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君から受け取る愛しい失敗作/Novel by 侑城

君から受け取る愛しい失敗作

6,093 character(s)12 mins

ツイッターでネタツイしていた、オメガバの槍弓の巣作りの話。

本当はR18予定でしたが、そこまで行かずに力尽きたので、供養として切りが良いところまで上げておきます。

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息が上がる。踏ん張った足で、たかだか数時間前に歩いた道を戻りながら上下する胸元のワイシャツを握り込んだ。
 どうしてこうなった。疑問は浮かぶが回転力を失っていく茹った脳では解答は得られない。それよりもすべきことは、すぐさま我が家に帰ることだ。
 アーチャーは通常であれば徒歩十五分の道のりを、今までに無く遠く感じながら足を進めるしか無かった。

 出勤して早々に感じ取ったのは身体の不調。もしや、と嫌な予感はしたものの、予定はまだ先である筈だった。これは風邪か何かの前兆だろうと高を括っていたのだが、嫌な予感というものは良く当たるものだ。
 胎から湧き上がってくる小さいながらも重い熱は良く覚えがあるもので。仕事を始めてから三十分、早々に見切りを付けなければならなくなった。表情だけは平静を装い上司へと報告、早退と一週間の休みを確保してパソコンをシャットダウン。直近で仕上げなくてはならない書類は引継ぎを行い後を任せた。復帰後に礼として食事を奢る位は訳ない事。アーチャーは短時間で出来る限りのことをやり切り、足早に会社を後にしたのだ。
 まだ、ではあったが仕事に関しては予め準備をしておいて良かった。多少引継ぎをしなければならなくなったが、基本的には余程の事が無い限り問題は発生しないようにしてある。万が一があっても同部署のメンバーでどうにかなるだろう。突発的な事が発生しても柔軟に対応出来る人達だ。会社自体の対応も柔軟的であり、理解があるからこそ入社する事が出来たのは本当に奇跡のようである。
 項を少し熱を持つ指腹で摩ると言い難い感覚が背筋を走った。
――会いたい。
 喜ばしい事は、ヒートになっても周囲の人間にフェロモンによる迷惑を掛ける事が無いこと――アーチャーは番持ちのΩであった。

