一部、真実の告知
「あー、ようやく落ち着いてきたかなあ」
アルティメット・マジシャンズの事務所で、自分の机に座りながら俺はそう呟いた。
ダームのことは、エカテリーナさんを始め各国の上層部があとを引き継いでくれたので俺がすることはもうない。
アールスハイド国内での事業では色々と役職を抱えてしまっているけど、そのほとんどが軌道に乗り、俺がなにかしなくても動くようになってきた。
俺の今のところの仕事は、各決裁くらいのものである。
アルティメット・マジシャンズの実働部隊として派遣されることも少なくなり、ようやく落ち着くことができ始めていた。
今日の分の決裁書類にサインをした俺は、事務所を見渡した。
事務所も、事務員が増員されたことで人口密度は増したけど、一人一人の業務負担は少なくなったので落ち着いた雰囲気になっている。
優秀な事務員さんたちの仕事ぶりをうんうん言いながら見ていると、俺の無線通信機が鳴った。
「はい、シンです」
この時間に通信機が鳴るということは、仕事でトラブルがあったのかもしれない。
そう思って出たのだが、かけてきたのは意外な相手だった。
『あ、シン君。お仕事中にすみません。シシリーです』
現在育休中で家にいるシシリーからだった。
「ああ、丁度一段落ついたところだったから大丈夫だよ。どうした?」
『そうだったんですね。あの……』
そう言ってシシリーから切り出された話に、俺は眉を顰めた。
「シルバーが?」
『ええ。学院から体調不良になったって連絡が来て早退してきたんですけど……治癒魔法をかけても良くならなくて、どうしたらいいのか……』
シシリーは聖女と呼ばれるほど治癒魔法に長けた魔法使いだ。
そのシシリーの治癒魔法で回復しない。
しかも、それが我が子であるということで、心配になって俺に連絡してきたということだった。
「シシリーの治癒魔法が効かなかったのか……」
『はい……なので、シン君ならなにか分かるかと思って……』
通信機から聞こえてくるシシリーの声は、心配と不安からとても弱々しい。
当然、俺もシルバーの様子が気になる。
「分かった。今のところ急ぎの仕事もないし、俺も早退するよ」
『すみません……迷惑かけちゃって』
「家族のことで迷惑もなにもないよ。それじゃあ、すぐに帰るから」
『はい。よろしくお願いします』
通信を終えた俺は、すぐにカタリナさんに声をかけた。
「カタリナさん」
「はい。どうしました?」
今や、アルティメット・マジシャンズ事務所の事務員代表みたいになっているカタリナさんは、すぐに俺のところに来てくれた。
「今シシリーから連絡があって、シルバーが体調不良で早退してきたらしい」
「まあ、シルバー坊ちゃまが!?」
「うん。それで、シシリーの治癒魔法が効かないらしくて、心配だから早退して様子を見てくるよ」
俺がそう言うと、カタリナさんだけでなく、事務所全体が騒然となった。
「せ、聖女様の治癒魔法が効かない!?」
「そんな……まさか、不治の病ですか!?」
「まさか……そんな病が存在するなんて……」
うーん。
シシリーの聖女としての信頼度が半端じゃないのがよく分かるな、これは。
彼女に治癒できない病気や怪我は、もうどうしようもないという認識なのだろう。
実際、そんなことないんだけどね。
「まあ、そういうことなんで、後はよろしく頼みますね」
「あ、はい……どうか、お気を落とされませんように」
カタリナさんが悲痛な顔でそう言ってくるので、ちょっと不安になってきた。
なので早速ゲートを開いて自宅に戻る。
自宅に戻ると、俺の姿に気付いたマリーカさんが駆け寄ってきた。
「旦那様!」
「ただいまマリーカさん。シルバーは?」
「お部屋でお休みになられています」
「そう。シシリーも?」
「はい。お側に付いておられます」
「分かった」
俺はそう言うと、シルバーの部屋に向かった。
シルバーの部屋の扉をノックすると、中からシシリーの声で返事が聞こえた。
そっと扉を開けると、中にはベッドで横になっているシルバーと、ベッドの横に置いた椅子に座っているシシリーと、その膝の上に座っているシャルがいた。
