そしてすべては日常に
ホストの槍と社会人弓が出会って、ぐだおとマシュのいる花屋の手伝いをする話。
・n番煎じのホストネタ。
・ぐだマシュ未満と、匂わす程度の士凛要素あり。
・風邪引きながら書いたので、細かいところはニュアンスで流してください。
・いつも以上に無駄に長い。
それでもよければお読みください。
6/7追記
再録本をboothで再販中です。
よろしくお願いいたします!
https://tanakaemuemu.booth.pm/items/1022796
→完売しました!ありがとうございました!
11/24追記
沢山のブクマ、スタンプ、ありがとうございます!
引くほど誤字を見つけたので修正しました。
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この話を思いついたときも38℃の熱があり、書いてる最中も溶連菌にかかって39℃の熱を出していたので、いつも以上に夢見てる感じがあります。ごめんなさい。
短編連作集っぽくしたかったのですが、文量が増えただけでした…。
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1.はじまりの夜に
どうしてこんなことになってしまったのか。
煌びやかな照明の下で、エミヤは深い溜息を吐いた。
今日は、全社あげての一大イベントが無事に終わった日だった。
エミヤはそのイベントを統括していた広報部の所属ではなかったが、この会社は常に人手が足りないため、部署に関係なく社員は問答無用で手伝いに駆り出される。
とりわけまだ28歳の若手で、かつ男であるエミヤは重宝され、イベントの準備から当日の運営まで、ものの見事にこき使われた。
そして無事にイベントも終わり、関わったメンバー全て集めての打ち上げが行われた。
広報部のメンバーは酒豪が多く、これまでの疲れを酒で洗い流すかのように皆がぶがぶ飲んでいた。
エミヤは酒をそこまで飲む方ではない。弱くはないが、強いわけでもない。飲むのも遅い。
周りが浴びるように酒を飲む中、エミヤはちびちびとマイペースに飲み続け、気付けばエミヤの周りは酔っ払いで溢れていた。
そうなるとエミヤの役目はひとつだ。
具合の悪そうな者を見つけては水を注文し、帰りそびれてオロオロしている新入社員を見つければ、今のうちに帰れと声をかける。酔っ払って女性社員に絡む同僚がいれば鉄拳制裁ののちタクシーに突っ込み、酔って自分に絡んでくる女性社員も容赦なくタクシーに突っ込んだ。
てきぱきと対応していくうちに人数も減り、残ったのはまだ酒を飲み足りないへべれけ状態の酒豪達と、ほぼ素面エミヤだけだった。
正直もう帰ってもよかったのだが、このままこの酔っ払い達を放っておいて、誰かに迷惑がかかってしまったらどうしようと思い、変に責任感の強いエミヤは帰るに帰られなくなってしまった。
幸いエミヤの自宅はここから電車で1駅のところだ。歩いて帰れない距離ではない。
そんなことを考えている横で、へべれけ状態の男性社員がこんなことを言い出した。
「俺、キャバクラに行きたい!」
「えぇ〜、じゃあ、あたしホストクラブ行きたいです〜」
同じくへべれけ状態の女性社員がすかさず乗る。
勘弁してくれ、とエミヤは思った。大人しく安い飲み屋で管を巻くだけにしてほしいと思ったが、酔っ払い達はいいねいいねと盛り上がり、結局男性陣はキャバクラに、女性陣はホストクラブに行くことのなってしまった。
こうなってはもう付き合えない、とエミヤはこっそり帰ろうとしたが、そこを広報部のマネージャーに捕まえられた。
「じゃあ、エミヤくん。君には女性達のエスコートを頼むよ」
なんでさ、とエミヤは自分よりもはるかに年上のマネージャーに向かって言ってしまった。
しかし酔っ払ったマネージャーはそんなことをさして気にせず、
「女性をキャバクラに連れて行くわけにはいかんだろう。セクハラ問題になる。それにキャバクラは俺の行きつけがあるから、ある程度融通が効くが、ホストクラブなんぞ俺は行ったこともない。金は出してやるから、行く店で問題起こさないように見張っといてくれ」
と言って、エミヤに10枚ほどの札を渡してきた。
慌ててエミヤが拒否する前にそのお金を胸ポケットにねじ込み、マネージャーは数名の仲間とともに夜の街へ消えて行った。
そして。
「じゃあ、エミヤくん、行くわよぉ〜」
