My abrupt master
坊ちゃんタニキ×使用人黒弓
跡取り四兄弟三男と記憶が欠落している三兄弟長男使用人黒弓の話。
四男プロトくんも出ます。
My little boy(novel/10286099)
My best daddy(novel/10428726)
と繋がっています。
合わせて読んでいただくことオススメします。
1作目を主軸としているので、槍弓タグ使わせていただいております。
・妄想設定供養
・ご都合設定満載
前作、いいね、ブクマスタンプありがとうございました。
今シリーズはこれにて終了です。
三作全て読んで下さった方いらっしゃいましたら、
お付き合いありがとうございました。
**********ここから宣伝 **********
2019年5月6日スパコミ(大阪)にて
このシリーズをまとめた再録に、お話を一つ加えて発行する予定です。
今から、不安しかないのですが、ご興味のある方は後日お品書きやツイッター等ご確認頂けたらと。
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カチリと冷たい音が響き渡る。
教えられた通りの手順通りに、固い素材を両手で包み込む。
暗い何もない世界の中、不自然にスポットライトがあたる丸い的を真っ直ぐに見据える。
狙うは中心、赤い点。
目を少し細めて焦点をしぼり、人差し指に力を込めた。
パンッパンッ
大きな破裂音と衝撃が終われば、硝煙が鼻に触れる。
両手をおろして、目をこらせば、的の赤い点には小さな穴が空いていた。
「よく出来たね」
降ってきた優しい、渋い男の声。
頭を撫でる大きな手は暖かく、擽ったさに肩を竦めた。
「僕がいなくなったら、君が二人を守るんだよ」
居心地の良い声の主の顔は靄がかっていてよく見えない。
それでも彼の笑みに釣られて、普段下がりがちの口角が上がるのを感じた。
暗い世界から抜け出して、まず目に入ったのは真っ白の天井と心地いい柑橘系の香り。
なにか夢を見ていた気もするが思い出せない。
妙に頭がスッキリしている。
この上なくスッキリしている。
スッキリしていて、スッキリしすぎていて、ここがどこなのか全く思い出せない。
のそりと上半身を起こしてみれば、見えたのは、壁に沿って設置されているシンプルな焦げ茶色のローチェストが二つと、鏡。
薄暗い部屋の中、鏡の中から、しかめっ面でこちらを見ているのは、黒に限りなく近い茶色の肌に、短く刈り上げ剃り込みを入れた白髪の男。男がいるのは、大人二人が十分に眠れる大きさのベッドだ。
左を向けば、まず目に入るのは大きなカーテンで、隙間から光がさしている。
その手前にはローチェストと同じ深い焦げ茶色の丸テーブルと同じ色の椅子が一脚。角にはフロアランプが確認できる。椅子の上には綺麗に畳まれた、白いワイシャツが置いてある。壁には、黒のジャケットに黒のスラックスとネクタイが掛けられたハンガーと、小さい額にはいった抽象的な絵。
真っ白なシーツと薄いグレイの布団から抜け出し、足元にキチンと揃えられていた白いスリッパを履いて立ち上がると、柔らかい絨毯の感触が伝わってきた。
窓に近づき、シャッと一気にカーテンを左右へ引っ張れば、眩しい光が一気に差し込んでくる。
現れたのは白い柵のバルコニーと、手入れが行き届いた青々とした広い庭に、灰色の頑丈そうな壁。
「……」
次にテーブルを見れば、ベッドの中からは確認できなかった薄いノートとボールペンが置かれている。
上品なベージュのノートには表紙に子どもが描いたらしい簡単な蜂の絵と、同じく子どもの文字でアルファベットが並んでいた。
--DEMIYAーー
コンコン、コンコン
背中から聞こえたノック音に、ボールペンを素早くとって体を反転させる。
ペン先を、ノックが聞こえてきた部屋の出入り口に向けて身構えた。
何を怯えているんだと自分へ疑問を投げかけるが、体は力を緩める気はないらしい。
コンコン、コンコン
息を殺す男に、再度呼びかけるように扉が鳴る。
しばらくの沈黙の後、今度はギッと小さく音が鳴り、L字型の金のドアノブが90度回る。
