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いつかは君も空を翔ぶ/Novel by 黒鵐

いつかは君も空を翔ぶ

4,740 character(s)9 mins

前作、ブクマ、評価などありがとうございます!
乙嫁的な槍弓(広義)を書こうと思ったはずなんです。
セタンタを見失った結果、さわりちょっと足しくらいになりました。
いつもの如く私が楽しいお話ですみません。
甘やかさない!って叱ってる弓が一番甘やかしててそれを当たり前だと思って育ってるセタンタくん将来有望すぎません…?

素敵な表紙はベルコ様(illust/60335853)よりお借りしました。

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その日、アルスターの一族が取りまとめる村は村中がざわざわと騒がしかった。
その中心で偉丈夫の村の長とその隣によく似た将来有望な精霊のように可愛らしく、快晴の空のように澄んだ髪と心根を持つ十に満たない幼い少年が呆然と立っている。
向かい合うのは村人たちよりもすらりと背の高い、白を基調とした民族衣装に差し色の朱が彩り、透き通ったヴェールを被り、艶やかな婚礼衣装纏う―――――、

「…男?」

村人の誰かがぽつりと不審げに溢すとよりざわつきが大きくなる。
その婚礼衣装を纏っていたのはどうみても成人している男だった。
少年のように抜きん出て美しい訳でもなく、どちらかと言うと狩人に近い、逞しい身の丈の持ち主だった。
眉をしかめる村長や村人たちの誤解を解くように感情を乗せず、淡々とした口調で口を開く。

「私の村にはもう年頃の娘も、幼い娘もいない、いるのは赤子を抱えた母親か、その母親よりも年を重ねた女性だけだ」
「…嘘だろ…」

大袈裟に溜め息をつき、大きく肩を落とす村人たちには申し訳ないと心の底から思う。
彼らの村は、村長の後継者が一定の年になると、ドルイドの占いで決められた村から嫁をもらうしきたりがある。
それがよりによって廃れ掛けた自分の村だったのが大誤算だっただけで。
気に入らなければ、もしくは子を成せなければ嫁は奴隷としてその村に尽くすと聞く。
自分の村では赤子を抱えた自分より少し年下の母親がいた。
その家族は報せが届いてからずっと村のためならばと泣き暮らしていた。
当たり前だ、年齢としては一番適齢だったからだ。
村人もあまりにも憐れだと泣いた。
それを見て決めた、私が行こうと。
村人たちはもちろん止めたし、報復を恐れたので、自分が村を出たら別の村へ向かうように言った。
向かう先の村には自分が話を通し、その覚悟を買ってくれた。
守ると言ってくれた新しい村の長に自分が持つありったけの金や鉱物を渡すと必要ないと断られたが、どうしてもと半ば押し付けるように渡した。
村人にその話をすると奴隷になりに行くようなものだと怒られ、共に逃げようと言ってくれた。
身寄りのない自分を育ててくれたみんなに今こそ恩を返すときなのだと三日三晩説得した。
折れない自分に泣き張らした村人が弱々しく頷いたとき、ありがとうと呟くと、お礼なんて言われたくないとまた怒られた。
もっとたくさん言っておけば良かったな、と人生で初めて後悔した。
美しく仕立ててやる、と自棄になった村人たちはありったけの絹や鉱物で飾り立てた。
不要と言ってもやらせろ、と泣き笑う彼らに私はそれ以上言えず、黙って従った。
仕上がりを見てうちに嫁に来るか?なんて少し年上の村人が肩を叩いてからかうのをみんなで笑った。
久しぶりに村中が死ぬほど笑った。
悲しいことを振り払うように必死で笑った。
優しい彼らはもうとっくに新しい村へたどり着いているだろう。
ざあ、と乾いた風がヴェールを巻き上げ、色の抜けた銀の髪が顕になり、同じ色の鋭い瞳が長と少年を射抜く。

「奴隷でもなんでも好きにするがいい」

その眼光の強さに村人たちがたじろぎ、動揺した。
長は困ったように瞳を手で覆っていた。
少年だけが真っ直ぐに見つめていたと思うと草食動物のようなしなやかな足で近づいてきて、婚礼衣装の裾を引いた。

「おまえ、名は?」
「…エミヤ」
「良い名だ、それに鷹みたいだ」

鷹、と繰り返すとそう鷹だ!元気いっぱいに頷く。
きらきらと輝く瞳が無邪気さをよりいっそう感じさせた。
乾いた風がまたふわりとヴェールを持ち上げ空を舞うと裾を掴む手に力がこもった。

