light
pixiv's Guidelines will be updated on March 18th, 2026.
View details
The Works "Blade to Lost【1】" includes tags such as "切弓", "Fate/GrandOrder" and more.
Blade to Lost【1】/Novel by 浩

Blade to Lost【1】

13,023 character(s)26 mins

長くなりそうなので分割しました。
捏造が多めですのでご注意ください。
今回の話は普通ですが、続きはR-18のあまり明るくない話になる予定です。
続きが出来ました。【novel/7955223

1
white
horizontal

自分が英霊エミヤとしてここカルデアに召喚されたのは数ヶ月前のことだった。
召喚されてまず驚いたのは、自分が抑止力の使者として呼ばれた訳ではなかったということだ。
どうやらエミヤが抑止力として存在していた世界から少しずれた位相の世界へ呼び出されたようだ。
この世界では既に何か別の存在が霊長の守護者として機能しているらしいことだけが辛うじて感知できた。
まぁ、呼ばれてみれば人類は滅亡寸前という危急の事態で、マスターは世界を救うことを目的として戦っているのだから、このカルデアのマスターの元で働くというのは強ち本来の自分の仕事とそうかけ離れたものでもないだろうと結論付けて、エミヤは今日までこのマスターに使役されている。
それにカルデアはエミヤにとって居心地がよかった。
サーヴァント達は総じて一癖あるものの、マスターの立香に好意を持って世界を救おうと奮闘する英雄ばかりであったし、カルデアの職員もみな優しく、あまりに困難な状況下に置かれながらも決して挫けず常にやる気に満ちていた。
そして何よりマスターに好感が持てたことが大きかっただろう。
このマスターは魔術師としての技量こそ未熟なれど、多数を救う為に目の前の少数を切り捨てるような人物ではなかった。
いつでも懸命に、目の前のひとりを救うべく心を砕いて手を尽くした。
しかし、決して無謀ではなく時には己の命を優先する強さを備えていた。
嘗ての自分に欠けていた素養を全て備え、尚且つ捻くれることなく伸びやかに育っていく少年の姿がエミヤには少し眩しいくらいだった。
だから必要以上に面倒を見てしまったり小言を零してしまうことはあったが、それはあくまで彼を気に入ったからこそのものとして大目に見て貰おう。
世界と契約して抑止力の使者となってからというもの、これほどまでにエミヤの心が凪いでいた時があっただろうか。
料理を作り、掃除をし、機材のメンテナンスをこなしながら、お気に入りのマスターと戯れる。
エミヤは実にのびのびとカルデアでの生活を満喫していた。
勿論、有事の際には文字通りマスターの剣となり盾となり戦う道具となるのだが、それでもこの心優しいマスターは自分に少数を切り捨てろなどとは命令しない。
これほどまでに穏やかでいられるのはそれが一番の理由だろう。
最初に来た頃の剣呑さが取れたね、などとあの医者には言われる始末である。
世界の危機に瀕していながらおかしな話だが、エミヤはちょっとしたバカンスを味わっているような気持ちであった。
「こんなに能天気でいていいものだろうか」
そう呟いて、鼻歌など歌いながらエミヤが今日の献立に思いを巡らせていたそんな折だった。
「エミヤちょっと来て!」
物凄い勢いでキッチンへ駆け込んで来たマスターがエミヤの腕を引ったくり、そのまま踵を返して駆けていく。
当然のことながら腕を取られたエミヤも引き摺られるようにしてマスターの後に着いていくことになる。
「マスター……!?」
マスターは脇目も振らずに走っていくが、冷蔵庫の中を物色中だったエミヤの手には大根が握られたままである。