グッと再度ボールペンを握った右手に力を入れ、ゆっくりこちらに向かって開かれる深い焦げ茶色の扉を睨みつける。
開ききった扉から現れたのは子どもだった。
きっちりとした白いワイシャツに黒のチョッキとスラックス。青というよりは紺に近い深い色の髪を緩く一纏めにして肩に垂らした少年。目の周りには白い肌によく映える赤い色のトライバル。トライバルより深い赤の瞳がじっとこちらを見つめている。
思わず、ゴクリと唾を飲み込む。
何も言わず、男をじっくりと観察するようにしばらく見つめた後、少年は一瞬だけ、ローチェストの方へ目線を逸らすと、あぁと小さく声を漏らした。
「今日は、調子が悪い日か」
『調子が悪い』とは何なのか。何の調子が悪いのか。
言葉の意味が飲み込めず、男は顔をしかめた。
「早く着替えろ」
扉をパタンと閉め、まっすぐに男の元へやってきた少年は、椅子の上にあったシャツを両手で持つと、男へ差し出してくる。
男の胸あたりの身長しかない少年は、ボールペンとはいえ、尖った武器を向けている年長者に物怖じする様子は微塵もない。
赤い瞳で男を写したまま、シャツを差し出す手崩さない相手に、やっと男の体の力が緩まる。
「食事が冷める。早くしろ」
カタンと、ボールペンを元あったテーブルに戻して、少年から受け取ったシャツを見つめていれば、少年は着替えを促してくる。
ざっと見たところ時計は見当たらないが、外の明るさと体内時計からして、おそらく朝食のことを指しているのだろう。それにしても、この少年はなんなのか。
少なくとも、ホテルの給仕係には見えない。
椅子に座り、監視するようにこちらを見つめている少年をチラリと見て、大人しく着替えることにした。
今まで気づかなかったが、いやに肌触りのいい、おそらく絹の黒いパジャマを脱ぎ、シャツに手を通す。そのまま、少年に目で指示されるがまま、壁にかかっていたスラックス、ジャケット、最後にはネクタイを身につけていく。
着替えが終わると少年は椅子から降りて、男のジャケットの裾を引っ張った。
付いて来いということなのだろう。
彼に導かれるまま部屋を出て、自分がいた部屋と同じような扉の前をいくつか通り、金縁の高そうな花瓶が置かれた角を曲がって、階段を降りていく。
そのまま大きなシャンデリアがかかった玄関ホールを抜けて、白い扉を通れば、長方形の長いテーブルがある部屋へとたどり着くと、少年はジャケットの裾から手を離す。
真っ白いテーブルクロスがかけられたテーブルには、中央に赤い薔薇が三輪。あとは、白い皿にスープやパン、サラダと目玉焼きが準備されていた。
少年はテーブルの端、お誕生日席へ座ると、静かに男の方を見る。
「そこだ」
くいっと顎で少年が指すのは彼の左斜め前の席で、そこにも同じ食事が用意されている。
言われるがまま席に着くと、少年は小さく頷き、パンを小さく千切って口へと運び始める。
すると、待っていたかのように二人が通ってきたのとは別の、少年の後ろの白い扉が開いた。
現れたのは、ピッチャーを抱えた茶色いワンピースに白いエプロンを身につけた少女。
少女は、二つにくくった朱い髪を揺らして頭を下げると、少年の席のグラスにオレンジ色の液体ーーおそらくオレンジジュースーーを注ぎ始める。
少年はそれを気にかけることもなく食事を続けている。
「早く食え」
何も手をつけず様子を伺っていた男に少年は静かにそういった。
綺麗に並べられた銀色のカラトリーから大きく丸いスプーンを手にとって、まだ湯気が立ち上る琥珀色のスープを掬い口へ運ぶ。
「?」
違和感に首を傾げる。
もう一度同じようにして、今度は浮かぶクルトンと一緒に口へ運ぶが、やはりおかしい。
口の中の温かさが広がるし、だんだんと柔なくなっていくクルトンの感触もある。
今度は、サラダの中からくし切りのトマトをフォークで刺して口に運ぶ。
噛むと、ザラザラした皮とどろりとした種部分が潰れていくのがわかる。
それでも消えない、違和感。
「味がなくても食え」
動きを止めた男に、少年は彼が感じる違和感をピンポイントで指摘してきた。
