初めの剣戟は、互いが有する最も強い剣によって打ち鳴らされた。
金属音が響くことはない。刀身が接しようとした瞬間、激しい爆発が二人を包み込む。
強烈な熱気と冷気がぶつかり合い、互いを激しく拒絶する。
それらの剣が造られてから十年近くが経つ今、手入れもろくにできない使い切りのような剣だというのに、その火力は衰えることを知らなかった。
二人が初めて出会い、そして戦ったときにも、同じような爆発が起こった。
当時、二人とも派手に吹き飛ばされたことで殺し合いは中断となった。フレアはあと一歩のところで任務を達成できず、対するヴィルマは命拾いすることとなった。
それが今となっては、既に知った反応だった。もはや驚くに値しない。
ヴィルマは爆風に耐えてその場に踏み止まり、対するフレアはひらひらとその身を回転させて勢いを殺す。着地までもが鮮やかで、まるで舞踏のような身のこなしだ。
フレアの身に纏う黒い鎧は、どうやら見た目以上に軽いようだった。
彼女の長旅によるものだろう破損はところどころ見られるものの、防具としての機能は損なわれていないようだ。
夜闇の中で、炎を纏うフレアの剣が焚火のように周囲を薄く照らしていた。
対するヴィルマの剣も、月明りを反射してか、うっすらと光を放っている。
剣戟によって生み出された靄と、周囲の篝火も相成って、その場には原野の野焼きを彷彿とさせるような光景が広がりつつあった。
靄が晴れるのを見計らい、フレアは再び突進する。
その顔は鎧に隠されてはいないものの、表情や感情を読み取ることはできなかった。
山の龍の後を追うようにして彼女が現れたことについても、ヴィルマがそれを待ち受けていたことについても、互いに言及しないでいる。
ただ、戦う意思だけははっきりとしていた。手加減なんてあるはずもなく、フレアはヴィルマの胸元に向かって炎の剣を突き出した。
再び氷の剣と炎の剣がかち合うか。
そう思われた矢先、ヴィルマがおもむろに片腕を突き出した。
それを見たフレアは反射的に炎の剣を引っ込めようとしたが、ヴィルマが掲げたのが小さな盾であることに気が付き、刹那の間に判断を改める。
あの程度の盾であれば貫ける。その直感の下、そのまま炎の剣を叩きつけた。
鉄製の剣を易々と溶断する火力だ。人の使う道具で耐えられるとは思えない。そう判断しての一撃だったが、しかし。
フレアの目が僅かに見開かれた。
フレアの目論見通り、盾は炎の剣を防ぎ切れてはいなかった。
しかし、思った以上に刃の通りが悪い。いや、遅い。
このまま力を籠め続ければ、熔かし斬ることはできるだろう。けれど、それはヴィルマにとって格好の隙となる。つまり、これは彼の誘いだ。
フレアは即座にその盾への執着を捨てて、その場から飛び退いた。直後にヴィルマの腕が伸ばされて空を掴み、自身の直感が正しかったことを悟る。
フレアの身軽さは弱みにもなり得る。いくら防具が堅固であろうと、その身を掴まれてしまえば、そのまま体術で地面に叩きつけられてしまいかねない。
用心して距離を取るフレアに対し、ヴィルマは苦笑を隠せない様子だった。
「燕雀石をはめこんだ盾でも防ぎきれないか……君のその剣は、工房の炉の温度を優に超えているんだな」
ヴィルマはそう言いながら、腕に括りつけていたらしい盾を地面に落とした。特性の盾だったようだが、未練はないようだ。
ところで、と彼は話を続けようとする。
それは時間稼ぎをしたり、フレアの注意を逸らそうとしているというより、単純に話がしたいからそうしているという様子だった。
油断なく剣を構えていながら、その砕けた口調はややちぐはぐな雰囲気を感じさせた。
「禁足地を通ってここに来たんだろう? クラフタが教えてくれたぞ」
またフレアが眉を上げた、ように見える。夜の暗がりでははっきりと見えないものの、フレアの呼吸が一拍だけ空いた。
ヴィルマの話を無視して、攻撃を仕掛けることもできるだろう。
けれど、ヴィルマと同様に佇むフレアからは、彼の話を聞こうとする意思があるようにも思われた。