「その羽で、どこにでも飛んでいきそうだ」
「羽…ヴェールのことかね?」
「そう羽!」

羽じゃない、と教えても羽だ羽だと連呼する。
すると少年は腰に下げていた狩用の帯刀を徐に抜いた。
奴隷の所有印でもつけるのだろうかとその手を目だけで追う。
村人や長が止めに動くよりも早く、一切の迷いのないその手の刃が風よりも早く一閃したのを見届けて瞳を閉じた。
ザン、という音に痛みが追ってくることもなく、不思議に思い目を開けると村人たちが一斉にあーあ、とでも言うように頭を抱えている。
それと相反するように楽しそうな少年の手にはヴェールの大半が握られていた。
正しくは、ヴェールだったものと言うべきか。

「風切り羽は落とした」
「…は、あ?」
「これでお前はここにいるしかないだろ?」

残酷な言葉をなんて無垢に語るのだろうと目眩がしそうになった。
そんな自分の心情など知らず、少年はよろしくな、エミヤ、と笑って飛び付いてきた。
どうしていいのかわからず、戸惑いながらその背を撫で擦るとぐりぐりと腹に頭を押し付けた。
その後も取られまいと離れようとしない少年を村人たちが必死に言いくるめて自由になったのは陽が暮れかけた頃だった。
それが、私とセタンタとの出会いである。



それから、セタンタは十を二つ過ぎ、身の丈が少し伸びた。
顔は相変わらず少女に近いが、毎日のように馬を乗り回してはどの大人よりも大きな獲物を仕留めて帰ってくる。
砂や泥、動物の血で汚れたまま帰ったぞ!と飛び付いて来るのは昔からでいつまでも子供のようだと思っているのは秘密だ。
私はと言うとやはり奴隷の身分となった。
セタンタ付きの奴隷で、本来ならば身の回りの世話を決まった身分の女性が行うのだが、彼が駄々を捏ねるので特別に身の回りの世話をさせてもらっている。
大物を獲りに行くときは囮として草原に馬を走らせ、時には弓で天敵を威嚇することもある。
それを見るセタンタはとても誇らしげだった。
その羨望の眼差しを身に受けるたび、片足に嵌められた靴で隠れた頑丈な鎖の重さが自分の立場を思い知らせた。
そんなことを考えているとエミヤ、と腕を引かれ、セタンタが湯に浸かったまま見上げていて、自分が彼の髪を洗っていたことを思い出した。
自分の知る中で最も上等な絹よりもやわらかく、快晴の空よりも深い青はいつも見ていて飽きない。
高価な花の香りがする香油をたっぷりと纏わせながら手入れをしていると、あぁ、と溜め息のような、吐息のような声が漏れる。

「エミヤの手、気持ちいいな」
「それは良かった…そう言えば長殿がきみを呼んでいた」
「親父殿が?」

大切な話があるのだとか、と言うと、気乗りのしない声でふぅん、と返事が返ってきた。
パシャパシャと湯の表面を足で蹴り水飛沫を上げるのを行儀が悪いと窘める。

「夜はゆっくりエミヤの話が聞きてぇのに」
「それはまた明日だな」
「嫌だ、今日もしろ」
「話が終わってからでは夜も遅い、早く寝ないと背も伸びないぞ?」

うぐ、とセタンタ言葉に詰まり、渋々とわかったよ、と頷くのを見て笑いを堪えた。
村人たちの中でも一際背の高い自分の背を越すのだと必死な彼は背が伸びる、という言葉に敏感だ。
長も同じくらいの身の丈があるので、きっと彼も同じくらいになるだろうとは思うが。
出来たぞと頭を撫でてやれば、おう、とその手に頬を寄せる彼を弟のように、いや弟というには身分が違いすぎるが、確かに眩しく思っていた。



「エミヤ!!」

長の元へ話を聞きに行った彼の怒声が大気を震わせ、自分の些末な寝所から勢いよく体を起こすと、長の側近たちとともにセタンタが部屋へ飛び込んできた。
なんだなんだと思っている間に彼は自分の腕の中に勢いもそのままに飛び込んできて息が詰まった。
側近たちが名を呼ぶのを顔も見たくない、出ていけと怒鳴り付け、怒り心頭に牙を剥く。
そばに置いてあったかつて自分の来た日に狩ったから取っておけと差し出した鹿の遺骸が投げつけられて無惨に砕けるのを横目で見ながら、側近たちが退散するのを見送った。
自分の広くもない部屋がこの瞬きの間に悲しいほど散らかり、溜め息をつきたくなる。
当の嵐の中心は、胸元に顔を埋めて唸っている。
そこに引き絞るような声音が混じり、冷たいものを感じたとき、ひどく胸が騒いだ。