 漸く我が家に到着した時には、ヒートは既に始まってしまっていた。胎が番を求めて啼いている。下半身にぬる付く感触があるのは、そういう、ことだ。
 覚束ない足取りで乱暴に靴を脱ぎ、玄関に鞄を落とす。ぼんやりと、片付けなければという考えが頭をよぎるがすぐに霧散してしまった。どこからか、匂いがするのだ。
 火照った身体に上着は暑く、無造作に脱ぎ捨てながらアーチャーは洗面所へと向かう。番が恋しい、番の存在を感じたい。アーチャーの頭を占めるのは最早番のことだけだった。
 本当であれば番本人が傍に居てくれることが望ましい。けれどまだ時刻は昼さえ越えていない。この家で共に暮らし、今朝一緒に玄関を出た番はまだ就業中の筈だ。家には居ない。それを分かっているのだが、ヒートとなってしまった今では我慢も出来ず寂しさが募るばかりだった。
 匂い、せめてあの男の匂いを感じることが出来れば…。
 そう思い洗面所に向かったのだが、洗濯機の横に設置している洗濯籠の中身は綺麗に空っぽだ。よくよく思い出せば今朝洗濯をしていた。良い天気だったのだ今日は。そう、たかだか数時間前に、今のアーチャーが欲するものは綺麗さっぱり洗われてしまったので。しかも己の手で。
「ふ、うぅ~~…っ」
 ぶわりと瞳に水の膜が張り、アーチャーは思わず口許を覆った。覆っておかないと泣き言が零れそうだった。どうして何も無いんだと、悲鳴を上げそうだった。
 しかしアーチャーが何度確認してもそこには何一つ無い。諦めるしか無かった。
 洗面所に背を向けて、アーチャーは重い身体を引き摺り廊下を歩く。もう下半身はぬる付いている所では無く、歩く度にぐちゃりと耳を塞ぎたくなる音を発している。
 早く、早く、あの男を感じて、包まれて、満たされて――。
 寝室の扉を開くと同時に覚えのある匂いがアーチャーの鼻腔を擽り、頭を殴られたかの衝撃を覚えた。どこからか漂う匂いはここからだったのだと、希望が胸を満たす。どろりと股を濡らす感触も気にせずに、鼻を鳴らしながらクローゼットに足を向けた。
「――……」
 小さく紡いだ音は番の名前。その名前を音にするだけで胸が甘く震えるのは何故なのだろう。
 ハンガーに掛かっているのは番が交互に着ているスーツの片方だ。確か、昨日着ていた筈のそれ。皺になるのも気にせずにハンガーから外し、鼻を押し付けると途端に包まれる番の匂いに足が震えた。でも、まだだ。無理やり足を動かして、隣に掛かっている、番が休日に良く羽織っているジャケットも無遠慮に引っ掴み、そこで漸く力が抜ける儘にダブルベッドへと身体を落としていく。そうすれば、ベッドに残っている筈の番の匂いに包まれると、思っていたのに。
「――ん、さぁ…っ」
 腕に抱えたスーツの上着もジャケットも、ベッドに残る匂いも、アーチャーにとって満足には程遠い濃さだった。特にベッドは予想よりも匂いは残っていない。ぐるぐるとした思考で、そういえば昨日も天気が良かったから、布団を干したのを思い出す。シーツも洗った気がする。
 どうして、なんで、今日に限って。全部全部、裏目に出てしまっているではないか。
「ふ、ぐぅ…っ」
 耐えていた涙がぼろりと零れる。頭を占める悲哀でくぐもった音が零れ、アーチャーは布団を掻き抱いた。いつもは番が寝ている側に身を寄せて、少しでも番の存在を感じようとスーツもジャケットも身体の周りに寄せて置く。
 ほんの少しの匂いが、ほんの少しの理性を呼び起こすがそれ以上に身体が熱かった。
 会いたい。名前を呼んで欲しい。抱き締めて欲しい。欲ばかりが募って、番が居ない寂しさに背を丸める。
『何かあればすぐに連絡しろよ』
 番は以前そう言ってくれていた。会いたい、今すぐに声を聞きたい。そう言ってしまえれば楽だけれども、番が仕事中であることはアーチャーは分かっている。邪魔することは出来ないししたくは無い。だからせめて、願うのだ。
「はやく…らんさぁ…」
 帰って来てくれ――アーチャーはきゅうと啼く胎を震える掌で押さえ込みながら、すがる様にスーツを抱き締めた。

