ヴィルマフレアの英雄譚   作:Senritsu

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第五章 ひとつの竜の物語
第17話 炭筆と炭色の手


 

 

 赤い鶏冠の走竜は、三匹ほどの小さな群れを一つのまとまりとして動いていることが多い。

 小さな獲物はその群れだけで狩ってしまって、大物や手強い敵に対しては大声で鳴いて仲間を呼ぶ。

 鳴かれると次々と増援がやって来て、あっという間に取り囲まれてしまう。特別大きな図体と長い爪の親玉まで現れてしまったら、ほとんどの人はもう成す術もない。

 

 だから、もし彼らとの接触を避けられないのであれば、仲間を呼ばれる前に不意打ちするか速攻で片付けてしまうしかない。

 幸いなことに、人という生物を見慣れていない彼らは、自分よりいくらか背丈の小さい女性を見ても仲間を呼ぶほどの獲物とは思わないようだった。

 

 結局、あまり背は伸びなかったな。

 

 フレアはそんなことを考えながら、今まさに自らを捕食対象と見なして襲いかかってきた走竜の首を短剣で切り裂いた。

 ひゅっと息を詰めて、走竜はもんどりうって倒れる。

 

 近くにいた二匹目は何が起こったかまだ気づいていないようで、訝しみながらフレアの元へ歩み寄ってきた。

 今度はフレアから飛びかかる。驚いた二匹目は反射的に飛び退くが、その脚にフレアの投擲した投げ縄が絡まり、転んで呻き声を上げた。

 肉食竜は草食の竜と違い、俊敏に逃げ回るということができない。相手が草食の獣などであれば、そううまくはいかなかっただろう。

 もがく走竜に対し、フレアは木の枝を差し出した。咄嗟に噛みついた走竜の喉元へ向け、素早く刃を突き立てる。硬い布を裂くような手応えと共に、多量の血が噴き出した。

 

 三匹目は少し離れた場所にいた。仲間に何があったのかを掴み損ねているようで、その場で立ち止まってきょろきょろと辺りを見渡している。

 音は届いているのだろうが、大型の竜が出たわけではないのに仲間の断末魔だけが聞こえたことに戸惑っているのだろう。彼らは大猪程度であればある程度持ちこたえられるだけの強靭さを持ち合わせている。

 本来はすぐに逃げるべきだったし、実際に数秒後には持ち前の跳躍力で逃げ去っていたのだろうが、その脚が動くよりも先に、近くの落ち葉ががさりと揺れた。

 

 三匹目は弾かれたように物音がした方を向いて、それが放られた小石がたてた音であると気付くよりも先に、その首を羽交い締めにされる。

 転倒し、本能的に暴れ回ろうとしたところで、その頭部に剣の柄がめり込んだ。

 くぐもった悲鳴。そのまま、殺意を鈍らせずに頭部を殴り続ける。走竜の抵抗は、十秒と持たなかった。

 

 私も、弓が使えたらな。

 

 フレアはそんなことを考えながら、動かなくなった走竜と地面に挟まれた自らの脚を抜け出させた。

 もし弓矢を使えたら、もう少し手際よく竜たちを倒せる。今の戦い方は、いわゆる原始的で泥臭いと言われるものだ。

 フレアもそれは分かっていて、たまに弓や弩が支給されたときにはそれを使ったりもしているのだが、結局は煩わしくなって近接戦に持ち込んでしまうのだった。

 

 随分と返り血を浴びてしまった。水に浸した布で拭い取らないといけない。

 立ち上がって来た道を戻る。道と言ってもただの山の斜面だ。藪や木の枝を掻い潜り、羽虫や蜘蛛の巣を払いながら歩く。さながら獣の歩みだ。

 持ち場へ戻ったときには、体のあちこちに泥や落ち葉が付いていた。丈の長い衣でよかったとフレアは思う。この支給品は大事にして次も使いたい。

 