せめて大根だけでも野菜室に戻させて欲しいというエミヤの懇願は、しかし敢え無く却下された。
「一大事なんだってば!」
なんでもマスターが特異点Fで縁を結んだサーヴァントを召喚したというのだった。
なるほど、であればマスターが焦って自分を呼ぶのも道理と言えた。
特異点F、冬木の町は自分にとっても所縁の深い場所だ。
大根の鮮度が少し気になるが、ここは大人しく従っておくべきだろう。
廊下の突き当たりに設けられた召喚室の前でマスターはたたらを踏んで急停止すると、バンと勢いよく扉の横のセンサーに手を叩きつけた。
マスターの指紋と霊基を診断してセンサーがロックの解除を読み上げる。
鉄扉がその頑健な見た目とは裏腹に、音も立てずに静かに開いていく。
中にいた人物を視認した途端、エミヤはその手に握りしめていた大根を取り落とした。
ゴロゴロと、カルデアの無機質な廊下を大根が歪な螺旋で転がって、やがてゆっくりと静止してもエミヤは瞠目したまま動かなかった。
マスターは興奮覚めやらぬといった様子で目の前の、召喚されたばかりのサーヴァントを指し示した。
「来たんだよ、エミヤが!」
アサシンのサーヴァント。
初対面の筈の彼はエミヤにとってあまりにもよく知る人物であった。
「このエミヤはクー・フーリンみたいに、別クラスで召喚されたエミヤなのかなぁ」
林檎のように頰を紅潮させ、息を荒くしてマスターはそんなことを宣う。
ああ、これは魔術の勉強をもっとさせるべきだなと、普段のエミヤであればそう言えた筈だった。
しかし今はそんな軽口さえままならない。
「いや、僕とそこの彼とは全く関わりがない赤の他人だ」
動けないでいるエミヤの代わりに、赤い外套を被った男がマスターの勘違いを訂正する。
赤の他人、という言葉がエミヤにズシリと重くのしかかる。
「……その通りだ。全く、マスターなのにサーヴァントがどんな英霊かも感知できないようでは困ったものだな」
名前が偶然同じなだけの赤の他人だ。
そう自身に言い聞かせるようにしながらマスターに告げる。
マスターは驚いたようだが、少し照れたように頭を掻いて笑う。
「なんだ俺の早とちりだったんだね。でも、そんな偶然ってあるんだな」
そう言ってマスターはこのでっち上げられた偶然に納得すると、名前が同じエミヤでは呼ぶ時に不都合が生じるだろうと早速そんなことに頭を巡らせ始める。
「取り敢えずクー・フーリンと同じようにクラス名で呼ぶ形でどうかな。アーチャーとアサシン」
「ああ、こちらはそれで構わないよ」
マスターの提案に、外套の男は一も二もなく頷く。
「私も同意見だ」
エミヤもそれに同意するとマスターはホッとした様子で、それじゃあ改めてよろしくアサシン、とアサシンに友好の証としての握手を求めて手を差し出す。
アサシンもそれに応えてマスターと握手を交わしていた。
「いやぁそれにしてもクー・フーリンと顕現したクラスが被ってなくてよかった~! ややこしいことになるところだったよ」
マスターはそんな呑気なことを言っているがこちらはそれどころではない。
エミヤは落ちていた大根を拾い上げるとクルリと二人に背を向けた。
「では私は失礼するよ、夕飯の準備があるからね」
そう言って、焦って足早にならないように慎重に気を配りながらエミヤは召喚室を後にした。
廊下の角を曲がり、アサシンの姿が見えなくなったところでようやく、エミヤは電池の切れたおもちゃの人形のようにガクリとその場に膝を突く。
どんな顔をすればいいのかわからなかった。
「切嗣……切嗣だ……」
既にこの世界で確立していた抑止力の代行者。
それは衛宮切嗣だったのだ。
だからこそ今こうして自分はその任を解かれている。
「ああ、そうか……だからか……」
あのアサシンは疾うに記憶などないのだ。
だから、自分のことなど知る由もない。
彼は衛宮士郎のことなどすっかり忘れてしまったのだ。
本来、サーヴァントとして召喚されて顕現するのはその英霊の一側面だ。
