いずれ消える夜の話
キャスターのギルガメッシュ×エミヤ、舞台はバビロニアなのでネタバレはありませんが気にする方は注意/ウルクに到着してしばらくくらいの一幕、戦いが終わって特異点が消えた後宣言は果たせなかったなとちょっと安心していたエミヤがカルデアに召喚された術金に遭遇してしまって今度こそど焦りするまでセットで/スタンプやブクマ本当にありがとうございます!とても励みになります…!
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人々の活気で賑やかなウルクにも夜の帳がおり、街の灯りは一つまた一つと消されていく。
城壁の見張り以外は寝静まったはずの時間にもジクラットの王の間に明かりは耐えず、玉座で報告を書き留めた石版を睨んでいたギルガメッシュは深く息をつくと新たに増えた気配へ鋭く目を細めた。
「夜更けに何の用だ、異邦人。不敬であるぞ」
「承知の上だ。しかしまだ起きているとは、少々驚いた」
音もなくギルガメッシュの御前に進み出るは、以前からここに滞在しているカルデアのメンバーの1人、アーチャークラスの男だった。
この時代には無い赤い外套を夜風に小さくはためかせ、玉座を見上げた男はこちらを見下ろすギルガメッシュの瞳に臆することなく肩をすくめる。
「だがそれもここで一段落しないか?貴方はあくまでただの人、徹夜をすれば命を削る。どうかご寝所へ連れていかせてくれ」
男はギルガメッシュに敬いの言葉と平常時のものが入り混じった口調をする。無作法者ではなさそうなのだが、まるで見知ったものを敬わなければならないような、どこか意識をして言葉を選んでいる歪な葛藤が見えていた。
アーチャーの進言を聞いたギルガメッシュはこちらを見上げる鋼色の瞳を見つめていたが、しばらくすると次第に肩を揺らし始めて次の瞬間天を仰いで大笑を響かせる。
「ふははははカルデアのマスターとやらもなかなか交渉の術を心得ているではないか、夜な夜な下僕に我の元へ来させるとはな。しかし、それをするならせめて美女を寄越せというもの。貴様如き戯れる時間も惜しいわ。疾く失せよ」
カルデアのマスターと名乗る少年と顔を合わせてから、彼が一日でも早く自分の視界に入れるように街の仕事に従事していることは知っている。しかしそれも焦れたか…相手へ取り入るための初歩、色の接待を仕掛けてきたのだろう。
なかなか見どころのあるやつだと思っていたところにこの短絡的な有様、やはり奴も有象無象の一つだったかと期待はずれの怒りも込めて玉座の空気は一気に氷点下まで下がる。
気の弱いものなら立っていられないような殺気を涼しい顔でうけながすアーチャーは、腕を組むと呆れたように頭を振った。
「酷い勘違いだな。私はただ御身の心配をしているだけだ」
やれやれと言いたげなその様子に苛立ちも冷めたギルガメッシュへアーチャーは、自分など如何様にもできる紛れもないこの時代の最高権力者へニヒルな笑みを浮かべた。
「あと、我がマスターをあまり見くびらないでもらいたい。貴方が考える下衆な手段を使わずとも彼は貴方を必ず陥落させる。こと交渉において私のようなものが出る幕はないさ」
そこから感じるのはアーチャーがマスターへ向ける強い信頼、ギルガメッシュを前にして必ず彼を認めることになると言いきった瞳に誇張や欺瞞は欠片も見えなかった。
拍子抜けしたギルガメッシュは怒りの矛をすっかり収め、玉座へ体を預けるとこちらを見上げるアーチャーへ頬杖をつく。
「ふん、食えない奴よな。しかしその言葉、乗ることは出来ぬ。解決を先延ばしにしていたものを今取り掛からねば、昼は報告への対処に時間を取られてしまうのでな。それに明日もどれだけウルクに問題が発生するかわからぬ、この我とて少しは備えておかねばならぬのだ。…今は指示を待たせる時間すら惜しい」
いくら万能を自称するギルガメッシュといえどアーチャーの言うことの理はわかっている。しかし極限の状況下では一時の微睡みすら惜しく、苦々しい表情をしたギルガメッシュにアーチャーはおもむろに口を開いた。
「予想される問題ごとのことだが、おそらく直近では鍛冶場の人手不足と露店の修復、巫女所の雑用、西の城壁の修復、牧場あたりをうろつく魔獣の討伐だろう?それらはすべて本日中に済ませた。明日の朝一で駆け込むものはいないだろう」
たんたんと口から流れるものはまさにギルガメッシュが警戒していた問題の数々、まだ報告にすら上がらない予兆の芽をまさか自分以外、それも異邦の謎人が察知していたことにギルガメッシュはついぽかんと口を開ける。
とても1人で行える仕事量ではないがアーチャーはサーヴァント、力は折り紙つきであり、何よりも男の業績を一切誇らずまるで当たり前のことをしたような口ぶりにどこか納得を植え付けられてしまう。
「…人助けが好きな性分なのさ。マスターたちとは別行動を取り、ウルク中の厄介事のあらかたは解決した。今の状況には焼け石に水だろうが、それでも貴方が朝まで眠りを取れる時間くらいは稼げたつもりだ」
ギルガメッシュの視線に気づいたアーチャーはこほんと咳払いをすると、流石にやりすぎの自覚はあるのか、少しバツの悪そうに頬をかいた。
ちなみにウルク中の人助けをするアーチャーを見て、なんかイキイキしてるね?とはマスターのコメントだ。
