【嘘!歪曲!】趙漢俊伝説を「天女(神の一人娘=韓鶴子)を送る話」に勝手に作り替えた文教祖
テーマ:独生女(韓鶴子の神格化)
噂によると鶴子夫人は自らを神格化する手段として「神の独り娘(独生女)神学」というものを指示しているとか。
そしてその根拠の一つが「趙漢俊伝説」ですが、この逸話は鶴子夫人の祖母の趙元模ハルモニの祖先だという趙漢俊にまつわる内容を、つい先日も鶴子夫人はこのように語っていました。
『この韓民族を通して天は、皆さんが知っているように本来、天子を送ろうとしたのですが、趙漢俊お祖父さんの銅銭3銭が引っかかって天子ではなく天女を送るとおっしゃいました。これは伝説ではなく、事実です 。』
(お母様のみ言葉 2014年7月1日)
しかしこの内容は、本来の伝説と内容が異なるのです。
文教祖も妻の鶴子夫人も故郷の民話を勝手に作り変えて「天女」が生まれる話にしてしまいます。
誰も知らないと思って・・・。
特に日本の信者は文教祖の故郷(定州)の民話など詳しく知っている人など誰もいないでしょうから、それをいいことに都合のいいように作り変えて、あたかもお母様(韓鶴子夫人)が生まれる為の予言の話だというようにすり替えてしまいました。
この「趙漢俊弥勒」の民話は文教祖の故郷の定州の民話ですが、本当はこういう話のようです。
『万歴任寅年間、趙漢俊なる者がいたが、達川江(※撻川江)に橋がないために京城から義州へ通じる大路の障碍になることを愁え全財産を投じて石橋を架けた。
終わって余財は七文ばかり、それで一足の草鞋を買い取って旅に出たという。
この漢俊は死んで三日目空中より声があって“趙漢俊が弥勒となって出世するからよくこれを祀れよ”という。
村人が声のする方角に行くと一座の石仏が地中から出現していた。
人々はそこに小屋を建て被せたが、これは次第に大きく成長して屋根を突き破ってしまったので大屋をさらに作った。
この趙漢俊弥勒に祈れば男子を得ると信じられている。
この石仏の腹部が異様にふくれているという。このためか趙氏一門の女は成長すると腹がふくれ、あたかも妊娠したようになる。
誰かが石仏の腹部を突き破ったらば、一門の女たちの腹が痛んだので、元に戻したという。
なお明の皇帝が一女をもうけた時、その背中に“朝鮮趙漢俊”の五字があった。
使いを遣わしてその漢俊の有無を問うたが、時の人後患を恐れてその人のいたことを言わなかったので、明の皇帝は女子を妖物として殺してしまった。
もし漢俊が七文で草鞋を買わなかったならば、明の皇太子に生まれ変わったのに、七文を利用したから皇女に生まれ、惨殺されたのだという話である。
この趙漢俊弥勒は民間によく口碑として残されているものだが、ミロクに子授けの機能があること、ミロクが再生すると期待されていること、そして外敵明の皇帝の意のままにならぬことを表示したことがうかがえる。』
(ミロク信仰の研究・宮田登著・未来社)
『萬暦壬寅一六〇二年牧使崔訴の時代、本州人趙漢俊が物を蓄え、石橋を架け始めた。……五年余りかかり、丁亥一六〇七年に工事を終え、趙氏は死んだ。その日からおかしな気運が天に起こり、四日目の夜空中から「趙漢俊は弥勒様となって 再びこの世にお生まれになる」という声が聞こえた。翌朝、その声の聞こえてきた 所を訪ねてみると、なんと大きな弥勒様が大山の南方にそびえるようにして立っていた……。(「定州徳彦志」) 』
(「聖地定州」より)
日本統治下の1927年12月1日の東亜日報にも趙漢俊の民話が掲載されました。

文教祖、鶴子夫人はそろってこの話を後に天女(神の一人娘)が生まれる話として信者に話しています。
これを読むとわかると思いますが、のちに「天女を送る」などどこにも書かれていませんし、そういうように解釈しようにもどこをどう解釈したらそう読めるのか、はなはだ疑問です。
この話は簡単に言うと「趙漢俊という人が橋の工事が終わって死んだ後、弥勒の石像に生まれ変わったという話と、私財銅銭七文(※文教祖は三文といっている)を残したせいで明(中国)の皇太子に生まれずに、明の皇女に生まれて殺された」という輪廻転生、善因善果の内容です。
ですから既にこの話は完結しているのです。
しかし統一教会の原理では「輪廻転生」を否定しているため、「後孫を通じて・・・天女を授ける」と、伝説の内容を歪曲してしまいました。
(参照:http://plaza.rakuten.co.jp/kanteishoku800/diary/200903280000/)
