旧市街5番地
バレンタインデーにはだいぶ早いけれど、バレンタインデーのお話です。
腐要素多め(当社比)で展開しています。
2月中は後1つぐらい何か書きたいと思っています。
それは兎も角、アイスって良いですよね。
前回のアンケート回答、ブックマークありがとうございます!
- 271
- 246
- 4,731
旧市街5番地。
恋人たちの街として、かつて栄えたその場所は、今や門番一人を残し、その形を失くしていた。鮮やかに彩られていた街並みは、その面影を残しながら瓦礫の山となり、レンガ造りの家々はほぼ全てが半壊している。数十軒ある建造物で、まともな形を保っているのは1、2軒ぐらいだ。
旧市街地と街道を結ぶ唯一の門の前に、褐色の門番だけがこの旧市街5番地で生息している。と言っても、彼は人の形をしてはいるが、人間ではない。門番の元々の色は僅かに黄ばんだ白い肌で、髪は赤く、瞳は澄んだ橙色だった。旧市街5番地が朽ち果てていくのと同時に、肌は焼け、髪は傷んで色が落ち、瞳も鈍く鳶色へ変貌した。街道を抜ける人々は、彼をアンドロイドの門番システムだと思っている。しかし、彼は正しく“門番”なのであって、アンドロイドではなかった。
旧市街5番地と共に現れ、共に朽ちていく――端的に言えば、彼は「旧市街5番地」そのものである。
そんな彼は、ある日を境に「旧市街5番地」からいなくなってしまった。さて、彼はどこへ行ってしまったのか?
ケーブルだらけの部屋で、青い髪の男――クー・フーリンはパソコンの画面と睨めっこしていた。リノリウムの冷たい床に胡坐をかきながら、画面に向かって文字を入力していく。
「どうだ? 終わりそうか?」
ぼさぼさの茶色の髪をさらにかき混ぜながらヘクトールはクー・フーリンに問いかけた。その手には、プルタブを開けたばかりの缶ビールを持っている。
クー・フーリンは殆ど瞼が落ちた目を、そちらに向ける。
「おお。こわっ。そんなに睨みなさんな」
「睨んでねぇよ。ねみぃだけだ」
「そーかい」
ヘクトールの声を聴きながら、クー・フーリンは欠伸を噛み殺した。
「で、どうなんだ? 順調か?」
「見てわからねぇか? オレが眠気を押さえて作業しているんだぜ?」
「わからないねぇ。オジサン、そういうの疎いから」
「適当にも程があるだろう。てか、ヴラドは? 一緒に出てっただろ?」
「ああ、彼ならエリザベートに捕まったようだよ。派手な生地を持ってたからね。今頃服でも作らされてるんじゃないかなぁ」
言いながらヘクトールは缶ビールを呷った。クー・フーリンは露骨に嫌な顔をする。
「ん? ビール欲しいの? あげないよ?」
「いらねぇよ……ん?」
クー・フーリンは溜息を吐きつつ、画面に視線を戻すと、ある一点を見つめて片眉を器用に上げた。
「んー?」
クー・フーリンのその反応に、ヘクトールもまた興味を惹かれ、同じ画面を覗き込んだ。画面上には、一通のメールが表示されていた。差出人は「クビド」となっている。ローマ神話の愛の神だ。
ヘクトールは顔を引き攣らせながら、画面から距離を取った。
「何それ。悪戯メール?」
「いや。それはない」
「はっきり言うねぇ」
「当たり前だろ」
ヘクトールを振り返りながら、クー・フーリンはやけに真剣な表情を見せた。
「このパソコン。セキュリティの関係で、インターネットに接続してねぇんだぞ」
ヘクトールは缶ビール握りつぶしながら、今度こそ正しく顔を顰めた。床に吹き出た泡が零れ落ちたが、クー・フーリンは気にせず、画面と向き合った。
2月11日
FROM:クピド
to:クー・フーリン
SUB:ラヴァーズ市街5番地
始めまして。クー・フーリン殿。
唐突ですが、貴殿にはラヴァーズ市街5番地へ出向いて頂きたくメールを差し出しました。
最初の建物、カフェ・ピノへお越しください。お待ちしております。
クピド
「ラヴァーズ市街5番地? って、どこだ?」
「え? ああ、あれだろう。旧市街5番地の昔の名前」