「何日で辿り着いたのかは本人も数えてなかったそうだが、かなり急いでいたのは確かだ。
見るからにぼろぼろだったからな。リーヴェルの城で休んでもらっている」
「……そう」
その日、フレアが初めて発した言葉は、その内面に僅かな安堵を感じさせるものだった。
フレアの事情をクラフタは知らないはずだ。であれば、サミから聞いたのか。既に旅立っていたフレアには預かり知らない。
いずれにせよ、本来の主人であるヴィルマの身をクラフタは案じたのだろう。あるいは、配達人としての使命感によるものか。
あれだけの怪我をした身で無理をするものだ。途中で力尽きてもおかしくはなかっただろうに。
クラフタの尽力により、ヴィルマはフレアの襲撃を事前に知り、備えることができた。
フレアにとっては不都合な展開かもしれないが、本人はそれらをあまり気に留めてはいないようだった。
矛盾を内包するようだが、この戦いの結末にすら無頓着であるようだ。殺し合いの構図にさえなればいいとでもいう風に、ヴィルマと相対している。
「しかし、急いだとはいえ本来の回り道をするのと禁足地を通るのとでは、地図上では軽く数倍の距離の差があるはずだ。
それでも、君よりクラフタの方が早くリーヴェルに辿り着いた」
「…………」
「禁足地で何があったのか、教えてもらうことはできるか?」
ヴィルマの問いかけに対し、フレアは僅かに俯き、やがて剣を構え直すことでそれに応えた。
炎の剣は今や、炎を通じてフレアの手と同化しているかのように握り締められている。炭化した腕は痛みすら正常に認識せず、火に馴染み切ってしまっていた。
ヴィルマも食い下がるようなことはしない、それはそれで望むところ、とでもいう風に待ち構える。
一息の内にフレアが駆け出すと、ヴィルマはフレアから離れるようにしてその場から飛び退いた。
敏捷さではフレアの方が上だ。誘われていようと、構うものか。ヴィルマを追随し、フレアはさらに足に力を込めた。
フレアの足先が地面について、土を抉り、強引に方向を転換して再び跳躍する。
それまでの僅かな間に、ヴィルマは懐から拳大の物体を取り出し、地面に向けて叩きつけた。
「……!」
閃光。光蟲か。分かってはいたのに反応が遅れた。
咄嗟に目を覆うが僅かに間に合わず、眩い光がフレアの視界を一時的に奪う。
すぐに聴覚に集中する。毒や返り血に目をやられたことは何度もある。隙であることに違いはないが、落ち着いて対応すれば致命的にはなり得ない。
物音がした。こちらには近づかず、何かに飛びつき、手に取る音。そして留め具を外すような音を聞き取った。
飛び道具が来る、と、そう気付いた瞬間に風切りの音がした。
ヴィルマのことだ、容赦なく頭を狙ってくるだろうと踏み、身を屈めて炎の剣を振り下ろす。
果たして、フレアめがけて飛来した鉄の杭は炎の剣に接触し、軌道を逸らされてその背後へと着弾した。
もう一本、続けざまに放たれた鉄の杭がフレアの腹部に向けて飛来する。
これも咄嗟に躱そうとしたものの、その動きを見越していたらしきヴィルマの照準によって、防具の腰の辺りを掠めていくこととなった。
本来、大弩は人に向けるべき兵器ではない。貫通力に特化した過剰な火力は、生身で直撃すれば即死しかねない。掠るだけでも重傷は免れないだろう。
ぎん、と重い金属音が響き、フレアはよろめく。制動を外れて身体が揺れる。
が、倒れはしない。血が噴き出ることもなかった。防具を貫通できなかったのだ。
「その鎧、大弩の杭ですら防ぎきるか!」
ヴィルマは小さくだが感嘆するように呟いた。
ヴィルマの知る限り、他とは一線を画すような頑丈な防具だ。硬度だけならあの燕雀石の盾さえも凌ぐか。
そんな驚きもそこそこに、ヴィルマはその場から転がり出るようにして離脱する。欲をかけば次弾も装填できただろうが、そのときには。
いつの間にか駆け寄っていた、フレアの炎の剣が振り上げられた。
木と金属を組み合わせて作られた、人よりも大きな大弩を、躊躇することなく一閃する。
爆炎が上がった。
