第15話 追悼する者たちへ
『随分と月日が空いてしまったが、無事でいるだろうか。
怪我の治療や公務に追われていて、なかなか手紙を書く時間を取れなかった。
まずは、あのときも伝えたが、戦場に駆け付けてくれてありがとう。君が来ていなかったら、私は間違いなく死んでいただろう。
とは言っても、君は私を殺しに来たのだから、話がやや矛盾しているのかもしれないが……。
「あなたは金の獅子に殺された。これだけの被害が出てるんだから、当然そうなる」と話されたとき、思わず笑ってしまってすまなかった。もちろん、その通りだと思う。
実際、君の提案は実に的を射ていた。
後から着いた君の部隊がすぐに退いていったのは、東シュレイドの対竜兵団が壊滅したと彼らが認識したからだろう?
金の獅子は倒れておらず、手負いのまま周辺を彷徨っている。幾多の兵士の死体が肉食竜を呼び込み、先行した君は大怪我を負った。
そんな話を聞けば、部隊を率いるのが私だったとしても二の足を踏む。その状況でさらに進むことは、決して勇気ある行動などではないからだ。
満身創痍で倒れそうな君が話したからこそ、現場を見ずとも疑いようのない話になっていく。実際、死臭くらいはそちらに漂っていたかもしれないしな。
後は君の国の王室が、私が死んだという話を信じたか否かが気がかりだ。君が疑いの目を向けられていないか心配なんだが、どうだろうか。
この話が検閲に引っかかってしまったら間抜けもいいところだが……。
運び屋は今までそういう探りには遭ったことがないと言っていたから、両国の関係が悪化しないことを祈るばかりだ。
さて、こちらの対竜兵団の現状もいくつか記そう。自分の中での整理も兼ねて。
まず、ほぼ全滅した兵団に対する国の反応について……結論から言えば、お咎めなしだ。
今の立場から退く指示が出てもおかしくないと思っていたし、そうなった場合はどうしたものかと考えていたが、何の処罰も下されないとは思わなかった。
どうして国の上層部や議会がこのような判断を下したのか。
それは、あの黒の獅子の素材が大層な値で取引されたからだ。
かの獣の毛皮は全体的にかなり傷ついていたはずだが、それでも宝石のような漆黒の艶と丈夫さが高貴な人々の目を引いたらしい。
既存の織物の技術では裁断すらできなかっただろうに、職人が本気を出したのか、あれらは着物や羽織、絨毯などに生まれ変わった。
それに、どうやら先の戦いの話に尾ひれがついて広まっているようで、英雄がその命と引き換えに倒した悪魔の毛皮だとか、そういう話を聞いている。
故に、所持者の権威や格を示すのにうってつけの品物になったとかで、値段は吊り上がりに吊り上がり、市民には一生かかっても手に入らない法外な額になった。
折れたあの角も同じだ。
あれはとても加工できるものではないからそのまま市場に出ていったが、やはり凄まじい競争の果てに両角とも豪商が手に入れていた。屋敷にでも飾るつもりなのだろう。
この一件で出回った資源の多くは商人の手に渡っただろうが、もちろん、提供元である我々も見返りを得ることができた。
実際、このような外の世界の未知の素材を提供できる者は現状では対竜兵団しかいない。むやみに蔑ろにはできないという理屈だ。
私が死んだという噂話はまあ、西シュレイド側で君に広めてもらった話と合致して都合が良いので、特に咎めたりはしていない。
けれど、次はもっと良い状態で、なるべく傷つけずに頼むと商人に言われたときには、笑みが引きつってしまうのを抑えられなかった。
気楽に「次」を期待されると、なんだか気が遠くなってくる。やはり、感覚の隔たりは大きいな。
そしてもうひとつ、国からの処罰がなかった理由がある。
あの戦いで死んだ兵士が少なかったからだ。
いや、これは直接の理由ではないな。あの戦いで破壊された対竜兵器が少なかったからだ。
あの戦いでは百人を優に超す人々が死んだ。いつかの鋼の龍とやり合ったときよりも遥かに多い数だ。