酔っ払い女性社員に引きずられ、エミヤは人生初のホストクラブに足を踏み入れることになった。
どうしてこんなことになったのか、と広めのソファ席の端っこで、もう一度エミヤはため息を吐いた。
隣では見目のいい茶髪のホストがその向こうにいる女性社員の服装を褒めている。
きっと彼らは女性の容姿を褒めてもセクハラにはならないんだろうな、と明後日の方向に思考を飛ばしていた。
そもそもの不幸は何だったのか。
この打ち上げに参加したことか。それとも勤める会社がそれなりに大きな駅のそばにあるせいで、何の苦労もなくホストクラブが見つかってしまったことだろうか。
いっそ会社の最寄りが単線の電車しか止まらないような廃れた無人駅だったらよかったのにと、疲れた頭で無茶苦茶なことを考えていた。
「お兄さん、暗い顔してどうしたんだ?」
その時。
ぼすん、とソファが沈み、隣に誰かが座った気配がした。
俯いていた顔を上げると、そこには絵画から飛び出してきたかのような美しい顔があった。
整った白貌に、ぎらりと輝く宝石のような赤い目。
上等な絹糸を思わせる青い髪を後ろでひとつにまとめたその男は、にっとこちらに笑いかけた。
その美しさに、思わず息を飲む。
「…いや、なぜ君らは女性褒めてもセクハラにならないのだろうかと…」
呆然としながら、思ってたことを口にすると、彼はその美しい顔を崩して大笑いした。
「ははっ!お兄さん、顔に似合わず面白いこと考えてんな!」
紅玉のような目を細めて見られ、エミヤの顔がかっと赤くなる。
冷静になってみれば、なんとおかしなことを言ってしまったのだろう。
誤魔化すように咳払いをすれば、それもツボにはいったのか、彼はソファに座ったまま体を折り曲げて笑った。
なぜ自分が笑わわれなくてはいけないのか。このような接客業に就いている者は人を楽しくさせるプロではないのか。
こちらがへそを曲げた雰囲気が伝わったのか、目に涙を浮かべた男がようやく顔を上げた。
「いやぁ、久々に笑ったわ。お兄さんの反応が想像以上に可愛くてな」
「…こんな大男捕まえてかわいいはないだろう」
「そーかぁ?同じ会社のお姉さんに聞いてみろよ。絶対かわいいって言われてるって」
そうだろ、お姉さん?と、その男は、エミヤの隣の茶髪のホストと話していた女性社員に声をかけた。
問われた社員は確か企画部の女性だったか。頰を赤らめながら、頼まれもしないのにエミヤの情報を勝手にべらべらと話し出した。
人事部を束ねる若きチームリーダー。それがエミヤの役職だった。
その表情と人を突き放すような態度からはじめは敬遠されていたが、仕事は問答無用に軽々こなす実力派。なんだかんだ世話焼きな面もあり、自分が採用した人材が社内で悩んでいれば必ず話を聞きに現れた。
そして、こんな見た目でありながら料理がプロ並みに上手い。女性社員から料理教室を開いてくれと熱望されたこともあったという。
体つきもよく、学生時代はアーチャーとあだ名されるほど弓道の腕前を持っていた、などなど。
「へぇ。お兄さん、アーチャーって言われてんだ。俺と似たようなもんじゃねぇか」
「…君も弓道か何かを?」
「俺は槍だ。母国で槍をやっててね。ここでの名前はランサーだ。宜しくな」
そう言って、彼はニカっと笑った。
それはこの夜の世界には似つかわしくない、まるで太陽を彷彿とさせるような笑顔だった。
「母国ってことは外国の方なんですかぁ?」
「おう。出身はアイルランドだな」
「素敵なところー!日本語もお上手ですねぇ。日本に来て長いんですか?」
「そうだなぁ。あんたみたいな綺麗なお姉さん口説いてるうちに上手くなった」
やだぁ、と女性社員が頬を赤らめて喜んでいる。
ホストの手練手管をまざまざと見せつけられ、エミヤは思わず感嘆の息を漏らした。
その様に、再びランサーが噴き出す。
「そんなに感心するようなもんじゃねぇだろ。お兄さんだって、そんなナリしてんだから、それなりに女口説いて来てんだろ。会社ではどうなんだ?お姉さん」
「えぇ〜、たしかにエミヤくんはモテるんだけどー、たぶんうちの会社で手を出す命知らずはいないかなぁ」
「何だそれ。恋人のハードルが凄い高いとか?」
「違う違う。エミヤくん、社長の娘さんのお気に入りなんだよねぇ」
「…語弊のある言い方はやめてください…」
エミヤはため息混じりに女性社員に言ったが、酔っ払った彼女は聞く耳を持たない。