「あーあの寂れた街道沿いの」
クー・フーリンは一度大きく伸びをして、ノートパソコンを床に置いて立ち上がる。
「なに? どうしたの?」
「ちょっと、気分転換ついでに散歩してくる」
「へぇ……いってらっしゃーい」
ヘクトールは奇妙なものでも見るようにクー・フーリンの背中に声をかけた。出口を通り抜けたクー・フーリンは駐車場へ足を進める。その頭上を良く晴れた青空が、日を高く掲げてなお青さを際立てていた。
クー・フーリンは自身の白い車に乗り込みエンジンをかけた。車が走り出す前の僅かな律動を感じながら、車が走り出す音に耳を傾ける。アクセルを踏み込み、旧市街5番地へ向かって走り出した。
旧市街地の人気のない街道を孤独に車が走り抜けていく。郷愁を誘う街並みは、未だに根強い人気があるようだが、どこぞのテーマパークには遠く及ばない。時折、ツアーバスが通り抜けるも、時期的に相性が悪かったのだろうとわかる伽藍洞さだった。
適当な地点で車を止めると、クー・フーリンは人影に気が付いた。旧市街5番地の門の低い階段に座り込む褐色の男を目にとめた。クー・フーリンはその男の前まで歩き、眉間に皺を寄せた。
「待ち合わせか?」
クー・フーリンは男に問いかけた。男は顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。そして、おもむろに周囲を見回した。一通り周囲を確認すると、クー・フーリンを見上げる。思いの他幼さを残したその面影に、クー・フーリンはぞわりと肌が泡立った。
「私の事か?」
「……それ以外に誰がいんだよ」
「ああ。そうだな。確かに……」
男は言葉を発しながらも、要点を得ない様子だった。
「どうやったのかは知らないが、オレを呼んだのはお前か?」
「私は……いや。誰のことも呼んでいない」
「そうか。あーお前はココに何時からいるんだ?」
「街が出来た時からだ」
「…………は?」
クー・フーリンの顔が大きく歪んだ。それに気が付いていないのか、男は街を振り返り優し気な眼差しを向ける。
「最初の頃は綺麗で、優しい街だった。七〇年ぐらい前だろうか。空襲を受けて、いつの間にか人々はココから離れて行った。それでも、四〇年前までは人が住んでいたが、最後の一人が埋葬されてから、ココに人は住んでいない」
優しげだった鳶色の瞳が、訝し気な色を灯しクー・フーリンへ向けられる。クー・フーリンは大きく溜息を吐き出しながら「なるほどねぇ」と口にした。
「お前が、あの有名な旧市街五番地の“門番”ってわけか」
「有名……か、どうかはわからないが、確かに私は“門番”だ」
「ふーん」
クー・フーリンは無遠慮に、門番の男の頭から足先を嘗め回すように眺めた。
「ちょっと、腕を見せてくれ」
「腕?」
門番は疑うような視線でクー・フーリンを見た。クー・フーリンはそれを気にせず、無理やり門番の腕を掴み長袖を捲り上げた。
「シリコン製ってわけじゃぁなさそうだな。普通に人間の皮膚みたいだ」
「はぁ……」
「掌もご丁寧に皺があるのか……指紋とかとれそうだな。メンテナンスとかココじゃ備品もないよな? 整備は誰がやってんだ?」
「……」
何も答えない門番の顔をクー・フーリンが覗き込むと、そこには眉間に皺を刻んだ男の顔があった。
「怒んなよ。つか、目とか口の動きとかよく出来てんな」
クー・フーリンは門番の顔を両手で掴み、親指で目の下を引っ張った。眼球とそこに付随する細い血管がはっきりと見える。
「本物の人間みたいだ」
「もう良いか?」
門番は不機嫌にクー・フーリンの手を腕ごと叩き落とし、捲られていた袖を直した。
「一回解体してみたいなーお前」
クー・フーリンの呟きに門番は微妙に距離を取った。
「あ。いや、冗談だ」
「そうか」
「そうだ。オレなら男性体より女性体のアンドロイドの方が好みだしな。同じ機能なら女性型にするね。門番だって、華やかな女の方が良いだろう?」
「はぁ……。ところで、君は先ほど呼び出しを受けたと言うような発言をしていたが、そちらの方は良いのかね?」