男は睨むように少年を見るが、気にする様子もなく、彼は淡々と口へ朝食を運び続ける。
一体何が起きているのか、今目の前にある食事が異常なのか、それとも自分が異常なのか。
少し考えてみたが、分からない。どうやら腹は減っているようだし、毒ではないようだか答えを問うのは後で良いだろう。驚きはあれど、混乱はしない頭でそう結論付け、男は目の前に並んだ物を口に運び、飲み込む作業を再開する。
静かにただ、手を動かす二人に、白いエプロンの少女は上品にお辞儀をして、やってきた扉の中に消えていった。
「どこか痛むところはあるか」
広い二人きりの部屋の中、特に目配せはないが、少年が口にする言葉は男に向けられたものだろう。
「特にはないが」
簡単に返事をすると、「そうか」とあちらも短く返事をする。
静かな部屋には、たまにカチと食器が当たる音や服の擦れる音だけが聞こえてくる。
少年と自分はどういう関係なのだろう。と男は考える。食事を一緒にしているのだから、家族、弟や息子という可能性もある。しかし、少年の澄んだ白い肌に対して、男の肌は黒に限りなく近い茶色。血縁関係にあるとは考えにくい。そもそも、食卓の席順からして少年は男より立場が上のようだ。ハッキリと口に出すわけではないが、命令してくるような態度といい、明らかに年下であるはずの、この少年は何者なのだ。
考えを巡らせているうちに、少年は食事を終え、ナイフとフォークを皿の上に置くと口元を用意されたナフキンで拭った。
コンコン コンコン
男と少年が通ってきた白い扉が鳴り、男の声が聞こえてきた。
「坊ちゃん、朝食は終わりましたか?」
「あぁ」
少年が短く答えると、扉が開き現れたのは二人の男。
茶色の長髪を後ろで簡単に縛り、あご髭を生やしたタレ目の男と、朱い長髪を同じようにくくった若い青年。
あご髭の男の髪は、首にかかる程度の長さに対して、青年は腰まで髪を垂らしており、髪の色も瞳の色もエプロンの少女によく似ていた。二人とも男と同じ黒いスーツを着ている。
あご髭の男はこちらに気づくと軽く手をあげ、挨拶してくる。
「デミヤ、おはようさん。調子は……よくない日みたいだな」
『デミヤ』
ーーDEMIYAーー
部屋にあったノートになった名前を呼ばれた。どうやらあれが男の名前のようだ。
考え込むように顎に手を添えたデミヤの横で、少年はあご髭の男を睨みつける。
その視線に男は気まずそうに肩を竦めて、斜め上を向いてしまった。
「コホン」
彼らに様子に、朱い髪の青年が小さく咳払いをする。
部屋中の視線が集まったのを確認すると、青年は口を開いた。
「ご兄弟がご到着しました。談話室に通しております。食事が済んだのでしたらお急ぎください」
「チッ」
凛としているが、どこか幼さが残る声が告げた言葉に、今まで行儀良い印象だった少年は良く聞こえるように大きく舌打ちした。
忌々しいとでも言いたげな表情で、椅子を降りる。
「全部食えよ」
あご髭の男に何か指示した後に、まだ皿の上のものを平らげきっていないデミヤにそう告げて、少年は青年と共に部屋から出て行った。
二人にひらひら軽く手を振ってから、扉が閉まるとあご髭の男はデミヤの前に腰掛ける。
軽くあくびをして、頭をかくと男は、名乗り始めた。
「今日は良くない日らしいから一応自己紹介な。俺はヘクトール。まあ、アンタの先輩みたいなもんだ」
「先輩……」
「あぁ、なんか不満そうだな」
仕方ないかあ。ヘラリとヘクトールは笑って見せる。
少年に言われた通り、皿のものを全て胃に収める作業を終えると、彼はデミヤを部屋から連れ出した。
等間隔に花や壺やらを並べた廊下をゆっくり歩きながら、ヘクトールは慣れたように自分達について話し始めた。
自分達は、坊ちゃんーオルタというらしいーの付き人のようなもので、この屋敷で生活しながら彼の面倒を見ている。大企業の跡取り候補であるオルタは、現在この広い屋敷の主人として暮らしており、彼以外は全て使用人なのだという。特にデミヤやヘクトール、先ほどの青年は学校の送り迎えや休日の護衛を主な仕事としているのだそうだ。もう一人似たような立場の少年がいるらしいが、ちょっとした事情で屋敷を離れて今は故郷にいるらしい。