フレア以外に生存者がいなかったという、炎の龍との戦いを彷彿とさせるような一撃だ。一介の対竜兵器が耐えられるはずもない。
その場に留まっていれば、ほぼ間違いなく兵器越しに袈裟斬りにされていただろう。故に迷わず破棄しなければならなかった。
閃光の影響は既に脱したようだ。手で光を遮ることはできなかったが、瞼は閉じていたのだろう。
そして、不意を突かない限りは同じ手はもう通用しない。
再び、炎の剣と氷の剣が向かい合う。炎に彩られ始めた戦場を、氷と冷気が鎮めていく。
「禁足地……旧シュレイドの廃墟は、竜や獣たちが棲みついてた」
何の脈絡もなく、フレアは話し出した。
少し前にヴィルマが問うたことを、今になってようやく咀嚼し認識したとでもいう風に。
もしくは、思い出したというのが適切かもしれなかったが、それはヴィルマどころかフレア本人も自覚のないことだった。
「そうか、やはり、昔からシュレイドにも竜はいるんだな」
「狭いところにたくさんの竜や獣がいて、争い合ってる。外の竜たちとは様子が違うし、強い」
「いかにも黒蛇の翼竜や金の獅子が好みそうな環境だ」
攻撃を仕掛け、躱し、牽制し、その合間に言葉を投げかける。
それは器用というより、奇妙な光景だった。
話したいことがあるなら立ち止まればいい。戦うのはその後でも良いだろうに、その道理は通用しないらしい。
ヴィルマもフレアにそのことを指摘するでもなく、進んで応戦している。
戦いの最中、無駄な思考は切り捨てるべきものなのに、あえて負担を負うのは意図あってのことか。
「倒しに行くことは、考えない方がいい」
「考えないさ。君も気づいているだろうが、こちらは今しがた山の龍にめちゃくちゃにされたばかりだ。今はもう、これ以上の災難が訪れないことを祈るしかない」
次いでヴィルマが取り出したのは、頭の非常に大きい槌のような武器だ。
丸太を打ち付けるものよりもさらに大きく、その重量故か柄は短く太い。
まるで竜の頭に打ち付けるために作られたような意匠のそれを、腰を低く構えてヴィルマは持ち上げる。
西シュレイドでは見たこともない武器だった。ここは異国とはいえ、こうも違うものか。
見慣れない竜と相対したときのように警戒気味に構えるフレアに対して、今度はヴィルマの方から駆けていく。
「君が手紙に書いていた、君自身の疑問について、進展はあったのか?」
「私は、旧シュレイドの戦士の一族の末裔だって」
「……なるほどな」
フレアの言葉数は少ない。息つく暇もなく戦っているから当然だ。
しかし、これまでに二人が交わしてきた手紙に綴られた文字たちが、足りない分の言葉を補完する。
フレアがどれだけそれを切望していたのか。どのような心境で事実を受け止めたのか、共感することは難しくとも、思い描くことくらいはできる。
ヴィルマの振り回す槌は間合いこそ剣より短いが、その分広く重い。至近距離まで踏み込まれれば、たちまち巻き込まれてしまうだろう。
それに間合いが短いと言っても、それはヴィルマが長い柄の根元を持っているからで、その握りの位置を変えれば相応に範囲も変動する。
それは拳ひとつ、二つ分程度だったとしても、一対一の戦いでは決して無視はできない。炎の剣で迎え撃とうにも、単純に重量で押し負けてしまう。
一方的に攻め立てることはできない、慎重に動きざるを得ないやりにくさがある。
フレアという刺客に対して、ヴィルマはいろいろと対策を練っているようだ。
「旧シュレイドの戦士か……奇しくも、同じ血脈だったということか」
「……つまり、あなたも」
「ああ。詳しいことは伝わっていないが、俺も旧シュレイドに因縁のある身だ」
だからここのような僻地で、影の薄い対竜兵団の指揮を担わされているわけだな、とヴィルマは付け加えた。
フレアも初めて知る話だったが、特段驚きはしなかった。ただ、その表情は翳りを見せていた。
アイハルが語った通りだ。古龍占い師の彼の口から直接語られることはなかったが、旧シュレイドが陥落したとき、北方へ落ち延びたのがヴィルマの一族だったのだ。
旧シュレイドでフレアの先祖と対立していた一族の末裔が、あれから何百年も経った後に再び刃を交えている。
