01.キャス弓出会い編
自分より先にいたランサーは、当然といえば当然の結果でグリフィンドールに選ばれていた。
彼ならそうだろう。
自分の番が回ってくるまで、アーチャーはドキドキしていた。
自分は何だろう。ここにいられるなら何でもいいけれど、でも、もしも選べるなら……
「グリフィンドール!」
そう組み分け帽子が宣言した時は、まさか本当に、という気持ちと、うれしいという気持ちでいっぱいになった。
***
一つ年下の、スリザリン寮のバーサーカーとはこの魔法魔術学校に来る前からの知り合いだ。
アーチャーの兄であるエミヤ・オルタがマグルの自宅に戻ってきた時、一緒にくっついてきた少年だった。
見たこともないような美しい少年で、顔に紅い刺青のような痕がある。それもまた少年にはとても似合っていた。
兄が帰省した時に鬱陶しそうによく話している『クー・フーリン』の弟らしい。
兄のオルタは以前からクー・フーリンの家に連れて行かれることがあり、今回もクー・フーリンの家に連れて行かれたそうだが、そこでこの少年になぜか懐かれたらしく、どうしてもエミヤ・オルタの家に連れて行ってほしいと言われたそうだ。
兄はもちろん断ったし、置いて帰る気だったらしいが、気がつくとくっついてきていたらしい。
『本当にクー・フーリン共は鬱陶しくてかなわんな』
忌々しいと言ってはいるが、兄が本気で嫌がっているわけでないことはわかっていた。
本当に嫌な相手と、何年も一緒に過ごすはずがないのだ。
それに、兄から聞くクー・フーリン・キャスターは随分と魅力的だった。
『君、名前は……?』
『クー・フーリン・オルタ』
それが、クー・フーリン・オルタ……バーサーカーとの出会いだ。
寮が別れてしまったのでずっと一緒にはいられないけれど、バーサーカーとは時間を作って会っている。今も人気の少ない禁じられた森の入口付近で、バーサーカーと会っていた。
「君、ちゃんとそちらでうまくやっているか?」
「どうでもいい」
「どうでもよくない」
「そんなことより、エミヤと会えない」
バーサーカーのいうエミヤとは、兄のエミヤ・オルタのことだ。
不満そうに小さく零したバーサーカーに、アーチャーが「今はちょっと、兄さんは忙しいんだ」と返したがバーサーカーは無言だ。これは結構落ち込んでいる。
アーチャーはこっそり兄のオルタと会っていた。
『あのバカは、オレにべったりでな。オレを勝手に敵対視している奴らに目をつけられそうだから、しばらく離れるつもりだ』
どうしてバーサーカーに会ってやらないのか。彼が寂しがっているとアーチャーは兄に訴えたのだが、そう返ってきて、納得するしかなかった。
兄ならそうするだろうし、自分でも同じことをするだろう。
それなら仕方ないと自分なりにバーサーカーを慰めることにした。
自分なんかにできることなどほとんどないが、バーサーカーのことをアーチャーは友人としてとても大事にしている。スリザリンのバーサーカーと仲良くしていると、グリフィンドールの寮生から色々と陰口を叩かれたけれど、そんなものはどうでもよかった。
大事なのはバーサーカーだ。同じ寮とかそんなのは関係ない。
「……避けられてる」
それには答えられずに、アーチャーがバーサーカーの様子を窺うと、バーサーカーが無表情ながらもとても傷ついているのがわかったので、アーチャーの胸は痛んだ。
自分だけは兄と会っていて、兄がどうしてバーサーカーに会わないのか知っているが、バーサーカーは知らないのだ。それは傷つくに決まっている。
自分だったら……と考えると辛くてたまらなくなるが、アーチャーからそれを言うわけにはいかない。
「オレは何かしたのか」
ぼそりと呟いたバーサーカーが、隣に座っていたアーチャーへと視線を移す。その紅い宝石のような瞳に感情は見えず、アーチャーはドキリとしたけれど何も言わずに黙っていた。
「えっと、あの、君は……兄さんが本当に好きなんだな」
「……ああ、そうだ」
バーサーカーの一途さはアーチャーもよくわかっている。
だが、兄にそれは伝わっていない。
『それは一時だけのことだ。アイツも、そしてオレもだが、世間的にまだ子供だ。心変わりはするさ』
兄はバーサーカーのためを思って、バーサーカーを遠ざけている。
だがおそらく、バーサーカーは変わらない気がした。
バーサーカーは、兄にだけは感情を見せていた。わかりにくい中でも、エミヤ・オルタのことだけには感情を動かしている。
けれど、兄が言うのもわかる。自分達はまだ子供だ。これからいくらだって出会いはあるし、他に心を動かすこともあるのかもしれない。
その可能性はゼロではない。
ああ、でも、きっとないな。
自分だって同じような気持ちを抱えているのだ。
だからこそわかる。
これは一時の感情なんかではない。
