猫カフェえみやへようこそ【序の序】
10/7スパーク内槍弓プチオンリー(やりゆみデイズ様)にて配布したペーパーラリーの再録になります。
私のおススメする最強の猫カフェプレゼンのような槍弓です。
猫カフェ店主アーチャーと(元)客?ランサー、そして黒猫の凛ちゃんのちょっとした小話です。
プライベッタ―に掲載していましたが、こちらにも載せることにしました。
続きは……未定です……
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午後八時過ぎ、ちょうど店が閉店した頃を見計らったかのように、訪れる者がいる。
アンティークな装飾、アールヌーボーが施されたノブが動いて、木製のドアの向こうに眩しい青が揺れた。
「あー…腹減った~! 今日の飯何?」
血管が透ける程の白磁の肌の上に真紅の薔薇の瞳を乗せた美丈夫が勝手知ったるとばかりに店内へと足を踏み入れてくる。カウンター内にいる男は、その声に振り返り柔らかな笑みを浮かべた。
「ああ、お疲れ様、ランサー。もうすぐ賄いが出来るから、そこに掛けておいてくれたまえ」
「おー…。あ、ただいま嬢ちゃん、今日も別嬪だな」
木製の背もたれに手を置いてカウンターチェアを引きながら、ランサーと呼ばれた闖入者は目の前にいる『嬢ちゃん』に声を掛けた。
カウンターの上にちょこんと座った別嬪さんとは、この店舗の看板娘だ。
美しく艶やかな黒を纏い、赤のリボンでそれを華やかに飾った気位の高い、猫。
「にゃあう」
声を掛けてきた男から顔を背けてツンと顎を上げた黒猫は、一応の挨拶らしく小さく鳴くと優雅に前足をクロスさせた。
さて、この蒼い瞳をほんの少し眇めて見せる、いかにも気位の高そうな美猫の名前は『凛』と言う。
そして、この店は猫カフェえみや。
店主はカウンターの奥にある厨房で調理を熟している大柄の男。この国では珍しいであろう白髪と褐色の肌を持ち、アーチャーという名で呼ばれている。
ちょっとした猫好きの間では有名なこの猫カフェえみやのキャスト(猫)達は、全員が保護猫だ。行き場のない命を仔猫から老猫までなんとか救える範囲はこの店に連れてきて全てアーチャーが世話をしている。常時たくさんの猫達が自由きままにこの店舗内の『キャットスペース』を楽しみ、休む時はペットドアからふらりと居住空間、プライベートスペースへ移動できるように設計されていおり、猫にストレスがないよう配慮されている。
『キャットスペース』は店舗内の喫茶スペースとは硝子の引き戸できっちりと分離され、人間が飲食している間は猫との触れあいはお断り。猫の健康に害するものが口に入らない様に徹底されている。
昔ながらの町家をほんの少し洋風も取り入れてリノベーションをしたカフェは一階の半分を人間用の喫茶室と厨房に、残りを猫用のキャットスペースと猫達のプライベートスペースに、そして二階の半分も猫用空間にしている。二階には、お客様である人間は階段を使ってあがる事しかできないのだが、猫は木製のキャットタワーから入る事が出来、楽しく上下運動ができる仕組みだ。
二階の残りのスペースは店主であるアーチャーの居住空間兼、まだ小さな仔猫達、そして看板娘の寝室となっている。
営業時間は午前十一時から午後八時まで。猫達はその時間、働く気があれば出てくるだけで強制労働ではない。
