ヴィルマフレアの英雄譚   作:Senritsu

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第9話 歳月を数える手紙

 

 

『先の手紙で、黒蛇の翼竜について警告をくれたこと、心から感謝する。

 おかげで、部隊の被害を最小限に抑えることができた。誰も死人が出なかったのは、君のおかげだ。

 報酬に何か贈りたいくらいだが、金は足がついてしまうし、物品では運び屋のアイルーの負担になってしまう。結局このように文面で感謝を伝えるしかないのが心苦しいところだ。

 

 君の言った通り、黒蛇の翼竜は弱った獲物を的確に見分けて、集まって襲い掛かる習性があるようだ。走竜にも言えることだが、彼らは特にその傾向が強い。

 空を飛んでいる分、状況を俯瞰しやすいからなのだろうな。部隊の中に、途中で足を痛めて隊列から遅れた者がいたが、それめがけて瞬く間に集まるものだから肝が冷えた。

 集まったなら一斉に毒を浴びせかけて、連れ去って崖下に落とすなり毒で弱らせるなりして命を奪う。容赦がないが賢いやり口だ。

 

 だが、君の手紙のおかげで先んじて対策を打つことができた。

 毒性自体はそこまで強くなかったことが幸いしたな。自前で用意した解毒薬が効いてくれた。

 前にも書いたが、こちらが管轄している湿地帯には毒を使う生物が多い。鎌蟹の幼体や、紫の走竜、狂走の鳥竜もそうだ。だから、毒に対しては一通りの備えがある。

 あの翼竜たちの耐久力自体はそこまで高くなかった。飛ぶために体重を軽くしているのだろう。走竜用の弓矢で対処ができたのは僥倖だった。

 ただ、空を飛ぶ小さな的というのはそれだけで厄介なものだな。高所の利を常に取られているようなものだ。

 君が指摘した通り、まとまった人数で相手をして、数を撃つことが有効だな。費用はかさむが、安全に対処できる。

 

 ところで、後になって黒蛇の翼竜に関する資料、いや、言い伝えを聞いて知ったのだが、この翼竜は天災や強大な竜に伴って姿を現すそうだ。

 今思い返せばたしかに、彼らは死肉か、瀕死の生物の肉を啄むことの方が得意な竜のように見える。

 群れの長も見当たらず、統率力もそこまで強くはなかったから、種として狩りが不得意そうな気配がした。

 大方、大型竜たちの捕食や争いに巻き込まれた生き物を狙って食べるような生態をしているのだろう。

 一匹単位ではそこまでの脅威ではないと書いたが、他に大型竜がいる状況では何よりも厄介な存在になるだろうことは想像に難くない。

 

 今回は幸運にもあの翼竜以外は見当たらなかったが、この一度だけではあの言い伝えを棄却できない。より状況を悪くし得るものは慎重に吟味したいと思う。

 もしよければ、君が黒蛇の翼竜と相対したときの状況を教えてはくれないだろうか。参考になるかもしれない。

 

 君の地方でもかの翼竜の被害が出ていなければ良いのだが。別国とは言えど、竜災は共通の脅威なのだから、連携して対策を取りたいものだと願っている。

 それと、運び屋から聞いたのだが、国境付近の街道で火の怪鳥が出ているそうだ。

 珍しくもない竜だから話題に上げるまでもないかもしれないが、そちらの国に飛ぶことがあるかもしれない。念のため、報告しておく』

 

 

 

『くろい へびの りゅうは いまは ここには でてない。

 まえは りゅうに やられた むらに でてきた。にげられなかった ひと たべてた。あなたの いってること たぶん あってる。

 

 ひの かいちょう は なきごえが くぇーの おおきな みみの りゅうか? 

