今日の夕飯メニューは牛のテールスープだ。
ぶつ切りにした牛の骨付き尻尾肉を下茹でしたあと、臭み取りの生姜や葱を加えてじっくりことこと4時間ほど煮込む。それを一晩寝かせたあとに肉を取り出し、骨から肉をこそげ取り鍋に戻して野菜を加えて味を調えればテールスープの完成だ。大鍋いっぱいに作られたスープは丁寧に灰汁をとられており黄金色の澄んだ色をしていた。実に食欲をそそる香りを放っている。
「うむ」
満足の出来に厨房の番人ことアーチャー・エミヤの口角が持ち上がる。あとは夕食に出すだけだ。
とはいえ、夕飯時までまだまだ時間はある。少し置いて味が馴染むので丁度良いだろう。
あとは肉をこそげとった骨の処理のみだ。
3・4人前で約1㎏の牛テールを要する。それがカルデア食堂分となると何十倍にもなるので結構な量だ。このまま捨てても問題はないのだが、骨も命の一部だ。ただ捨てるのも忍びないので、新宿のアベンジャーの元へ持っていくことにする。固い牛の骨も彼の丈夫な顎なら大丈夫だろう。運んでみたら良いオヤツだと喜んで食べてくれた。
「あと骨を食べそうなのは……」
狼つながりで思い出し、とある英霊の元へ向かった。
エミヤが尋ねたのはキャスターのクー・フーリンの部屋だった。
ノックをして応答がないので中に入ると、出迎えてくれたのは彼の使い魔である大型の白い狼犬だった。顔馴染みのエミヤに軽く尻尾を振ってくれた。賢い彼らは主の不在中は番犬代わりにもなる。大きさから言って狼か犬か迷うところだが、犬のように人懐こいので『ワンコさん』と呼ぶことにしている。
「やあこんにちは。お邪魔してもいいかね?」
しゃがみこんで尋ねると、ペロリと手を舐めてくれた。お許しを頂けたらしい。お礼とばかりに頭を撫でると、ごろんと寝転がってしまう。服従ではなく撫でて欲しいというサインだ。お望み通りにわしゃわしゃと胸毛と腹をかき混ぜてやる。白くて艶やかな毛並みはいつまでも撫でていたいくらいだ。暫く毛並みを堪能させてもらったあと、本来の目的を果たすために尋ねた。
「君のご主人はどこにいる?」
狼犬は立ち上がり、こっちだと部屋の奥へエミヤを促した。
キャスターの部屋は工房を兼ねていて部屋の奥にもう一部屋ある。狼犬に促されて布で仕切られた奥へ進むと、壁には怪しげな瓶や植物が所狭しと置かれ、天井にもハーブが吊るされている部屋に辿りつく。広さは割り当てされている部屋の倍ほどあるだろうか、一体どういう仕組みなんだかといつも不思議に思う。
薄暗い部屋の奥に天井が煙っている一角がある。そこにキャスターはいた。机の前で何か作業をしているようだ。その足元にはもう一匹の狼犬が寝そべっていた。エミヤを案内した狼犬がキャスターの足元に擦り寄り来客を知らせる。キャスターは手元から顔を上げてエミヤを見やった。
その口元には煙管が銜えられている。作業中は灰が落ちにくい煙管を愛用しているのだ。白く長い指で煙管を操り、吸い口から唇を離してフッと煙を吐き出した。
「よお、アーチャー」
キャスターはニヤリと笑った。
この玲瓏たる顔で婀娜っぽい仕草をとられると、どこぞの妓楼に迷い込んだ気分になる。
「やあ、キャスター。邪魔してしまっただろうか?」
「構わないぜ。何か用があんだろ?」
「大した用事ではないのだが……」
エミヤは持参した袋の口を開けて牛テールの骨を見せた。ワンコさん達が興味津々と近寄ってきたが食いつこうとはしない。ホントに賢い子達だ。
「夕飯の仕込みで使った牛テールの骨が大量にでたのでワンコさん達のオヤツにあげてはどうかと思ってな」
「どれどれ」
キャスターは袋から二つ取り出して使い魔の前に置き「良し」と声をかけると、二匹はガリガリと食べ始めた。尻尾をふりふりしながら食べているので美味しいらしい。