ずっとずっと続くものだ。
「証明すればいいんだ」
ぽろりと出てきたアーチャーの言葉に、バーサーカーが「どういうことだ」と返す。
「だから、君が心変わりをしないということをわかってもらえたらいいんだ」
「心変わり? ありえんが」
「君は、魅力的だから」
兄も言っていたが、バーサーカーもそうだし、クー・フーリンは全員容姿が整っている。
『クー・フーリン共は容姿だけは特別優れているからな。それで騙されるのは男女とも多いが……まぁ、アレは外見に伴う誠実な中身をしているな、今は』
兄の中のバーサーカーの評価はかなり高い。
おそらく兄自身も気がついていないだろうが、あの兄からあんな言葉が出てくるとはすごいことだ。
だからこそ、兄はバーサーカーのために距離を置こうと思っている。自分ではつりあわないと思っている。
それほどにバーサーカーを大事に思っているのだ。
「よくわからんが、もっと示せばいいのか」
「そうだな。君が兄さんだけだってことを見せればいい」
すぐにはわからないとは思うが、ずっとずっと想い続けていればきっと、おそらく少しはわかってくれるのではないだろうか。
「それで、アイツは避けなくなるのか」
「兄さんは照れ屋だから、避けると思うけど……、君のことは気に入っているから」
「……そうか、お前がそう言うなら、そうなんだろうな」
バーサーカーの瞳があまりにアーチャーにまっすぐに向けられ、信頼を一身に受けたアーチャーは慌てた。
「いや、でも! 私が勝手に思っているだけでっ」
「お前が思うなら、そうだ」
そうだと言え、と言ってほしそうなバーサーカーに気がついたアーチャーは、急いで頷いた。
「もちろん、もちろんだ。私が保障する」
「そうか……」
明らかにホッとした様子のバーサーカーに、アーチャーも安堵の息を漏らす。
そんなに信用されているなんて、うれしくてそわそわしてしまう。
マグルでもそうだったが、ここにきてまでも、アーチャーは何となく遠巻きにされていた。
その理由は色々あるが、まあそんなものだろうとアーチャーは気にしていなかった。
なぜなら、アーチャーには兄いて、バーサーカーもいるのだ。そして……特別な人もいる。
友達らしい友達がちゃんといたことがなかったアーチャーにとって、バーサーカーは初めての友達だ。
バーサーカーの手がアーチャーに伸びてきて、ポンポンと数回軽く叩かれたので、アーチャーは目を瞬かせ自分の手に頭をのせる。
「バーサーカー……?」
「……ん、ありがとう」
「ああ、いや、うん! うん、うん、君の役に立てたならうれしい」
小さくもはっきり聞こえたその声に、アーチャーはうれしくて少し興奮してしまった。
バーサーカーの役に立てたなら、本当によかった。
「あ、そうだ、今夜一緒に……」
「おう、お前ら仲良いな」
その声が聞こえるまで少しも気がつかなかったアーチャーは、座っていた木の株からパッと飛び上がるようにして立ち上がり、逃げようとした。
「おーっと待て待て」
逃げようとするアーチャーが男の腕の中に閉じ込められる。
「ひっ!」
「おいおい、そんなに怖がるなって」
「……おい、キャスター。やめろ」
キャスターとは、バーサーカーの兄の名前だ。
アーチャーの兄、エミヤ・オルタと同い年で、レイブンクローの寮生だ。
バーサーカーがキャスターのローブを引っ張ると、キャスターがニヤリと笑う。
「オルタ、お前、随分と仲良くしてる相手がいたんだな」
「うるせぇ」
「エミヤにしか懐かんお前が仲良くしてる相手が他にいたとはな」
キャスターの腕の中でアーチャーがもがくがまるで無駄で、逃げられそうにない。
「は、離してほしいのだが」
「んー、じゃあお前さん、逃げるなよ」
すぐに答えられずにいるアーチャーに、キャスターが「ハハッ、素直な奴」と笑い、アーチャーの耳元に唇を近づけてきた。
「オレのことを知っているか?」
こくこくとアーチャーは何度も頷く。
ここで彼を、クー・フーリンを知らない者は誰もいない。
ドクドクと心臓がうるさく高鳴っていた。
キャスターは兄の友人で、憧れの人である。
かっこよくて綺麗で強くて……直接話をしたことはなかったが、アーチャーはよく知っていた。
どうしよう。胸が苦しい。
逃げないといけないのに。
「おい、やめろって言ってんだろうが」
バーサーカーが止めようとしてくれるが、キャスターは笑っているだけで離そうとしてくれない。
「わかってるって。お前の友達に何もしねぇよ。ただ、お前が仲良くしてるなんて、しかも、グリフィンドールの奴だ。気にして当然だろうが」
「ごめんなさい、すみません。逃がしてください」
アーチャーがキャスターの腕の中で、キャスターとは目を合わさずに言うが、すぐさま「ダメだ」と返ってきた。