 遠くから、かーん、かーんという音が響いてくる。森の中で大きく口を開けている洞窟の、その奥からだ。

 西シュレイドの南の開拓地。数十人もの雇われ人が、この洞窟で採掘の作業をしている。フレアはその護衛を担っていた。

 何度か同じような命令を受けているものの、その度に違う洞窟へ行かされる。常に開拓の最前線に連れて行かされているのだろう。最も危ない任務はフレアに回されるいつもの流れだ。

 

 目的の洞窟が竜の住処になっていた場合は、追い出しを試みることになるのでとても大変なのだが、そうでなければこうして見張りをするだけの仕事だ。

 楽になる可能性がある分、フレアはこの任務を好ましく思っていた。

 他の護衛はお世辞にも役に立つとは言えない。西シュレイドの対竜軍の慣習に倣って素人なので仕方がない。

 採掘の作業者もなかなかに重労働のようで、休憩や寝るときにはくたくたになっているので、別の意味でフレアが襲われにくいというのも利点のひとつだ。

 

 とは言っても、最近のフレアはいよいよ外傷の痕が増えてきて、特に腕の黒い煤はとても人の素肌とは思えない様相を成しているので、気味悪がられて襲われることも減っているのだが。

 とにかく、たまに興味本位で様子を見に来る肉食竜を迎え撃つほかは、周辺を注意深く見守るだけでいい。

 一人で居れる時間を多く取れるなら、それに越したことはなかった。

 

 フレアが洞窟の入り口に戻ると、見張りの男が怪訝そうに顔を向けてくる。フレアが軽く手を上げて脅威が去ったことを伝えると、彼らはほっとした顔をした。

 ここも開拓地扱いはされているが、竜や獣たちが寄り付かない窪地や沢にひっそりと集落を立てて息を潜めているだけだ。国からの命令で移住させられた奴隷扱いの人も多い。

 そんな彼らにとっては、走竜の群れは正しく命を脅かす存在だった。

 一匹を相手取るのにも大人が数人がかりで、三匹が相手となればそこは虐殺の現場となるのだろう。

 

 考え方が違うのだけどな、と、そうした話を聞くたびにフレアは思う。

 たしかに人という生物は、鋭い牙や硬い鱗もない捕食者側なのかもしれない。けれど、剣や衣服といった道具、さらに作戦があれば、こちらが優位に立つこともある。

 こちら側が命を奪う側だという感覚、死なずに渡り合うにはどうすればいいかという思考、虚勢であってもその心持ちでいることが、竜との向き合い方を変えるのかもしれない。

 

 返り血を拭き取り、見張りの引継ぎをし、僅かな眠気と疲れを深呼吸で散らしながらフレアは思う。

 こんなことを考えるようになったのも、だいたいはヴィルマと手紙のやり取りを始めたのが原因だ。

 かつてのフレアは周りの人のことなんてほとんど考えなかった。任務が大変すぎて周りを見る余裕がなかったのもあるが、自分も含めて、興味を持つということがほとんどなかったように思う。

 

 炎の龍を相手に、あまりにもたくさんの人の死を目にして、心の中で絞り出される声に気が付いた。

 ヴィルマの暗殺のために異国へと赴き、かの国の対竜兵団の在り方を聞いて、自分のいる国のやり方を見比べるようになった。

 そして、殺し損ねた彼からの手紙が届き、気まぐれに返事を返してから、言葉と表現、社会の成り立ち、相手の立場というものを知った。

 

 今のフレアはもはや、かつてのように、自らの視界に映る様々な事柄について、何も考えずにいることができなくなりつつある。

 言葉を知り、読み書きができるようになることは、ただ言葉通りの技術であることを越えて、いくつもの気付きと思考を与えるということを、フレアは知りつつあった。

 

 かーん、かーんという採掘の音は途切れずに続いている。外にいるフレアの傍には、掘り出されたばかりだろう赤錆色の鉄鉱石が木箱に積まれていた。

 人の声のようなものも僅かに響いてくる。その声の中に自分の名が入っていないかだけを意識しながら、フレアは数か月前の出来事を思い描いていた。

 