一瞬で頭を占めていた懸念が消え、脱力してしまったギルガメッシュは同時に押し寄せる疲労の実感に息を吐いた。
「…なるほどな、面白い手駒を持っているものだ。カルデアのマスターとやらは」
「お褒めに預かり光栄だ」
恭しく頭を下げたアーチャーに、クッと笑ったギルガメッシュはやるべき事を終えて下がろうとする背中を呼び止め、灯りに揺らめく紅玉を蛇のように細めた。
「ではその誘い、乗らせてもらう。しかしこの我に玉座から腰を上げさせておいて、貴様がのうのうと背を向けるには道理が立たんな」
呼び止められた背はぴくりと跳ね、こちらを振り返る表情の読めぬ顔に玉座から降りたギルガメッシュは、麗しい手をアーチャーへ伸ばすと賢王の顔を脱いだ。
「異邦人よ、この王の寝所へ侍る喜びに震え、感謝の涙を流すといい」
唯一の明かりである月光が差し込む王の寝所、美しい織物が幾重にも重なったそこを飾るのは金銀宝玉の天蓋。
風が吹けばしゃらり…しゃらり…と気品のある音を奏で、高貴なるものを安寧へと誘う。
そこで今夜聞こえるのは二つの息遣い、艶やかな気配が温く漂う場所で、ギルガメッシュは虚ろな目をしてアーチャーの膝を枕にしている己を達観していた。
寝所に誘い、このような母と子がなす和やかなことをされたのは初めてだ。
いっそこれは自分の知らない夜伽の一つか?未来すごいと現実逃避をしていたが、時期にギルガメッシュの金髪をゆっくり撫で始めたアーチャーにその考えも破壊されてしまう。
「…貴様その図体でよもや閨の作法一つ知らぬとは言うまいな」
「悪いが確信犯だ。私如きの体、いくらでも捧げよう。しかしそれをするならば貴方が言ったようにより適任の美女が星の数ほどいるだろう?わざわざ物珍しさに体力を消費するほど今のギルガメッシュ王は愚かではないはずだが?」
耐えきれず口を開けば頭上でくっくと肩を揺らすアーチャー、やはりそうかと手玉に取られている状況をひっくり返したくなるがここは相手の方が上手である。
今の状況ではプライド云々で夜を無駄にするのは愚の骨頂、見事にハメられてしまったギルガメッシュは歯噛みしつつ意外に心地いい膝へ拳を振り下ろすに留めた。
「その言葉忘れるなよ、忌々しい女神共を蹴散らしたあかつきには貴様を必ず寝所に侍らしてやる」
ギルガメッシュの捨て台詞にアーチャーがくすくすと笑う。
アーチャーの膝を枕にしたギルガメッシュを、人肌の温もりが緩やかに眠りへ誘う。
魔獣戦線が展開してからこれまで、こんな穏やかな時間が取れた時があっただろうか。いささか不敬を思わす体勢への不満もあまりの癒し効果で、あのギルガメッシュといえど拒むことが出来ない。
拒否をされないことが答えだと言わんばかりに、休息の助力として髪を梳いていたエミヤは自身の褐色の指から滑る金糸の輝きへ既視感を覚えて小さく息をつく。
その音を目ざとく聞いたギルガメッシュは、微睡みを振り払い頭上の男へ口を開いた。
「貴様と我はどこかで関わりがあったのだろう。我を通して他の何者かを見る貴様の無礼極まる視線、気づかぬと思ったか」
「それは失礼した。こちらに意図はないのだが、やはり1度あれほど強烈な者と関わってしまったらそうそう人は忘れることが出来ないらしい。仰る通り、貴方とは過去に……いや、貴方にとっては未来のことで…」
こてん、こてんと首を傾げながらどう関係を言葉にしたらよいものか思案するアーチャーへ手を振り遮る。
「皆まで言わずともよい。おおよそかつて暴君と呼ばれ、英雄王を名乗っていた頃の私が聖杯戦争とやらに召喚されていたのだろう。この我とて変化した自覚はある。貴様の知っている我の姿とは似つかないであろうよ」
言わんとすることは察している、先の遠い未来で行われる聖杯戦争というもの。その何回目かで、この男と自分の分霊は縁を持つことになるのだ。
その縁がアーチャーにとってあまり宜しくないものであることは、ギルガメッシュもなんとなく察している。マスターの少年ら特定の人物に、振る舞い一つ一つに驚かれてはわからぬほうが難しい。
自分の知らぬところで自分と縁があるもの。奇異な運命を感じずにはいられないギルガメッシュに、しばらく黙っていたアーチャーは鋼色の瞳を細めて苦笑した。
「さぁ…な、しかし貴方と英雄王を別人だと言うつもりはない。貴方にも彼の側面があり、英雄王にも貴方のような王として我々のような只人には想像もつかない賢者の顔は持ち合わせていた」
同意をするかと思いきや思いの外の好評価へギルガメッシュの眉が小さく上がる。
かつてが暴君だと言われてもそれは紛れもない自分、だのに口を揃えて今ばかり良いと言われるのは少々気分の悪いものがあった。
どこかの世界線では散々迷惑をかけられたアーチャーだが、それでも彼の記録の中に残るギルガメッシュという男は王であった。ただそれだけのこと。
さらさらと風に天蓋が揺れる音のみが聞こえる寝所で、ギルガメッシュはふっと力を抜く。名も知らぬ男に自分も知らない自分をよく言われるのがこんなに気分がいいものだとは。
無駄話も終わりにしてギルガメッシュが瞳を閉じようとしたその時、おそらく先程の言葉から今まで、たっぷり記録の中の思い出を審議していたアーチャーがどうしても偽れない天上天下唯我独尊我様何様英雄王様の忘れられない高笑いに肩を落とした。
「…………たまに、だが」
「ええい!貴様はどれほど未来の過去の我に苦労したのだ!」