light
pixiv's Guidelines will be updated on March 18th, 2026.
View details
The Works "【槍弓】すきなひとがいるって本当ですか【現パロ】" includes tags such as "槍弓", "現パロ" and more.
【槍弓】すきなひとがいるって本当ですか【現パロ】/Novel by 梨:次は5月

【槍弓】すきなひとがいるって本当ですか【現パロ】

35,885 character(s)1 hr 11 mins

■現パロ、リーマン。十年来の腐れ縁な同僚の、告白を断っている場面に遭遇してしまったランサー。えっおまえ好きな子いたの?? 当然のごとく、にやにや聞き出そうとするけれど……? という、ありがち槍弓のはじまり。術&狂が友情出演(槍弓への矢印なし)。
■似たような出だしのものを書いていて、あっこういう流れもいいな!と思い立って書いた。リーマンっていうか学生ノリみたいに……ご覧いただき、ありがとうございます!

4/26追記。
マシュマロさんからご感想などありがとうございます!
続きは時間がかかってしまいそうなので、ひとまず「その時の弓さん・後朝の様子」をどうぞ!
https://privatter.net/p/7295394

1
white
horizontal


 たまたまだ。
 たまたま、聞こえてしまったのだ。
 クソ真面目な堅物、融通の利かないへそ曲がり男。と、付き合いの長い自分は評するけれど、一般的に見れば実直、勤勉。責任感が強く面倒見のよい、ただのイケメンである。
 特に女性に対しては物腰やわらかで、仕事も家事も出来、悪い遊びをせぬとくれば、どう考えても優良物件。だが、クソ真面目ゆえにこの歳まで浮いた噂のなかった友人が、やはりクソ真面目ゆえに変な女に騙されなきゃいいけどなあと、常々ランサーは思っていた。
 その腐れ縁の、

「申し訳ないが、私には将来を約束しているひとがいてね……」

 と、交際をお断りする無駄にいい声が、今まさにランサーが開けようとしていたドアの向こうから聞こえてきたのだった。
(なるほど)
 そっとドアノブから手を離し、ランサーは頷く。
 モテそうな男がモテることには違いなく、どうやら噂が浮かぬだけだったようだ。


 資料室から出てきたアーチャーは、そこにいるランサーを見止めてぎょっとし、鼻に皺を寄せた。
「……ふつう、聞かなかったことにするものじゃないか?」
 待ち伏せていた男があからさまにニヤニヤしていたので、何を言わずとも用件がわかったのだろう。
 偶然だ、と弁解する代わり、ランサーはぶ厚いバインダーで己の肩を叩く。
「今夜、ヒマか?」
 若干背の高い友人を下から覗き込んで言えば、やはりそれだけで用件は通じた。
「暇じゃないと言ったら」
 逃れるよう顎先が上へ反る。いつもきっちり締めているワイシャツの襟が浮いて、濃い色の肌に影を落とす。
「残業なら手伝ってやっからよ」
「同じ部署で、それは当然なんだがな。プラス、貴様の奢りで」
 倦厭したわりに、アーチャーは溜め息ひとつで譲歩した。ほとんど下戸の酒代など、たかが知れている。
「はいよ」
 気安く了承して入れ替わりに資料室へ入っていったランサーを、今度はアーチャーが壁に寄り掛かって待っていた。
 いかにもサラリーマン風情の灰色背広で腕を組まれていては刑事の張り込みになるところだが、彼の場合、鈍色に不機嫌を塗した流し目など送られると、妙に男の色気を醸すのだ。
 健康美と社交性が売りのランサーには作れぬ趣きで、なんとなく悔しい思いをさせられる。
「先に出てった子には見つからねえように隠れてたよ。おまえがオッケーしてたら、ちょっかいくらいはしたかもだけど」