しかし、国からしてみれば、あまり気になる数字ではないようだ。その程度であればすぐに再編できるだろうとまで言われてしまった。
たしかに、当初の作戦は黒蛇の翼竜の掃討のみだったから、戦力を抑えて編成した部隊であったことは間違いない。
ただ、それでも対竜兵団としては全く無視できる犠牲ではなかった。正直、大量の兵器が破壊されるよりもよほど痛い。
対竜兵団はとにかく専門性と経験が問われる。竜を前に立ち竦んでしまったら多くの仲間たちの足並みを乱すし、過酷な環境で兵器を使いこなせないといけない。
だから否応なく、兵士一人ひとりの質は高く、育成できる数は絞られることになる。一人の新人を死なせずに一人前まで育てるのは大変な手間がかかる。
兵器は資材と金さえあればなんとかできることが多いが、人材は如何ともしがたい。一般の軍隊の兵士からの転属も難しいしな。むしろ早死にさせてしまう。
この観点が、国とはどうやら真逆のようだ。彼らは兵器を作るためにかかる直接的な金で物事を測っている。
あの戦いに持ち込まれた兵器がそもそも少なく、死んだ兵士の数も千人以下ならば、鋼の龍の損害よりよほどまし、そういう見方なのだと思う。
自分が不利になる主張をわざわざ言うまでもないので黙っていたが、自分が彼らの地位まで上り詰めなかったのは、むしろよかったことなのかもしれない。
兵士たちの遺品は、あのあと別部隊が遠征に出て回収してきた。
最低限、装備やタグなどを外して別の場所に集めておいてよかった。遺体はほとんど残っていなかったそうだ。
肉食竜や大型昆虫、蟲や鳥などが食べ尽くしたのだろう。あれだけ酷かった死臭もほとんど無かったというのだから驚きだ。
当時は黒の獅子の亡骸の運搬を優先したからな。兵士の遺品回収は後回しにせざるを得なかった。
生き残った兵士たちもほとんどが負傷していて、街道を行く商隊に応援を募っても、何かを切り捨てるしかない状況だった。
為政者の心苦しいところだ。仲間の死を悼む兵士たちは憤りを隠せなかったし、たとえ心情が汲み取れたとしても、意見を曲げることはできなかった。
ただ、本当に頑張らないといけなかったのは、リーヴェルに帰ってきてからだ。
対竜兵団の兵士たちは、ほとんどがリーヴェルの出身だ。外から出稼ぎで来ている兵士はそう多くない。
つまり、リーヴェルの中だけで相当数の遺族が生まれたことになる。その人々に向き合う義務があった。
あの背中の怪我に、腕の凍傷だ。帰途ではずっと熱に魘されていたし、街に帰った頃にはほとんど病人だったろうが、それを理由に休むわけにもいかない。
もちろん、悲嘆に暮れる遺族たちが向ける怒りは相当なものだった。遺品だけで遺体は回収しないと予め告げたとき、暴動が起こりかけたほどだ。
国に正式に報告するよりも前に、この場で領主の座から引きずり降ろされる未来もあったのだろうな。
この窮地は一人では到底乗り越えられなかった。私一人では黒の獅子に手も足も出なかったように。
膨れ上がる悲しみと怒りを抑えてくれたのは、私が知らない間に都市の内で繋がっていた、戦死者の遺族の互助組織だった。
聞くところによれば、その組織は十年以上前から小規模ながら活動していて、ここ数年でよく知られるようになったそうだ。
対竜兵団はどうしても働き盛りの男が多くなりがちだ。そんな彼らが戦死したり重い障害を負って引退したりすれば、残された家族の負担はとても大きくなる。
リーヴェルとしてもある程度の補償はしてきたが、特に心の部分までは面倒を見ることができない。その組織は、この心の欠落を補うために活動をしていた。
戦死者の遺族や引退者の孤立を防ぐために、互いに連絡を取り合って、慰め合いだろうと、愚痴の言い合いだろうと、とにかく関係者の話を聞いている。
今回の騒ぎで、この組織が日の目を浴びた。私などよりよっぽど人の心に寄り添うことに長けている。