「んー…?」
 スマホのメールを確認しても、何の音沙汰も無い事に気付いたランサーは首を傾げた。いつもであれば、そろそろ返事が来ていてもおかしくはないのだが、センターに問い合わせをしてみても未受信は1つも無い。
 昼過ぎに残業の予測が出来たランサーは己の番に連絡を入れた筈だった。
『すまん、今日残業になった。お前の飯は絶対食う』
 ランサーの帰宅時間に合わせて夕飯を用意してくれる自慢の番に負担を掛けないように、残業であることが分かれば連絡をする。それ位はすべきことだとランサーは思っているし、そう考えている事を知っている己の番は連絡さえ入れていれば、帰宅時間が分かり次第連絡するようにと返事をしてくれるのだ。それがいつもの事なのだが、今日はいつまで経ってもスマホのバイブが鳴る事が無かった。珍しい、と思うと同時に、何かあったか、と不安になる。
 ――そう言えば、今朝の様子が違ったような。
 少し浮ついているような様子を、ランサーは思い出す。今日が互いに仕事で無ければ、うっかり押し倒してしまいたくなる、無防備さや甘さを匂い立たせる雰囲気だった。
 もしかして、と一つの予測を立ててみるが、予定はまだ少し先だった筈だ。それじゃあ体調不良か、とまで考えるとランサーはもどかしげにスマホの通話ボタンを押した。
 今の時間は番にとっては定時間際だった筈。少し位の通話ならば許されるだろう。自席から立ち上がり足早に執務エリアを出た廊下に隣接されている休憩スペースへ移動して、スマホのスピーカーに耳を押し当てた。
 ――1コール、2コール、3コール。
「出ねぇな…」
 この辺りでいつもであれば通話に出てくれるのだが、コール音はまだ続いている。
 打ち合わせでもあったか。忙しいのか。スマホを持たない片手の指先で窓を一定の間隔で叩く。
 ――4コール、5コール、6コール。
 プッ、とコール音が途切れてスピーカーから音が漏れた。耳に届く、呼吸音。スマホの先に、『誰』かが居る事は分かった。
「アーチャー?」
『…ぁっ、――っ!』
 鼓膜を揺らす、小さな、けれど確かに聞き覚えのある音にランサーの耳殻の産毛が逆立った。
ああ、これは――。
「アーチャー」
『らん、さぁ…?』
 ゆっくりと名を呼んでやると、溶けた声が返って来た。甘く脳髄を痺れさせるような声は、ランサーが好きなそれだ。
「ヒートになったか?」
 スピーカーから漏れ出る音は荒い呼吸と小さく喘ぐ声。溢れる唾液をランサーは音を発てて飲み込んだ事に気付かない。引き摺られるように身体に熱が籠ってくる。
『……』
「なあ、アーチャー」
 教えてくれ。宥める様にマイクへ声を吹き込むと、ん、と喘ぎが反応として返って来た。
『…かぜ、ひいた』
「風邪?」
『…かぜ』
「ほんとうに?」
なあ、あーちゃぁ。
『ふぁ、ぁ~~…っ!』
 ああ、この可愛い番は今、声だけでイったのだ。ランサーはゆっくりと息を吐き出した。熱が籠っていると自覚出来る程、呼吸は荒くなっている。
 何故、今番の傍に居ないのだろうか。居ればその身体を抱き締めて、口付けを施して、その身を余す事無く食らい尽くしてやれるのに。
「…分かった。辛いだろうけど少しだけ待っててな」
 乾く唇を舌で湿らして、一時だけでも傍に居てやれない番へリップ音を送る。今すぐ口付けしたい思いだけは届けたいとした行動だったが、それすらも番にはイイ、ものらしい。
『~~っ!らん、さっ…らんさぁっ…』
 先よりも格段に甘さを含む声に呼ばれ、下腹部が重くなる。
「ああ、あーちゃぁ、すぐ戻るから、な?」
『…ん、っ…わか、った』
 スンと鳴らされた鼻ではあったが素直に頷く声に、いいこ、と褒めて。ランサーは名残惜しいのを振り払い通話を切った。下腹部に熱は籠った儘だが、人に見られる心配をしている暇は無いだろう。急いで仕事を終わらせなければならない。
 一度だけ、深く息を吐き出して、ランサーは残りの仕事量と時間配分を計算しつつ足早に執務エリアへと戻って行った。