 いろいろと考えることが増えたというだけでも、フレアとしては思いもしなかった事態だ。しかし、ヴィルマからの影響はそれだけに留まらなかった。

 国からの命令を淡々と遂行するだけだった身が、あの日、意を決して自分から行動を起こした。

 識字という技術は、本当に思った以上のものを、フレア自身にもたらしているのかもしれなかった。

 

 

 

「図書館に行きたい、にゃ?」

 

 数か月前、相も変わらず国からの命令に追われるフレアは、その日は珍しく自室のベッドで眠ろうとしていた。

 いつもフレアの布団で一緒に眠るサミは、質問の内容が突拍子もないものだったからか、フレアの言葉をそのまま反芻し、フレアはそれに頷いた。

 

「図書館ってところには、本や巻物がたくさん置いてあるって聞いた。買わなくても本が読めるって」

「それは、そうですけれどにゃ。どこでそれを聞いたんですかにゃ?」

「診療所の先生とかから」

「にゃあ……あまりにも言葉足らずすぎるにゃ……」

 

 サミはがっくりと声の調子を落とす。

 どうしてそのようなことを聞くのかとサミは続けたかったが、結局フレアに尋ねることはしなかった。

 かさ、と、皮紙が擦れる音がした。フレアがヴィルマからの手紙を手に持っているのだ。

 相談事の出所など、もはや聞くまでもないことだった。

 

「あちらの国の事情は知らにゃいですけどにゃ。こっちの西シュレイドじゃそう簡単に本とか図書館に行きつくことすらできないんですにゃ」

「それは、どうして?」

「身分の制限があるんですにゃ。図書館があるのはヴェルドのあの城壁の中、相応の身分ないと入ることすらできませんにゃ」

 

 本というものは基本的にとても高価だ。

 皮紙の一枚一枚がそれなりの値段であることに加えて、鍋や椅子のようには量産できない。

 専門の学者や文官が長い時間をかけて書き写すことで、ようやく一冊の複製ができる。

 その学術的な価値も相まって、図書館という施設は宝石店をも凌ぐほどの警護を当てられている。

 言うまでもなく、ヴェルドの城壁の外で暮らす人々には、とても手が届かない代物だ。

 

 それでも、城壁の中でそれなりの身分が認められる人であれば、入館が許可されることをサミは知っていた。

 ごく一握りの者にだけ閲覧を制限してもおかしくはないのだが、西シュレイドにしては珍しい寛容さのように思えた。

 いや、これに関してはむしろ、城壁があるからこそ緩んでいる制限なのか。

 

 西シュレイド国王の座する王城と城下町を取り囲む城壁。その内側は、驚くほどに秩序だっている。

 内々では貴族や富豪による派閥争いの策謀が渦巻いていると噂されているものの、表立った盗みや喧嘩などはほとんどないと言っていい。

 壁内に住む人々は、奴隷や使用人を除けばその多くが識字できる。詩歌を嗜み、勉学に励み、礼儀作法を知っている。当然、本の価値も正しく理解できているだろう。

 だからこそ、西シュレイドは彼らに対してのみ図書館を開放するのだ。

 王立の学術院は有名な学術機関だ。国を強く、豊かにするという目的のためにも、高い身分の人々がより多くを学ぶことを西シュレイドは認めているのかもしれない。

 

「診療院の先生はもともと壁内に住んでた人だし、医術師だから図書館に入れたってことですにゃ」

「そう、なんだ」

 

 フレアが浮かない顔をするのはサミでも心苦しいが、こればかりは仕方がない。城壁の外で暮らしている人々の宿命ともいえるものだ。

 壁外の人々は壁内の市民を羨み、妬み、いつか自分もあの城壁の門を堂々とくぐれるようになりたいと切望する。ヴェルドに出稼ぎに来る人が絶えない理由だ。

 実際には壁外ではまともな学舎すらなく、壁内の商人に使われるばかりで商機もなく、一発逆転の目などことごとく潰されている。

 最終的には、名ばかりの対竜の兵士となって辺境へと赴き、命を失う羽目になる人すらいるのに、それでも下民の夢は絶えることがなかった。

 