 あれなら さいきん ふえてる。このまえ にひき くらい たおしたのに。そっちの くにから きてるのか?』

 

 

 

『早速の返事を感謝する。質問に答えてくれてありがとう。

 黒蛇の翼竜はやはり死肉を食らうのだな。竜に襲われた村に出たというのも、言い伝えの内容に沿っているように思う。

 

 実は、この手紙のやり取りの間にまた現れたんだ。規模は以前と同程度で、数にしては被害も少ない方だったが、これまで数十年も現れていなかっただけに、少し気になっている。

 少なくとも、そちらには出ていないようでよかった。この件で何かあったらまた教えてくれると嬉しい。こちらでも知恵を貸すくらいはできるかもしれない。

 

 火の怪鳥については、君の解釈の通りだ。けたたましく鳴くし、大きな耳がかなり目立つ。

 二匹倒したというのは、まさかとは思うが、君単独でか? 走竜であればともかく、まさかそんなことは、とは思うが。

 たしかに、運び屋の話を聞いても、そちらの国(西シュレイド)に流れているような雰囲気がある。しかし、東シュレイド側で何かしているというわけではなさそうだ。

 

 こちらで調べを入れているが、如何せん人と竜の歴史が浅いせいで情報が少ない。黒蛇の翼竜のような言い伝えは例外中の例外だ。

 今、不確定ながらも掴んでいる話として、火の怪鳥は稀に急に数を増やす年があるらしい。

 私たちがヒンメルン山脈の東側、湿地帯の調査をしている話は前にも手紙で書いたが、そちらにも火の怪鳥が生息している。もしかしたら、そこから飛んできているのかもしれない。

 竜は自分の縄張りと住んでいる環境をそうそう変えないが、東シュレイドから来ているように感じるのであれば、出所はそことしか考えられないんだ。

 

 少し注意して取り組んだ方が良さそうだ。もしかしたら事が大きくなるかもしれない。

 この手紙は空き時間を使って数日かけて書いているんだが、今しがた、火の怪鳥が普段見ない区域を飛んでいるという知らせが入った。

 相手は空飛ぶ竜だからすぐに見失ってしまうかもしれないが、できるだけ追いかけて動向を探ろうと思う。

 

 追伸:もし口外禁止になっていなければ、君が任務で相手をした竜や獣について教えてくれないだろうか』

 

 

 

『黒い へびの りゅうは やっぱり 見あたらない。そっちに 集まっているのかも しれない。

 かわりに 火の かいちょう が あいかわらず 多い。まえの てがみから もう 二ひき たおしたのに。

 

 火の かいちょう は みんなで たおすことに なってる。わたしが おとりになって みんなが なわで落とす。

 がんじょうな あみなら あのりゅうは ぬけだせない。もっと 大きな りゅうなら むりだけど。

 でも あみは だいたい がんじょう じゃないし ねらいも むずかしいから ぬけだされたり つかまらなかったり することの 方が 多い。

 そのときは わたしが たおす ことになる。あの あなたに はじかれた けんを つかう。

 火の かいちょうは ひとは 食べないから。まだ だいじょうぶ。おこらせたら あぶない くらい。

 

 りゅうが こっちに 来ても べつに しらせなくていい。

 ぜんぶ 国からの めいれい だから。めいれいが あったら そこに 行くだけ。わたしから うごくことは ない。

 

 ほかに たたかった りゅうについて 書きます。

 火の ひりゅう。りおれうすって 名まえ らしい。火の かいちょう より 強い。おいはらうまで 何人も 人がしんだ。やけどの あとが いたくなるから にがて。

 かみなりの ひりゅう。りおれうすと たたかってたら わりこんできた。りおれうすより きょうぼう。けが人も しんだ人も 多かった。

 わたしも やられて むねの ほねが 折れて いきが しづらかった。

 

 ほかは、あなたが 走るりゅうって 書いてる あの あかいとさかの むれとか。いのししの むれとか。わたしくらいの 大きさの 羽虫とか。

 そっちの方が たおしてるかずは 多い。草を 食べる りゅうも 食りょうかくほの ために たおすことが あります』

 

 

 

『また返事を書いてくれてありがとう。

 こちらは今、一面雪景色となっているが、雪の訪れに乗じて、北から毎年のように乗り込んでくる竜がいる。

 雪山に住む、白い走竜だ。空に限りなく近い山(ヒンメルン)にも棲んでいるという噂があるな。君の知っている青い走竜が白くなった姿を想像してもらえればいい。

 それを追い払う任務から今帰ってきたところだ。今は暖炉の火が何よりもありがたく感じる。

 