更にキャットスペースに入るお客様は、キャストへのお触りは厳禁。もちろん店内にあるおもちゃや、おやつを持っていれば猫は寄ってくる。その場合のみ、猫に選ばれ遊ばれ乗られ舐められるのであれば、つまり猫様から『触られる』のであればオッケーという、受け身体勢での御触りに挑まなけばならない。
なんとも全てが猫主体の店と言える。
先程も説明したとおり、ここにいる猫達は保護猫の為、基本的には日本猫ミックスがほとんどだ。
たまにブリーダー崩壊等といった不幸な事件により血統書の猫達もいるにはいるが、数は少ない。
つまり、ここ猫カフェえみやは保護猫達を引き取り、新しい家族を見つける事を目的としている。
お客様の中から、お客様の紹介から、猫達が幸せになるように店主が必ずといっていいほどにその子に合うだろう家族を見つけていく。常に流動的にここにいる猫達は本当の家を見つけて、もらわれていく。
猫好きたちの間で有名な理由、ここは猫の為の空間であり、その猫達は必ず新しい家族に出会える、そう噂されているからだ。
そして、更に有名になっている理由は、もうひとつ。
店のメニューであるお茶と軽食がとにかく上手いことである。店主お手製である料理が猫カフェであるにもかかわらず、食べログで星を稼ぎまくっているのだ。
硝子越しにゆったりと過ごす猫達を見ながら、美味い食事を摂る事がネット上での好評化を得て、猫好きの彼女を口説くデートコース! とまで紹介されるほどになっている。
そんなわけで。
『猫カフェえみや』は、そういう店であり、ここに常にいる猫キャストは看板娘の『凛』だけである。
アーチャーを永遠の下僕として従えているのは凛だけで、他の猫達は下僕にする人間を選び、新しい家族の元へと幸せになるために可愛らしい肉球で歩いて行く。その新しい家族になったお客様は、可愛い可愛い自分のところに来た猫の報告をする為に、またこのカフェへと足を運ぶのだ。
【では、問題です】
黒猫凛は、ちらりとカウンターで美味そうに自身の下僕が作った賄い飯を食べている男を見た。
【Q この男は猫の報告をする為に来ているリピーター?】
美しいサファイアの光を宿す瞳がゆっくりと瞬き、膨れた口元から人間のように小さく溜息を漏らす。
【A いいえ、この男はわたしの下僕を狙ってるのよ!】
まだ一歳になったばかりの美しい黒猫はカウンターの上から滑らかに立ち上がると、トン、と跳躍し自身の下僕の肩の上へと飛び乗った。
「あ、こら、凛。いきなりは危ないと言ってるだろう。まったくお転婆だな…名前のせいか?」
賄い飯であるチキン南蛮丼を口に頬張っているランサーの手に握られているグラスへお茶を注ごうとしていたアーチャーは、柔らかい肉球の感触に、そのしなやかな身体がずり落ちないよう慌てて肩をあげ背筋を伸ばす。
そうして、褐色の少し深爪気味の指先で小さなお転婆娘の頭を撫で、苦笑した。
「……えっと、嬢ちゃんの名前はなんか由来があんのか?」
しっかり咀嚼し咥内にあった飯を飲み込んだ後、紅の瞳が不思議そうに肩の上の美猫を映す。
「ああ、言ってなかったか。私には愚弟がいるのだが」
「前、来てた赤毛の坊主か? 確かにちょっと顔似てるよな」
「……似てなどおらん」
以前、営業中に店に寄った際、カウンター内に入っていた少年を思い出して問いかければ、アーチャーは露骨に顔を顰めた。
どうやら兄弟仲が良い、というわけではないらしい。
「んで、その坊主がどうしたって?」
機嫌を損ねられては面倒なので、とりあえず相貌が似ている似ていないに関しては棚に上げて置く。