「フレアさまが城壁の外に住んでいること、残念ながらそれが全てなのですにゃ。どうしてフレアさまが壁外の身分なのかは、正直分からないですけどにゃ…………にゃ?」

「サミ?」

 

 困り顔ながらもはっきりとした口調でフレアの望みを止めようとしたサミだが、その最後の一言だけ少し声が上ずった。

 フレアが首を傾げるが、サミはフレアの呼びかけには答えずに考え事をしている。彼女が口を開いたのは、十数秒ほどの沈黙を置いた後だった。

 

「ヴェルドの城壁の通行許可証を手に入れるには、正式な身分証と、お金を積む必要がありますにゃ」

「お金は、あると思うけど」

「そうなのですにゃ。フレアさまはお金を持っておりますにゃ。じゃあ、あとは身分証を手に入れたらいいですにゃ」

「でも、私が持ってる身分証は、任務の報告のときに少しの間、壁の内にいれるだけ……どこにでも行けるわけじゃないよ」

「その通りですにゃ。さらにそこから図書館の入館許可となると、ちょっと詳しい話は分からないですけれどにゃ。たぶん城壁の通行許可証だけじゃ足りませんにゃ」

「……忍び込んでみる?」

「今度こそ殺されちゃいますにゃ~……。ええと、たぶん学徒か教師、貴族や役人くらいなら確実に入館できると思いますにゃ」

 

 それではやはり、とフレアが肩を落とそうとしたところで、そこでにゃ、とサミは付け加えた。

 

「フレアさま、学術院の試験を受けるつもりはありませんかにゃ?」

「……え?」

 

 

 

 もう何十日か前のこととなるが、そんなサミとのやりとりがあった後に、フレアはこの任務に就いている。

 

 サミの話によれば、何もこれから研究者や教師になれという提案をしているわけではない。何なら試験自体は落ちてもいい。

 ただ、ある程度の素養さえ示すことができれば、まずは城壁の通行許可証は手に入る。働きながら学ぶ人は多く、そういった人々と壁外の生活は相容れないためだ。

 そして、表向きでも学術院を目指す者に図書館の門戸が開くかは、その施設の寛容さ次第といったところだが、壁内であればそう無下にはしないのではないか。

 

『でも、私が私だってばれたら、追い出されるかも』

『たしかに、フレアさまは国の命令が直接下りてくる特殊な立場にゃ。でも、そんな人が学徒を志すなんて誰が気付けますかにゃ?』

 

 身分の確認をする担当者が違っていれば、フレアが要注意人物とみなされることもない。

 それがサミの意見だった。彼女は壁内の守衛組織をあまり信用していないようだ。

 

 次いでフレアが心配したのは、自身がこれまで学に励んだことがないということだった。

 フレアにとって、学者や役人というのは自分から最も縁遠い存在だった。幼い頃から学んできたのであろう彼らに、フレアが今から追いつけるとは到底思えなかったのだ。

 そういった不安をサミに語ると、彼女は少し大げさにため息をついた。

 

『フレアさま、やっぱり気付いてなかったですにゃ』

『何のこと……?』

『フレアさまの識字は、もう壁内の学徒と並ぶくらいにはなっていますにゃ。そもそも、ヴェルドの知識って学者と貴族に固まってるから、そこまで水準が高いとは言えませんにゃ』

 

 目をぱちくりさせるという言葉は、このときのフレアによく当てはまっただろう。

 そうなったのも、ヴィルマ氏の手紙に難しい言葉が入り乱れていたおかげにゃ、とサミは続けた。

 

 たしかにヴィルマの手紙は、一文を読むごとに知らない単語が山ほど出てくるくらいには難しかった。

 サミに読み聞かせてもらうだけなら、雰囲気さえつかめば知らない単語は多少聞き流しても良かったが、自分で読み書きするようになってからはそうも言っていられなくなった。

 大抵の質問にはサミが答えてくれるので彼女ばかりを頼っていたのだが、何から何までを聞くとサミがぐったりしてしまうため、自分で考え、推測することも少なくなかった。

 