 女子高生ではあるまいし、自分たちに友人の用を待つ習慣はない。アーチャーが留まっていたのは、ランサーに口止めをするためだろう。
 ランサーが揶揄いたいのはあくまで友人の堅物男であって、聞き出したいのはその秘された恋愛事情である。彼に交際を求めた女に興味はない。
 顔も見てねえぞ。そう言うと、アーチャーは「そうか」と安堵したようだった。
 彼が気にするのは常に他人のことだ。
「いや待て、ちょっかいも掛けるんじゃない」
「友達のカノジョに手ぇ出すつもりはねえよ? ちょっと挨拶っつーか」
「当たり前だろ」
 軽薄な男だと眦を吊り上げる。しないと言っているのに。
 そもそも先刻の彼女と付き合うつもりはないのだから、架空の話。怒ることではないだろう。
「テメェの親友が信用できねえか」
 ハ、と鼻で笑われた。
「誰が親友か。と言う前に、おまえの華やかな女性遍歴はこの目で見てきたのでね」
 だから、将来を約束したというその恋人を、これまで紹介してくれなかったのだろうか。
 確かにランサーは学生時代からなかなかに女癖が悪い。悪いというか、イイと思えばすぐ燃え上がって口説くのだ。アーチャーとは反対に、遊びたいから独身でいるタイプである。
「気の強い女性ばかり、とっかえひっかえ。よく後ろから刺されないなと呆れたものだ。近頃ようやく落ち着いてきたか?」
「オレの話はいーんだよ」
 やれやれと肩を竦められ、ランサーは口を尖らせる。
 ノーを突き付けられれば退くし、無論、純朴な娘を弄んだことはない。相手もたいがい恋多き女というやつで、回転が早いのはランサーのせいばかりでもなかった。はずだ。
「さては煙に巻くつもりだな。逃げんなよ」
 別れ際に念を押せば、
「毎日オフィスで顔を突き合わせていてか。たった一日逃げ遂せたところで、何の意味があるのやら」
 アーチャーは気障ったらしくひらり手を振って、自分のデスクへ戻っていった。
 ただ頷けばいいものを、やたら小難しい言い回しをする。尻尾を掴んだはずなのに、どうしてかこちらが負けた気にさせられるのだ。



「で、どんな熟女と不倫してんだ。よもや慰謝料でモメちゃいねえだろうな?」
 弁護士が必要なら親の知り合いを紹介しよう。
 騒がしい居酒屋とはいえ、誰が聞いているかもわからない。テーブルに乗り出して糺すと、お冷やに口を付けたところだったアーチャーは時を止めて一秒、ぶほうっと水を噴いた。
「うわ、きたねっ」
 漫画のようだ。ランサーの反射神経が人並み以上でなければ、真正面からかぶっていただろう。
「何やってんだよ。まだ注文してなくてよかったわ」
「きさ……っ、だっれのせい、っ、ごほ……っ」
 口を押さえて噎せるアーチャーにおしぼりの袋を破って渡し、もう一枚で濡れたテーブルを拭く。被害は最小限で済んだ。
 腰を落ち着けたばかりでなんだと、涙目で睨んで寄越す気持ちもわからないではないが。
「回りくどく言ったって変わらんだろ」
 友人の情けない姿を視界の外へやり、ランサーは立て掛けてあるメニューを手に取った。
 先手必勝ではないが、まあ緊張は解けたろう。待ち合わせてからこっち、赤ちょうちんの近付くにつれ、まるで刑場に引っ立てられる罪人のような顔付きになっていったのだ。
「そうではなく……。だから、そうではない」
 ようやく咳の止まったアーチャーは、おしぼりを丁寧に畳んで置いた。
「え、不倫じゃねえのか?」
 その返す手で、シュッとスナップを利かせてランサーの顎を狙う。ランサーはメニューを立てて防いだ。厚紙一枚の防御力はたかが知れているが、真面目な男は友人の顔面は破壊できても、店の備品は壊せない。
 柄悪く舌打ちをされた。
「社会的に抹殺されかねない単語を連呼するな。いきなり何かと思うだろう。何故私がマダムのツバメに」
「急に淫靡になったな、おい」
 それはまあ、本人の性向に反して退廃的な雰囲気を持っているからだが。