座に還れば召喚されていた時の記憶は消え去り魂に記録は残らない。
しかし、抑止力の使者たる自分は違った。
度重なる召喚での記録は常に魂に上書きされ蓄積されていく。
その量があまりに膨大なので記憶が上塗りされて掻き消されていくだけだ。
実際に自分も抑止力の使者としてある聖杯戦争に召喚された時、「遠坂凛」の名前を聞くまで綺麗さっぱりと生前の記憶を忘れていたくらいだ。
衛宮切嗣が衛宮士郎の存在を覚えている筈がない。
しかも、今の自分は彼の知っているであろう衛宮士郎と随分と懸け離れた外貌をしている。
これでは赤の他人と言われてしまうのも土台無理はない話だった。
ドキドキと厭な音を立てていた心臓が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
あるいはこれは自分に対する慰めかもしれなかった。
覚えていないのも仕方がない、無理はないことだ。
そう言い訳して、彼に忘れ去られた惨めな自分を取り繕おうとしているのかもしれない。
いや、そもそも自分にとっての「遠坂凛」ほど、衛宮切嗣にとっての「衛宮士郎」は価値のある存在だったろうか。
そこまで考えてスッと肝が冷えるのがわかった。
「衛宮士郎」の名を聞いてもアサシンは過去を思い出さないかもしれない。
その方がエミヤにとってはよっぽど恐ろしかった。
深く溜め息を吐いて気持ちを切り替えると、エミヤは勢いをつけて立ち上がった。
夕飯の準備をしなければならない。
半ば夢遊病患者のようにキッチンに戻り、改めて冷蔵庫の中身を検分していく。
賞味期限を考慮すればそろそろ使い切りたい挽肉を見つけてエミヤは小さく呟く。
「ハンバーグ……」
いや、幾ら何でもそれはなしだ。
というか感傷に浸りすぎではないだろうか。
女々しい自分を叱咤して、エミヤは夕飯のメインを麻婆茄子にしようと心に決めた。
……筈だった。
が、しかしエミヤの目の前にあるのは挽肉の塊。
小学生が見ても一目瞭然、ハンバーグである。
「なんでさ!?」
ダァンと音高く調理台の天板に拳を打ち付けてエミヤは呻く。
ついボーッとして茄子をみじん切りにし始めた辺りからそもそも何かおかしかったような気がする。
これはいけない、茄子はよく油を吸う性質があるから挽肉に混ぜて肉汁を吸わせよう、どうせなら玉葱も刻んで混ぜよう、などとあれよあれよと考えている間に気付いたらこの有様だ。
付け合わせの人参のグラッセまで完璧に仕上げておいて何を言っているのかと自分でも思うが、こんな筈ではなかったのだ。
ただ、一番作り慣れたものだったからつい勝手に手が動いてしまっただけだ。
そう心の中で言い訳をしていたところで、マスターが食堂へ入ってきた。
「エミヤ~……じゃなかったアーチャー、そろそろご飯出来た?」
その言葉にハッとして顔を上げる。
ああ、運んでくれとエミヤが頷くとマスターは率先して皆の分の料理を配り始めた。
いつになくテキパキと動き回るところを見るとどうやら相当腹を空かせているらしい。
早く食事にありつかせてやろうとエミヤはスープの鍋に火を入れて温め始める。
「今日はハンバーグか、ラッキー! 俺エミヤのハンバーグ好きなんだよね」
あ、勿論他の料理も全部好きだけど、と付け加えてマスターはカトラリーの準備に取り掛かる。
「マスター、お褒めに預かり光栄だがね。その呼び方を改めたまえ」
「えっ……? あ!」
今まで散々エミヤと呼んできたのだ。
急にアーチャーと呼ぶと決めてもすぐには対応出来ないのだろう。
やれやれと呆れた顔で首を振るとマスターはごめんごめんと、後ろに着いてきていたアサシンを振り返る。
マスターに召喚された後、そのまま一緒に行動していたのだろう。
もしかしたらカルデアの中を案内されていたのかもしれない。
「いや、僕は構わないよ。マスターが呼びやすいのなら彼のことは今まで通りエミヤ、と。僕はアサシンと呼んでくれればいい」