私財の銅銭七文を工事に使い切らなかったので明の皇女に生まれかわったのは趙漢俊本人のことで、決してのちに「韓国の趙漢俊の子孫に天女(神の一人娘)を送る」という話ではないということです。
文教祖は中国の皇帝を天子とも言いますから、それに対して「皇女」を天女と解釈したとも考えられますが、その皇女は韓鶴子夫人のことではありません。
細かいことですが、本来の内容は「銅銭七文」なのですが、なぜか文教祖は「銅銭三文」と記憶しています。
文教祖の幼い時の記憶で物語の正確な内容を覚えていなかったとも考えられます。
統一教会は「弥勒=再臨主」を解釈しているので、韓国人お得意の脳内変換誇大妄想で、「弥勒の話だから再臨主の話に違いない」、これは「お母様の先祖の話だから皇女(天女)とはお母様のことだ・・・。いやそうに決まっている。いや絶対そうだ。」となったのかもしれません。
もともとこの話を言い出したのは鶴子夫人ではなく文教祖のようですが(定州民話のため)、文教祖の歪曲解釈がこの「天女(神の一人娘)を送る」話にすり替えて、鶴子夫人の「神格化」に利用したのでしょう。
この「趙漢俊弥勒」の話は2009年に勉誠出版から「孫晋泰著『朝鮮民譚集』(1930年の復刻版)」として出版されています。
手に入る方は読んでみてください。

さて、この趙漢俊おじいさんの話をことあるごとに信者に語っています。
『ところで、趙ハルモニの先祖の一人、趙漢俊というおじいさんが、自分でその橋を架けると決心して、自分の財産をすべて使って橋を造ったのです。それも、とても立派な石橋だったそうです。お父様も、「その石橋はとても立派にできていたもので、そこには数多くの逸話があった」とおっしゃったのです。ところで、長い年月が流れ、山川が変わっていったので、石橋が水に沈んだり、また表れ出たりしたのですが、そのたびごとに、国家に大事が起こったと聞きました。
その趙漢俊おじいさんが橋を架け終わってみると、銅銭がたった三枚しか残っていなかったそうです。その当時の銅銭三枚は、現在の日本円に換算すればいくらになるかよく知りませんが、ドルに換算したらおそらく三ペニー(セント)にしかならないと思います。そこで、おじいさんはこう考えたのです。これくらいのお金では何も買えない。でも、自分の姿を見ると、履物がなければならない。それで、そのお金をもって草鞋を買ったそうです。
いよいよ竣工式が翌日に行われるようになったのですが、その前夜、眠っていた時のことです。天から神様が現れて、こう言われたそうです。「私が来たのは、お前の精誠が天にしみ通ったからだ。お前の子孫を通じて天の天者を授けようとしたが、銅銭三枚が条件に引っ掛かったので、代わりに天女を授ける」と。
それで、あまりにも驚いて目が覚めた趙ハラボジが扉を開けて外を見つめると、野原の中からなんと弥勒菩薩がわき出てきたというのです。それから、その弥勒菩薩が育ち続けたそうです。それで、三回も家を建て替えたそうです。つまり、最初に建てた家は、弥勒が大きく育ったので、天井に届くようになり、それを破ったために、また建てたそうです。そのようなことが三回もあったそうです。伝説のような話でしょう?』
(お母様のみ言葉 1991年9月23日 札幌)
まず趙漢俊が死んで弥勒像になったはずですが、死なずに弥勒が現れています。中国の皇女に生まれ変わった話も出てきません。
で文教祖はどう言っているのかというと
『だから趙漢俊おじいさんが橋を架け終わって、全財産を売って国に捧げたが銅銭三枚が残ったそうです。自分の服から何から、靴から何から、かえりみず、まさに忠臣の伝統を立ててきたのです。
そのあと橋の落成式に行こうとしたところ服は繕っても着ることができますが、履物がないので草履を一足買ったのです。それが条件になって天子があなたの家門に生まれるようにしようとしたが、息子に生まれることができず娘に生まれるという話があります。それが趙漢俊弥勒として有名です。(定州の)私の家から二、三里しか離れていません。(※韓国の一里は約400m)
息子として生まれることができなかったので石で恨を抱いて....その功臣に天使がやってきて、天の決定に従って息子を送ることができる忠臣の血族になければならないのですが、草履一足が条件にひっかかったのです。そのため息子に生まれなかった恨を抱いて、女に生まれたというのです。』
(「文鮮明先生御言選集」379巻より)
やはり趙氏の家系から「天子ではなく天女」が生まれると、妻の鶴子夫人を神格化に利用しています。
それは統一教会幹部も同じです。
民話の内容を調べればすぐわかるにもかかわらず、なぜ『本当の民話の内容』を信者に伝えないのですか?