 嫌気した顔でネクタイを弛める仕種が、有り体に言えばいやらしい。折り曲げて布地に引っ掛けられた中指だとか。
「ツバメって歳でもねえやなあ」
 メニューは一組しかなかったので、真ん中へ置き、彼のほうを向けて開いた。
 即決のランサーに対し、アーチャーは充分に時間を掛ける。優柔不断なのではなく、食べ合わせや栄養バランスまで考えてしまうらしい。自炊の得意な男の悪癖だ。
 何にしたと訊かれ、ランサーは指差しで答える。すぐ野菜を食わそうとするのはいただけないが、彼の〝ちょい足し〟には期待している。
「似合う似合わねえで言えば、似合うよな。ひらひらブラウス着て給仕してそう」
「そっくりお返しするよ、看板ウェイター」
 顔で選んでいると評判のカフェでバイトしていたのは大学生の頃だ。制服は腰を強調するギャルソンベストで、時給よりチップで荒稼ぎしていた。
「方々で愛嬌を振り撒くから、危うくオークションが始まるところだったじゃないか。挙句のクビだ」
 今向かいで薄笑いを浮かべている男は厨房担当。昼のホストクラブと嘲ったのは、コック服に身を包んだ彼だった。
 本職になる覚悟もなく、学生身分に甘えていいとこ取りをしていたら痛い目見るぞとの忠告であったらしい。その意味が判じたのは、痛い目を見た後だ。ほらな、と憐れみを寄越した。
「おまえ、ぜんぜん丸くなんねえな」
「鍛えているからな。おまえのような不摂生はしていない」
「わざとか。そっちじゃねえ」
 冷笑、蔑視。偉そうな物言いのまあ気に食わなかったこと。
 改善点の的確さがまた腹立たしくて。
「オレだって体型維持してるわ。見よ、このスレンダーボディを」
「もっと増やしてもいいくらいだがね。誰のおかげだか事細かに褒め称えてくれてもいいんだぞ?」
 餌付けという名の栄養管理を匂わせて、アーチャーが不敵に笑う。自宅で隙間時間に出来るトレーニングとやらをメールボックスに投げ込むのもこの男だ。ランサーの飽きぬ頻度で。
(いやほんと、いつまで経っても小憎らしいわ)
 殴り合い寸前から、どうやって友人と呼ぶまでになったのか、たぶん互いに覚えていない。ともにいて遠慮がいらないのは、要するに楽だったのだろう。
 だからオレの話はいいんだっての!と呼び鈴を叩き、注文を済ませる。
「まあなんだ。言わないんじゃなくて、言えねえんじゃねえかと思ってよ」
 仕切り直しだ。店員が去って、用のなくなったメニューをテーブル端のホルダーへ戻した。
「意外と義理堅いし、筋は通す男だってのは知ってるぜ。けど、おまえが考えるのはまず、ひとのことだからな」
 自分がひやかされることよりも、告白してきた女性社員をまず気に掛けたように。
 清く正しき社蓄――これは自虐にもなってしまうが、それなりに蓄えのある独身男が交際、結婚へ至るのに何ら障害はない。あるとすれば相手にだろう。
 不貞行為は避けそうだから離婚待ちとか、シングルでも子が反対しているとか。街角で老婦人に親切をして気に入られそうな男なので、遺産相続うんぬんに巻き込まれたのやもしれぬ。
「逆に年齢が足りないってことも……、あっ、もしや社長令嬢? やけに懐かれてたよな」
「……ランサー。君な、ぜんぶ声に出てるからな?」
 終いにはロリコン疑惑か、と半眼を向けられる。
 たまに社内見学に訪れるご令嬢は、案内係に毎度アーチャーをご指名くださるほどご執心だが、やっとランドセルを背負い始めた幼子であった。
「親子ほど歳が違う。日頃、おまえが私をどう思っているか透けて見えるというものだ」
「出だしは褒めたじゃねえか」
「〝意外と〟と付いた時点で褒め言葉でも何でもないわ」
 手始めのビールが到着し、汗を掻くジョッキにそれぞれ手を伸ばす。アーチャーが喉を見せて呷るのは珍しい。まあ、いい歳した男ふたり、素面で恋バナもないだろう。
(けどこいつ、隠れてデートしてる風でもねえんだよなあ……?)