これはエミヤの会社では、もはやお決まりになっているやりとりだった。
この会社の社長である遠坂時臣を、エミヤは子どもの頃からの知っていた。
なぜかというと、エミヤの家と遠坂家は近所であり、昔から家族ぐるみの付き合いがあったからだ。件の社長の娘とも、エミヤは幼なじみである。
それ故に、エミヤは就職活動をしなくても、この会社にコネで入社することもできた。しかし、真面目なエミヤはそれを納得せず、きちんと試験をしてほしいと社長に訴え、エミヤはいち新入社員としてこの会社に入ったのだ。
入社してしばらくは、エミヤと遠坂家の繋がりは秘密にされていた。
なぜそれが周知の事実になってしまったかというと、入社して1年後に起こった事件が原因である。
「うちの会社に、めっちゃめんどくさいお局さんがいたんだけどぉ、不幸なことにその人がエミヤくんの最初の上司になっちゃったの。いつも色目使ってエミヤくん誘ってたんだけど、エミヤくん素っ気なくてぇ。それが焦れったくなったんだろうねぇ。1年経ったくらいの飲み会であいつ酔っ払っちゃって、何考えたんだか、みんなの前でエミヤくんをホテルに誘っちゃってさぁ」
けたけた笑いながら女性社員は続ける。
「さすがのエミヤくんも断るし、周りも止めたんだけど聞かなくてぇ。もうどうしようかって時に塾帰りっぽい女子高生が急に割って入ってきたの。『私のアーチャーに何してんの?!』って」
それがまだ学生だった遠坂家の一人娘、遠坂凛だった。
知り合いがいかがわしいところに連れていかれそうになっているところを目撃し、怒りのあまり叫んでしまったらしい。
「それからもう修羅場よー。お局は『あんた誰よ!』ってキーキー叫ぶし、その娘さんもエミヤくんに『こんなことなってるなら、早くお父様に言いなさい!』って怒鳴るし、エミヤくんも『こんな遅くにひとりで歩いては危ないだろう!』って、娘さんに斜め上の説教かますし」
再びランサーが吹き出す。
どこがそんなに面白いのかわからないが、どうやらツボに入ってしまったらしい。
「で、そんな事件があったもんだから、エミヤくんへのセクハラも明るみに出て、お局はグループ会社に出向になったし、エミヤくんは社長の娘のお気に入りってみんなに知られちゃったから、手を出す馬鹿はいないなぁ」
私のアーチャーだもんねー、と言われて、エミヤはため息をついた。
凛のあの発言は、学生時代に遠坂邸で執事まがいのバイトをやっていたせいで、エミヤのことを自分の付属品か何かだと思ってるが故に出た発言だ。この女性社員、または会社にいる人間が期待するようなロマンスは何もない。
それを何度も説明しているが、誰ひとり納得してくれない。
それに公にはいえないが、そもそも凛の大本命はエミヤの弟だ。それをぶちまけてしまいたいが、凛の気持ち勝手に言いふらすわけにはいかず、エミヤはいつもただただ、そういう関係ではない、と言うしかなかった。
「へぇ、お兄さん、社長令嬢の彼女がいんの?」
「だから、恋人ではないし、そういう関係ではない。そもそも酔っ払ってるとはいえ、うちの会社の内部事情を社外の人間に話すのはどうかと思うのですが」
ぎろりと睨むと、女性社員の顔が青ざめた。
そこにランサーが割って入ってくる。
「おっと、それは心配しなくていいぜ。こんな仕事やってるせいで信じちゃもらえねぇかもしれないが、こう見えて俺らは口は固いんだ。ここで聞いたことを他所で漏らしたりしねぇよ。別のホストクラブにゃ客の秘密ばらすような奴もいるが、ここの奴らは大丈夫だ。俺が補償する」
そんなもの信用できるか、と一蹴しようとした。普段のエミヤだったら、きっとそうしただろう。
しかし、なぜか言葉が喉に引っかかってしまい、エミヤはそれ以上言えなかった。
そのくらい、赤い目の男の言葉には妙な説得力があった。
エミヤはそれを誤魔化すかのように酒を飲んだ。
「…なら、いい」
エミヤの視線が外され、女性社員はホッとするかのように息を吐いた。
そうだ、今は楽しい打ち上げの場だった。日常のことを持ち込むのは野暮かもしれない。
それに彼女が言ったのは基本はエミヤに関することだ。業務に関することではない。そんなに目くじらを立てるものではないだろう。
社長の娘とエミヤの繋がりも、社員ならばもはや誰でも知っていることだ。いちいち口止めしているわけでもない。誰かに言われたところで、大した痛手にもならない。