「基本、平和なんだけどな。まあ、アンタのこともあったしな」
「俺のこと?」
「あぁ。気づいてるかもしれんけど、アンタは記憶障害とまあ感覚麻痺ってぇの?がたまに起きるんだ。坊ちゃんに飛んできた弾を食らっちまってな」
運悪く、休日出先のショッピングモールで起きた立てこもり。
動顚した犯人が無差別に発砲する中、オルタの盾となったデミヤの頭に弾が入り込んだのだとヘクトールは説明した。
手術で弾は無事取り出せたが、後遺症として症状がたまに出てしまうらしい。
「ご主人様を身を呈して守った代償ってわけさ。まあ、今日みたいに調子が悪い日もそんな多くはないし、肝が座ってるのか、たいていこうやって説明すりゃアンタは納得するから。こちらからしたら不便はないけどな」
緩く笑うヘクトールと共に歩みを進めていくと、先程オルタを連れて行った朱い髪の青年が、壁を背にまっすぐ窓をむいて立っているのが見えた。
彼の奥にはまだ出会っていない大男が同じように立っており、こちらに気づくと、ニコリと笑顔で丁寧に会釈してくる。
二人の間にはひときわ立派な深い茶色の複雑が模様が施された観音開きの扉が一つ。
「デミヤだけ中に入るようにと」
足を止めた二人のほうに向き返ると、青年がそう告げる。
ヘクトールが扉をノックすると、「入っていいぞ」とまだ聞いたことのない男の声が入室を許した。
「ほら、どーぞ」
場所を明け渡して、またヘクトールは緩く笑った。
ドアノブに手をかけて、扉を押す。
見た目に反して思ったより軽い。
部屋に入って、まず目に入ってくるのは、大きくて立派な暖炉だ。
壁には動物の剥製に、絵画。大きな大理石の机を囲むように、革張りの立派なソファが設置されている。
ソファには、大きな影が一つと、小さな影が二つ。
小さな影の片方はオルタで、残りの影はそれぞれ彼と同じ赤い瞳に透き通った白い肌と、少し濃さが違うが同じく美しい青い髪をもっている。
「デミヤ!」
オルタでない小さな影がこちらを見るなり、すぐ立ち上がるとそのままかけてやってくる。
腰にギュッと抱きついてきたのは、白いワイシャツに茶色のチョッキと半ズボンを履いた少年だった。
オルタに似ていて、彼よりも背が低く、同じように一つにまとめている髪の色も少し薄いし、顔にトライバルもない。大きい瞳でこちらを見上げて、少年はにっこりと微笑んできた。
「元気だったか?」
身体に特に異常はないが、ヘクトールやオルタ曰く調子が悪い日だ。どう答えたものかとデミヤが考えていると、少年はあぁと察する。
「今日は、良くない日なんだってな」
どうやら、デミヤのことは周知されているらしい。こくりと小さく頷くと、眉をハの字にして残念そうに少年は顔を伏せるが、すぐまた顔をあげると自己紹介を始めた。
「俺は、プロトな。オルタの弟。大きいのは俺たちの兄ちゃんでランサーだ」
よろしくな。と人懐っこい笑みを浮かべるプロト。
なんだかその笑顔を懐かしく感じるのは、同じようなことが過去にあったのだろうか。
表情筋はかなり凝り固まっているらしく表情が変わらないが、微笑ましく感じた。
「待ってたぜ」
腰に抱きついたまま離れる気がないらしいプロトから目を離して、顔をあげると、二人の弟より更に薄い青を刈り上げたい青年、ランサーと、オルタもソファから腰をあげてこちらを向いていた。白いTシャツに細身のジーンズ。ジャケットを羽織っているものの兄弟に比べてラフな格好をしているランサーの手には黒い機器。デジタルカメラが握られていた。
「デミヤ、早速だが写真撮らせてく……ってオルタ! いってぇ」
大声をあげて、ランサーがその場に座り込んでしまう。
オルタが彼の脛を蹴ったのだ。
「おっまえなあ!」
「不要だと言ったはずだ」
「うっせぇ。 “キャスターに“撮ってくるように言われてんだよ」
どうやら、デミヤの写真を別の誰かに頼まれているらしい。
オルタは『キャスター』という言葉にむすっとした顔をして、次はカメラを奪い取ろうとするが、ランサーはそれを阻止しようとなんとか立ち上がる。