 その約束とやらに将来という文言があって、相手が少女でないなら彼自身。今がその将来と呼べる年代なのだから、すると学生時代からのお付き合いと推測できる。
 どうせ講義かバイトだろう、どうせ部屋の掃除だろう。と、彼の予定――無いも同然を決め付けて、覆されたのなんてせいぜい実家の墓参りくらいだ。
「まさか故人や近親なんとかじゃなかろうし」
「だから貴様、声に出とると」
 ふたりともが酒の席でもがっつり食べる派なので、二人前にしては多めの皿が次々と運ばれてくる。店員の耳目を気にしてアーチャーがランサーを睨んだ。
「正解してたらピンポン押せよ」
「バツ印つきのマスクを進呈したい」
 丸一日趣味の料理をして過ごすと聞き、味見係に押し掛けたアーチャーの部屋で、恋人らしき人物と鉢合わせたこともない。飲んだくれて泊まっても、逆に飲ませて帰さなくても、彼の携帯端末が不平を鳴らすことはなかった。
(何かあればピンときて、とっくに問い詰めてるはずだし)
 出身は違うものの、在学中はバイト先が同じ、うっかり就職先が同じで、交友関係もかぶっている。だのに彼と特別親しい女性が思い浮かばない。
 特別、である。とかく候補が多いのだ。
 まず同僚、バイトの子、取引先から出入りの業者、道でぶつかったご婦人にまで、彼は分け隔てなく甘い顔をする。いわゆる『勝率』を問うと冷ややかな眼差しを注がれるので、女の子との会話を愉しんでいるだけらしいが。
 ランサーの知らぬ人物だろうか。よくぞ何年にも渡って隠し通したものだ。
「おまえがそんなにゴシップ好きだとは知らなかったよ」
 皿をあちらへこちらへと分配し、その間もじろじろ見られていたアーチャーが、甲斐甲斐しく割り箸を差し出しながらうらめしげに言った。
「ゴシップにゃ興味ねえよ」
 パキン、と割り箸を割る。
 きれいに割れるかは占いじみたところがあって、ランサーはたいがい失敗する。
「へえ? まるで尋問のようだが?」
「心配、してるんだろうが」
 色恋に外野がとやかく言っても仕方がないが、アーチャーの場合、同情や成り行きで身を売り渡す恐れが大いにあった。誰かが助かるなら、それくらい。
 挑発まがいの苦言だとて、相手に恩に着せないためだろう。言われたほうは発奮し、自分一人で成し遂げたと思い込む。
「ダチにも言えない関係なんて、ろくでもないに決まってんだ」
 どんな地雷、失礼、ワケアリ女に引っ掛かったのだ。このお人好しは。
 心配。と、アーチャーが目を瞬いた。
「てっきり酒を飲む口実かと」
「オレが心配したら変かよ」
「笑い転げるほどではないが、真顔で体温計を差し出すくらいはする、かな」
「……体温計のがひどくないか、それ」
 ランサーは憮然とする。
 では、そのような存在がいると知れてなお、明かす気はなかったのか。吹聴して回ると思っているのか。相談くらい、してくれてもよかっただろうに。
「別に言いたくなきゃいいけどよ。何かあった時は、誰かに頼れよな」
 オレに、と喉まで出掛けた言葉は飲み込んで、ちびちび皿を突付いていると、ふっと笑う息。
 顔を上げた先で、目を細められる。
「君は存外、可愛げのある男だな」
 思いも寄らぬ評価に、ランサーはぎょっとする。
 だが、先程の仕返しか〝存外〟を付けている。褒め言葉では――、いや、文法関係なしに褒め言葉ではなかった。
「おまえはねえな」
 可愛げよりは、からあげを連れていることのほうが多かろう。彼の得意料理のひとつで、男はだいたい肉と油が好きである。
 ランサーは赤眼を据わらせ、箸で摘んだそれを食い千切る。
「あると言われても困るが」
「なら、オレにも言うんじゃねえよ」
 あからさまにむすりとしたこの顔が、可愛げと評されたのだろう。わかっていても、ふざけた態度が気に食わない。「今度これ作れよ」と言うと、「どれだ」と箸が伸ばされる。外食した時に気に入った皿を伝えておくと、そのうち彼のレパートリーに入るのだ。
 ああ、オレは拗ねている。
 拗ねもするさ。十年来の付き合いの、親友だと思っていた男に隠し事をされていたのだからな。
 それをして申し訳ながるどころか得意気にするのだから、本当にこの男は性格が悪い。
「まあ、心配することはないよ」
 アーチャーが魚の煮付けに箸を入れた。
 するすると身をほぐしていく。私の問題だと言うのだろう。高潔に他者を慮っているようでいて、おまえには関係ないと締め出すも同然だ。
「そのような関係のひとは、今も昔も、私にはいないからな」
「―――あ?」
 ランサーの、つい箸を噛んでしまっていた歯列が開く。
 いない?