「ぱぱ!!」
俺の姿を見たシャルが、シシリーの膝から飛び降り俺のもとに駆け寄ってきた。
「ぱぱ! おにーちゃんがしんじゃう! おにーちゃんをたすけて!」
シャルは、悲しみに顔を歪め涙をボロボロ流しながら俺に懇願してきた。
大好きなお兄ちゃんが心配でしょうがないんだろう。
俺はシャルを抱き上げ、安心させるように背中をポンポンと叩いた。
「大丈夫。パパが助けてあげるから」
「ほんと?」
「ああ。だから、安心しなさい」
俺がそう言うと、シャルは涙をゴシゴシ拭いて「うん!」と言って頷いた。
ベッドで横になっているシルバーに近付き、シシリーに状況を訪ねる。
「身体に異常は?」
「それが……全身くまなく調べてみても、どこも悪いところはないんです。でも、明らかに顔色が悪いし体調も良くなくて……」
シシリーは治癒魔法を使う前に、俺が教えたスキャンの魔法で患部を調べることができる。
今やその精度は相当なものになっていて、シシリーが異常を見つけられないというなら身体に異常はないのだろう。
ということは……。
「シルバー、起きてる?」
俺が声をかけると、ベッドで横になっていたシルバーがもぞもぞと身体を動かしこちらを向いた。
その顔色は青白く体調が悪いのが一目で分かる。
これは、なにがあったのか早急に調べる必要がある。
なので俺はシルバーに問いかけた。
「学院でなにか……嫌なことでもあった?」
身体的に異常がないとなると、要因としては精神的なものだと思われた。
なので、学院でシルバーがこんな状態になるような出来事があったに違いない。
そう思って訊ねたのだけど、どうやら図星だったようでシルバーがビクリと身体を震わせた。
俺は、シルバーの気を静めようとベッドに座りシルバーの頭を撫でた。
その瞬間、シルバーの身体が硬直した。
「シルバー?」
「……」
まるで、俺を拒絶するかのようなその反応に驚き、シルバーに声をかけるが反応がない。
これは、無理に聞き出すのは悪手だなと考え直し、ただひたすらシルバーの頭を無言で撫でる。
シシリーも、シャルまで空気を読んで大人しくしていて、しばらく無言の時間が流れる。
しばらくそうしていると、ようやくシルバーの身体から力が抜け、こちらを向いた。
「……おとうさん」
「ん? どうした?」
なにかを訴えたい。
けど、言えないといった表情で俺をみるシルバー。
すぐに問い質したいけど、ここで焦っちゃいけない。
俺は、シルバーが話したくなるまで頭を撫でながらジッと待った。
すると、ようやく決心がついたのか、シルバーが話し出した。
「おとうさん……ぼく……おとうさんの子じゃないの?」
……そういうことか。
魔人王戦役を生き延び、俺とシシリーに引き取られた奇跡の子。
シルバーが俺とシシリーの実子じゃないことは、世間的によく知られている事実である。
しかし、俺とシシリーが登場する物語は恥ずかしくてシルバーたちには読ませていないため、シルバーはその事実を知らない。
俺とシシリーのことを父、母として慕ってくれているシルバーにとって、その事実は重いものであるので告げる時期については慎重になっていた。
「……誰から聞いたんだ?」
「学院の同級生から……貰われっ子のくせに調子に乗るなって言われた……」
「……」
どこのクソガキだ、ソイツ?
どうしてやろうか……。
「お、おとうさん?」
「……ぱぱ、こわい」
「あ、ごめん」
俺がそのクソガキをどうしてやろうかと考えていると、子供たちが怯えてしまった。
ふう、いかんいかん。相手は子供なんだ。
ここは、そんな教育をした親に厳重な抗議を……じゃなくて、まずはシルバーのことだ。
「シルバー」
「……」
俺が声をかけると、シルバーは無言で俺をジッと見た。
俺は、一つ息を吐くとシルバーに告げた。
「確かに、シルバーは俺とシシリーの子供じゃない」
「!」
俺がそう言うと、シルバーは顔を歪め目に涙を浮かべた。
ショックだろうな。
だから、俺もシシリーも告げるタイミングを図っていたのに……。
しかし、知られてしまったのはしょうがない。