偶然か、必然か。もともとは偶然だったものが、月日を経て、巡り巡って必然となることもあるだろう。
戦いの中で、ヴィルマはフレアの洞察力もよく見切っていた。
大槌による攻勢ではフレアを捉えきれず、却ってその武器が生み出す隙をフレアが見つけた、という頃に、自ら大槌を手放していた。
有効打を見出せなかったことに執着を抱けば、その未練ごとフレアに斬られてしまう。そんな判断だろう。実際にそれは正しい。
フレアの追撃を氷の剣で牽制し、次いでヴィルマが取り出したのは、人の背丈ほどもある大弓だった。
人を相手取る軍の使う弓とは違い、付属品のようなものがごちゃごちゃとついている。何かの儀礼用に見えなくもない。
けれど、弦が張ってあって矢筒もあるのなら、武器としての原理や特性に違いはないはずだ。
飛び道具の使い手には距離を詰める。竜に対しても通用する鉄則だ。
弓に矢が番えられるよりも先に、フレアは獣のように一足飛びでヴィルマに飛び掛かり、肉薄した。
フレアの接近に気が付いたヴィルマは矢を鷲掴みにし、それを振りかざすことで応戦しようとする。
フレアはその矢を、炎の剣で難なく斬った。次いでヴィルマが繰り出した蹴りを籠手で弾き、逆に蹴りを見舞う。
頭に入って首を折る軌道で放たれた回し蹴りを、ヴィルマは先に斬られたはずの矢を挿し込んで受け流してみせた。
再びフレアは戸惑う。その防御の仕方は想定していなかった。
フレアの蹴りは、走竜などの首に綺麗に入れば、そのまま命を奪えるくらいの威力があるはずだ。
少なくとも、一般の矢であればへし折ってしまえるはず。一介の兵士でも矢を折る程度ならそう難しくない。
しかし、フレアの脚から伝った手応えは、まるで鉄棒を叩いたかのようだった。
よく見れば、それは矢とは思えない程に鏃が長大で、その鏃で蹴りを防いだのだと分かる。
竜の骨を削り出して作ったのか。炎の剣には容易く斬られてしまったが、物理的にはかなり頑丈に作られているようだ。
これも人を射止めるには過剰なつくりだ。人の鎧を貫通させる目的なら、ふつうの矢で事足りている。
剣と大差ないその矢を振り回してフレアを下がらせたヴィルマは、そのまま矢継ぎ早に矢を射かける。
夜闇の中、篝火の明かりだけでは撃墜しきれない。身を屈め、一本一本を掻い潜りながらフレアは再びヴィルマの隙を探していく。
「クラフタから話を聞いたんだ。俺からの手紙は読めなかったみたいだな」
「……!」
「さっきの話、手紙にも書いてたんだよ。前の手紙で些細なことでも教えてほしいと書いてあったから」
矢と共にヴィルマから投げかけられた言葉に、フレアははっとした表情を見せた。
まるで、今までその手紙のことを忘れていたかのような反応だった。ほんの僅かに目を伏せて、そしてすぐにヴィルマに向き直る。
「あなたに、謝らないといけなかった」
「それはまた、どうして?」
「手紙も、クラフタも、守り切れなかったから。返事も書けなくて……」
フレアは、この戦いの中で初めて言葉を濁らせた。まるで大切な約束を果たせなかったと告白するかのように。
この殺し合いの最中、それそのものよりも手紙という繋がりに重きを置くフレアの姿勢に、ヴィルマは苦笑しながら答えた。
「気にしなくていい。どちらにせよ、君は君自身の出自という目的に自らの手で辿り着いたんだ」
「…………」
「それに、謝るべきことや感謝を伝えるべきことは、むしろ俺の方にあるからな」
ヴィルマがそう言うと、フレアの視線が投げかけられた。しかし、ヴィルマはそれ以上の言葉を紡がずに弓を構える。
フレアもすぐに眼光を刺客のそれへと戻し、ヴィルマへ近付くべく地を蹴った。
あれだけ特殊な矢であれば、そう多くは持ち込めないはずだ。ヴィルマの手札があとどれだけ残っているかは分からないが、多少強引に攻め入ってもいい頃合いだろう。
語るべきことを思い出し、心残りはなくなった。長引く戦いは元より望むところではなかったが、そうする理由も最早ない。
