紅衣の天使
ナイチンゲールとエミヤ。
privatterに投稿していた小話を修正してアップしました。(旧タイトル「白衣の天使」)
ほんのりナイエミ風味(のつもりです)
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「ここにいましたか」
背後からの声にエミヤはぎくりとその背を強張らせた。
かけられた声色は低く落ち着いていて、それが逆に彼を落ち着かない気持ちにさせた。
彼女、ナイチンゲールが自分を探している理由も、この後に起こるだろう不毛なやり取りも、エミヤには容易に察せられて彼は小さく息をついた。
「どうかしたかね、婦長?」
だが、振り返ったその顔には彼お得意のポーカーフェイスが貼りつけられていて、傍目にその内心を推し量るのは難しい。
しかし、そんな小手先が通用する相手ではなかった事をすぐにエミヤは痛感した。
「どうもなにも。私が誰かを探す理由はただ一つです。大人しく怪我を診せなさい、エミヤ」
「言われてる意味が分からないんだが?私は怪我など」
「私を侮っているのですか?」
ぴしゃりと遮られて、エミヤは口を閉じた。
真っ直ぐにこちらを見据える赤い目は遠慮も言い訳も許さじという意思に溢れ、ああ、これは無理だ、とエミヤは密かに嘆息した。
「……治療は必要ない。かすり傷だ。と言ってもあなたは納得しないんだろうな」
「それを判断するのはあなたではないと言っておきましょう」
それとも、と初めて僅かにその表情を和らげて彼女は続ける。
「実力行使をご希望ですか?その場合、あなたを昏倒させたのち、私が抱えてーーいわゆるお姫様抱っこでーー医務室まで運ばせていただくことになりますけど?」
ぐっ、と拳を固める様子に、慌てたようにエミヤがかぶりを振る。
「ふ、不要だ。大人しくあなたの治療を受けよう、婦長」
エミヤの言葉にナイチンゲールは頷き、にこりと笑いかけた。
「よろしい。怪我人は怪我人らしく治療を受ける義務を果たしなさい」
それは義務ではなく権利なのでは、という指摘は胸に納めることにして、エミヤはそろりと立ち上がった。
途端、ずきりと走る痛みに僅かに眉を寄せる。
すかさず体を支えるように伸びた白い手に、はっとして顔を向けた。
存外に近くにある赤い目は彼を見ておらず、まっすぐに前方を見据えている。
「行きますよ」
エミヤの応えを待たず歩みを進めるナイチンゲールは、しかし彼の傷に極力負荷がかからないようサポートをしてくれている。
その気遣いにエミヤは思わず口を歪ませた。
私のようなものなんぞに、という思いは身に染み付いた悪癖のようなもので、マスターや馴染みの英霊たちにも散々指摘をされながらも、どうしても拭い去れないまま彼のうちに常にあった。
カルデアの廊下、ナイチンゲールに体を支えられながら、エミヤは医務室へと向かい歩を進めている。
幸い、他の者に会わないまま医務室の扉が見える所まで辿り着く事ができた。
着いた、と無意識にエミヤの肩の力が抜ける。
出血こそ酷くはないものの、決して軽くないその怪我の痛みに無意識に気を張り詰めていたらしい。
「エミヤ」
静かに名前を呼ばれて顔を向けた。
「自嘲も自虐もそれはあなたの事情です。それに対して私が何かを言うつもりも、そんな権利も有りません。
でも、それを理由にあなたが自分の身や怪我を案じないというのであれば、私はそれを看過できません」
「……」
「何者だろうと、私の前では怪我人か怪我人でないかしかありません。いいですか?あなたが『誰』であろうともです!私にとってはそれが全てです。」
ナイチンゲールの言葉に胸を衝かれたように感じ、エミヤは目を見開く。
そして、次の瞬間吹き出した。
「ふっ、ふふっ!、はっ、はは、あ、痛っ…!」
イテテ、と傷の痛みに顔を顰めながらもエミヤの笑いの発作は止まない。
「な、何を笑うのです?!いや、傷に触りますから、もうお止めなさい!エミヤ。エミヤ?」
初めて見せる彼女の慌てた様子に、なおも笑いながら
「あなたは本当にあなたなんだな、いや参った!流石はナイチンゲール、白衣の天使!いや、その姿は紅衣の、かな?こちらこそ改めてよろしく頼む」
と、ぺこりと頭を下げた。
ナイチンゲールはキョトンとした顔で、未だに笑い続けるエミヤを見ていたが、やがて呆れたように小さく息をつくと、にこりと微笑んだ。
End