 白い走竜は氷水の塊を吐いてくるんだ。これをまともに浴びてしまったら、凍傷になるし、体温が一気に下がってかなり危ない。

 それだけでも厄介だが、今回は群れの親玉まで出てきて、全面抗争の構図になった。結果的に追い返せはしたが、かなり際どかったな。抜けられていたら集落の家畜がやられていただろう。

 

 さて、本題に移ろうかと思ったが、君から貰った手紙でこちらからの報告は特に要らないと書いていたから、堅苦しい内容は省こうと思う。

 君の事情を汲み取れていなくて申し訳ない。自分の役職と、周囲の環境に恵まれていることにいい加減気が付かないといけないな。

 君は戦士であって軍師ではないのだから。ただ現れた竜を相手することが使命であり、その周辺のことを把握したり報告する義理はないんだ。

 こうして文章に書き留めておくことで、私自身へ言い聞かせておく。

 

 代わりに、君が倒した竜について思ったことを書こう。せっかく答えてくれたのだから。

 

 リオレウスという名の竜はたまに話に聞くんだ。文献にもたびたび出てくる。

 他の飛竜なんてそうそう話に出てこないし、あってもひどく曖昧な言われ方をしているから、かなり著名な竜のひとつなのだろうな。

 それに、名前が似たような竜なら相対したことがある。撃退止まりだったが、同じく火の飛竜だ。

 どうやら名はリオレイアというらしい。体色は緑で、強い毒も持った手強い竜だ。こちらでも殉職者が出ることを防げなかった。

 これがそちらで言うところのリオレウスなんだろうか? 地域によって呼び名に微妙な違いがあることはよくあることだが。

 ただ、推測になるが、そのリオレウスとリオレイアは同種だが違う存在、雄と雌の関係なのではと思う。文献での描かれ方がそのような雰囲気なんだ。

 興味深い話だが、真相が明らかになるのはまだ先のことになりそうだな。

 ただでさえ危険な飛竜だ。できれば出会わない方がいいし、もし相対しても観察なんてしている余裕はないだろう。

 

 雷の飛竜は二体ほど心当たりがあるな。かのリオレウスとやらとやり合っていたということは、恐らく緑色の雷を扱う黒光りの竜なのではないかと思う。

 もう一体は白くて気味の悪い……こちらの隊に大きな被害をもたらした、因縁付きの物の怪の竜なのだが、これが火の飛竜と争うとは考えにくい。

 もう少し端的に、緑雷の飛竜とでも呼ぶか。あれもこちらの隊では最上級に危険な存在としている。飛竜の時点で脅威度としてはほとんど高止まりではあるんだが。

 何部隊かに分かれての探索中に、運悪く遭遇した小隊が全滅の憂き目に遭った。その後に襲われてなんとか凌ぎ切ったが、あの執念深さと攻撃性たるや凄まじいものがある。

 

 無論、それらと戦って生き残っている君にこそ瞠目だ。自分もその一人ではあるが、お互いに悪運が強いとでも言うべきなのか。

 戦闘経験だけで見るなら君の方がよほど熟練しているのだろうな。それが良いことか否かは別として、単なる事実として。

 

 曲がり牙の猪や草食みの竜を食糧目的で狩るのは同じだな。鳥や兎とは違って、一体倒すだけで数十人規模の腹を満たせるのはかなり大きい。

 正直、脅威となる竜との戦い方よりも曲がり牙の猪の腹の捌き方のほうが上手くなっている。

 対竜の兵士の実情なんてそんなものなんだが、市民にはなかなか伝わらないだろうな。

 

 今回の手紙はこの辺までか。また書いている途中に次の遠征の話が入ってきてしまった。

 何度か書いているが、機会があればそちらの国にも赴いてみたいものだ。

 そちらの都市には内の街と外界とを隔てる巨大な城壁があると聞く。決して良いものとは言えないと運び屋のアイルーは言っていたが、為政者の一人として気になってしまうことはたしかだ。

 君のいる国にも、君の所属する部隊の方針に対してもとやかく言う気持ちは一切ないが、ただ、知りたいと思う。

 こんなぼやきが君の国の為政者に知れようものなら、また暗殺依頼が君に伝えられてしまうな。あまり話は広げずに筆を置こう。それでは。

 

 追伸:先の文で、君の国に行った獣や竜についての報告はしないでおく、と書いたが、結びの文を書いた後の会議で気になる話があったので記しておく。話し半分程度に聞いてもらえればいい。