アサシンは特段何も思うところがないらしく表情ひとつ変えずにそう言った。
マスターはその発言に困惑した様子で、助けを求めて今度はこちらへ振り向いた。
どうしたものかと思いながらエミヤは溜め息を吐く。
「まあ、本人がいいと言うならいいのではないかね。だろう、アサシン?」
「ああ」
マスターはなんとなく釈然としない顔をしてはいたが、当の本人がいいと言っている手前それを否定するのもおかしな話だ。
「じゃあ、エミヤとアサシン」
渋々頷いて、マスターは食事の準備を再開する。
エミヤは汁椀に温めたスープをよそって配膳台の上に並べていく。
マスターがお盆にそれを載せて、食堂のテーブルにひとつひとつ配っていく。
マスターに給仕係をやらせておいて他のサーヴァントはまだ食堂にやって来もしないのかとエミヤが壁にかけられた時計を見上げたところでアサシンが動いた。
「僕も手伝おう」
「そう? ありがとう、じゃあ向こうのテーブルをお願い」
「わかった」
アサシンとマスターのその一連の流れに、過ぎ去りし日の思い出が去来してエミヤは息を飲んだ。
士郎、僕も手伝おう。
そう言って微笑む懐かしい人の面影を、目尻にくしゃりと浮かぶ小皺を、細く筋張った暖かい掌が頭を撫でる感触を、思い出してしまった。
彼はエミヤが知る衛宮切嗣ではないというのに。
赤の他人だというのに。
じーさんは座ってろよと士郎が言い、切嗣が笑って頭を撫でる。
それが遠き日の衛宮家の日課だった。
そんなこと、目の前の外套の男は露ほども知らないというのに。
何だか無性に悲しくなって、そんなことで悲しくなるちっぽけな自分が嫌だった。
暫くすると三々五々に現れだしたサーヴァント達がマスターを手伝い始めた。
エミヤは配膳のペースを上げ、無事に全ての席に食事が行き渡ると食堂の一番隅の席に着いた。
「アサシンはここ! 今日は俺の隣!」
マスターは自分の隣の椅子を引くと座面を軽く叩いてアサシンを手招いた。
最近では、サーヴァントは召喚された初日はマスターの隣で食事を摂るのがここの慣わしになりつつあった。
アサシンはそれに喜ぶでもなく文句を言うでもなくただ黙って従っていた。
「通常サーヴァントには食事は必要ないが、ここは違うんだね」
「そう、やっぱり美味しいご飯はみんなを笑顔にするからね!」
これはマスターの方針だった。
食事の時はなるべく全員で揃ってご飯を食べたいというのが、普段滅多にワガママなど言わず世界の為に日夜奮闘する人類最後のマスター様の数少ないおねだりだった。
これには最高責任者のロマ二・アーキマンも折れた。
勿論、この巨大な施設を運営していく以上本当に全員が同時に食堂に集まることは出来ないが、可能な限りマスターもサーヴァントもスタッフも皆が一様に集まって食事を取るようにしていた。
そして、この行為には少なからずメリットがあった。
「じゃあ、ご飯の前に今日は皆に連絡事項があります」
マスターが立ち上がり手を挙げる。
皆の視線が一斉にマスターに集まった。
「今日カルデアに来たアサシンのサーヴァントを紹介するね、名前はエミヤ。名前が同じだけどアーチャーのエミヤとは関係ないみたい。紛らわしいから俺はアサシンって呼んでる」
マスターがアサシンの紹介をして、続いて修練場の運用に対する提案や種火のクエストやパーティー編成についての希望を今週末までに提出して欲しい旨を伝えた。
スタッフからもチラホラ挙手があり、それぞれ連絡事項を述べていく。
食前なので皆、連絡は手短かに済ませるが、全体への意思疎通が齟齬なく速やかに行われるのは利点のひとつである。
そしてもうひとつが、サーヴァントとスタッフ間の交流であった。
同じ釜の飯を食えば何とやら、一堂に会して食事をしていれば自ずと交流する頻度は増えていく。
勿論人好きのするサーヴァントなどは自分から積極的にスタッフとの交流を図っていたが、そうでないものの方が圧倒的に多い。