白いシャツの上から黒のエプロンを着けている男の肩の上を居場所と決めた黒猫はそこに器用に乗ったまま。
褐色の指が猫の眉間を優しく撫でる。その感触に気持ちよさそうに瞳を細め、グルと喉がなる音が聞こえた。
「この凛は、愚弟が拾ってきた。どうやら学校の裏の林の中にいたらしい。高い木の上で降りられなくなっていたのを助けたそうだ」
「はあ、そん時…仔猫か? 確かにお転婆だわ」
ランサーの少し呆れた声音と視線を受けて黒猫凛は細めていた瞳を大きく開き、青い頭を睨みつける。
【……ちょっとうっかり上りすぎただけだっての!】
まあ、仔猫時代の事であるからして、本猫自体もよく覚えてはいないのだが、優雅な女子を気取っている身としては面白くなく、猫は猫なりに言い訳をする。
「……うお、怖いなあ、嬢ちゃん、別嬪が台無しだぜ?」
その視線に気付いてランサーが、肩上の黒へと手を伸ばす。しかし残念な事に素っ気なく、ぷい、と可愛らしい顔は背けられた。
「つれねぇな」
そのやりとりにアーチャーは軽く笑う。
少し揺れた肩に黒猫は爪をたて、拗ねてしまったのか、小さな顔を褐色の首筋に埋めてしまった。
撫でそびれた手は空を彷徨ってから仕方ないといった態で白い項を掻き、青の端正な眉を下げて苦笑した。
「それで、結局アーチャーのとこに来たのか?」
「拾われて来た時はまだ二カ月…にもなっていないくらいの仔猫でね。士郎…ああ、愚弟の名だが、実家には今、学生である士郎しかいないのでな、学校にあれが行っている間は、仔猫はずっとケージの中になってしまう」
「で、お前が預かったのか」
すっかりと食べ終わった器を、カウンターの向こうへ差出し手を合わせる。ごちそうさま、お粗末様でした、と挨拶を交わして、アーチャーは渡された白い食器をカウンター内のシンクへと静かに置いた。
「その話を聞いた時は、仔猫を預かり、今、うちにいる保護猫達と同じように家族を探すつもりだったんだがな。あの馬鹿者は、勝手に名前をつけてしまって……」
「へぇ、で、凛か。ネーミングセンスいいじゃねぇか、あの坊主」
感心した声を漏らす満腹になって顔の血色もよくなった男の耳に、はあ、と大きな溜息が響いてくる。
それは、間違いなく眼前の美味い飯を作るここの店主から。
「……へ? なんか問題あったのか」
上目使いで伺いみると、男は小さくこくりと頷く。
「私達には幼馴染がいてね。ちなみにその幼馴染の名前は、凛という」
「……はあ?」
ランサーの口がぽかんと開いた。
自分達に近しい人間の名前を拾った猫につけてしまうとはなんとも難儀すぎる。
「そうだろう、そういう反応になるだろうさ。私も聞いた時は何も返せず、とりあえず愚弟を殴った」
「結構過激なんだな、お前」
動物に優しいお兄さん、というイメージが板についてしまっている為、暴力で訴えるとは中々意外だった。
「いや、ただ名前をつけただけならいいが。仔猫は賢くてな、すっかり自分を『凛』だと認識してしまっていた。どれだけ愚弟が仔猫の名前を呼んでいたのだろうかと思うと、なんとも言えない気持ちになってしまってな」
白髪を撫でつけ露わになっている額に手をあてて俯く男に、まさしく今、話の中心となっている黒猫は不思議そうに首を傾げている。
「士郎は常に、凛…その幼馴染の方の凛、を、苗字で呼んでいる。幼馴染といっても私よりは年下、愚弟と同い年だ。多感な年頃だからな、意識しているのだろうが」
「あー…なんか、すげぇ甘酸っぱいやつだな」
ランサーの薄い唇がへら、と緩やかにあがる。