 昼間には「いる」と言っていた。
 するとつまり、あれは嘘か。お付き合いの申し込みを体よく断るための。いいや方便だよ、と、彼ならしたり顔で言うだろう。
「おっま……!」
 見たことも聞いたことも、気配さえも皆無のはずだ。
 謀られたと知り、思わずランサーは椅子を蹴ったが、
「お付き合いなんてしたことはないよ。他愛のない口約束を、私が勝手に待っているだけなんだ」
 したり顔どころか透き通った瞳を向けられて、毒気が抜けた。
 すとんと座る。
 数秒おいて、ふつふつと怒りが湧いて出る。
「なんだそりゃ。キープくんってやつかよ」
「古いな。おまえはバブル期の生まれだったか?」
「同い年だろーが」
 いや、生まれでいえばたぶん、そのへんのはずだが。よちよち歩きが経験しているわけもない。
「私が勝手に、と言わなかったか」
 ふざけんなと睨めば、まあ食えとばかり、身をほぐされた煮付けが押しやられる。もう少し噛みごたえのあるものを寄越せ。
「にしたって、約束したってんならそれなりに関わってんだろう。非実在幼女か?」
「その手のフレーズから離れろ。実在している成人だがね。どこの誰が自分を対象に益体もない妄想に耽っているか、すべて把握できるのならばストーカー被害は早晩根絶されるだろうよ」
 遊ぶ男と結婚相手は別。己を棚に上げてそんな尻軽女かと思えば、それも違うと言う。
 他愛のない口約束。益体もない妄想。相手は何も知らない。
「……単に、おまえが馬鹿野郎だって話か?」
「そう」
 貶されて嬉しそうに頷く馬鹿があるか。
 アーチャーは唇を湿したジョッキを手の内に包み込む。眼差しは穏やかだ。ガラスに張り付いた白い泡が、すうっと落ちていった。
「ずっと見ていて飽きない。表情がくるくると動いて、人気者なのに少しも気取らなくて。私のような男にもやさしい。そんなひとに、誰とも結婚できなかったら嫁にしてくれ、なんて微笑まれたら、舞い上がってしまってもしょうがないだろう?」
 私など所詮、路傍の石だと思っていたのに。戯れ言を口にされるくらいの評価はもらっていたんだ。
 そう話す彼が、きれいな顔で微笑っている。
 何を言っていいのかわからずに、ランサーは何度か舌先を空転させた。
「なんか初恋くせえな……。ピュアな男子高校生とカテキョのおねえさんみたいな」
「言われてみればそうかもしれない。高校生でもおねえさんでもなかったがね」
 純心と掛けて騙されやすいと解く。ひとの思い出をエロ本のように言うなと顔を顰めるべき男が素直に感心して、簡単な厭味を理解しない。
「当然それまでも気になる子はいたんだが、同じことを言われてもきっと困って否定したろうな。私は固まって何も言えなかった。人生最高に幸福な瞬間だった。帰り道はずっと夢見心地だったよ」
 でも相手には忘れられてんだろ。瞬時に突っ込めるほどランサーは人でなしではない。
「引く手数多のひとだから、そのうちいいひとを見つけるだろうけど。夢見ているのは自由だろう?」
 アーチャーのわざとらしい作り笑いなら、いくらでも見たことはあるけれど。
 何か混乱して、しばし黙々と皿を突付いた。魚くらい自分でほぐせると文句を言うのを忘れた。
 アーチャーが店員を呼び止めて、ドリンクの追加を頼んだ。アルコールはランサーの分だけだ。あまり飲めない男は最初の一杯を付き合い、あとは烏龍茶に移行する。たまにフレッシュジュース。こっそり酒を混ぜようとして怒られる。
 お冷やをよほど美味そうに呷って、ほうと息を吐いた。
「ああ、初めて打ち明けたよ。皆は何故ああもくだらぬ話で盛り上がれるのかと思っていたが、話すだけで不思議と愉しい気分になるものだ」
 だから酔いの回るほど飲むわけがなくて。ほわほわと頬を上気させている彼は、つまるところ、恋をしているのだ。