太く大きな矢が黒い鎧を擦過していく。衝撃に体勢を崩しかけるが、地に手を付いて立て直し、進み続ける。
本当に頑丈な鎧だ。あの大弩の杭を弾いただけのことはある。あの杭に比べれば、この弓矢は改造されていてもまだ軽い。
やがて、弓の間合いの内側へと入った。横跳びを交えながら走れば、弓では照準が間に合わないはず。
炎の剣を今一度握り締める。火に包まれる腕は、もはやどうしてその状態で剣が握れるのか分からないような有様になっている。
ヴィルマもようやく弓を手放し、氷の剣を手に取った。
結局、どのような手段を尽くそうと、ヴィルマの有する最高の火力は氷の剣だ。フレアの黒い鎧も、あの剣による斬撃は防ぎきれないだろう。
そして、二つの剣は正面から衝突すると決まって派手な爆発を起こす。その度に吹き飛ばされていては埒が明かない。
張り付き続けるには、相手の剣を全て撫でるように受け流し、爆発を起こさない程度の接触に留め続けていく必要があった。
ここに至り、曲芸じみた繊細な剣捌きが求められる。けれど、フレアならば。
フレアがヴィルマの足元に立った。待ち構えていたヴィルマは既に動き出していた。
ヴィルマが氷の剣を薙ぎ払う。吹雪を宿したような威力の斬撃に、おおよそ隙と呼べるものは見当たらなかった。初めて出会ったときの剣技とは一線を画している。
少なくとも、速攻で勝負を決めるようなことはできない。隙はこちらから創り出さなければ。
二人の足音と、鎧の擦れ合う音、剣が風を切る音が混じり合う。
ひとつの演武のように、火と氷が舞い踊る。
死と隣り合わせの剣戟が繰り広げられた。
きれいな景色だな、とフレアは思った。
ひどく場違いなことを考えている自覚はあったものの、ふと頭に浮かんできてしまったのだ。
夜空には数多の星が瞬き、雲は層を為して流れていき、その下で火と氷が踊り狂う。
空気中の水分は二つの剣によって凝固と昇華を繰り返し、綺羅星のようにきらきらと舞っていた。熱風と冷気が交差するように頬を撫でていく。
このように言葉で言い表すことができるようになったのも、今戦っている彼のおかげだったか。そんなことを心のどこかでぼんやりと思う。
炎の剣と氷の剣。それぞれの元の主は互いに激しく争っていたらしい。これもかつてヴィルマの口から聞いた。
龍と龍の争いだ。正しく天変地異と呼べるような、凄まじい戦いになっただろうことは想像に難くない。
それに比べれば、ヴィルマとフレアの戦いなんて、再現ともいえないようなごくごく小規模のものに過ぎないのだろう。
ただ、こうしてそれぞれの角が剣になった今でも、その所有者同士で戦っている構図は、これもまた因果と呼べるものなのかもしれない。
ヴィルマはよく戦った。初めから剣のみで戦っていたら、すぐに追い詰められてしまうと悟っていたのだろう。多彩な戦法でフレアを近づけさせまいとしていた。
もともとフレアとヴィルマとでは戦いの才に差がある。かつての殺し合いと共闘を経て、両者ともそれは認めざるを得ないだろう。
ヴィルマが弱いというよりも、フレアが強すぎるのだ。他のあらゆるものをかなぐり捨てて戦闘に特化した背景を持つフレアは、ヴィルマを以てしても場数が違う。
そんなフレアを仕留めるには。本来は簡単な問いだ。
先に情報を掴み、兵士を派遣して数で圧倒してしまえばいい。
もともとが半奴隷のような身分であるフレアは、誰かを率いるということができず、単独でしか動けない。それがフレアの最大の弱点だ。
フレアは強いが、龍ではない。群れを無策で蹴散らせるほど圧倒的というわけではないのだ。彼女ですら、何頭もの走竜に囲まれるような場面は避けるだろう。
対して権力者であるヴィルマは大勢の部下を持ち、彼らを動員することもできる。多くが返り討ちにされてしまうとしても、いつかフレアに刃は届くはずだ。
権力者の手の下し方とはそう在るべきものだ。しかし、ヴィルマはそれをしなかった。
それどころか、単身でフレアと渡り合おうとしている。ヴィルマの強みをかなぐり捨てていると言っていい。
