平城京跡に未知の寺院か…仏像や仏と書かれた木簡出土 国家的大事業「東大寺大仏開眼会」との関連注目
奈良市の平城京跡で、2025年に見つかった寺院の一部とみられる遺構から、銅の板に仏の姿を写し取った「押出仏(おしだしぶつ)」や、「佛(仏)」と書かれた木簡などが出土しました。752年に営まれた東大寺の大仏開眼会(だいぶつかいげんえ)との関連が注目されています。 2025年7月、奈良市杏町の平城京跡の発掘調査で、古代の瓦が敷きつめられた遺構が見つかり、まだ知られていない寺院の跡ではないかと話題になりました。
その後も引き続き調査を続けていた奈良県立橿原考古学研究所によりますと、そばから井戸が見つかり、中の土などから「押出仏」と呼ばれる、薄い銅板を叩き出す技法でつくられた長さ8㎝、幅3.5㎝ほどの仏像や、「佛(仏)」などと記された木簡2点が見つかりました。 また、木簡のうち1点は、「天平勝宝四年」(752年)の年号が記されていたとみられ、欠けてる部分があるものの、日付が「4月7日」もしくは「9日」と推定されることが分かりました。
天平勝宝4年4月9日には、当時の国家的大事業だった東大寺の大仏の完成を祝う大仏開眼会が行われたとされていて、関連が注目されています。 当時の記録には、この場所に寺院があったことは記載されておらず、「未知の古代寺院」があったのか…実態解明が期待されます。