「なぜ逃げる。逃げる必要なんかねぇだろうが」
「でも」
「弟の友達に何かするわけねぇだろ?」
そんなことはわかっているが、でも、できることならここは逃げたい。
なぜなら、兄が言っていたからだ。
『できるだけ、クー・フーリンの長兄、キャスターとは会わないようにしろ』
苦々しく言う兄が割と本気だったので、できることなら兄の言うことを聞いておきたい。
兄のオルタがこんな忠告をするのは珍しいからだ。
バーサーカーにも『兄さんが言うから、できるだけキャスターとは会わないようにしたい』と伝えているので、兄のオルタが望むことならと、バーサーカーも協力してくれていたのだ。
だから今までキャスターとは出会ったことがない。
「こっちを向いて、名前を言え。そうしたら離してやる」
「やめてやれ」
「オルタ、お前がずっとコイツとこそこそ会ってんのは知ってたんだ。そのうち会う機会もあるだろうと思っていれば、全然会わねぇ、さすがにおかしいと思ってな……なあ、何で逃げてた?」
アーチャーは答えずにじっとしている。
どうするかを頭の中で考えるが、実力からいってアーチャーがキャスターから逃げるのはまず無理だ。
どうする、どうしたら。
「ほら、こっち向け」
アーチャーは顎を掴まれて上向かされ、ばっちりと目が合ってしまった。
会った途端、キャスターが驚いた顔をしたのに、アーチャーは戸惑う。
「あの……?」
「もう離せって言ってんだろうが」
バーサーカーがキャスターの腕からアーチャーを助け出し、自分の後ろにアーチャーを隠すようにしてキャスターの前に立った。
「……おい?」
呆然としているキャスターの様子に、バーサーカーが訝しげに顔を顰める。
キャスターはやけに真剣な顔つきで、バーサーカーの後ろにいるアーチャーへと声を掛けてきた。
「オレはクー・フーリン・キャスター……キャスターだ。お前さんは?」
「…………」
「オレの弟にはグリフィンドール生がいてな」
もちろん知っている。
彼を知らないグリフィンドール生などいない。
いや、この学園で彼を知らない者などいない。
アーチャーにとっても、特別な存在だ。
「いずれわかることだぜ?」
それもそうだと、アーチャーは息をつく。
今もう見つかってしまった時点で、逃げることはできない。
ごめんなさい、兄さん。
「……アーチャー……」
「そうか、アーチャーか……アーチャー」
ビク、とアーチャーが跳ねた。
蕩けるような甘ったるい声に驚いて、心臓をバクバクさせる。
バーサーカーの「おい、近づくな」という声が耳に入ってきて、キャスターが近づいてきたのだと知ったが、バーサーカーを押し退けて真向かいに立つキャスターをアーチャーが見返した。
困惑するアーチャーに、キャスターが微笑む。
何とも美しい笑顔に、アーチャーの心臓がきゅうっと締め付けられた。
アーチャーはクー・フーリンの顔にとてつもなく弱い。
自分でも自覚しているが、本当に本当に弱いのだ。
「これからはお前さんとオレは知った仲だ。だから、オレを見ても逃げないでくれよ」
「……は、はい」
ここで、兄に言いつけられているので、たぶん逃げます、とは言えない。
できれば会わないようにしようと思いながらアーチャーは返事をした。
「そうかそうか、約束だぜ?」
「え……あ」
おい、とバーサーカーの声に被せて、キャスターが確認してきた。
「アーチャー、約束してくれるな?」
がしっと両肩を掴まれて顔を近づけられると、アーチャーは最高潮にときめいてしまって、頭の中が真っ白になってしまった。
「アーチャー? 約束してくれるんだろう」
「わ、わかりました……!」
あまりにドキドキしすぎて恥ずかしくなりながら答えると「約束だ」とキャスターの甘やかな声が聞こえ、アーチャーの額に柔らかなものが押し付けられた。
「……え……?」
今の、何?
驚きに目を見開くアーチャーに、キャスターが笑みを湛えている。
何だ、何、何で。何が起きている。
目の前のキャスターがなぜかとてつもなくうれしそうに見える。
なぜだ、どうして。
『なぜキャスターには会ってほしくないかだと? そんなことは決まっている』
兄が、はっきりと言った。
『間違いなくお前を気に入るからだ』
まさか、とアーチャーは思ったが……いや、まさか、そんな。
こんなに美しくて頭もよくて、名誉も実力も何もかもを持っているキャスターが、自分なんかを気に入るなどと。
「オレはお前さんが気に入ったぜ、アーチャー」
アーチャーは息を呑んだ。
それは困る。
兄の言いつけを守れないことになってしまう。
「どうした、アーチャー、随分と動揺してるみてぇだな」
アーチャーはゆるゆると首を横に振るのがやっとだ。
「これからよろしくな、アーチャー」
煌く笑顔のキャスターに、アーチャーは何て答えたのかよく覚えていない。