 おそらく、見込みのない。
「特におまえの百面相がおもしろかったな」
「よござんしたね。おかげでオレは湿気た酒になってンだが」
 ふふと笑いながら「それはすまない」と謝られても、まったくすまなそうに見えない。
 その女はまだ独身なのかと訊けばアーチャーは頷いたが、特定の恋人がいるかどうかはわからないそうだ。その程度の距離感。
「とりあえずあの資料室の子と付き合ってみりゃよかったのに」
 友人としてプッシュするならこちらだろう。
 敬語で話し掛けていたから、たぶん後輩。年上の気障男に自らぶつかっていく自信と気概は好感が持てる。この男にはそれくらい主張できる女でないと。
「他に想う相手がいるのにか。不義理だろう、それは」
「じゃ正直に言っとけよ。初恋のひとを君は忘れさせてくれるだろうか~とか何とか、その声で。振り向かそうと進んで励んでくれるさ」
「正直……正直とはなんだったか」
 〝とりあえず〟だの〝言っておく〟だの、言い様が遊び人のそれだと白眼視される。ランサーの取り皿にサラダがわさっと乗せられたのは諭す代わりだ。下手なモノマネのせいかもしれない。
 ランサーは口をひん曲げて、ドレッシングの濃いところを選んで摘んだ。
「ともかく妙齢の女性に無駄な時間を使わせる気はないよ」
「おまえのほうはどうなんだよ。もう三十路だぞ、オレら。ぼやぼやしてるうちに、ジジむさいニイさんがホンモノのおっさんになっちまうぞ」
「ひどい言い種だな。しかし年齢については同条件だ。歳を取ってちやほやされなくなった頃なら、私にもチャンスがあると思わないか」
 思わないか、と訊かれても。
「それに体はなるべく空けておきたい。下手にデートの予定など入れたら断るのが面倒だ」
 ランサーは頭を落とした。これは処置なしだ。お試しからの発展なんぞ微塵も考えていない。いつ何時あるかどうかもわからぬ本命からの誘いを、先約より優先させると宣っている。
 初恋を引き摺る男は多い。この小賢しい友人も例に漏れずだったということか。
 ほっとしたような、がっかりしたような。
「じゃあもう、さっさとプロポーズしろよ。他の男に掻っ攫われるのを指咥えて待ってんのか? せめてその口約束とやらを更新して来い」
 中には順番を待って待って粘り勝ちする男だっている。世間様曰く、結婚するなら愛してくれるひと、だとか。そのほうが幸福になれるらしい。
 そのために欠かせないのは日々のアプローチである。
 野菜が多かったかな?と首を傾げていたアーチャーは一転、顔を曇らせた。
「私から申し出るわけないだろう」
「なんで」
「……諦めなきゃいけなくなるから」
 らしくもない小声であった。
「目はねえのか? だっておまえ、」
「ない。まったくない。前世から決まっているほどにない」
 テーブルを睨んで言う。
 プレゼンで対立した時の、いけ好かなさはどこへやったのか。自分で畳み掛けて消沈している。
 まあそうだろう。ダイスに目はあっても、狙ったそれが出るとは限らない。ゴール手前の『ふりだしに戻る』を踏みたくなくて、彼は握ったダイスをあたため続けている。
「まして、知られていない気楽さは何物にも変え難い……」
 絞り出された苦悩の声に、思わず笑った。
「おまえ、可愛げまったくねえわけでもねえんだな」
「は」
 と、いったん持ち上がった鈍色が、ランサーを睨み、皿の上へ落とされる。迷い箸をしながら言い訳のように呟いた。
「呆れているな? いいじゃないか、別に。誰にも迷惑は掛けていないし」
「卑屈になるなよ。オレはただ、フリーなのに男盛りが勿体ねえって」
「ああ、勿体ない時間を過ごしているよ。そうして笑い飛ばされるまでは、私は彼のものだと思っていられる」
 苦笑でいなしていたランサーは、浮かせた手を宙で止めた。