自分の事ではないというのに面映いといったように指で頬をかりりと掻いた。
「君の想像通り、士郎は幼馴染の少女に初恋のような感情があるのだろう。幼馴染の凛は、艶やかな黒髪を持った美少女だ。そして何しろ出来が良すぎてな、可愛さが解り辛い。猫のように自分が楽しいかどうかを主にして動きながらも、パーフェクトに物事を熟していくが……冒険がすぎて時々うっかり失敗をやらかす」
「なるほどなぁ」
黒猫を紅の瞳に映して、納得、というように口端をあげる。
その時、食後の紅茶がカウンターの上に供された。
話ながらも休む事無く動いていた店主の手はどうやらこれを準備していたらしい。
良い香りが鼻腔を擽り、ランサーは目を細める。
そうしてゆっくりとカップに口をつけた。
「愚弟曰く、遠坂に似ているから思わずこの名前で呼んでしまったと。ああ、遠坂は凛の苗字だ。……まったく、仔猫は凛と呼ぶと自分だと思って振り向くし返事もする。流石にこのままで里子に出すわけにもいかん」
声音は困ったものだ、と言っているが、アーチャーの表情は決してそうではない。愛しい、と顔には描いてある。
常に世話をして猫達を見送る立場だった男が、決して自分の元から去らない『主』を得たのだ。
黒猫は【どこにもいかないわよ】と言うように、すりりと頭を褐色の頬に擦り付けてくる。
更にはグルーミングを施すかの如く、ざらざらとした舌でそこを舐め上げた。
「……っ、痛いぞ、凛」
「みゃーん」
ご機嫌な声で返事をする美猫の小さな頭を褐色の大きな手が包む。黒の、艶やかな額にちゅ、とアーチャーは唇を落とした。
「……はああ、ラブラブじゃねぇか」
ティーカップをソーサーの上に戻しながら、その光景を見てぼそり、小さく男は声を落とす。
「そんなわけでな、今ではすっかり家の大事な看板娘だ。幼馴染は名前の件で呆れてはいたが、どうやらこの猫の凛が気に入ったらしく怒ってはいなかったな」
看板娘兼家族、となったこの猫は、保護猫達を助けてばかりいた男の癒しとなったのだろう。
だからするりとアーチャーの裡へと入り込んで居場所を得ている。
それがどうにも羨ましくて、ランサーは頬杖をつき下唇を突きだした。
まだこの男と出会って長くはないが、短いわけでもない。
最初にこの店を訪れた時はもちろん営業時間中であり、客としての来店であった。
もちろんランサーの隣には女性がいた。
そう、猫好きの彼女の為の店、という口コミを見て連れてきたのだから当然だ。
それから何度かここをデートらしきもので利用した。
したが、結局あっさりとその彼女には振られてしまった。
まったく口コミとはあてにならない。と思っていたのだが、何故かランサーは寂しい独り身となった後、ふらりとまたこの店に立ち寄ってしまった。
猫好きだからか? いや違う。
もうひとつの口コミ、ここの飯の美味さが忘れられなくなったからだ。
男独りで入っていいものか、と店先で悩んでいれば、なかなか入ってこない客が珍しかったのか猫達が硝子窓の向こうのキャットウォーク上に集まり、ランサーを凝視し始めた。
そして、それに気付いた店主がドアを開けたのだ。
その時間は閉店間近の二十時前。
「……もうすぐ、閉店ですが、それでも良ければどうぞ?」
掛けられた声は、とても心地の良いバリトン。
少し傾げられた首の上にのる表情はどことなく幼い。
一見強面とも取れる顔はよく見れば童顔で、そして笑うと可愛らしい。
――ええと? 俺は今なんて?