クー・フーリンと会話することに不毛さを感じた門番は、唐突に話を切り替えた。露骨な話替えだったが、クー・フーリンは気にすることもなくハッとしたように門番に顔を向けた。
「ああ。そうだった。あーっつってもな。この街中じゃ目的地がどこだかわかりゃしねぇな」
ほぼ全ての建物が半壊している街を眺めて、クー・フーリンは「最初の建物」という記述に合うものも見当たりはしないと結論付けた。
「この街の事なら、私は詳しいし案内ぐらいならしよう」
「おお。そうか……あ? 門番が門から離れても大丈夫なのか?」
「私は確かに“門番”だが、街中を案内してはならないわけではないし、ここを絶対に離れられないわけでもないよ」
「へぇー古いタイプのくせに、柔軟なAIが入ってんだな」
クー・フーリンは胸ポケットから煙草を取り出し、口に咥え火を点けた。
「じゃ、まーカフェ・ピノまで頼むわ」
「了解した」
門番は颯爽と門をくぐり抜け歩いていく。その背をクー・フーリンは少し眺めながら、追いかけた。
結論から言うと、その日クー・フーリンは「クピド」に合うことは出来なかった。
カフェ・ピノは建物の前面が崩壊し、残っていたのはカウンター付近の僅かな壁と棚、そして奥の調理場だけだった。それでも、一応クー・フーリンは「クピド」の情報を得ようと捜索を開始した。そこで、クー・フーリンが見つけたものは、ボロボロの布切れに包まれた二つのティースプーンと筆跡の狂った手紙だった。いや、手紙と言うには書き間違いが多く、変に丸まっていたので恐らく書き間違えて捨てられたゴミなのだろう。
文字そのものの筆跡も狂っていたが、古語と呼べるほどに古過ぎて最初の行で既に解読を放棄した。ティースプーンには、二つ共に同じバラの模様が刻印されている。
「何か見つかったのか? 火事場泥棒」
「おい。誰が火事場泥棒だ」
カフェ・ピノでの行動を冷ややかな目線で見つめていた門番は、クー・フーリンに対して最初の態度含めて懐疑的になっているようだった。
「書き損じのゴミになっている手紙とティースプーンが入ってた布切れだな」
変に疑われたクー・フーリンは手に入れた品物を門番に提示した。門番はくしゃくしゃになった紙切れを改めて開き直し、僅かに瞠目した。
「どうかしたのか?」
「あ。ああ、いや。何でもない」
「? そうか」
「そちらのスプーンは、持ち帰ってくれて構わない」
「おい。さっきは火事場泥棒呼ばわりしたくせに」
「悪かった。まるで強盗のように漁り始めるモノだから。それに、そのスプーンは恋人同士のペアスプーンのようだからな。ココにあるよりは、君が貰ってくれた方がいくらかマシだろう」
「他人の道具使うのは気が引けるんだが……」
「その布に巻かれていたのなら、恐らく使用前の新品だろう。この街の有名店が展示していた品によく似ている」
「ふーん」
クー・フーリンは詰まらなそうに呟いた。
翌日、スカサハと李文書の気合の入った雄叫びで目が覚めた。ガバリと掛け布団を跳ね除け起き上がると、目覚ましが鳴るよりも遥かに前であった。
昨日は「クピド」とか言う謎のメールの所為で開発中のAIの指示式入力が遅れたんだったとベッドの上で頭を抱えた。しかし、旧市街5番地に居たあの門番は凄かったと思い起こす。皮膚の触感から表情の作り方。受け答えも人間と大差ない。機能を含めて必要な機材は、長身にしてカバーしているのだろうとクー・フーリンは推測した。
庭の方から、相も変わらずスカサハと李文書の雄叫びがなおも続き、無理やり体を起こす。シャワーを浴びて、社内のシステム開発ルームへ移動した。
自身のノートパソコンをロッカーから引っ張り出し、ひとまずパソコンを起動する。
メール画面が唐突に開き、着信を知らせる。
2月12日
FROM:クピド
to:クー・フーリン
SUB:ラヴァーズ市街5番地
クー・フーリン殿
昨日のティースプーンは受け取られましたでしょうか?