「セタンタ、どうしたんだ?きみらしくない…悲しいことでも?」
「え、えみや…っ、」
「ああ、こんなに泣いて…可哀想に」

甘いとわかっていながら、ぐすぐすと鼻を啜る彼の眦に唇を寄せ、大粒の涙を拭ってやる。
首に回された腕に力がこもり、首筋に顔を埋めると先ほどの香油と甘い子供特有の香りがした。
自分の名を繰り返すと彼の背を大丈夫、大丈夫とゆっくりと擦った。
子供扱いするな、とここ最近はよく言っていたが、こうして甘えてくる彼を甘やかすのが好きだったし、親離れならもう少し先に、と密かに思っていた。

「親父殿が、嫁をとれって言いやがった」

真っ赤になった目をごしごしと擦る手を止めながら、彼の機嫌を損なった原因を聞いた。
確かに彼の年ならばもう嫁をとる年齢としては十分だった。
もう少しすれば野性味のある男性的な顔つきにもなるだろう、肉体もそれに伴うようなそれになる。
むしろ、少し遅かったくらいだが、その要因のひとつに自分がここに来たこともあると思うと申し訳ない気がした。

「ドルイド殿のお言葉が出たのだろう?ならばきみもそういう時期だ」

二柱に括られた布に腰掛け、腰を跨ぐように彼の体を乗せてゆらゆらと宙に揺れる。
すると彼はがばりと体を起こし、またじわじわと涙を溜めるではないか。
どうした、と涙を指の腹で拭うと、やっぱり怒ってるんだ、と落胆した声音が落ちてくる。

「怒ってなど…」
「怒ってんだろ!じゃなきゃそんなこと言わないだろ!」
「セ、セタンタ、落ち着け!」
「…でなきゃ見放したんだ」

ぼすり、と胸元に頭が落ちてきて、息が詰まった。
いい加減力の加減を覚えてほしい。
しがみつくように胸元にくっついたまま、またうぅ、と唸り始めたので、見放してもいない!と訂正するが、彼は信じていないようだった。

「嫁は二人もいらない」
「そうだな、うん…ん?二人?」
「俺の嫁はエミヤだけでいい」
「ん、ん?え?」
「明日の成人の儀が終わったらきちんと抱くから」

待ってろよ、と言うとちゅう、と小さな唇が触れる。
よめ、よめとは、いったい。
セタンタ、と名を呼ぶと蜜を煮詰めたような甘ったるい鮮やかな赤い瞳が見下ろす。

「セタンタ、私は…」
「大丈夫だ、村の全員納得させるから」
「いや、そうではなく、」
「お前は奥ゆかしいからな、ずっと我慢させてきたから、後は俺に任せろ」

腰に跨がられたまま押さえつけられるように胸元に置かれた手の力が思いの外強く、不安定な場所では返すこともできない。
しかもそのまま彼の手が頭を少し乱暴に撫で、前髪がはらりと落ちる。
その手が思ったよりも大きくて彼の成長を感じさせた。

「風切り羽を落としたときからお前は俺の嫁だ」

にぃ、と獰猛な笑みを浮かべて冷ややかに見下ろす赤い瞳に何も言えず、はく、と唇だけが抵抗を試みて小さな唇にその抵抗の術さえ奪われる。
ぬるりと入り込んでくる小さな舌に思わず足をバタつかせると布が大きく揺れるが、おっと、としっかりした体幹で体勢を立て直す。

「セタンタ…っ」
「お前は本当に奥ゆかしいなあ」

こつりと額同士をくっつけて、クスクスと笑い、明日が待ち遠しいな、エミヤ、と重ねられ、何も言えずにその顔を見返すことしかできなかった。
翌日、自分が嫁ではなく奴隷だと知った彼が怒り狂い、慌てた村人たちに人身御供のように嫁として差し出されることになったのは言うまでもない話である。

Comments

  • わんわんお
    July 30, 2025
  • May 23, 2022
  • 紅石まゆみ
    February 21, 2018
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