俺は、世間で知られているシルバーの事実を教えることにした。
「いいかい、シルバー。実は、シルバーが俺たちの子じゃないってことは……世間の人はほとんど知ってるんだ」
「……え?」
シルバーにとっては衝撃の事実なのだろうが、実は世間一般にはよく知られていることだと知り、目を見開いた。
「世間には、お父さんたちの本が出回ってるの知ってるだろ?」
「うん。おとうさんとおかあさんが、恥ずかしいからって読ませてくれない本」
「あー、まあ、そうなんだけど。実はその本に赤ん坊のときのシルバーも出てきてるんだよ」
「……え!?」
今度はビックリした顔になるシルバー。
そりゃ驚くよな。自分の知らないうちに、知らない自分が本に登場してるなんて。
俺は、その本に書かれている……事実とは少し違う世間で知られている話をシルバーにした。
瀕死の母……ミリアからシルバーのことを託されたことは、正直に伝えた。
赤ん坊にシルベスタと名付けたこと。
幸せにしてほしいとお願いされたこと。
それを、シシリーが快諾し、自分の子として育てると決意したこと。
それに、俺も同調したこと。
以降、俺とシシリーは、全力でシルバーを育ててきたことを告げた。
俺が話している間、シルバーはジッと俺の話を聞いていた。
「シルバーは赤ちゃんだったから覚えてないと思うけど、シルバーの実のお母さんはシルバーのことを愛していたよ。俺たちは、そのバトンを受け取ったんだ」
「……」
シルバーは、学院で『貰われっ子』と言われて傷付いたようだった。
なら、シルバーは貰われっ子などではない、ちゃんとシルバーを愛していた母親から、自分の死の間際にシルバーを幸せにしてほしいと託されたのだと、そう伝えるのが重要だと考えた。
俺の話を聞いたシルバーは、さっきまでの俺たちを拒絶する空気ではなく、なにかを考えるような顔になった。
恐らく、俺の話をシルバーなりに消化しようと考えているんだろう。
「なあ、シルバー」
「……なに?」
「俺たちは……パパとママは、シルバーのパパとママじゃなかったか?」
「そ、そんなことないよ!」
俺の質問に、シルバーは思わずといった形で否定してくれた。
良かった。
俺たちは、シルバーを実の子として育ててきた。
その愛情は、シルバーに必ず届いていると、そう確信していた。
だからこそ、そう訊ねた。
これで「ちょっと違う」とか言われたら、数日落ち込む自信があるわ。
シルバーは、思わず叫んだことが恥ずかしくなったのか、顔を赤くして俯いた。
ずっと父と母だと思っていた人物がそうではないと知らされて、落ち込んで混乱していたんだろう。
それが体調不良として表に出てしまっていたんだと思う。
その証拠に、シルバーの顔色は随分と戻ってきている。
んー、でも、まだ迷いみたいなのも見える。
ここは、最後の一押しをしておくか。
「なあ、シルバー、知ってるか?」
「なに?」
「パパと、爺ちゃんと婆ちゃんな」
「うん」
「血が繋がってないんだぜ?」
「!! うそだ!!」
俺の告白を聞いたシルバーが、正に驚愕といった表情で叫んだ。
シルバーが俺たちと血が繋がってないってことより驚いてない?
安心させてやろうと思ってした告白だったけど、なんか癪全としないな……。
すると、俺たちを見ていたシシリーがクスクス笑い、シルバーの頭を撫でた。
「不思議でしょう? でも、本当のことなのよ?」
「え? 本当に? 本当に本当のことなの!?」
「ええ。パパが赤ん坊の頃にね、魔物に襲われた馬車の中から、マーリンお爺様が唯一の生存者だったパパを拾って育てたの」
「ほ、本当なんだ……あんなにそっくりなのに……」
ええ? そんな言うほどそっくりか?
「じゃ、じゃあ、エカテリーナお婆ちゃんは?」
「それも違うな。爺ちゃんと婆ちゃんの娘でもないし、俺の本当の両親は、どこの誰だか分からないんだ」
「そんな……」
シルバーはそう言ってまた落ち込んでしまった。
これは、エカテリーナさんが本当のお婆ちゃんじゃなくて残念な顔なのか、俺の両親が誰だか分からないことがショックなのだろうか?