ランサーは自身の思考に困惑し、男の顔を見たまま何度か瞬きをした後、返事ができない。
「何度か、確か女性と一緒にいらしてましたよね。お気に入りの子でもいましたか? 今、キャットスペースにいるかどうかはわかりませんが、少しでも会っていかれますか?」
アーチャーにしてみれば、里親候補か? という思いで声を掛けたものだった。
けれど、ランサーは里親になる為にここに来たのではなく、飯の味が忘れられずに立ち寄ったのだ。
――そう、そのはずだった。
だが、今、眼前で首を傾げている店主の姿を見て、声を聴いて。それは理性とは別に本能で、脳を通さずに口から言葉が飛び出てしまった。
「気に入ったのは、あんただ! あんたに会いにきた!」
発せられた内容に、アーチャーが瞳を瞠り、動きを止める。
そのまま眉間に皺を刻んだかと思うと、理解ができないといったように「…は?」と小さく声が漏らした。
お互い身長はそう変わらない。ほぼ同じ目線で顔を突き合わせたまま時間がすぎる。
ランサーは自身の発言に戸惑い、アーチャーは困惑したまま。
固まり動かない大男二人の足元にするりと柔らかく温かい体温が絡まった。
ランサーとアーチャーは思わず俯く。
そこには、黒猫が【何をしているの? さっさと入れば?】と言った顔でこちらを見上げていた。
「……え、あ、いや、あの、つまり」
青い頭を揺らし咳払いをし、我に返って改めて口を開く。
「あんたの飯が美味くて、食いたくなって来た」
鋼色の瞳が、驚愕に大きく開く。
ぱちぱちと瞬くその瞼にある白い睫は長い。
照明の明かりを受けて、褐色の頬に影を落とすそれはふるりと揺れて。
――そして、瞳は嬉しそうに弧を描いた。
「それは、光栄だな」
ほんの少し上気した頬にはにかんだような笑顔に、噛みしめるように呟かれた嬉しそうな声音に、ランサーの心音が大きく高鳴った。
「……あ、落ちた」
「……は?」
猫好きの彼女を落とす為の店で。
店主に落ちてしまった、というのは全く笑えない話だ。
それが、数カ月前の出来事だ。
そうして今、現在。ランサーのコミュニケーション能力により、こうして近付く事には成功しているのだが、アプローチには全く気付いてもらえず、本格的な笑えない話は続行中である。
さすがにそろそろ、意識してもらってもいいのではないだろうか、とは思っているのだが、今まで性的対象は異性であったものだから、どうにもこうにも上手く攻め切れてはいない。
「そう言えば、この頃は君は女性を連れてここへは来ないが今度は猫が好きな彼女ではないのかね?」
ランサーが物思いにふけっていると、するりと心地よい声音で、大変よろしくない内容の言葉が滑りこんで来た。
「……」
何か応えを返す事も出来ず、頬杖をついたまま紅玉だけを男へと向ける。
「? 失礼、今はフリーか?」
返事がなく難しい顔をしたままの男の視線を全く違う方向へと受け取り、アーチャーは首を傾げたが、その肩に乗っている黒猫は、ふっくらとした口から【ご愁傷様】といったようにランサーへ向けて諦観を含めた溜息をついてみせる。
あまりにも面白くない対応に、頬杖を解き、ちっと舌打ちをしてから、生意気な猫に向かって鼻を顰めてやった。
「うるせぇなぁ、気になる奴はいるけどよ……まあ、そいつ間違いなく猫好きだけどな」
「ならば、ここに連れてくればいい。そうだな、ドリンクと軽食くらいはサービスするが?」
「……連れてくるもなにも……もういるっつーの……」
「ランサー?」
ぶつぶつと俯いて小声で呟き始めた男を怪訝に思って名を呼ぶと、むすっとした表情でカウンター内のアーチャーを見上げてくる。
「猫と人の世話ばっかり焼いてねぇで、お前は? お前は誰か、相手いんのかよ?」
ここで、います。と答えられた場合、ダメージを受けるのは間違いなく問いかけたランサーなのだが、おそらく今まで感じた範囲内では女の影がないのは間違いない、はずだ。
「ふむ、そうだな。私は……、凛が許可する相手でないといかんのでな。そうなかなか、簡単には見つかるまいよ」
洗い物を終えた褐色の手が肩の上の黒猫(いや、小姑か)をひょいと優しく持ち上げる。
両手で腋を掴み抱き上げ、小さな顔の上で輝く碧瞳と視線を合わせて、アーチャーは微笑んだ。
「そうだろう? 凛」
「みゃあ」
【その通り、変などこぞの馬の骨には渡さないわよ】
という訳が見えそうな返事をして、黒猫はちらり、とランサーの方を睥睨した。
「へえ、嬢ちゃんが許してくれたらいいのか」
高飛車に上から男を見る雌猫に、白磁の美丈夫はにやり、と挑戦的に笑い掛ける。
ちょっとは攻めてみてもいいのでは?