ランサーの背丈はデミヤと変わらないので、彼が手を伸ばせば、跳んでもオルタが目的のものを奪い取ることは出来ない。ニヤリと笑うランサーにオルタは更に機嫌悪そうな顔をする。
喧嘩するほどなんとやらというし、兄弟仲は悪くはないように見えた。
「キャスターってのは、ランサー含めた俺たちの兄ちゃんな。」
二人の会話にプロトがすかさず補足してきた。幼いのに気の利く少年だ。
気づけば、デミヤの手は彼の頭を優しく撫でていた。プロトはへへと頬を緩ませて嬉しそうに笑う。
「俺はデミヤと写真撮りてぇな。んで、部屋に飾んの」
「お、プロト。そうか。撮りてぇか。兄ちゃんが撮ってやるぞ」
オルタにがしがし脇腹を叩かれながら、カメラを高い位置で持ったままランサーが近づいてくる。
「な、いいだろ。デミヤ」
チラリとヘクトール曰く、デミヤの主人であるオルタを見ると、彼は手を止めてこちらを睨むように見ているだけで、特に「だめだ」と明確に示してはこない。
写真を撮ることに関して、特に不都合があるような行為には思えず、デミヤは小さく頷いた。
「やった」
長らく腰にまわしていた手を離して、プロトは右手でデミヤの左手を取る。
すると、すぐにオルタがデミヤに駆け寄ってきた。
また何か妨害を始めるのかと思ったが、プロトとは反対側にまわりこむと、無表情で兄のほうへ向き返るだけだ。
「お前も入りてぇのか」
「うるさい」
幼いながらに棘のある声でオルタはまたランサーを睨んだ。
プロトは相変わらずニコニコしているので、二人のやりとりには慣れっこなのだろう。
ランサーも弟の暴言にため息をついただけで、特にこれ以上咎めることなくデジタルカメラを起動させた。
「んじゃー、撮るぜ。笑えー」
濃さの違う二つの青に挟まれるデミヤにレンズが向けられる。
声を合図にプロトはデミヤの腕へしがみつき、オルタは軽く手を握ってきた。
両手に伝わる熱に、懐かしさを感じる。
いつかどこかで同じようにレンズを向けられたような気がする。
一度ではなく、何度も同じように。
ない記憶を探り出すと、低くて優しい男に声が聞こえてくる。
『君が二人を守るんだよ』
「二人……」
カシャリ
「うっし、オッケーだ」
シャッター音の後、ランサーは満足そうに笑った。
プロトはデミヤからぱっと手を離して、ランサーの方へと走っていき、屈んだ彼とデジタルカメラの画面を一緒に覗き込む。写り具合を確認しているのだろう。二人の笑顔から問題なく納得のいく写真が撮れたようだ。
「あんたは行かなくていいのか」
「いい……」
兄弟の輪に入ることなく、デミヤの手を握ったままの少年に尋ねると、相変わらずの調子で答えが返ってくる。
「デミヤ、ありがとな。これで殺されんで済む。」
デジタルカメラを興味津々で見つめてソファに座り込んだプロトを置いて、ランサーはポケットに手をいれたままこちらへやって来る。
『殺される』という物騒な単語にデミヤは顔をしかめた。
「写真ごときでか」
「写真ごときでだ。そもそもこいつがいつまでたってもお前さんの写真送って来なくってよ。俺はちゃんとこっちの写真も送ってや……いってぇええ」
またランサーは大声をあげて、しゃがみこんだ。
オルタはデミヤと手を繋いだまな、まっすぐ足をあげている。また脛を蹴ったのだ。
「余計なことはいい。用事が済んだならさっさと帰れ」
「お前……三ヶ月ぶりに会う兄ちゃんにその言い草はないだろ」
赤い瞳にうっすら涙を浮かべながら訴える兄にオルタはぷいっと横を向いてしまう。
「お前、ほんと可愛くねえなあ。」
「『可愛い』なぞ、お前に思われても嬉しくない」
ずいぶんとこの兄は、舐められている。
まるでコントのようなやりとりに、思わずデミヤは眉を下げてふふと小さく笑った。
今日起きてから、初めての笑みだ。
「……なんだ」
言い合いを止めて、同じ赤い瞳でこちらを見つめる兄弟の視線に気づくと、すぐデミヤはまた顔をしかめた。
「いや、俺はお前が笑ったの初めて見たかも知れん。そうか」
驚いて目を見開いていたランサーの目が優しく細められる。
何か愛おしいものを見るようで、それでいて悲しそうな。
「やっぱり、似てんな。」
「似てる……?誰にだ」