それに天のひとり子の再臨主は一人ですが、天のひとり娘なのになぜ妻は三人もいるですか?(笑)
日本統一教会が信者に対して、文教祖の夫人だとして紹介したのは、第一のお母様(崔先吉)、第二のお母様(金明煕)、第三のお母様(韓鶴子)の三人です。
鶴子夫人以外は、そんな予言伝説はありませんでしたが・・・。
ではその前の妻達は、なんだったのでしょうか。
(鶴子夫人以外は、二人とも20歳を越えて文教祖と夫婦関係を持っているので、これも鶴子夫人の時に語った「メシアの妻は10代でなければいけない」という原則とは合いません。二番目の妻とされた金明煕は明らかに不倫関係でした。韓国では正式な結婚は二回だけで、夫人が二人しかいないことは、たいていの信者は知っています。しかし日本では信者に対して不倫相手まで正式に結婚したように偽って講義していました。日本人には文教祖の不倫を隠蔽するために嘘の講義をしたのです。)
統一教会は民話まで歪曲して信者を騙すのはやめてください!!
※初回更新日 2014-07-21 15:02:10
※二回目更新日 2014-08-23 09:06:46

<文教祖も統一教会も鶴子夫人を嘘をついてまで神格化した結果、鶴子夫人を神格化しすぎて(権力が強大化して)、文教祖が逆に排除・裏切られ安楽死されちゃったね、と思った方はクリック!>
※だまされるな! 統一教会=世界平和統一家庭連合です。
(参照:【犯罪隠蔽工作か】統一教会の名称変更を文化庁が認証「世界平和統一家庭連合」に)
そしてその根拠の一つが「趙漢俊伝説」ですが、この逸話は鶴子夫人の祖母の趙元模ハルモニの祖先だという趙漢俊にまつわる内容を、つい先日も鶴子夫人はこのように語っていました。
『この韓民族を通して天は、皆さんが知っているように本来、天子を送ろうとしたのですが、趙漢俊お祖父さんの銅銭3銭が引っかかって天子ではなく天女を送るとおっしゃいました。これは伝説ではなく、事実です 。』
(お母様のみ言葉 2014年7月1日)
しかしこの内容は、本来の伝説と内容が異なるのです。
文教祖も妻の鶴子夫人も故郷の民話を勝手に作り変えて「天女」が生まれる話にしてしまいます。
誰も知らないと思って・・・。
特に日本の信者は文教祖の故郷(定州)の民話など詳しく知っている人など誰もいないでしょうから、それをいいことに都合のいいように作り変えて、あたかもお母様(韓鶴子夫人)が生まれる為の予言の話だというようにすり替えてしまいました。
この「趙漢俊弥勒」の民話は文教祖の故郷の定州の民話ですが、本当はこういう話のようです。
『万歴任寅年間、趙漢俊なる者がいたが、達川江(※撻川江)に橋がないために京城から義州へ通じる大路の障碍になることを愁え全財産を投じて石橋を架けた。
終わって余財は七文ばかり、それで一足の草鞋を買い取って旅に出たという。
この漢俊は死んで三日目空中より声があって“趙漢俊が弥勒となって出世するからよくこれを祀れよ”という。
村人が声のする方角に行くと一座の石仏が地中から出現していた。
人々はそこに小屋を建て被せたが、これは次第に大きく成長して屋根を突き破ってしまったので大屋をさらに作った。
この趙漢俊弥勒に祈れば男子を得ると信じられている。
この石仏の腹部が異様にふくれているという。このためか趙氏一門の女は成長すると腹がふくれ、あたかも妊娠したようになる。
誰かが石仏の腹部を突き破ったらば、一門の女たちの腹が痛んだので、元に戻したという。
なお明の皇帝が一女をもうけた時、その背中に“朝鮮趙漢俊”の五字があった。
使いを遣わしてその漢俊の有無を問うたが、時の人後患を恐れてその人のいたことを言わなかったので、明の皇帝は女子を妖物として殺してしまった。
もし漢俊が七文で草鞋を買わなかったならば、明の皇太子に生まれ変わったのに、七文を利用したから皇女に生まれ、惨殺されたのだという話である。