斬っても斬っても次々と立ち塞がる兵士たちの前に力尽きるような、そんな結末すらフレアは思い描いていたというのに。
本当に、どうして。
数十回にも渡る打ち合いの末、息の詰まるような攻防の果てに。
フレアの炎の剣が、ヴィルマの氷の剣を跳ね上げた。
爆発は起こらない。代わりに、びしり、という罅割れのような音が響いた。
直後、氷の剣が半ばから折れた。剣先が破片と共に宙を舞う。
土手腹を打ち抜くようにぶつけられたフレアの炎の剣が、半分氷で半分鋼の刀身を完膚なきまでに砕いていた。
ヴィルマが目を見開く。しかし、仰け反るような体勢は一瞬では戻せず、その腕もまた、氷の剣が貼り付いて手放すことができない。
今、無防備な隙を捉える。
迷いなく、フレアは炎の剣を振り下ろした。
ヴィルマの体に、業火が刻み付けられた。
「……!」
ヴィルマの喉元にまで迫った炎が、声を発することを許さない。
肩から腹にかけて一直線に。ヴィルマの身に纏っていた防具はあっさりとその刃を受け入れた。
鮮血が噴き出すことはなかった。それよりも先に、炎が傷口を塞ぐからだ。
切り裂くというよりも、炎で吞み込むといった表現の方が近いかもしれない。
一見すれば、そのまま焼き払われてしまいそうにすら見える。
しかし、どうやら一撃で致命傷に至らせることはできなかったようだ。
斬られる直前に飛び退いたのだろう。手応えはかなり浅かった。肉は切れても、腹の中の臓物までは届いていまい。
ならば、もう一撃。フレアは炎の剣を切り返して斬り上げようとする。しかし、頭上から降ってきた氷の剣の剣先がそれを阻んだ。
氷の結晶を散らしながら剣先が地面に突き刺さり、それを基点として二歩、三歩と互いに距離を取る。
ヴィルマはようやく剣の柄から離すことができた片手で、胸の傷を抑えていた。荒く息をついている。
もう片方の手に握られた氷の剣は、剣としては致命的な部位で折れていながらも、未だ静かに冷気を纏わりつかせていた。
剣の機能としての心臓部、鋼の龍の角は根元側にあったか。しかし、長大な間合いが失われただけでも大きい。
いずれにせよ、あの状態ではまともに剣を振るえまい。今ならば身体も強張っているだろう。仕留めるべきは今だ。
今度こそ止めを刺すべく、フレアは炎の剣を両手で握って駆け出した。
対するヴィルマは、焦げ付き、だらんとはだけた懐から小さな弩のようなものを取り出して、構えた。
いざというときの懐刀といったところか。あるいは、フレアが軽装だったときにそれで不意を突くつもりだったのかもしれない。
けれど、それらの意図は全て破られていると言えた。今まさにフレアはその隠し武器を視認したし、今のフレアは黒い鎧を身に纏っている。
苦し紛れに弾を放ったところで、頭にでもそれが直撃しない限りは意に介すことはないだろう。
それに、たとえ運悪く目耳に当たったとしても、フレアが止まることはない。
元より、刺し違える覚悟だ。
フレアの見立て通り、ろくに照準もつけられなかっただろう小さな弾が、フレアの胸元へ向けて飛んできた。
フレアは、それを無視した。
弾が鎧に接触する。
これまでの経験上、どう考えても、その装甲に傷すらつくことなく弾かれることになる────。
果たして、砕け散ったのは。その小さな弾の方ではなく。
黒い鎧の方だった。
「え……?」
水面に鉛玉を落としたように。
どぷん、と。波紋を立てて沈んでいく。
フレアの思考が一瞬だけ止まる。いや、一瞬に留まらず、次いで困惑が訪れる。
弾が鎧を穿ち、めり込み、衝撃が伝播する。衝撃と呼べるようなものが、あの玩具のような弩によってもたらされたのか。
フレアの動きが止まる。それ以上歩を進めることができなくなった。
それは、ヴィルマに対して動かない的として身を晒していることに等しい。
追撃は二発だけだった。フレアの腹部と肩へ放たれたそれは、まるで乾いた粘土のようになった鎧を容易く突き破り、生身の体に突き刺さる。
「が……ッ、あ、ああぁ!?」
黒い雷のような光が弾けている。ただの痛みに留まらない、激烈な反応がフレアを襲っている。立っていられず、木の棒のようにその場に倒れ込んだ。
