東日本大震災・原発事故後の復興活動に携わる団体「福興浜団」代表・上野敬幸氏(52)が、活動に関わった知人女性に性的暴行を加えたとして不同意性交等罪に問われている。事件が起こった群馬県の前橋地裁でこれまでに7回の公判が開かれ、検察側は懲役6年を求め、弁護側は無罪を主張し結審。裁判を振り返った被害女性は「弁護人からの二次被害に苦しんだ」と語った。一方、上野氏は「4カ月間も勾留されたことに怒りを感じる。公正中立な判決を求める」と述べた。
「法廷での二次被害に苦しんだ」と証言した被害女性
福興浜団は南相馬市を拠点に活動するボランティア団体。代表の上野敬幸氏は東日本大震災の津波で子ども2人と両親を亡くした。東京電力福島第一原子力発電所事故の影響で捜索に立ち入れなかった沿岸部に地元消防団の仲間と共に戻り、家族を探し続けた。その後は消防団を母体に福興浜団を立ち上げ、菜の花を植えた巨大迷路や追悼花火大会を企画し地域を盛り上げてきた。
上野氏の人生はニュースやドキュメンタリー映画で盛んに取り上げられてきた。2021年の東京五輪では聖火ランナーを務めた。福島の復興に関わる人々の間では象徴的な存在だった。
起訴状によると、上野氏は2024年7月18日未明から朝にかけて、群馬県太田市内のビジネスホテルで知人女性Aさん(当時25歳)と飲酒中、性行為が予想しえない状況で「触らせろ」「見せろ」などと言って恐怖を与えて性交に及んだという。上野氏は「年齢や飲酒の影響で性交には至らなかった」と挿入自体を否定。性的同意があったと主張している。
Aさんは福興浜団の活動に携わるボランティアだった。ジャーナリスト志望で被災地が復興する様子をPRする会社に所属し、ボランティアと取材に専念するために福島県内の原発被災地域に2024年から移り住んだという。Aさんの証言によると、事件が起こった日は避難した知人を取材するため上野氏と一緒に群馬県を訪れたという。取材対象者はもともと上野氏の知人で、3人は懇親会で会食し、2次会、3次会を経て上野氏とAさんの2人になった。
12月2日に開かれた第7回公判は論告・最終弁論で、検察側は懲役6年を求刑。弁護側はあらためて無罪を主張した。「何か最後に言いたいことはあるか」と髙橋正幸裁判長から尋ねられた上野氏は答えた。
「公正中立な判決を望む。自分の中では性的同意があった。なぜ罪に問われることになったのか。勾留され保釈されるまでに4カ月かかった。怒りを感じる」
検察は、有罪とすべき根拠について、「Aさんの証言は重要な点について当初から一貫しており、記憶がないなど不利な点にも誠実に答えており、高度の信用性がある」とした。客観証拠として、性的行為から3日後、上野氏が前触れもなくAさんに対して「傷つけてしまってごめんな。反省しています」とLINEメッセージを送ったことを挙げた。Aさんから「同意のない性行為についての謝罪か」と問いただされても反論しなかったことが、上野氏自身、同意のない性行為だと思っていた理由とする。そして、「被告人の法廷での様子は、反省の態度が見られない。公然と下劣で荒唐無稽な虚偽を述べている」と厳罰を求めた。
弁護人は上野氏を無罪とすべき理由に、「Aさんの証言は混乱や記憶が曖昧な部分があり信用できない」と述べた。「Aさんは当初、性的同意を示していたが、上野氏との件を尊敬する上司に相談し、説得されて性被害と思うようになった」と主張。LINEのやり取りの一部に着目して上野氏に有利な独自の見解を示した。検察から「虚偽がある」と評された上野氏の証言については明確に言及せず、逆に弁護側が考える「性行為に前のめりで退廃的なAさん像」をぶち上げることで、対立する証言の信用性をなくそうとした。
審理を締めくくる今回の裁判では、Aさんが被害者参加人として、率直な思いを語った。衝立越しに時折声を詰まらせながら、約30分間かけて意見を述べた。印象に残った部分を抜粋する。Aさんは、福島県浜通りの自宅に帰宅後、混乱と無力感がどっと押し寄せたという。
「何が起こったか理解できず、泣くこともできませんでした。『人生終わった』と思いました。すぐにシャワーを浴び、体の細胞が取れるんじゃないかというほどこすりました。被告人は避妊せずに挿入してきたのでいくら洗っても不安でした。アフターピルを取りに行った瞬間は忘れることができません」
「なぜ、他人の痛みに鈍感でいられるの?」
配慮に欠いた警察官に当たった。
「群馬県警に被害を相談した時、威圧的な態度を取られ、一時は諦めました。その後も警察と検察にあの時のことを何度も繰り返し説明しなければならず苦痛でした」
心的外傷で毎日溺れているような感覚だったという。夜寝る時は部屋の壁が動いているようで怖かった。一睡もできず昼夜逆転の生活に陥った。
「被告人と似た風貌の人物が怖い。ニュースで突然『福島』の名を聞くと体が硬直してしまいます。仕事ができなくなりました。まだ26歳なのに、前向きに生きることができず、幸せを感じる心を失いました」
福島での生活は苦痛に変わった。
「希望にあふれた移住だったのに、人知れず引っ越しすることになり、別れを伝えられませんでした。大切な仲間との胸いっぱいの幸せの日々だったのに、本当に辛かった。荷物をまとめながら『私は悪くないのに、なぜ離れなければならないんだろう。なぜ逃げなければならないんだろう』と思いました」
怒りは弁護人からの尋問で受けたという二次被害に向いた。
「尋問の時、弁護人は『なぜ逃げなかったのか』、『なぜ顔をひっぱたかなかったのか』と聞いてきました。私より大柄で興奮している被告人にできるはずがありません。裁判の場で被告人を弁護するためならば、さらに被害者を傷つけるような質問をしても許されるんでしょうか。様々な不信感でいっぱいです」
最後は、上野氏に向けて話した。
「2011年の3月11日を思い出してください。震災を経験したあなたに重ねるわけではありません。ただ、突然大切なものを奪われることは同じ線の上にあるのではないでしょうか。あの日、心のよりどころが一瞬で失われました。大切な家族を失うのと比べられないのは分かっています。でも、私も『魂の殺人』と呼ばれる性暴力によって人生を奪われ、生きているのに生きていないような時間が続きました。私自身を失いました。
あなたにも過去と向き合いながら目に見えない苦しみはたくさんあったのではないでしょうか。私にも目に見えなくても、治せない心の傷が残っています」
「他者の痛みを想像してください。もし、あなたの娘さんが同じ目に遭ったらどう思いますか? どうして自分のことしか考えられないんですか。あの震災を経験したのに他人の痛みにどうして鈍感でいられるのか、私には分かりません。あなたには想像してほしい。大切なものが奪われるということを。あなた自身の経験を思い出しながら、真正面から向き合ってください」
判決は3月2日午前11時から言い渡される。