彼らが根回しをして、話し合いを通じて不安を抑え、代表者を立てて兵団と交渉することまでやってくれたんだ。本当に頭が上がらない。
組織の代表者はかつて、冬の遠征で人呑み鮫と戦って亡くなった兵士の肉親だった。私と面識のある人物だ。
その兵士が亡くなったときには取り乱していた彼女が、まさか巡り巡って私を助けることになろうとは。
彼女は、自分が表立って出てくることはそう何度もあってはならないと話していた。それに頷き返すことの重さを、よくよく忘れないようにしたいと思う。
黒の獅子を巡る騒動はこれで一応の一段落を迎えた。
その後は集団の葬儀を執り行ったり、先に言った国への説明のために首都へと出向いたり、自分の怪我の回復に努めたりと、ばたばたとした日々が今に至るまで続いている。
この間、大掛かりな遠征が必要な事態が訪れなかったのは幸運だった。
竜や獣の活動は控えめだったし、黒蛇の翼竜もあれ以来は見かけることもなくなっている。
もしかすると、黒の獅子の影響もあったのかもしれない。あの獣は大型の竜どころか、古の龍すらあの力だけでねじ伏せてしまいそうだ。
ここまで長々と自分の話ばかりしてしまった。次は、他愛もない話ができるといいんだが。
もしよければ、君の近況を教えてもらえると嬉しい。
ひどい火傷を負っていたようだから、少し心配だ。無事に治っていたら良いのだが。
それに、西シュレイドは無茶な命令を君に下しがちなようだから、怪我が治りきらない内にまた遠出するような事態になっていないことを祈るばかりだ。
次は冬を越して、また春の頃になるだろう。
君がまた返事をくれる気があるのなら、それを受け取れることをとても楽しみにしている』
『こういうときにはいつもお疲れさまって言えばいい?
あなたはいつも忙しそうですね。
考えることもたくさんありそう。
私は、命令がなかったら診りょう所で寝ているか、一緒にいるアイルーの手伝いをしています。
あなたの手紙に書かれていた、黒い
私も、国からは何も言われませんでした。
どうしてあなたの首とか持ってこなかったのかって言われたけど、黒い
それよりも、黒い
私の怪我はいつものことです。
これよりひどい怪我をしたこともたくさんあったから、気にしなくて大丈夫。
手だけ、爪がはがれたりして少し大変だった。でも、今は前と同じように剣を持てます。
あなたは百人の仲間が死んでも、やっぱりその一人ひとりを覚えてますか?
私の国では、いろいろな街で行き場を無くした人たちが竜のとうばつたいに入ります。
私より小さな子どもから、おじいさんのような人まで。どれいの人たちも多いです。
辺きょうの異民族もおおかた取り込んでしまったから、兵士だったり、それを目指していた人たちが余っている、とそばにいるアイルーが話していますが、私にはよく分かりません。
竜を殺すだけでお金がもらえるので、難しいことはありません。毎回、たくさんの人が集まります。
訓練はしません。防具もほとんど渡されないので、みんな薄衣だけです。剣と盾だけが渡されるので、けんかで死ぬ人も多い。
私にとっては、一回のえんせいで百人が死ぬことはよくあることです。おそうしきなんてしないし、お墓もないです。
遺品も、量が多すぎて誰が誰のか分かりません。持って帰ってこなくても、そのことで怒る人も見たことがない。
死にすぎて人が少なくなることはあっても、すぐにまた国中から集まります。
みんな、このことに慣れているんだと思います。
私は街に帰ってきてから、二回くらいにんむに行きました。
一回はヒンメルンの山のふもとで、どうくつに入って帰ってこない人が多いから、何かいないか探してこいって命令でした。
何十人の人たちと一緒に探したけど、何日もかけても何も見つかりませんでした。
途中で何人かいなくなったので、何かがいるのはまちがいなさそうだけど。
もしかしたら、また同じ任務で探しに行くことがあるかもしれません。