毒、なのだろうか。いつかのフレアの意趣返しのような。
けれど、それではフレアの鎧があっさりと砕けた理由が分からない。弾に負けたというよりも、突然その頑丈さを変質させられた。
まるで水に塗料の雫を落としたときのように、その変化は一瞬で鎧全体へと広がっていった。そうして、自分から脆くなっていったのだ。
いったい何が、いや、それよりも。
「……龍属性というらしいぞ、それは」
頭上から、フレアの暗殺目標の声が届く。
「龍殺しの実。北の氷原で見つけてな、現地住人がそう呼ぶからには、何か理由があると思ったんだ」
手足を痙攣させ、息をするだけで精一杯のフレアに、ヴィルマはゆっくりと歩み寄っていた。
余裕があるわけではなく、そうやって歩むしかないのだろう。彼もまた痛手を負っている。その声の節々から、荒い息を何とか整えようとしている様子が垣間見えた。
「俺だけだ。対竜兵団の中で俺だけが、まともにその実を握ることすらできなかった。
龍の武器を持つというのは、そういうことなのかもしれないと思ったよ」
聞き慣れない単語がヴィルマの口から次々と発せられる。
龍殺しの実、それに龍属性。痛みよりも麻痺に近い状態に喘ぐ今のフレアでは、まともに思考が追いつかない。
「量も全く取れなくてな。たった三発しか用意できなかったから、絶対に当てられるか、当てないといけない状況で使わないといけなかった。
正直、ここまで効くとは思ってなかったが……その鎧、ふつうの防具と違って、頑丈さの代償に龍属性に対して滅法弱くなってるみたいだな」
ヴィルマの話を聞く中で、フレアは何か、自分の中にあった自分由来でないものが崩れ去っていくような感覚を覚えていた。
フレアの黒い鎧が、あの弾を受けて砕け散ったのと似たような感覚だ。そんなものが自分の中にある自覚は、これまで全く無かったのに。
「今回の殺し合いは、俺が獲ったってことでいいかね」
「……ぅん」
掠れ声ながら素直に頷いたフレアに対し、ヴィルマはそうか、と返した。
「一度目は獲られて、二度目は流れて、三度目は……まあ博打だな。見当違いだったら今頃の俺はとっくに死んでる。運が味方した、それだけだ。
──それで、君をどうするか」
ヴィルマの足音が、フレアの耳元に届いた。
詰みだ。未だ指一本すらまともに動かせない。
炎の剣は取り零され、その辺に転がって土を焦がしている。対する氷の剣は、半ばから折れながらもヴィルマの手の内にある。
とても逃げられない、簡単に止めを刺せる。黒い鎧の加護もなくなった今、彼の剣をフレアの首筋に落とすだけでいい。
フレアは足掻こうとはしなかった。突如として形勢が逆転したことに戸惑う気持ちはあれど、不思議と死を恐れてはいなかった。
幼少の頃は、あんなに苦しんででも生き延びようとしたのに。いや、だからこそか。
もう十分だ。もう、終わってもいい。
やはりまともに声が出せない。夜空の下で仰向けになったフレアは、その瞳をヴィルマへと向けた。
ヴィルマとフレアの視線が交錯する。
ヴィルマは、にやりと笑みを浮かべてみせた。
「眼の感じが元に戻ったな。これならちゃんと会話ができそうだ」
その笑みは、フレアにとっては初めて見るような表情ではあったが、それと同時に、見慣れているようでもあった。
少しだけ考えて、すぐに思い浮かぶ。
フレアに対して手紙を綴っているヴィルマは、いつもこんな表情を浮かべているのだろう。
「そしたら、話をしようか」
作中設定解説
【黒い鎧】
後世ではブラックシリーズと呼ばれる防具のプロトタイプ。
西シュレイド王国の王族が旧シュレイド王城から持ち帰った防具の破片、黒い塊を素地とし、それらの鉱物素材を取り込む性質を元に造られた。
作中の時代では加工技術が大きく不足しているため、本来の性能は発揮できていない。しかし、それでも当時の一般的な鎧よりも遥かに頑丈。
後世では、所有者の正気や生命力を徐々に奪うと伝えられている。
また、龍属性以外の属性には優秀な耐性を有するが、龍属性に極めて弱い。