なんて幸せなバッドエンド
家族ごっこしてる切嗣と士郎のちぐはぐさが好きでたまらんという話。
この士郎は弓化する。
▼評価、ブクマ、ブクマコメ有り難うございます。
切嗣は本当に難しいキャラですね。とはいってもFateに書きやすいキャラなんておりませんが。ちなみに最後の一文は人気投票のコメントから拝借いたしました。ブリキの騎士とか泣くぞもう。
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そう、それは家族ごっこであった。
結局のところ、切嗣は士郎に対し純粋な愛情を向けていたわけではなかった。
否、彼は既に、そういった風に人を愛することさえ出来ぬほど弱り果てていた。故に、士郎を息子としてではなく、己の贖罪のために育てたのかと問われれば、彼はそれを完全に否定することはできなかったであろう。士郎の傷に真正面から向き合えず、魔術の修行に関しても危ない橋を渡らせていたというのに、それに気付けなかったのが証拠だ。彼は一般的な親としての責任を果たせなかった。果たさなかった。切嗣が自身のこと、イリヤスフィールのことで手いっぱいだったということを加味しても、客観性を持たせればそれは、自らが救いあげた子供に対する責任を果たさない理由にはならなかった。
けれど、士郎にとって、そんな評価は紙くず同然であった。
出会った瞬間から決まっていた。運命と言ってもいい。士郎にとって切嗣は最高の養父である。だれにどう評されようと、それは不変の想いだった。
「士郎は、良い子だね」
だが、それは違う。彼は良い子なんてものではなかった。ただ、自分が持つ子供としての権利を認識できなかっただけだ。
切嗣が親らしくないように、士郎は子らしくなかった。おそらくは、切嗣にとって士郎はあくまでも「救い」の象徴であり、士郎にとって切嗣は「憧れ」だった。それ以上でもそれ以下でもない。他者からすれば二人は酷く他人行儀に見えたであろう。
けれど、それでも、二人はどうしようもなく親子であった。
切嗣は士郎を出来うる限り大切に扱い、士郎はそんな切嗣を出来うる限り脳に記憶させた。親のふりをして、子供のふりをして、お互いそのことに気付きながらも最後までちぐはぐな関係を続けた。それに他者がどんな異議を唱えられよう。二人の世界は二人のものだ。
たった五年だった。
それでも世界は、補完する必要などないほどに、それだけで完結していた。
だからこそ衛宮士郎は最後まで疑うことなく道を完走できるのだ。
ただ、切嗣は時たま考えることがあった。自分は本当に士郎を愛しているのだろうか。もし愛していないのだとすれば、それは罪なのではないか。士郎は自分のことを愛してくれているのだろうか。愛していないとすれば、あの子は自分を憎んでいるのだろうか、いや、そうでもないとすれば―――何も分からないのかもしれない。自分と同じように。そして、もしそうであるならば、あの子を壊したのは自分であり、それがあの子に対して犯した二つ目の罪となる。
勿論、罪は受け入れる。それでもあの子は―――例え、他の誰かが幸せにしてくれる保証があるとしても、自分が生きている間だけは絶対に手放せない。だってあの子は、僕の救いだ。あの子から全てを奪っておいて、なお、縛り付けている。なんて高慢だ。理解していながら救いを手放せないのは、やはり僕が人間だったからだ、と。
切嗣は、そんな自分が酷く酷く嫌いで、悲しくて、怒りでどうにかなってしまいそうで。
そんな時に限って、士郎は切嗣の傍に来て、何を言うでもなく、何をするでもなく、ただじっと座って切嗣と同じように何かに耐える様子を見せるのであった。そこには隠すことの出来ない怒りがあった。
「士郎、なに、してるんだい」
そう問うたことがあった。
すると、
「別に」
とだけ、答えにならない答えを返した。