また、スタッフの側でもサーヴァントという巨大な力を持った未知の存在に対して畏怖を抱くものの方が多かった。
この食堂での集まりが、その双方の壁を少なからず取り払っているのは確かだった。
「もうみんな連絡事項はないかな? ないね? じゃあ、頂きまーす!」
マスターの掛け声に合わせて皆が食事を取り始める。
日本の風習を知らぬサーヴァント達は最初は何のことやらわからないという顔をしていたが、最近では自分から頂きますと言うようになっていた。
エミヤにはそれがおかしい。
フッと気の緩んだ笑みを浮かべて前方を見遣ると、ちょうど席に掛けたマスターがアサシンに声をかけているところだった。
「まぁ、こんな感じ」
「なるほど、大体理解したよ」
「ああ、お腹が空いた早く食べよう」
マスターはそう言って大きく唸ると、早速ハンバーグに手をつけた。
「おいし~! 俺ハンバーグ大好きなんだよね、今日はアサシンと種火集めで走り回ったりして頑張ったからエミヤがご褒美で作ってくれたのかなぁ」
エミヤにとってはそんなつもりは毛頭なかったので罪悪感に心が苛まれたが、幸いマスターは都合のいい方向に勘違いしてくれているようなのでそのままにしておこう。
エミヤも自分の皿に手をつける。
記憶も定かでないような状況で作った割に、今日のハンバーグは会心の出来だった。
「じゃあ、僕も頂こうかな」
アサシンが言うのが聞こえた。
ドキリとして思わず箸が止まる。
「ああ、うんこれは美味しいな。マスター、僕もねハンバーグは好物なんだ」
その言葉にエミヤは唇を噛み締めた。
彼はエミヤの知る切嗣とは別人だと、こんなことには何の意味もないと、心中で何度も自分に言い聞かせる。
そうでもしなければ涙が溢れてしまいそうだった。

そんな食堂でのやり取りから数週間も経つと、アサシンもすっかりカルデアでの生活に慣れたようで、毎日定刻になると必ず食堂へ足を運ぶようになった。
エミヤが一方的にギクシャクした態度を取ってはいたものの、極力気取られないように努めていたためかこれまでに特に大きな問題は起きていない。
そもそも、エミヤとアサシンとの接触は精々廊下ですれ違う時に会釈を交わす程度の軽微なものでしかない。
これで問題など起こせよう筈もなかった。
やれやれ取り越し苦労だったかとエミヤが緊張を緩め、いつもの如く食事の隅の定位置に座ったところ。
「うっかり遅れてしまうところだった、ここ空いてるかい?」
遅れて食堂へやってきたアサシンがエミヤの正面の椅子を指して問いかけた。
エミヤは一瞬目を見開いたが、すぐに平静を取り繕うことに成功した。
「……空いている、かけたまえ」
「ありがとう」
定刻ギリギリに現れたものだから、中央の席へは行きづらいのだろう。
それでこのアサシンはなるべく隅の席へやって来たのだ。
エミヤとて隅へ座る理由は似たようなものだった。
配膳の都合上、どうしてもエミヤが席に着くのは他のサーヴァント達が粗方着席し終えた後になる。
であれば人混みの通路を掻き分けて中央部へ行くよりもさっさと端の席へ座った方が合理的である。
だからこれはアサシンが意図して行ったものではない、ただの偶然だ。
数週間も同じ共同体で過ごしていれば、偶々食事の時に同席することだってあるだろう。
そう自分に言い聞かせてエミヤは食事に箸をつける。
今日の夕飯は鮭のムニエルだった。
しかし全く味がわからない。
恐ろしいほどに鮭の味がしない。
自分は今、雲でも食べているのかと思う程に味覚も触覚も遮断されて、研ぎ澄まされた感覚が集中するのは目の前でただ静かに食事を摂るサーヴァントの挙動に対してのみだった。
顔を上げてまじまじと相手の顔を凝視するような真似は当然ながら出来ない。
エミヤは皿の上の切り身の鮭を一点凝視しながら、けれど目の前のアサシンの気配をしっかりと感じ取っていた。
「君は料理が上手いんだな」
急に投げかけられた問い掛けにエミヤはビクリと肩を竦ませる。