首を傾げたオルタに、ランサーはゆっくり首を振って両手を軽くあげた。
すぐ近くで、彼の脛にむけて蹴りをいれようとスタンバイしていたオルタは、その仕草に握りしめていた手を解いた。
コンコン
「ランサー殿。そろそろお時間です。」
ヘクトールでも朱い青年とも違う、おそらくは扉の前で会釈をしてきた大男の声が聞こえてくる。
オルタの使用人ではなく、ランサーの従者だったのだろうか。
「おぉ、了解だ。弁慶。ちょっと待ってな」
ランサーが返事をすれば、デジタルカメラを手に持ったプロトがやってくる。
「お。ありがとな。明後日叔父貴が迎えに来っからよ。それまで、オルタとデミヤの言うことよく聞くんだぞ」
「分かってるって」
少し乱暴に頭を撫でてくる兄に、くすぐったそうに笑いながらプロトはデジタルカメラを手渡した。
「んじゃまあ、プロトのことよろしくな。」
今度は、オルタの頭をくしゃりと撫でる。
特に返事をすることなく、無表情なまま黙って頷くオルタにランサーは肩を竦めると、今度はデミヤの頭に手を伸ばす。
「……じゃあな」
軽く笑って自分より少し背が高いデミヤの頭をひと撫ですると、ランサーはそのまま部屋を出て行った。
彼が気さくなのか、それとも記憶にはないがそれなりに気の知れた仲なのか。
撫でられたこと自体、悪い気はしないが、不思議な気分だった。
「デミヤ。一緒に寝よう! 三人で」
ドアノブに手をかけたままのデミヤを見上げて、上品な紺色のパジャマを身に纏った青い髪の来訪者はにっこりと微笑みかけてくる。
視線を少し動かせば、がっちり弟に手を掴まれ、瞼を重そうにしながら廊下の窓をぼんやり見つめる同じ紺色のパジャマを着たオルタの姿。二人とも、昼間はくくっていた髪を下ろしており、寝る準備は万端といった様子。
時刻はもう午後11時過ぎ。
デミヤは、知らない間にクリーニングを終えて、ベッドの上に綺麗に畳まれていたパジャマに着替え終わったところだ。
「いいだろう?」
デミヤが困惑しているのに気づいたのか、プロトはでデミヤを見上げると、首を傾げた。
プロトはオルタや他の兄弟とはまた別の屋敷で、使用人と叔父、信頼できる槍の師匠と暮らしているそうだ。
護衛も兼ねている師匠や叔父が、どうしても遠出しないといけないことになり、仕事でプロトの住む街へとやって来ていたランサーが面倒を見る予定だったのだが、別の仕事が入った為、急遽比較的近いオルタの屋敷で預かることになったのだ。
兄にはあの態度だが、くありと軽くあくびをしているデミヤの主人は歳が近い弟には比較的優しいようで、今だっておそらく叩き起こされたところをしぶしぶついて来たのだろう。ちなみに、何度かランサーの脛を蹴っていたが、あれを教えたのはデミヤ自身なのだという。
クイーンサイズだかキングサイズだか分からないが、広いベッドに小さい二人が潜り込んだところで支障はなさそうだし、オルタが特に反対していないのだから断る理由もない。何より、キラキラと期待に満ちた瞳でこちらを見つめる少年を、どうも追い返す気にはなれず、部屋へ入る道をあける。
やったと嬉しそうに笑うプロトは青い髪を揺らしながらベッドへ直行していく。手を握られたままのオルタも引きずられるようにしてそれに続いた。
その様子に、肩を竦めてからデミヤは扉をゆっくり閉めた。
「なんだ」
ローチェストの上に何か茶色のものが二つ置かれているのが目に入る。
長方形の額のようなものが二つ。
近づくとローチェストより明るい板が見えてくる。どうやら伏せられた写真立てらしい。
そういえば、ランサーが『こっちの写真を送った』と言っていた。
彼が言っていた写真だろうか。
中身を確認するために、手を伸ばすとすぐにガシリと手が掴まれ、阻まれる。
「何やってる」
声のする方を見れば、オルタの白い手が強く黒褐色の腕を握りしめていた。
「いや、ここにあるのは何だろうと」
腕を掴まれたまま、かけられた言葉に返す。
オルタの表情自体は今まで通り無表情。
しかし、赤い瞳の中はなぜか不安そうに見えた。
「俺はもう眠い」
「ならば、先に眠ればいい。」