 彼を慕う女性の時間は無駄と切って捨て、己は有意義と宣う面の皮は置いておくとして。
 それと聞き間違うような単語がないか、高速で頭を回転させる。
 ひとり浮かんだ女名は聞き返すまでもなくバツを付ける。ナントカガイドラインにより送り込まれた産業医は、美人だが癖が強い。この友人はそんな特殊嗜好の持ち主ではなかったはずだ。
 ゆえに、まずありえないと外した彼女よりも、ありえない属性を口にする羽目になる。
「………男?」
 アーチャーは確かに『彼』と言った。
 何の用事だったか自分でも忘れた手に、醤油ビンを握らされた。
「言ってなかったか?」
「聞いてねえよ……」
 それだけで説明要らずではないか。彼の消極的な姿勢も、ランサーにすら隠していたことも。
 親しい間柄だとて、センシティブなことではどういう反応をするかわからない。性格や人の好さとは別の次元だ。
 どうりで、ひとに話せるのが愉しいと微笑うはずだ。
「故人や近親者を持ち出すよりは身近だと思うが」
 想っていられるだけで、目に映れただけで嬉しいと。彼ほどの男が取り上げられたくないと縋る、その恋の相手は、女性を恋人にする男なのだろう。
「オレに話してよかったのか」
「君の口の堅いのは知っているよ。そういうわけで、どこの誰だかは追及しないでもらえるとありがたい」
 アーチャーの箸に突き刺された大振りのつくね団子が一口で消える。行儀に煩い彼がもごもごやっているのは、これ以上喋りませんよ、のポーズだろう。
 本当は明かすつもりはなくて、弾みで言ってしまったのかもしれない。ランサーの無神経な発言に、彼はカチンと来たようだったから。
 ふつうなら反省すべきところを、ランサーはにやりと笑った。
「んなら猥談は振ってもいいのか? 気になるね、近くて遠い隣の世界」
 アーチャーは慌てて口の中のものを飲み込んだ。喉に詰まらせそうになったらしい。
 たわけ、と、〆結びにされた割り箸の袋が飛んでくる。
「はぁん。それでおまえ、女に鼻の下伸ばしてるやつらにツンケンしてたのか」
「詮索するなと言っとろうが。常識的に迷惑行為は窘めるものだ」
「どこの馬の骨だかは訊いちゃいねえだろ。あれ、でも一緒にグラビア見てたよな。両刀ってやつ?」
「しつこい」
 わざわざランサーのところから割り箸の袋を奪い、手裏剣のようなものに成形して投げてきた。何この宴会芸と驚いて作り方を訊ねると、アドリブだからわからんと言う。器用な男だ。
 日頃と変わらぬ友人の態度に、これでいてアーチャーはほっとしたようだった。
「ランサー、しょうゆ」
 持ったままの醤油ビンを指摘されて、ランサーは機械的に小皿へたーっと垂らす。
「ん。おまえも使うのか」
「そんなに味を濃くしていたら生活習慣病まっしぐらだぞ」
「ふつうにいらねえって言えや」
「友人の体を気遣ってるんじゃないか」
「体を気遣ってくれんなら、まず口に気を遣え?」
 いつも通りの会話が出来ていることに安心する。
 マナー違反ぎりぎりの軽口は、なんとも思っていないと示すためだった。不躾と認識されている自分が黙りこくっていたら、明日から気まずくなりそうだったから。
(ふーん……、男か。男ねえ……)
 アーチャーが彼の恋路をおいそれと話せない理由はあった。友人として信頼されていなかったわけでもない。
 だのになんだろう。この、じわりと広がる黒い染み。

Comments

  • あい
    April 2, 2021
  • ゆんこ
    March 18, 2021
  • ねいねい
    March 14, 2021
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
Popular illust tags
Popular novel tags