 

 再び黒蛇の翼竜を目撃したという知らせが寄せられた。今度はリーヴェルの西の方面でなく、ヒンメルン山脈を越えた、街道の方に現れたというんだ。

 前の手紙で考察したように彼らは、彼らよりも強大な存在が暴れた後のおこぼれを狙っているように見える。

 これまでの討伐任務では彼らだけしか出てこなかったが、偶然出会わなかったというだけで、何かしらの脅威の後を追って移動してきたのかもしれない。

 

 そこが、最近の火の怪鳥の急増と大移動の区域と重なっているのも気になるところだ。

 偶然の可能性も十分にあるし、思い込みや早とちりは判断の誤りに繋がるが、念頭には置いておきたい。

 黒蛇の翼竜だけでも、旅人にとっては十分すぎる脅威だ。今回は火の怪鳥と違って、西シュレイドとの国境付近とはいえ、東シュレイド側で起こっていることなので、こちらの隊が出向く予定でいる。

 君に伝えておきたいのは、もし君が同時期に街道付近に遠征することになったのなら、こちらの隊にはあまり近づかないようにしてほしいということだ。

 万が一のことを考えて、こちらは対竜兵器をいくつか持ち込む予定でいる。それが君の国、君のいる部隊を刺激してしまうかもしれない。

 一般の兵士ならともかく、竜相手の戦士たちが互いにいがみあうことほど不毛なことはないんだが、取り急ぎ、君だけでも巻き込まれなければ幸いだ』

 

 

 

 ここまでに、一年と半年。

 最初にヴィルマがフレアに宛てて手紙を書いてから、四年もの時が過ぎていた。

 

「サミ、為政者って何?」

「政治を取り仕切る人のことにゃ。国のお偉いさんと思っておけばいいにゃ」

 

 フレアは、サミの手助けを借りながら、ヴィルマからの手紙を自分で解読していた。

 筆を握る時間がとれず、字を書くことはまだ未熟だが、次に手紙を自分で書くときには、その前よりも確実にはっきりとした文書を綴れるだろう。

 それを見守るサミの気持ちはやや複雑だ。

 自分の出番が少なくなったことではなく、フレアの成長があのヴィルマとかいう変人によってもたらされていることに対して釈然としない心持ちなのだった。

 

 フレアはそんなサミの内心を知らないまま、黙って手紙を読んでいる。

 いつもなら読んだ後に返事を書き、その後に証拠隠滅のために、かの炎の剣で手紙を焼き払うまでが定石なのだが、この日、手紙を解読し終えたらしいフレアはすぐに立ち上がった。

 

「もうすぐ王国からの呼び出しが来る」

「もう次の任務ですかにゃ。診療院から戻ってきて、まだ二日しか経ってないにゃ……」

「私たちが拒否なんてできるはずがない」

 

 フレアの口調は淡々としたものだった。

 サミは、正直なところ、フレアが国に対してここまで従順であることを不思議に思わずにはいられなかった。

 内情はほとんど分からないが、もし国の命令に従わなかったとして、すぐに報復が来るようには思えない。

 フレアの自己評価は低いが、彼女は西シュレイドの要人の一人と言っていい人物だ。しかも、恐らく他に替えが効かない。

 だから、フレアの発言権はそれなりにあるものなのでは、とサミは思っているのだが、フレアの待遇は依然として悪く、フレアも不満を出そうとしない。まるで最初から諦めてしまっているかのように。

 

 サミはこのことをたびたびフレアに進言しているが、フレアはほとんど真に受けていない様子だった。

 もう少し強めに訴えかけてもいいのだろうが、サミはいつもそこで踏み止まってしまう。

 それは、フレアの諦観が、それ自体が彼女の意志のように感じられるからで、その源泉は付き合いの長いサミでも探り切れてはいなかった。

 

「手紙は……まだ捨てられない。隠すことはできる?」

「隠し場所なら割とどこにでもありますにゃ。了解しましたにゃ」

 

 布で覆われた炎の剣を腰に携えて、彼女は外に出る。

 冬の終わりを告げるような強い風が、彼女の被ったフードをたなびかせていた。

 

 

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