エミヤが恐る恐る視線を上げると、無表情の中にほんの僅か笑みを浮かべるアサシンの姿があった。
「あ、ありがとう……」
会話はそれきり途絶えた。
まさかアサシンの方から話しかけてくるなどとは思いもよらなかったので、実に平凡な回答しか出来なかったことが少し口惜しかった。
折角作った料理の味もわからぬままに平らげ、それでは先に失礼するよ、と食器を抱えてエミヤはそそくさとキッチンへと退却する。
食堂とキッチンを隔てる壁の裏に隠れて背を預けると、壁に凭れたままズルズルとその場に座り込む。
心臓が早鐘を打っていた。
「まさかこんな形で不意を突かれるとは……」
油断していた。
いや、油断なんかする方が悪い。
少なくとも、ここに召喚された直後の自分であればこんな失態を演じることはなかっただろうに。
我ながら随分とカルデアの空気とあのマスターに絆されたものだと思う。
これでは「衛宮士郎」を未熟者と謗ることさえ出来ない。
とにかくこれ以上気を抜かないようにしなければならない。
なるべくアサシンには近づかないようにして過ごした方が、自らの精神衛生上よろしいだろう。
なにせ、二言三言会話を交わしただけでこの有様である。
極力アサシンを避けて行動しようとエミヤは心に決めた。
しかし、現実は思ったようにそう上手くは運ばない。
「――と、言うわけで、今週の火曜日と金曜日の種火集めのパーティーの前衛はエミヤとアサシンで行くからよろしくね」
週明けの編成発表。
マスターの非情な通告に「なんでさ!?」と叫びたいのを堪える。
そして咳払いをひとつして何とか平静を装うとエミヤはゆっくりと口を開いた。
「何故、私と彼なのだね?」
「何故って相手がセイバーとライダーだからだけど」
「いや、そうではなく。……他にもアーチャーやアサシンはいるだろう」
エミヤが言うとマスターは困ったように眉を八の字に寄せる。
編成表を挟んだクリップボードで口元を覆ってじっと上目遣いに見つめて来るのは頼むから勘弁してほしい。
何もエミヤとてマスターにそんな顔をさせたい訳ではないのだ。
「編成の希望があれば今週末までに、って俺先週もちゃんと言ったよね?」
ムスッとふて腐れた子供のような口調でマスターは言う。
はい言いました、仰る通りです。
確かにマスターは食堂での全体連絡でそう言っていたとエミヤは記憶している。
これは毎週の通達事項のひとつだったから、もしマスターが言わずともこちらから連絡して然るべき内容だ。
しかし、その後に起きた出来事の方が余程鮮烈であり、エミヤは編成の懸念をする余裕などなくなっていた。
それにアサシンとは組ませないでくれなどとマスターに進言するのも、何というか気まずい。
いや、金色のアーチャーや青いランサーとは組ませないでくれとはハッキリ主張するのだが。
あれらはどうにも自分とは相性が悪い。
「彼が僕と組むのが嫌だと言うのなら、僕はそれでも構わないよ」
どうしたものかとエミヤが考えあぐねていると、突然アサシンがそんなことを言い出した。
ギョッとしてそちらを振り返り、エミヤは慌てて首を左右に振った。
「いや、違う。断じて貴方と組みたくないというわけではないのだ」
本当のところは組みたくない。
心臓が幾つあっても足りない。
自分が言うとシャレにならない比喩表現だが、今回ばかりはそうとしか言いようがない。
動機が止まらないし、動きはぎごちなくなるし、自分でも挙動がおかしいのがわかってしまうから本当は一緒に行動などしたくはないのだ。
しかし、このアサシンにそんな風に思われてしまうのはもっと嫌だった。
「じゃあ、いいんだね?」
「……ああ、いいだろう」
マスターの念押しに頷いて、エミヤは編成を受け入れた。
するとマスターは呑気な顔で、じゃあ次は水曜日と土曜日の編成を発表するよ~と告知を続けていく。
マスターの話を聞いているフリをしながらエミヤはチラリと横目でアサシンを見遣る。