もうひとつは、てっこうせきを掘りに行く人たちのごえいをしろって命令でした。
私たちのもつ剣のもとになるそうです。辺きょうのどうくつにたくさんあるらしい。
このにんむは思ってたより簡単でした。どうくつにすんでいた肉食竜を殺すだけです。
こういう命令ばかりだったらいいのにと思います。
たくさん話を書いて疲れました。手紙を運ぶアイルーにたくさんマタタビを上げてください』
「サミ、
「仲間同士で助け合うために作られた組織にゃ。言葉は難しいけど、やってることはこの街の自治団と似たような感じにゃ」
「議会って?」
「政治をする人同士の話し合いのことにゃー。あっちの国は王様がなんでも決めるって仕組みじゃにゃいみたいにゃね」
西シュレイドの城塞都市ヴェルド。その郊外にひしめく土くれの居住区の一室で、赤髪の少女とその付添いのアイルーが話をしていた。
ふむ、とひとしきり考えて、フレアはまた皮紙にがりがりと文字を書き込んでいく。質問に答えてくれたサミに対するお礼の言葉も、どこか生返事のようだった。
筆の持ち方や姿勢は拙さを感じさせるものだったが、つい半年ほど前までは床に皮紙を敷いてお絵描きをするように書いていたのだ。
それが、粗末ながら机を手に入れ、丸太の端材を椅子にして座って書いている。これだけでも驚くべき変化だった。
加えて、サミに対する質問攻めだ。よく飽きたりしないものだとサミは思う。
これまでは分からない言い回しや単語は大方無視してサミの読み聞かせを聞いていたのだが、独力で手紙を読み始めるようになってからは、書いてあることの解読に熱が入るようになっている。
まるで学び舎に通い始めた人の子どものようだ。これまで機会に恵まれなかっただけだったとしても、フレアはもうそのような年齢ではないはずなのだが。
とりあえずサミは、隣国で難解な文章を書き綴っては、フレアの質問攻めを引き起こす原因になっているヴィルマ氏に内心で悪口を言うことにした。
「…………」
サミにはもう一つ、気になっていることがある。
サミは顔も知らないヴィルマ氏がどうにも好きになれないのだが、目の前の彼女はどうやら違うようなのだ。
東西シュレイドの国境付近で起こった黒の獅子の事件について、ヴェルドの王室から命令が下ったとき、フレアは特に動揺もせず、普段通りに準備をして出発していった。
あのときには既に、任務を律義に完遂するつもりはなく、ヴィルマの死をごまかす算段をつけていたのかもしれない。
フレアの帰還後、サミは本人から事の顛末を直接聞いていたし、彼女は隠し事をするような性格ではないため、語られていないこともないように思える。
しかし、この二度目の邂逅と共闘を経て、フレアという人となりに、彼女でも説明のできない変化が起こっているような気がしてならなかった。
手紙を書く筆の音が止まった。サミは彼女の方を見る。
フレアが自身の腕を見ていた。
幾重にも巻かれていた包帯はようやく解けて、煤けて黒ずんだ素肌を晒している。
彼女が任務に出て、炎の剣を手に取りざるを得ない状況に陥り、その柄を握るたびに、彼女の腕の黒ずみは濃くなっていった。
皮膚は罅割れて硬くなり、皺が寄って角ばっている。その手だけが彼女を置き去りにして何十年と年を取ったかのようだ。
感覚も歪なものになっているのだろう。筆が上手く握れないのもそのためだ。
彼女が自身の腕を見る仕草は、今に始まったことではないのだが。
かつてはほとんど感情を読み取れなかったその行為が、今は何かしらの思いを宿しているようにサミには感じられた。
その理由を聞くのはなんとなく憚られて、サミは静かに毛づくろいをして、フレアと居場所を共有することを優先した。
変化のきっかけは唐突に訪れて、一度起こった流れは止められないものだ。
どこかの本に書いてあって、そんなものだろうかと首を傾げた言葉が、今になってサミの記憶から呼び起こされていた。