 足には自信がある。それは長さだったり無駄の無い筋肉だったり、では無く。速さの方だ。同僚の手伝いの為の残業は、己が想像している以上の集中力で片付け、ついでに明日の休みももぎ取った。最後は、嫁が体調悪いみたいだから帰る、と最大限の釘を刺しておき、ランサーは鞄を引っ掴んで会社を出た。真っ直ぐ帰りたい気持ちを抑え、電車を降りると帰り道の途中にあるスーパーへと寄る。すぐに口に入れられる食料や、水分を。後は簡単に調理が出来る食料を明日一日外に出なくても問題無い量で買い込んで、それから漸く我が家へと再度走った。荷物を持っているが、走ることには問題は無い。愛しい番が待っているマンションはあと少しなのだ。
 逸る気持ちを抑えて今は足を動かす事だけを考える。マンションのエントランスに入り、エレベーターホールに一度視線を移す。一階にエレベーターの箱が待機していない事を認識し、躊躇う事無く階段へと向かった。もう、一秒だって待たせたく無いのだ。
 一段飛ばしで階段を駆け上がり、我が家のフロアへと辿り着くと外だと言うのに番の匂いがランサーが居る所まで漂っていた。こくりと、喉が鳴る。
 甘酸っぱい、果物のような匂い。思い出しても実際匂いを嗅いでも、唾液が口の中に溢れる、いつまでも口に含んでいたいと思わせる番のフェロモン。鈍りそうになる頭を軽く振り、勝手に震える手で玄関を開けると、余計に匂いがランサーを包んで来る。
 ――喰らいたい。
 自分自身でも喉が鳴るのが分かるのだ。けれどまだ、駄目だ。脱ぎ捨てられた靴の横に、己の靴も乱暴に脱ぎ捨てて、落ちている鞄を一緒に掴みリビングへと向かう。二人で選んで買ったソファに鞄を放り、冷蔵しなければならない食材だけ焦りながら冷蔵庫へと突っ込む。そこまで準備を終わらせて、漸く寝室の扉を開いた。
 纏わりつく匂いが愛おしい。もう我慢しなくて良いのだと許可を与えてしまえば、あっという間に身体の熱が上がっていく。ベッドの上にこんもりとした盛り上がりにうっそりと微笑むと、布団ごと上から抱き締めた。
「ただいま、あーちゃあ」
 腕の中身が少し身じろぎ、抱き締める力を弱めると布団から己の番――アーチャーが顔を出す。泣いていたのか赤くなっている目許が可哀想で美味しそうだ。
「…らんさぁ?」
「おう」
「…しごとは?」
「ぜぇんぶ、終わらせて来たぜ。明日もずぅっと一緒に居られる」
 緩慢な仕草で伸ばされるチョコレートのような匂い立つ掌に己の頬を摺り寄せ、その儘下すと濡れて光る唇にそっと己のを押し当て、下唇を甘噛みした。それが合図だとばかりに薄く開いた唇の隙間から伸ばされる舌をあやす様に己の咥内に招く。じゅ、と音を発てて舌を吸えば鋼色の瞳から一つ滴が零れたのを見て、追い掛けるように舌で拭うとスーツの肩部分を緩く握ってきて。上半身を上げれば簡単に離れてしまいそうな力加減でも、離れたくないと言われているようで、ランサーは胸が締め付けられた。
「ほんとう、か?」
「おう」
「…ぅれしぃ…いっしょ」
 ほっとした表情はアーチャーが不安を感じていた証拠だ。どれだけの時間を一人で耐えていたのか分からないが、ずっと熱を抱えて不安だったのだろう。マットレスに沈む熱い身体を思わず強く腕に抱き込んだ。
「それに、頑張って巣作りしてくれたお前さんに、ご褒美をやらないとな」
 布団の中に見える見覚えのあるアウターにそう告げると、途端に歪むアーチャーの表情に理由はあっさり悟ってしまう。
 アーチャーは巣作りが苦手だ。家事が得意でマメな性格なものだから、ヒート前だと言うのにしっかり洗濯はしてしまうし、布団だって干してふかふかにしてしまう。それがランサーが生活するのに心地良いようにしている行動も含んでいるのだから、不器用だし愛おしいとランサーはいつも思う。
 実際今日も、ヒート予定はまだ先ではあったが、柔軟剤の柔らかい匂いを纏い洗濯してくれていたし、昨日だって太陽の匂いたっぷりにふかふかの布団を用意してくれている。それ故に家には殆ど何もない筈だから、ランサーはアーチャーが告げる言葉を容易に想像することが出来た。
「…しっぱい、した」
「そうか?」
 布団と上着二着。たったそれだけの番の巣。けれどこれが最上であることをランサーは知っている。後はもう一つ、ランサーが足してあげるだけだ。
「お前が作った巣にお前が居る。十分だろ?後は――」
 俺をお前の巣に迎え入れてくれ。
 少しだけ身を起こし、両手をアーチャーに向かって広げて見せる。熱い指先が躊躇いながら伸ばされて、ランサーの手を絡めるように握り込む。弱い力は引き寄せるとは言い難いが、引かれる動作に抵抗する事も無くランサーは布団を捲り上げ、不器用で可愛い巣の中に潜り込んだ。

Comments

  • わんわんお
    July 29, 2025
  • ねいねい
    April 28, 2020
  • 哉太
    February 16, 2019
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