「あとは好きにやってくれ」
「感謝する。全部上げても大丈夫だろうか?」
「本物の犬じゃなし、問題ないさね」
賢い犬は主人以外の相手から食べ物を受付はしない。しかし主人が許可を出した後ならエミヤでも餌付けすることができるのだ。
さすが使い魔の狼犬、本物の犬なら数時間はかかるであろう固い骨をあっという間に噛み砕き、次を寄越せとエミヤの手に鼻を寄せてきた。
エミヤはいそいそと骨を取り出しパカリと開けた口に放り込んでやる。ガリガリバリバリと勢いよく噛み砕く様は人によっては恐ろしいと映るだろう。しかし動物好きなエミヤの目には美味しそうに食べる可愛いワンコとしか映らない。ニコニコとねだられるままに骨を与えている。
その姿をキャスターは煙をくゆらせながら微笑ましく眺めていた。
(無邪気な顔しちゃってまぁ……)
いつも眉間に皺を寄せて口を開けば皮肉か小言ばかり飛び出す弓兵だが、子供と動物相手には柔らかい口調で自然な笑みを浮かべる。それを間近で観察できるのは中々悪くない。
(にしてもこいつ等には困ったもんだな)
チロリと骨に群がる二匹に冷たい視線を送る。
本来なら作業中に他人が来たら唸る二匹なのだ。だというのに、エミヤが来たら唸るどころか尻尾を振ってじゃれかかる始末だ。全く番犬の役割を果たしていない。
(群れ認定しちまったかねぇ~)
弓兵と自分は定期的に枕を交わす仲だ。そういう関係になってから結構な日数も経っている。弓兵には自分の匂いが、自分には弓兵の臭いが染み付いているのだろう。そうなれば群れの一員と勘違いしても仕方ないのかもしれない。
(餌付けまではされてないから良しとするかね)
弓兵の手から餌を食べるようになったら問題だ。完全に家族認定、この場合は自分の連れ合いと誤認したことになる。弓兵の飯も弓兵も食うがそこまで骨抜きにされたつもりはない。今は味方陣営でもいつ状況が変わるか分らないのだ。
そんな懸念を抱きながらキャスターは目の前の光景を眺めた。
エミヤは最後の一つになってしまった骨を二匹が取り合おうとしたので、短刀を出して二つに分けていた。遺恨のないようきっちり同サイズに分けているのが弓兵らしい。「仲良く食べたまえ」と生真面目な顔をして与えたあと、またふわりと微笑んだ。二匹が食べる様を眺めながら口元を小さく動かしている。こちらまで聞こえなくとも「可愛いな」と呟いてるのが丸分りだ。
(可愛いのはどっちだ)
そんな突っ込みを入れながら、自身の口元が緩んでいるのは誰にも、本人すらも気付いてはいなかった……。
後日、エミヤに餌付けされる使い魔どもを発見してしまい、キャスターは二匹に向かって特大の雷を落としていた。
「ワンコさんを叱らないでやってくれ!私が悪いのだ!!」
「お前は黙ってろ!」
そんなワンコ達を庇うエミヤと叱り飛ばすキャスターの姿が見られたという。
『子育てで対立する夫婦のようだった』
と、運悪く目撃してしまった立香は語ったそうな。
(おわっとけ)
昔飼ってたドーベルマンがモデルです。特に躾したわけでもないのに家族以外からはオヤツを受け取らない子でした。また、結婚前の義兄が遊びに来るたびに唸ったのに、結婚してからは一切唸らなくなった。式を挙げた途端に群れの一員判定されたんですね。どういう基準なのか不思議ですが、本当に頭の良い子でした。え
小学生の頃に飼っていた柴犬は、祖父と父と私以外には余りなつかなかったなぁ。祖母と母相手には、ご飯貰う時だけ大人しかったかな?ただ妹と弟達は、完全に群の下位に見られてたと思う。 でもキャスニキの使い魔の狼達は、私も激しくモフりたいです!