さて、本日は映画館パルムへお越しください。入場するためのチケットをお忘れなきように。
クピド
クー・フーリンは顔を引き攣らせ、ノートパソコンを閉じた。部屋を出て社内食堂で、朝食を平らげるとヘクトールたちとの挨拶も程ほどに外へ飛び出した。
車を走らせ旧市街5番地に辿り着くと、当たり前のように門番は座っていた。
「よお」
「ああ、昨日の」
「この街には、お前以外居ないんだったよな?」
「ああ。そうだ」
門番は大きく頷いた。
「通信機器もお前しかいないのか?」
「通信……? いや、と言うか、私はそんな機器を持っていないが?」
「持ってない? 機能としてもか?」
門番はクー・フーリンの質問に心底不思議そうに首を傾げた。
「昨日はオレ以外に、ココに来た奴はいるか?」
「いないな。みな、この街道を通って行くが、立ち寄るのは君みたいなもの好きだけだ」
「……ちなみに、クピドと言う名に心当たりはあるか?」
「クピド……街の中心に、昔、その名前の石像が立っていた」
「昔?」
「九〇……八五年前に移動して以降、私もその石像は見ていない。七〇年前の空襲で無くなった可能性が高いと思う」
「くそっ……手掛かりなしか……」
「わざわざ、それだけを確認しに来たのか?」
「いや、今日は映画館パルムって場所まで案内してくれ」
「了解した」
クー・フーリンは門番に並んで歩いた。
「なあ、私心で構わねぇんだが、AIってのは嘘を吐くか?」
「さあ? その質問の意図がわかりかねる」
「ああ、そうだな。含意が多すぎた。質問を変える。お前は嘘を吐いたことがあるか?」
門番は冷ややかな流し目でクー・フーリンを一瞥したものの、直ぐに視線を前方へ戻した。
「君は嘘を吐いたことがないのか?」
クー・フーリンは門番に鋭い視線を向けたが、門番はただ前を向いて映画館へ歩みを進めている。
長身の男二人が無言のまま、かつて映画館として集客していた建物を発見した。昨日のカフェよりも、少しは原型が残っている建物は、それでも2方向の壁は完全に無くなっていた。4階建ての大きな建物だったのだろうが、上へあがる階段なのかエスカレーターは2階までで途切れている。3階から4階へ上がる階段が上空の壁に5段ほど残っているのが1階から見えた。入り口付近はガラスの破片が散乱している。
クー・フーリンはほぼフレームだけとなった入り口を潜り抜け、1階を探索する。インフォメーションセンターらしき名残のあるカウンターを発見し、電話等の機材が生きていないか確認しつつ、捜索するも何も見当たらず。ランサーは体を起こした。周囲を見渡すも、門番は建物の中に入ってきていないようだった。
出入り口に戻ると、その前で建物を見上げている門番を見つける。
「おい。入んねぇのか?」
「なぜ?」
「いや。そこで、ずっと待たれてもあれだしな。ここ広いしついでに手伝ってくれ」
「何を?」
「オレはクピドって奴に呼び出し受けてんだが、昨日も会えなかったからな」
「手分けしろと?」
「いや。オレの傍で荷物の整理だ」
門番は訝し気にクー・フーリンを見つめたが「了解した」と口にして、入り口を通った。
1階を二人で回ったものの、クピドに繋がるものは何もなかった。
「そういや、ここショッピングセンターなんだろ? 映画館はどこにあったんだ?」
「2階だが……」
門番が視線を向けるのにつられ、クー・フーリンもそちらを見上げる。
「2階、殆ど崩れてんだよな」
「あの状況では、危ないだろうな」
「……よし」
クー・フーリンはグッと背を伸ばし、階段へ向かって歩き始める。
「上るか」
「先ほど、危ないと忠告したばかりのはずだが?」
「おう。でもな、用があんのは映画館パルムなんだよ。ああ、それと、チケットも必要だったな」
クー・フーリンは思い出したように呟く。その言葉に、門番は改めて眉間に皺を寄せた。
「パルムのチケットはペア組だぞ? それに、もはや発行していない」