この趙漢俊弥勒は民間によく口碑として残されているものだが、ミロクに子授けの機能があること、ミロクが再生すると期待されていること、そして外敵明の皇帝の意のままにならぬことを表示したことがうかがえる。』
(ミロク信仰の研究・宮田登著・未来社)
『萬暦壬寅一六〇二年牧使崔訴の時代、本州人趙漢俊が物を蓄え、石橋を架け始めた。……五年余りかかり、丁亥一六〇七年に工事を終え、趙氏は死んだ。その日からおかしな気運が天に起こり、四日目の夜空中から「趙漢俊は弥勒様となって 再びこの世にお生まれになる」という声が聞こえた。翌朝、その声の聞こえてきた 所を訪ねてみると、なんと大きな弥勒様が大山の南方にそびえるようにして立っていた……。(「定州徳彦志」) 』
(「聖地定州」より)
日本統治下の1927年12月1日の東亜日報にも趙漢俊の民話が掲載されました。

文教祖、鶴子夫人はそろってこの話を後に天女(神の一人娘)が生まれる話として信者に話しています。
これを読むとわかると思いますが、のちに「天女を送る」などどこにも書かれていませんし、そういうように解釈しようにもどこをどう解釈したらそう読めるのか、はなはだ疑問です。
この話は簡単に言うと「趙漢俊という人が橋の工事が終わって死んだ後、弥勒の石像に生まれ変わったという話と、私財銅銭七文(※文教祖は三文といっている)を残したせいで明(中国)の皇太子に生まれずに、明の皇女に生まれて殺された」という輪廻転生、善因善果の内容です。
ですから既にこの話は完結しているのです。
しかし統一教会の原理では「輪廻転生」を否定しているため、「後孫を通じて・・・天女を授ける」と、伝説の内容を歪曲してしまいました。
(参照:http://plaza.rakuten.co.jp/kanteishoku800/diary/200903280000/)
私財の銅銭七文を工事に使い切らなかったので明の皇女に生まれかわったのは趙漢俊本人のことで、決してのちに「韓国の趙漢俊の子孫に天女(神の一人娘)を送る」という話ではないということです。
文教祖は中国の皇帝を天子とも言いますから、それに対して「皇女」を天女と解釈したとも考えられますが、その皇女は韓鶴子夫人のことではありません。
細かいことですが、本来の内容は「銅銭七文」なのですが、なぜか文教祖は「銅銭三文」と記憶しています。
文教祖の幼い時の記憶で物語の正確な内容を覚えていなかったとも考えられます。
統一教会は「弥勒=再臨主」を解釈しているので、韓国人お得意の脳内変換誇大妄想で、「弥勒の話だから再臨主の話に違いない」、これは「お母様の先祖の話だから皇女(天女)とはお母様のことだ・・・。いやそうに決まっている。いや絶対そうだ。」となったのかもしれません。
もともとこの話を言い出したのは鶴子夫人ではなく文教祖のようですが(定州民話のため)、文教祖の歪曲解釈がこの「天女(神の一人娘)を送る」話にすり替えて、鶴子夫人の「神格化」に利用したのでしょう。
この「趙漢俊弥勒」の話は2009年に勉誠出版から「孫晋泰著『朝鮮民譚集』(1930年の復刻版)」として出版されています。
手に入る方は読んでみてください。

さて、この趙漢俊おじいさんの話をことあるごとに信者に語っています。
『ところで、趙ハルモニの先祖の一人、趙漢俊というおじいさんが、自分でその橋を架けると決心して、自分の財産をすべて使って橋を造ったのです。それも、とても立派な石橋だったそうです。お父様も、「その石橋はとても立派にできていたもので、そこには数多くの逸話があった」とおっしゃったのです。ところで、長い年月が流れ、山川が変わっていったので、石橋が水に沈んだり、また表れ出たりしたのですが、そのたびごとに、国家に大事が起こったと聞きました。
その趙漢俊おじいさんが橋を架け終わってみると、銅銭がたった三枚しか残っていなかったそうです。その当時の銅銭三枚は、現在の日本円に換算すればいくらになるかよく知りませんが、ドルに換算したらおそらく三ペニー(セント)にしかならないと思います。そこで、おじいさんはこう考えたのです。これくらいのお金では何も買えない。でも、自分の姿を見ると、履物がなければならない。それで、そのお金をもって草鞋を買ったそうです。