……両方かな。
「俺も、シシリーも、じいちゃんも婆ちゃんも、エカテリーナさんも、皆シルバーのことを実の子だと、孫だと、曾孫だと思って育ててきた。そのことは伝わってるだろ?」
「……うん」
「なら、なにも問題はない。シルバーは、シルベスタ=ウォルフォードは俺とシシリーの息子で、エカテリーナさんの孫で、マーリン爺さんとメリダ婆ちゃんの曾孫だと、そう胸を張っていればいいさ」
俺がそう言い切ると、シルバーは少し躊躇ったあと、上目遣いになって俺たちを見上げてきた。
「……いいの?」
おずおずとそう言ってくるシルバーに、俺はキュンキュンしてしまった。
「ああ!」
「もちろんよ!」
「わぷっ」
シシリーも俺と同じだったようで、シルバーを思い切り抱きしめた。
俺も、そんな二人をまとめて抱きしめた。
子供を二人産んで、ますます豊満になった胸に埋もれてシルバーが苦しそうにしているけど、ちょっと我慢してもらおう。
血は繋がってなくても心は、絆は繋がっていたことが再確認できたことが嬉しいんだから。
そうやって三人で抱きしめ合っていると、不満の声があがった。
「しゃるもー!!」
「「「え?」」」
いつの間にか椅子の上に立ち上がっていたシャルが、俺たち目掛けてダイビングしてきた。
「うおわっ!」
幼児だからか、後先など考えずに、文字通り飛び込んできた。
慌てて飛んでくるシャルをキャッチすると、その頬はパンパンに膨らんでいた。
「こら、シャル! 危ないだろ!」
「おにーちゃんだけずるい! しゃるもぎゅってする!!」
俺の注意も聞かず、プイッと顔を逸らしながらそう言うシャル。
シャルそっちのけで、三人だけで抱き合っていたから嫉妬したんだろう。
いかにも怒ってますという表情でそっぽを向くシャルが可愛くて、思わず笑いが零れる。
「なあ、シャル」
「……」
返事がないけど、まあいいか。
「シャルは、お兄ちゃんのこと、好きか?」
俺がそう言うと、さっきまでの不機嫌顔はどこへ行ったのか、キョトンとした顔で俺を見たあと、シルバーを見た。
そして、シャルを捕まえている俺の手から身を捩って脱出し、シルバーに抱きついた。
「わあっ!」
ベッドの上に身を起こした状態でシャルに抱きつかれたシルバーは、支えきれずに押したおされた。
そのシルバーを押し倒した張本人はというと、シルバーの胸に頬ずりをしたあと、ニカッと笑って言った。
「だいすき!!」
そのあまりにも純粋なシャルの叫びに、シルバーは一瞬呆気に取られた顔をしたが、すぐにその表情は笑みに変わった。
「シャル」
「ん?」
「僕も、シャルのこと好きだよ」
「にへへ」
大好きなお兄ちゃんに好きと言われたシャルは、嬉しそうな顔をして笑っていた。
そんなシャルの様子を確認したシルバーは、今度は俺たちの方を向いた。
「……おとうさん」
「ん?」
「おかあさん……」
「なあに?」
俺たちを呼んだあと、少し俯くシルバー。
その頬が、段々赤くなっていく。
そして……。
「……だいすき」
「しゃるも!」
シルバーは真っ赤な顔をしてそう言い、シャルも追随した。
かっわ……!
ウチの子たちが死ぬほど可愛いんですけど!?
その可愛さに再びやられたシシリーが二人まとめて抱きしめ、その上から俺が抱きしめた。
親子四人でぎゅうぎゅうになって抱きしめ合う。
その光景に、シャルは笑い、シルバーは照れ、俺とシシリーはあまりの幸せに微笑んだ。
そのとき、近くの部屋からショーンの鳴き声が聞こえてきた。
「しょーんがないてる!」
最近、すっかりお姉ちゃんになったシャルがそう叫ぶと、シシリーは抱擁を解除して立ち上がった。
「あらあら、仲間外れにされたって泣いてるのかしら?」
シシリーは、クスクスと笑いながらそう言ってショーンのいる部屋へと向かった。
「ええ!? しょーんをなかまはずれになんてしないよ! おにーちゃん! いこっ!!」
シャルはそう言うと、シルバーの手を取った。
「……もう大丈夫か?」
シャルに手を引っ張られ、ベッドから起き上がったシルバーは俺を見てニコッと笑った。
「うん」
その顔を見て、もう大丈夫だと、そう確信した。
「はやく!」
「分かったから、引っ張らないでよ」
急かすシャルと、それを宥めるシルバー。
今までと変わらない、いつも通りの光景。
俺も二人のあとを追って、ショーンの部屋へとたどり着いた。
そこでは、シシリーがショーンに母乳を与え、それをシャルが興味深そうに見つめていた。
シルバーは、母とはいえ女性の胸を見るのは恥ずかしいのか目を逸らしているが、シシリーの側にいる。
それは、とても穏やかで、幸せな光景だった。
この光景は、シルバーが自分の境遇を受け入れ、乗り越えたことで得られたもの。
この上なく貴重な光景に思えた。
さて……本当は、こんな不意打ちじゃなく、ちゃんとした場を設けて告知しようと思っていたんだよなあ。
こんなことをやらかした奴ら……どうしてやろうか?
とりあえず、抗議しとくか?