「発行してないのは兎も角、一人で見に来る客もいるだろうに……」
「パルムは恋人同士専用の映画館だったからな。一人で来る客はいない」
「へぇー」
クー・フーリンは興味なさげに口を開く。
「ちなみに、チケットの発行元も2階なのか?」
「ああそうだ」
クー・フーリンはその答えを聞くと、階段を上っていく。門番は諦めて溜息を零すと、その後を追う。階段を上る度に、瓦礫が重力に伴ってボロボロと落ちていく。
何とか2階へ上がると、20メートル先で床が崩れて無くなっていた。その手前に今にも崩れそうなテーブルや椅子が僅かに並んでいる。左側の壁の近くに、チケット売り場らしきモノが佇んでいた。クー・フーリンはその売り場の入り口を飛び越えて、チケットを漁る。
一つ一つ黄ばんだ包装紙に入っている。その束から外れた一つが、プラスチックの籠に幾つか入っている。そこには包装紙に達筆な字で名前が記されていた。そちらを漁ると、矢先がハート形で弓を射る姿の羽の生えた赤子が描かれたものを発見した。
「これは……?」
「クピドだ」
「ク、これが?」
「ああ。間違いない。昔見た石像の形によく似ている」
門番はあっさり頷いた。
「しっかし、紙切れとはねー」
クー・フーリンは包装紙の両面を確認しながら、バラの封蝋が押されている部分を雑に開いた。
記載されているのは、丁寧に書こうとした努力のある手紙と、チケットが2枚。チケットは2つ合わせると、何が書かれているかわかる割り印みたいになっており、黒い背景に二輪のバラが円になって真ん中のハートを囲っているものだった。
手紙は門番へと書かれており、終わりにはグングニルと名が入っている。それを眺めながら、クー・フーリンは立ち上がる途中で自身の口角が下がっていることに気が付いた。
「門番さん。オマエ、グングニルって名に心当たりがあるか?」
「ぐんぐ……ああ。ランサーか」
「え?」
門番がしれっと口にした名に、思わずクー・フーリンは反応した。何故ならば、「ランサー」は彼の渾名でもあったからだ。師であり上司でもあるスカサハの元で、槍の使い方を覚え、それなりの腕を持った頃に周囲から呼ばれていた名である。今となっては、その名を呼ぶ者は殆どいない。自身の研究所含め、運動と称して社内の研究員一同、槍を嗜んでおり朝の運動やちょっとしたダイエット等で遊んでいる。自身を含め、槍を使う「ランサー」は多い。そのため、その渾名は廃れていった。
名前すら教えていない門番にそのことがわかるはずもなく、されど懐かしい渾名にクー・フーリンは微妙な顔つきをした。
「どちらも渾名でね。しかし、流れ者だった彼はランサーと呼ばれるより、グングニルと名乗っていたな。懐かしい。そう言えば、彼も君と同じ髪の色をしていたよ」
「そいつとは、親しかったのか?」
「……どう、だろうな。彼とはよく喧嘩をしていたのは覚えているが、特別親しくしていたわけではない。それがどうかしたのか?」
「いや。この包装紙に、お前宛の手紙が入ってたからな」
「そう、か。しかし……」
門番は考え込むように、口元に片手を当てていたが「何でもない」と言い切った。手紙は一度、門番に見せたが一通り読み終るとクー・フーリンへ返した。
「要らないのか?」
「と言うより、君が探しているクピドと関係があるのならば、手掛かりとして必要だろう? 私は内容を把握したし、持っている理由がない」
クー・フーリンは苦虫を噛み潰したような、苦い顔を門番に見せた。
「ま、そういうなら貰っとく」
その後、その場に合った包装紙全部を持ち運び、安全な場所で中身を確認したが最初に見つけたチケットと同じもの以外、何も見つけられなかった。