いよいよ竣工式が翌日に行われるようになったのですが、その前夜、眠っていた時のことです。天から神様が現れて、こう言われたそうです。「私が来たのは、お前の精誠が天にしみ通ったからだ。お前の子孫を通じて天の天者を授けようとしたが、銅銭三枚が条件に引っ掛かったので、代わりに天女を授ける」と。
それで、あまりにも驚いて目が覚めた趙ハラボジが扉を開けて外を見つめると、野原の中からなんと弥勒菩薩がわき出てきたというのです。それから、その弥勒菩薩が育ち続けたそうです。それで、三回も家を建て替えたそうです。つまり、最初に建てた家は、弥勒が大きく育ったので、天井に届くようになり、それを破ったために、また建てたそうです。そのようなことが三回もあったそうです。伝説のような話でしょう?』
(お母様のみ言葉 1991年9月23日 札幌)
まず趙漢俊が死んで弥勒像になったはずですが、死なずに弥勒が現れています。中国の皇女に生まれ変わった話も出てきません。
で文教祖はどう言っているのかというと
『だから趙漢俊おじいさんが橋を架け終わって、全財産を売って国に捧げたが銅銭三枚が残ったそうです。自分の服から何から、靴から何から、かえりみず、まさに忠臣の伝統を立ててきたのです。
そのあと橋の落成式に行こうとしたところ服は繕っても着ることができますが、履物がないので草履を一足買ったのです。それが条件になって天子があなたの家門に生まれるようにしようとしたが、息子に生まれることができず娘に生まれるという話があります。それが趙漢俊弥勒として有名です。(定州の)私の家から二、三里しか離れていません。(※韓国の一里は約400m)
息子として生まれることができなかったので石で恨を抱いて....その功臣に天使がやってきて、天の決定に従って息子を送ることができる忠臣の血族になければならないのですが、草履一足が条件にひっかかったのです。そのため息子に生まれなかった恨を抱いて、女に生まれたというのです。』
(「文鮮明先生御言選集」379巻より)
やはり趙氏の家系から「天子ではなく天女」が生まれると、妻の鶴子夫人を神格化に利用しています。
それは統一教会幹部も同じです。
民話の内容を調べればすぐわかるにもかかわらず、なぜ『本当の民話の内容』を信者に伝えないのですか?
それに天のひとり子の再臨主は一人ですが、天のひとり娘なのになぜ妻は三人もいるですか?(笑)
日本統一教会が信者に対して、文教祖の夫人だとして紹介したのは、第一のお母様(崔先吉)、第二のお母様(金明煕)、第三のお母様(韓鶴子)の三人です。
鶴子夫人以外は、そんな予言伝説はありませんでしたが・・・。
ではその前の妻達は、なんだったのでしょうか。
(鶴子夫人以外は、二人とも20歳を越えて文教祖と夫婦関係を持っているので、これも鶴子夫人の時に語った「メシアの妻は10代でなければいけない」という原則とは合いません。二番目の妻とされた金明煕は明らかに不倫関係でした。韓国では正式な結婚は二回だけで、夫人が二人しかいないことは、たいていの信者は知っています。しかし日本では信者に対して不倫相手まで正式に結婚したように偽って講義していました。日本人には文教祖の不倫を隠蔽するために嘘の講義をしたのです。)
統一教会は民話まで歪曲して信者を騙すのはやめてください!!
※初回更新日 2014-07-21 15:02:10
※二回目更新日 2014-08-23 09:06:46
<文教祖も統一教会も鶴子夫人を嘘をついてまで神格化した結果、鶴子夫人を神格化しすぎて(権力が強大化して)、文教祖が逆に排除・裏切られ安楽死されちゃったね、と思った方はクリック!>
※だまされるな! 統一教会=世界平和統一家庭連合です。
(参照:【犯罪隠蔽工作か】統一教会の名称変更を文化庁が認証「世界平和統一家庭連合」に)