この居丈高な黒猫に強制的に認めさせてしまえば?
アーチャーは、黒猫凛を胸元まで降ろし、しっかりと抱き込んでカウンター前に座っている男へと目線を向けようと首を傾ける。
「……そうなるが、それがどうした……」
質問に応えを返したその時、瞳の前に眩しい鮮やかな紅が走った。
焦点が合わない程、すぐ近く。
そこにはカウンターチェアから立ち上がり、乗り出してきている男がいた。
鼻先が擦れる。
あまりの距離のなさに、ひゅ、とアーチャーが息を飲むと同時に、ちゅ、と音を立てて唇に柔らかな何かが触れた。
驚愕のあまり動けずにいる男にこれ幸いと、唇を押し付けてくるランサーは舌を出して無防備に開かれたままになっている上唇を舐めると、ゆっくりと咥内へそれを滑り込ませた。
「…ふ、ん!」
一瞬揺れた肩を掴んで、後退する事を許さず上顎を擽る。
触れてる箇所が熱い。
ランサーは、頭の隅の方でなる警笛を無視して、そのまま咥内の愛撫を続けようとした、その瞬間。
大きな音を立てて重厚な店のドアが開き、それからそれに負けないくらいの音量でソプラノが耳を劈いた。
「ちょっと! わたしのアーチャーに何してんの――!」
「みゃっ、みゃみゃみゃみゃみゃみゃ――――――!」
響いた声は、ドアから入ってきた美少女のものだけではない。
それは黒猫の鳴き声。アーチャーの胸で驚きのあまり先程から固まっていた猫のもの。
同時にそれは歌のようにハモり、店内の壁を震わせる。
ランサーは黒猫凛に爪を立てられながら振り返り、ドアから入ってすぐの場所で仁王立ちになっている少女を見た。
この逆立てた濡れ羽色の髪を持つ美少女の名前は言われなくても想像がつく。
おそらくビンゴだろう。
「よお、嬢ちゃん。確かにそっくりだな」
軽く片手をあげて挨拶する男に、凛は顔を引きつらせると、またもや叫んだ。
「はあ? アーチャー! こいつ! 一体何なの!」
「みゃ、みゃみゃみゃみゃみゃ―――!」
まさしくシンクロ。
同時に声をあげる『凛』の名を持つ一人と一匹。
黒猫凛はへらへらと笑っている白磁の締まりのない顔へと肉球パンチを見舞い、その衝撃で仰け反った男の腰へ、仁王立ちしている少女、凛は蹴りを入れる。
そこそこの痛みにその場に男は蹲る。
その足場にちょうどいい出来栄えとなった男の背を黒猫は蹴り、しゅた、っと身体を捻り床へと着地する。
悠々と立つしなやかな黒猫の横に、ローファーの踵を鳴らして美少女は泰然と並んだ。
そして、少女は猫へと視線を落とす。
「それで、こいつ、あんたの見立てはどうなのよ」
「にゃ、みゃ、にゃっ!」
話しかけられた黒猫は自身と同じ名を持つ、いや、自身の名の由来の相手を見上げて、しっかりと答えているようだ。
「は? 名前一緒だと会話できんの?」
その様子を目の当たりにしてランサーはアーチャーを見る。
そんなわけあるか、と鋼の瞳は男へ答えてから。
「……凛……」
どちらの『凛』の事であるのか、アーチャーは名前を呼んで偏頭痛を響かせ始めた蟀谷を押さえて溜息をついた。
……続くかも
続きをください…黒猫の凛もお店も最高です…好き…