グングニルからの門番への手紙は「赤い髪が風で靡くのが好きだった」とか「白すぎない肌に、幼げな顔立ちは君に合っている」とか「君のオレンジ色の瞳にずっと映っていたい」など、殆どが容姿を褒めることばかりが綴られていた。大変下手な字だったが、事情を知らないクー・フーリンから見ても好きなんだろうなとわかる内容だった。しかし、今の門番の容姿とはその記載された文章が相違し過ぎていた。グングニルが好きだった容姿の門番は、今はいない。ペンを執ったグングニルは本当に門番の容姿だけが好きだったのか、今となってはわかりようがなかったが、それを読んだ門番は何を思ったのだろうか。
モヤモヤと拭い切れない感情を持て余したまま、その夜、会社に帰るとスカサハを見つけ、久々に槍の稽古へ自ら誘った。弟子の申し出に、スカサハは2つ返事で了承し、誘ったクー・フーリンよりも楽し気だったという。クー・フーリンは見つからない「クピド」のストレスを発散するように存分に暴れまわった。
朝、体の節々の痛みでクー・フーリンは目が覚めた。自室に持って来ていたノートパソコンを起動するとやはりメールが届いている。
2月13日
FROM:クピド
to:クー・フーリン
SUB:ラヴァーズ市街5番地
クー・フーリン殿
手紙は渡せましたか?
本日はディナーを用意しております。レストラン・ピエネッタへお越しください。
クピド
クー・フーリンはそっとパソコンを閉じた。節々が痛い。ベッドの上で動くことが出来ず、代わりに携帯でスカサハに午前休を使うと連絡した。そのすぐ後に、部屋に押し寄せて来たスカサハは、弟子の状況にだらしがない等と数分間罵り、仕事場へ去っていった。午後に出社し、残業しつつノートパソコンでシステムを組み上げたものの、2日間の休日を経ても進み具合は芳しくなかった。
日が完全に落ち切った頃、「クピド」のメールを思い出し車を走らせる。手慣れた様子で、旧市街5番地へ行くと、相も変わらず門番は座っていた。
「今晩は」
「ああ、君か。今日は随分と遅くに来たのだな」
「まあな。取りあえずキャンプ用のランプ持ってきた。どうせ街灯とか全部壊れてんだろ? つっても、ココは点いてんだな、街灯」
「ああ。一応この道は公道だからな。一定の区間、街灯があるようだ。それで? 今日はどこへ行くんだ?」
「あーレストラン・ピエネッタって店だ」
「承知した」
門番は立ち上がり、門を潜り抜ける。ランプに火を灯しながら、クー・フーリンは後に続いた。
静寂な街並みを僅かな明かりを頼りに進んでいく。着いた先には、やはり崩れ落ちた建物の後が残っているだけだった。壁すらなく、全てが崩落していた。
「ランプ、ちょっと持っていてくれ」
「今度は何を探すんだ?」
「さあな」
軽めの瓦礫を少しづつ退かしていくと、ハートの弓を引く赤子の包装紙が破けているのが見えた。中身は割れてしまっているが、陶器で出来た器か何かだろう。
「今回は、手掛かりなしだな」
「そうか。ご苦労様」
「まあ、折角だ。お前の話を聞かせちゃくれねぇか?」
「私の?」
「寝物語にひとつ」
「ここで寝る気か?」
ランプの光の中でもわかるぐらい、柔らかく門番は笑った。その体を引き寄せて、抱きしめた。肌のにおいが心地よい。額同士を軽くぶつけて、鼻先で息がかかる距離でクー・フーリンは口を開いた。
「意外だな。体温があるのか。結構温かい」
「何だその感想は」
門番がクスリと笑う。その頬に触れようとふと顔を上げると、崩れていない建物が目に入る。
「あそこ、一般住宅か?」
門番がそちらを向上げると、僅かに顔を歪めた。
「知り合いの家か?」
「ランサーの、グングニルの家だ」
その言葉を聞きながら、窓の部分だろうか、何かが人工的に光ったのが見えた。
「あそこ、まだ人がいるんじゃねーか?」
クー・フーリンは、門番を抱きしめていた腕を解いて、窓の点滅する光を睨んだ。
「いや。そんなことは……」