気づいたアサシンが視線を合わせて来たので、またドキリとさせられた。
「……本当に、嫌なわけではないんだ」
マスターの話を邪魔しないように小声で話しかける。
エミヤの言い訳にアサシンはフ、と小さく笑ってみせた。
「そうか、それならよかった」
たったそれだけの会話。
後は互いに黙ってマスターの話に耳を傾けるだけだ。
それでもエミヤは何故か鼻の奥がツンとするのを堪えなければならなかった。
それから一日中、翌日にはもうアサシンとの種火集めが迫っていることにエミヤは気を揉んでいたが、しかしそれは取り越し苦労に終わった。
「もう少し手こずると思ったのだが」
そう呟いて戦闘を切り上げる。
戦いの最中であればどんな相手であろうと互いに連携し動かねばならない。
それは相手がアサシンであれ揺るがないことだ。
互いに遠慮している暇などなく、マスターの指示の合間に、退がれ、後ろだ、と声を交わし合う。
ぎこちなささえ抜けてしまえばアサシンと会話をするのは案外簡単だった。
「ここにはもう随分と慣れたようだな」
「ああ、おかげさまでね」
小休憩の合間にそんな会話が出来る程度には、エミヤはアサシンへの緊張を薄れさせていた。
向こうもまた、普段に比べると今日は口数が多いように思えた。
いや、今日だけではない。
アサシンはここへ来た当初とはうって変わって、最近では穏やかな表情を見せるようになっていた。
理由は恐らくエミヤと同じだろう。
向こうの草原で、後衛のアーラシュと戯れて笑っている少年。
彼の無邪気さと真摯さがアサシンをこのように変化たらしめたのだ。
ごろりと草原の上で一回転して少年は笑う。
つられて、木陰でその様子を見守っていたアサシンの顔にも笑顔が浮かんでいた。
その時折見せる緩んだ笑みが、エミヤの記憶の奥深くにある微笑みと酷似しているために時々ハッとさせられる。
別人だとわかっていても、どうしても想起させられる人がいるのだ。
「しかし、本当だったんだな」
「何がだ?」
「君が僕と組むのを嫌がっていないという話さ」
アサシンは目を細めてエミヤを見つめる。
目尻に浮いた小皺に懐かしい人の面影を見ながらエミヤはギュッと拳を握り締めた。
「ああ、そうだな。どちらかと言えばその逆だ」
努めてシニカルな調子でエミヤは言ったが、しかし言葉は心の底からの本心だった。
アサシンは相変わらず穏やかな表情を浮かべたままで呟く。
「それはよかった。君には嫌われているものとばかり思っていたよ」
言われてドキリとした。
そんな風に思われていたのか、いやそう思われても仕方のない態度ではあったのだけれど。
「それは……いや、誤解が解けたようで何よりだ」
何かを言いかけて澱み、エミヤは僅かに諦念の笑みを浮かべる。
それが勝手な憧れの矛先を向けた挙句の緊張だったなどとはアサシンは知る由もないし、知りたくもないだろう。
それでもエミヤはこの胸の痛みと温かさが嬉しかった。
「おーい、そろそろ再開するよー」
マスターに手を振られて、どちらともなく木陰からゆっくりと足を踏み出した。
いきなり明るいところへ出たものだから目がチカチカして仕方がない。
陽射しの下で笑うマスターがなんだかとてもキラキラして見えたので、二人のエミヤは眩しさに目を細めた。
それからの二人の関係は劇的に改善した。
廊下でぎこちない会釈を交わすだけだったのが、今や軽い立ち話をするまでに進歩したのである。
マスターの采配は全く見事なものだと思ったが、あのマスターのコトだから無意識でやっている可能性の方が高いような気もした。
アサシンもどんどん周りの人々と打ち解けて会話するようになっていった。
先日などはジャック・ザ・リッパーに手持ちの菓子をくれてやるのを見かけた。
ありがとうと満面の笑みで言われて、アサシンはクシャクシャと子供の髪を撫でた。
それを見てエミヤは自分が急速に不機嫌になるのがわかった。
胸の辺りがモヤモヤして何かが痞えたような気持ちになる。