「というか、ランサーさん。今日指名入ってたんじゃないんですか?」
エミヤの隣に座る茶髪のホストが窺うように聞く。
「あぁ、風邪引いちまって今日は来れなくなったんだと。それで、どうすっかなぁって思って店見てたら…、そうだ、てめぇだよ、てめぇ」
思い出したようにランサーは眉間にしわを寄せ、足でホストをツンツンと咎めるように突いた。
「いくら横のお姉さんがお前の好みだからっつって、こんな面白いお客放っておいて口説いてんじゃねぇよ。俺が奪っちまうぞ」
男の茶化したような言葉に女性が手を叩いて笑い、ホストはすみません、と謝った。
それは、この男が来るまで放って置かれたエミヤを気遣った言葉だった。
このような店のメインターゲットは基本女性だ。正直、エミヤは男はあんまり歓迎されないだろうと思っていたし、ひとりにされても特に不満はなかった。
ただ、そんなエミヤに気付き、申し訳ないとこうして声をかけてくれた人物がいたことが、エミヤには少し嬉しかった。
このランサーという男は軽薄そうに見えて、その実、とても気配りのできる人物なのかもしれない。きっと多くの人に慕われているのだろう、と、エミヤはぼんやりと思った。
ふと腕時計を見る。時間はあと15分で日付が変わろうという時間だ。
まもなくこの店の閉店する。それまでに会計をして、ここを出なければ。
エミヤはこの店に来て初めて、ホストクラブが深夜12時で終わることを知った。
会計する前にお手洗いに行ってこようと腰を浮かすと、ランサーが案内するぜ、と声をかけてきた。
その申し出をありがたく受けて、エミヤはその後ろをついていった。
彼が歩くたびに、後ろにひとつにまとめられた青い髪がゆらゆらと揺れる。
それがエミヤの好きな猫の尻尾のように見え、触れたくなる衝動をエミヤは無理矢理押し込めた。
手洗いを終え、トイレの扉を開けると、通路でランサーが待っていた。
わざわざ帰りも席まで案内してくれるのかと一瞬思ったが、男の顔を見て、その考えは消した。
「…私に何か用か?」
「お。お兄さん、察しがいいねぇ」
ランサーはにまりと笑って、持っていた名刺を渡してきた。
小さな四角の紙の表には『Lancer』、裏には携帯電話のものと思われる番号が書かれている。
「…私目当て、というわけではあるまい。となると、狙いはさっき話に出てきた社長の娘か」
「その通り。話が早くて助かるぜ」
「あいにく、彼女に男を斡旋する気はない」
「そんな大袈裟なもんじゃねぇよ。なに、ホスト業界ってのも最近大変でね。出張ホストでもレンタル彼氏でも呼び名はなんでもいいが、要は昼間も稼げるなら稼いでおきたいのさ。ちょっと昼飯一緒に食いたいとか、落ち込んでるから話を聞いて欲しいとか、そんな軽い相手から、ちょっとした場でのエスコート役なんてのも引き受けるぜ」
つまりコンパニオンの男版ということか。
エミヤは改めて男を見る。
確かにこの男は見た目もルックスも良いが、所作がどこか上品だ。パーティなどのエスコートもさらりとこなせるだろう。
「…ちなみに、頼んではいけないことはあるのか?」
「そうだなぁ。あくまでうちは水商売じゃねぇからな。本番やそれに準じる行為はNGだ。あと連絡は当日でも空いてりゃいいが、出来れば前日までに言ってくれると助かる」
「そうか」
頷いて名刺をポケットに仕舞う。
使うことはないだろうが、断るのも面倒くさい。こういうものはそれなりに興味を示して受け取っておいた方が、早く事は済む。
「なにもさっきの社長の嬢ちゃんに限らなくてもいいさ。あんたなら変な女は寄越さないだろう。ま、よろしくな、アーチャー」
男はそう言ってエミヤを再び席に案内してくれた。
その後、つつがなく会計を終え、エミヤ達は店を出た。
お金もマネージャーからもらったもので事足りたので、エミヤはほっと胸をなでおろした。ホストクラブの相場など知らなかったため、万が一足りなかったらどうしようと思っていたのだ。
しかし、その後も女性社員達ががまだ飲みたいと騒ぐので、もう一軒飲み屋に行くことになり、結局エミヤは始発で帰ることになった。
今日が土曜日でよかった、とぼろぼろの体で家に帰り着く。
上着を脱ぐと、その胸ポケットから、あの男からもらった名刺が出てきた。
ランサーという名の、あの赤い目の男の顔が頭に浮かぶ。
エミヤは少し悩んだ後、それをいつもの名刺入れに忍ばせた。
それが、エミヤとランサーが出会った夜の話だった。