 そうこうしているうちに、少なくとも読み書きについては、城壁の中でも生きていけるくらいの素養を身に着けてしまっていたらしい。

 サミの指摘の通り、フレアはその指摘を受けるまではまるで意識していなかった。このことについて人と比べることをしなかったというのが正しいかもしれない。

 とにかく、言語能力については今の段階でほとんど問題ないとサミは見ているようだった。

 さらに、政治や経済についても、ヴィルマの話題が偏っているおかげで基礎的な感性はフレアも身に着けてしまったらしく、サミは少し呆れていた。

 

『あとは西シュレイドの地理とか、計算を身に付ければ、少なくとも試験で太刀打ちできないなんてことにはならないと思いますにゃ。

 計算は前にお金の数え方を教えたときに躓かなかったから大丈夫だと思うにゃ。あとは暗記ができるかかにゃー』

 

 既にフレアが試験を受けることを前提として呟いているサミを、寝間着姿のフレアはぼんやりと見つめていた。

 どうして彼女はここまでヴェルドの事情に詳しいのだろう。城壁の外にフレアと共に住んでいるのに、壁内のことについて推測までできている。

 それに、フレアが試験を受けるに相応しいか判断ができ、足りない部分を教えることまでできる。教本もなしに、だ。

 もしサミが試験を受ければ、余裕で突破してしまえるのでは、という気がした。アイルーだから、いろいろと制約があるかもしれないけれど。

 いったい、彼女は何者なのだろう。

 

 フレアはそんなことを思ったが、不思議なことがあるのはお互い様かな、と思ったので、結局黙っていた。

 サミもまた、フレアについて、どうしてこうも国から特別扱いを受けるのかとよく疑問を口にしている。あれは本心からきているように思えた。

 それに、もしサミに後ろめたく思うようなことがあるなら、今のような提案をフレアにすることはないだろう。

 力になれないとひとこと言うだけでいいのに、こうして手間をかけてまでフレアの願望を叶えようとしてくれる。

 そんな彼女を見ていると、今は別にいいか、という気持ちになった。

 

 

 

「ここがアルコリス地方で、ここから西の海が西竜洋。東北がクルプティオスで、開拓が進んでいるのはここまで。西シュレイドの都市の名前は……」

 

 見張りをしながら、ぶつぶつと暗唱する。端から見れば、一体何を言っているんだと不気味に思われてしまうかもしれない。

 実際、さっきまで血に濡れた剣を拭いていた女性が、試験に向けて暗記をしていると言っても、信じてもらえないだろう。

 

 見張りをしている間はこの程度のことしかできないが、交代して休憩に入ったら、サミが皮紙に書いて預けてきた計算の問題の続きをしなくてはならない。

 いざ挑戦となると、サミは意外と容赦なく教え役を務めてきた。別にフレアが問題を解かずとも怒りはしないだろうが、フレアならこなせると見込む量が単純に多い。

 別段、それがつらいわけでもなかった。

 手紙越しのヴィルマのように、何にでも興味を持って、貧欲に知識を求めるとまではいかない。それは早々に見切りをつけた。

 けれど、彼が紹介してくれた物語というものに触れるためなら、そのための手段として消化していける。

 

 あるいは、もっと別の例えをするなら。

 こうやって勉強という行為をしていくこともまた、彼の手紙を読むことの延長線として自分自身は捉えているのかもしれない。

 それなら、つまらなく感じないのも納得がいく。

 

 この任務が無事に終われば、そして、次の任務がすぐに課せられるようなことがなければ、フレアは学術院の試験を受けに行く。

 試験を受けられるかは五分五分といったところだが、フレアはあまり慌ててはいなかった。もしだめなら、そのように手紙を書けばいいのだ。

 

 もうすぐ日が暮れ始める。洞窟の中の作業者たちも今日は撤収し始める頃合いだ。目安とされた鉄鉱石の採掘量に届いていればいいが。

 フレアはもう一度、今日までに暗記する内容を諳んじ始めた。

 

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