チラリと窓際のテーブル。卓上に朝と同じ状態のまま置かれたノートを見る。
結局、昼間は、プロトの話し相手をしたり、学校の宿題を終えるまでオルタの監視をしたりとこの部屋に戻ることはなく、ノートにも目を通していない。
先ほど着替え終わって、さあ開こうとした時に丁度、二人が訪問してきたのだ。
自分の名前が書かれたノートには、何かデミヤの記憶の手がかりがあるかもしれない。
もう、今日は終わってしまう、今更ではあるもののやはり目を通しておきたかった。
「お前も寝るんだ。」
グイッとデミヤは腕をひかれ、少しよろめいた。
小さな体のどこにそんな力があるのだと不思議になる程強い力で、オルタはぐいぐいデミヤをベッドへ誘導して行く。背中と後頭部しかみえない少年がどんな顔を今しているのか、デミヤには分からない。
「デミヤは真ん中な」
目的地のベッドへつけば、プロトがすでに寝転んでスタンバイしながらこちらを見上げている。
先ほどまでの元気はどこへやら、目をこすって小さくあくびをすると、小さく、ふわりと控えめな笑みを浮かべて、自分の隣をゆっくりポンポンと叩いて来るように促してくる。
オルタも顎で早くいけと指示してくるので、デミヤは大人しくプロトの隣へと潜り込んだ。
続いてオルタもベッドへと腰掛け、ピッと照明のリモコンの音が鳴り、部屋は徐々に暗くなっていく。
仰向けにぼんやり天井を見つめていると、だんだん二人分の体温が伝わってくる。
頭の中で『懐かしい』という単語がまた、浮かんだ。
記憶にはないが、以前もこうして、温かい二つの体温に挟まれて寝ていたことがあった気がする。
「俺たちはよくこうして、三人で寝ているのか」
ぴとりと体を寄せて丸まるプロトはもう、スースーと静かな寝息をたて始めている。
密着はしないもののこちらを向いていたオルタに問いかければ、暗がりの中、うっすら赤い瞳がこちらを見つめてくる。
「……早く寝ろ」
デミヤの問いに答えることなく、オルタは布団に潜り込んでしまった。
結局、自分がなんなのか分からないまま1日が終わってしまった。
今から抜け出してノートだけでも確認しようかと考えていると、布団がもぞもぞ動き、グイッとまた腕を引かれる。
小さくため息をついて、観念する。
「おやすみ、二人とも」
言い慣れたような、それでいて久しいような言葉を口にしてデミヤもゆっくり瞼を閉じた。
カリカリ、カリカリ
かすかに聞こえる音に瞼をうっすら持ち上げる。
まず、見えたのは自分より少し薄い青い髪を垂らして幸せようにむにゃむにゃと身動ぐ弟。
眠る前にそこにいたはずの黒褐色の腕はなく、オルタはゆっくりと上半身を持ち上げた。
そうして、目に入ってきたものは、ローチェストの上の二つの写真。
右には褐色の肌に白い髪の不機嫌そうにそっぽを向いている少年の姿。
左には褐色の肌に白い髪、加えて眼帯をつけてこちらに向かって微笑む少年の姿。
二つの小さな写真立ては昨日と違って、きちんと彼の大事な家族をオルタへ見せつけてくる。
まるで、お前には渡さないぞと、そう言われているような気分になって、まともに話したこともない二人を、強く睨みつける。
「お目覚めか」
フロアランプのあかりの下、テーブルにノートを広げ、動かしていた手を止めたデミヤが立ち上がる。
彼が広げているのは、記憶障害が起きてからの出来事が書き記されている日記だ。
主に、『調子が悪い日』の自分に、自分がなんなのかを知らせるためのものだ。
過去の自分を知る必要など、ないと言うのに。この男はそれをやめない。
『調子の悪い日』の彼は真っ新なのだ。
ただ、オルタの屋敷に住むデミヤとなるのだ。
それ以上に彼を形作るものなど、必要ない。
既に着替えは済んでおり、ワイシャツにスラックス姿の男は少し皮肉めいた笑顔を向けてくる。
「気分はどうかね、“ご主人様”」
今日の彼を形作っている二つの影にもやもやした黒いものを感じる。
それでも、この表情ができる『調子の良い日』の彼もオルタは気に入っている。
「最高だが、最悪だ」
オルタは表情を真似て鼻を鳴らしてデミヤに笑ってみせた。
Comments
- ツキ影March 1, 2019