門番も不可解な顔でそちらを見ている。二人は黙ったまま、建物へと向かっていった。建物の扉そのものは歪んで、開きっぱなしになっていた。室内は砂や埃が入ってしまっており、歩くたびに足跡が付いた。人工的な光の発信源は、奇妙に起動していた巨大なパソコンだった。画面がないため、中での演算処理がどうなっているのかはわからない。しかし、電子音が時折鳴っているため、起動しているのは確かだった。その他には、汚れたノートが埃に塗れて机の上に広げてあった。異国の言葉で記されたそれは、暗号や呪文のように見える。ケーブルコードが床に敷き詰められているが、その先の動力源がどこだかわからない。コードを辿っていくと、床の下へ続いていた。
下に降りると、巨大なカプセルとモニターが置いてあった。カプセルは、人一人が中に入って横になっても十分すぎるぐらいの広さがあり、コードは主にそこに繋がっていた。モニター画面には、未送信のメール画面が残っていた。おかしなことに、約1世紀以上前の年で、着信日:2月14日と記されていた。その他に、俺に届いたメールと同様の内容のメールが全てここへ送られていたものだった。
2月14日
FROM:クピド
to:クー・フーリン
SUB:ラヴァーズ市街5番地
クー・フーリン殿
レストランは如何でしたか?
いよいよ今日は、バレンタインデーです。出かける前に、必ず用意したプレゼントを持って行ってくださいね。
夜景の綺麗なホテルを予約してあります。
それでは、よいバレンタインデーをお過ごしください。
恋愛援助会社・クピド
「恋愛、援助?」
「もしかして、この街が経営しているイベント会社……? あるとは聞いていたが……」
「知らなかったのか?」
「ああ……」
ぽかんと口を開いて、門番は立ち尽くす。
「まさかとは思うが、グングニルの名って、クー・フーリンとか言わねぇよな?」
門番は幼げな瞳で不安げにクー・フーリンを見つめた。
「マジか……」
クー・フーリンは頭を抱えた。まさかまさかである。同名が恋した男は、抱きしめても嫌悪感が沸かなかった相手だ。好きなタイプとまではいかないが、気になる相手ではある。
「大丈夫か?」
頭を抱えて蹲ったクー・フーリンを門番は心配そうに気遣った。
「大丈夫だ。一度上に戻ろう」
パソコンだらけの部屋に戻ると、机の上にノートの他に小さな正方形のケースがあった。開いてみるとルビーが飾られた指輪が入っていた。ルビーには中にレーザー彫刻でバラが浮いている凝ったデザインのものだ。指輪をケースに戻し、近くに在ったゴミ箱に投げ入れる。代わりにノートを手に取り埃を落とし、読める範囲で内容を解読する。大体の内容としては、自身の脳をパソコン内に取り込み、別のアンドロイドへ移し替えるというものだった。クー・フーリンは顔を顰めた。
「そうしていると、らん、グングニルに君はよく似ている」
「似てるって、具体的にどれくらいだ?」
「そうだな、外見的な特徴は、殆ど一致していると思う。彼の方が君より若かったが、少し成長していたら、君と寸分変わらないぐらいのモノだったんじゃないかと思う。性格は、その、グングニルの方が血気盛んだったな。色々と」
「……もしかしてだが、さっきオレがお前にベタベタ触れても嫌がらなかったのは、そいつにオレが似ていたからか?」
門番は目を見開いて固まった。図星なのだろう。
「グングニルもお前も相思相愛だったんだな」
酷く詰まらなそうにクー・フーリンは門番を見つめながら、感情もなく棒読みに口にした。
「どう、だったんだろうな」
「はあ?」
「私は結局、生前の、彼の気持ちを知らなかった。当時の私自身がどう思っていたのか、本当のところはわからない。今になって手紙を見て、それに当てられただけかもしれない。それに」
門番は言葉を零していくが、クー・フーリンにはそれが面白くない。聞いているのかいないのか、門番奥地から零れる言葉を遮るように腰を引き寄せた。
「なあ、昔のことはまあ置いておくが、今の。ココに居るオレに関してはどうなんだ?」
門番は曖昧な表情で口角を上げて――