だから切嗣は士郎の本心を知らない。知る権利もないと思っている。彼は死の間際、士郎のそんな表情を思い返していた。結局、この子はなんで怒っていたんだろう。それだけは最期に聞いてみてもいいかもしれない、なんて思っていたのだけれど、結局のところ、自身の残した言葉に対し、任せろ、と言った士郎の声に酷く安心感を覚え、そのまま彼は逝ってしまったのだ。
士郎は思う。自分は切嗣のことを深く知らない。そして切嗣も自分のことをよく分かっていなかったように思う。けれど士郎は切嗣のことが好きだ。なんで好きなのかって、それは切嗣が切嗣だから好きなのだ。特に理由はない。
ある日のことだ。珍しいことに切嗣が居間に置いてある机にうつ伏して眠ってしまっていた。この頃、体調を崩しがちな切嗣のことだ。朝は無理をして布団から出てきたものの、昼になって力尽きてしまったのだろう。それで、毛布でも掛けてやるかと傍に寄ったとき、士郎、ごめん、ごめん、と寝言を呟く声が聞こえてしまった。士郎はその場から動けなくなった。
眠りから眼を覚ましても、依然として彼は、ボーッとしているようでいて、その実なにかに耐えているようでもあった。この時から、士郎は切嗣に段々と腹を立てるようになった。
自分たちは偽物の親子である。それは事実だ。けれどそれが何だというのか。士郎は切嗣のことをあまり知らない。それでも、切嗣が自分のことを愛してくれていると知っている。いや、仮に愛されていなかったとしても、士郎は切嗣のことが好きだ。だからそれだけで十分なのだ。十分すぎる理由だ。愛が一方通行で悪いなんて話は聞いたことがない。
それに切嗣は自分のことを大事にしてくれている。何の関係もない自分を引き取って、衣食住不自由なく暮らせるようにしてくれている。切嗣が自分のことをどう思っていようと、結果として彼は責任を果たしてくれているのだ。確かに家を空けることは多いが、それは仕方のないことだと理解している。駄々をこねるつもりはない。切嗣は切嗣、自分は自分なのだから、口を出す理由もないだろう。
自分には謝られる理由なんて何もない。
だから、どうか、そんな悲しそうな瞳を向けないでほしい。
士郎は言いようのない感情を怒りへと変えただけだ。
切嗣はそんな士郎を見て、困ったような顔をしていたけれど、この際はっきりと言ってしまえばよかったのかもしれない。じーさん、俺はあんたが何をそんなに心配しているのか分からない。けどまあ、あんたが心配するほどの事はどこにも、何もないんだって。彼が安らかに逝ってしまってから、士郎はひそかにそんなことを思った。
ああ、しかし、どれもこれも、昔の話のことだ。―――だから、
「じーさん、あんたに対して思い残すことはないって
……そう、思ってたんだけどなあ」
なのに、久方ぶりに、あの人の夢を見た。
まるで本物みたいに、今の俺の話をじっくりと聞いてくれた。ひょっとすると、昔一緒に住んでた時よりも多くの事を喋ったかもしれない。それはつまり、あの日言えなかったことも言ったってことだ。
するとあの人は、こんな風に口を開いた。
「なんだ、そうだったのか。
士郎、僕はね、あの時は自分の事さえもよく分からなくなっていたんだ。
ただ君に残酷なことをした。―――君は、そうは思わないかもしれないけど。
君に対する色んなことから目を背けたんだ。
でももう、謝らないよ。だからその代わりに言わせてくれ。
僕は君を愛している。そんなこと、もっと早くに気が付けばよかった」
士郎が冬木の土地を出てから、数年が経過している。
そして今、彼の周りには他の誰もいない。だから確認する術もないのだけれど。
今、頬をつたったのは、きっと悪いものではないだろう。
「―――ああ、この先に、」
(切嗣がいても、いなくても、やるべきことは変わらないけれど。
それでも、もしまた会えるなら―――それは、どんなに)
そう信じて、彼は今も、星を追い続けている。