを想うだけで身が焦がされそうになる。あの日の記憶は悪夢となって、幾度となく私を焼いている。

 

 すぅ、と深呼吸をした。

 明日もがんばろう。その次の日も、またその次の日も。何かが掴めるときまで、調査団は足を止めることはしないし、私はその中で、私だけの目的を抱えて生きていく。

 

 そんな私の、独りよがりの決意は。

 何の脈絡もなく、いともあっさりと、大きく崩れることになった。

 

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