自分の感情を整理しなければと考え、アサシンがジャックにあんな出来合いの菓子など渡すからだとエミヤは遣り場のない苛立ちの理由を思い浮かべる。
アサシンのサーヴァント同士仲が良いのは良いことだが、その辺の菓子よりもエミヤの手製の菓子の方がよっぽど――……と、そこで考えるのをやめた。
そんなことに自分が憤っているのではないことは百も承知だった。
こんな風に自分を騙そうとするのは上手くないやり方だとエミヤは肩を竦める。
けれどどうしたって、あの幼い少女の姿をしたサーヴァントに嫉妬したのだとは認める訳にはいかなかった。
「どうしたんだい」
こちらの視線に気づいたアサシンが顔を上げる。
「いいや? どうもしないが」
なるべく感情を込めないようにしたつもりだが、声の端々に棘があるのが自分でもわかった。
それを聞いたジャックは目をぱしぱしと瞬かせた後に恐る恐るといった調子で首を傾げる。
「おかあさん怒ってる?」
「なッ……!」
エミヤは自分が赤面するのがわかった。
母と呼ばれたからではない。
カルデアの面々はたまにふざけてエミヤのことをママやオカンと呼んでからかうことがあるが、しかしジャックのこれは純粋そのものだ。
彼女にとっては自分に向けられる優しさ全てが「おかあさん」だからだ。
だからエミヤの赤面の理由は彼女のような幼い子供に嫉妬を見透かされ、あろうことかその醜態をアサシンの前で晒したことにあった。
「お、怒っているわけではない。ただ……そう、冷蔵庫にお前のために作っておいたプリンがまだ残っているのを思い出しただけだ」
エミヤはしどろもどろに言い訳をしたが、ジャックは疑わなかった。
「プリン!」
パアッと目を輝かせて、既に気持ちは冷蔵庫へと向かっているのが見て取れた。
「おかあさん、プリン、解体してきていい?」
ソワソワとお伺いをたてるジャックがいじらしくて、エミヤは苦笑を浮かべる。
ああ、いいとも、とジャックの背丈に合わせて屈み込み、アサシンがクシャクシャにした彼女の髪を梳いて整えてから送り出してやる。
食べたらちゃんと歯を磨くんだぞ、と付け加えるのも忘れない。
「プリンは僕の分もあるのかな、おかあさん?」
背後から、今まで黙り込んでいたアサシンの声がする。
「~ッ、その呼び方はやめて貰おうか、アサシン」
立ち上がって振り向けば、ニヤついた男の顔がそこにあった。
それが恥ずかしくて悔しくてエミヤはフイと顔を背ける。
ジャックにさえ見透かされたものがアサシンにわからない筈がなかった。
「ああ、すまない。僕はこれでなかなか甘い物に目がなくてね」
「……貴方が存外子供舌なことくらい知っている」
「おや、そうか。流石はカルデアのキッチン担当だね」
軽口を叩くアサシンは、どうやらエミヤの醜態を見逃してくれるということらしかった。
それならば早いうちに退散するに越したことはない。
「プリンならばまだ幾らか冷蔵庫に残っている筈だ。食べたいのなら好きにするといい。私はこれで失礼する」
早口でそう言ってエミヤはアサシンに背を向けて歩き出した。
が、数歩進んだところでピタリと足を止め、振り返る。
「ああそうだ、貴方も歯磨きは忘れないように」
エミヤが忠言したところで、アサシンが信じられないものを見たような顔をして噴き出した。
なんだ、何がおかしい。
顔も耳も火照って熱い。
体を折って笑うアサシンの姿など、こちらこそ信じられないものを見ているような気分だというのに羞恥による熱が止まらない。
「ッ、失礼する!!」
怒鳴りつけるようにもう一度そう言うと、エミヤは今度こそ振り返らずに大股で歩いて行った。

Series
#3 has not been posted yet

Comments

  • さかなかな
    March 16, 2018
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags