弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

注意とこれに引き続く業務内容の変更に違法性が認められた例

1.注意への不満

 上長から受ける「注意」に不満を持っている労働者は少なくありません。そもそも問題になるようなことはしていない、正しい事実認識に立脚していない、注意されるほどのことではない、似たようなことをして注意されていない人もいるなど、不満を持つ理由は様々です。

 しかし、この「注意」というのは、法的紛争のしやすさという観点で見ると、かなり厄介な性質を持っています。

 懲戒処分のような制裁は不利益な取り扱いと結びついていることが多く、比較的容易に確認請求や給付請求に繋げることができます。しかし、注意は飽くまでも注意であり、具体的な不利益取扱いと結びついていないことが殆どです。そのため、注意の効力を争うことに実益があるのか、あるいは、損害が発生しているのかという問題が生じることになります。

 令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』は、職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)を、

① 優越的な関係を背景とした言動であって、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③ 労働者の就業環境が害されるもの

と定義したうえ、典型的なパワハラを、

身体的な攻撃

精神的な攻撃

人間関係からの切り離し

過大な要求

過小な要求

個の侵害

の六類型に整理しています。

 暴行や暴言を伴うようなものであればともかく、通常の注意は典型六類型には該当しませんし、パワハラの定義に立ち返っても就業環境が害されているのかという問題があります。

 このように「注意」を問題にすることは必ずしも容易ではないのですが、近時公刊された判例集に、前提となる事実関係について必要な調査を十分に尽くさないまま安易にされた事実に基づかない注意と、これに引き続く業務内容の変更が違法とされた例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している、鳥取地判令7.9.25労働判例ジャーナル166-38 国立大学法人鳥取大学事件です。

2.国立大学法人鳥取大学事件

 本件で被告になったのは、鳥取大学医学部附属病院を開設している国立大学法人です。

 原告になったのは、被告と有期労働契約を交わし、被告病院内に設置された次世代高度医療推進センター(本件センター)で産官学連携コーディネーター働いていた方です。在職中に上司の教授、准教授らから数々のパワーハラスメントを受けたと主張して、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償を請求したのが本件です。

 原告が問題にした行為は多岐に渡りますが、その中の一つに、P8病院長から理由なく叱責されたうえ、業務内容を変更させられたことがありました。業務内容の変更というのは、本件センター内での配属を変更され、P5准教授の指示下で業務を行うようになったことを指しています。

 この叱責行為について、裁判所は、次のとおり述べて違法性を認めました。

(裁判所の判断)

・P8病院長の叱責について

「平成28年4月25日から同年5月25日の間に複数回実施された面談の中で、P8病院長が原告に与えた注意は、主として

〔1〕P4教授への報告なく本件連携案件を進めたこと、

〔2〕上司の許可なく農学部長と面談したこと、

に関するものであったと認められる・・・。」

「しかし、〔1〕について見ると、同年3月27日にはP4教授も同席のもとで、米子市のP23氏からの本件連携案件に関する説明がされていたと認められ・・・、そもそも本件連携案件についてP4教授に全く報告がなかったわけではない。その上、本件連携案件を含む医工農連携事業に関する報告は、P6准教授がP4教授に対してすることになっていたのであるから・・・、P4教授への報告が不十分であったとしても、そのことについて直ちに原告に非があるとはいえない。現に、本件連携案件が進められていた頃にはP6准教授からP4教授への報告が減少し、P6准教授が米子市との面談についてP4教授への報告を怠ったこともあるのであるから・・・、本件連携案件に関するP4教授への報告がなかったことについて一次的に責任を負うべきは原告ではなくP6准教授であったというべきであり、報告を怠ったとして原告に注意を与えるのは筋違いといわざるを得ない(なお、原告がP6准教授への報告を怠っていたことを示す証拠はない。)。この点について、P4教授は証人尋問において、原告がP6准教授に対してP4教授への報告をしないでおこうなどと述べたことがあり、P6准教授を責めることはできない旨述べるが・・・、原告がP6准教授に対してそのような働きかけをしたことを裏付ける証拠はなく、同証言を信用することはできない。そうすると、P8病院長が原告に対してした〔1〕の注意は、原告がP4教授に報告をしなければならないのにこれを怠ったという誤った認識に基づく、不合理なものであったといわざるを得ない。」

「また、〔2〕についても、P6准教授がアポイントメントをとって原告とともに他学部の教授との面談を行っていたと認められ・・・、原告自身が上司の許可なく他学部の教授らと会っていたという事実は本件全証拠によっても認定できない。したがって、この点について、P8病院長が原告に対して与えた注意は、客観的事実に基づかないものであったといわざるを得ない。」

「そして、P8病院長は、専らP4教授の報告に基づいて事実関係を理解し、他に事実関係の調査等を行うことなく原告に対して注意を与えたと認められるところ・・・、上記のとおり原告に非があるわけではないことは、医工農連携業務に関する当時の報告態勢や、P6准教授からP4教授への報告状況について丁寧に確認すれば判明し得た事実である。また、原告は同年4月25日の面談における注意に対して反論し、原告の主張に関する資料を提出するなどしていたのであるから・・・、前提となる事実関係の確認や原告が提出した資料の検討を慎重に行うべき状況にあったといえるところ、P8病院長においてこれをすることができなかったことがやむを得ないと首肯し得る事情は何らなかったにもかかわらず、P8病院長は当該資料を確認していなかった・・・。その上、同年5月25日の面談においては、本件連携案件に関する問題を契機として、原告の業務が変更されるなどしているところ・・・、原告に対してこれほどの不利益を課すのであれば、それを正当化できるだけの事実関係の有無は、より慎重に検討されなければならなかったというべきである。

「そうすると、少なくとも同年5月25日の面談における原告に対する注意は、前提となる事実関係について必要な調査を十分に尽くさないまま安易にされた、事実に基づかないものであって、著しく不当である。加えて、上記のとおり、原告の業務内容が変更されるなど、原告が単に誤って叱責されたという以上の不利益も受けたことに鑑みれば、パワハラと分類できるものかはともかく、かかる原告に対する扱いは違法であり、不法行為を構成するものと認められる。

3.注意等に違法性が認められた

 上述のとおり、裁判所は、注意(とこれに続く業務内容の変更)に不法行為法上の違法性を認めました。誤認した事実に基づく注意単体でも同様の結論が導かれるのかは不分明ですが、それでも注意に違法性が認められたことには目を引かれます。

 注意を争いたい、あるいは、予測される後の事態の推移との関係で争っておいた方がよいという事案は相当数あり、裁判所の判断は、実務上参考になります。