Re:Ron特集「時代のことば」 ヒムパシー
「優しい人だった」「才能があるのに」「そんな風に見えない」――。性暴力加害者の男性に同情が向けられることを指す「ヒムパシー」という言葉があります。英語の「him」と「sympathy」(同情)を掛け合わせたもので、2010年代後半に米国で使われ始めました。ジェンダーを研究する鈴木彩加・筑波大学准教授は「日本にもヒムパシーはある。性暴力被害を軽視し、被害者を傷つけることにつながる」と指摘します。話を聞きました。
話題のキーワードや新たな価値観、違和感の言語化……時代を象徴する「ことば」を、背景にある社会とともに考えます。
――ヒムパシーとは何でしょうか。
性暴力の加害者の男性に対し、「いい人だった」などと同情の声を寄せることを指します。直接的な誹謗(ひぼう)中傷ではありませんが、「被害者はウソをついているのかもしれない」との考えに周囲を誘導しかねません。性被害の矮小(わいしょう)化につながり、被害者を傷つけます。
『ひれふせ、女たち』(原題「Down Girl」)などの著書があり、フェミニズム哲学を研究するケイト・マンが、性暴力加害をめぐる言説を考えるために提唱しました。
■名門私大で起きたレイプ事件
2015年、米スタンフォード大の学生が学内でレイプ事件を起こした際、有力な水泳選手であった加害者に同情の声が集まりました。判事も被告の「将来性を憂慮」して懲役6カ月(実際は服役3カ月)保護観察3年間という刑を与えました。メディアも「有望な水泳選手」という側面を強調しました。この事件を論じるとき、マンが持ち出した言葉が「ヒムパシー」です。
――ヒムパシーはどのように社会に表れるのでしょうか。
日本でも、著名人が性暴力の問題を起こしたときなどに、個人的に知っている人が「優しかった」と表明したり、「才能がある人なのに」などとSNSに投稿したりする例が相次いでいます。
これは、ヒムパシーです。
男性による痴漢問題が話題になる際、被害者によるでっちあげの可能性が取り沙汰されるのもその一種と言えるでしょう。
同情を寄せる側は男女を問いません。ただ、同情を向けられるのは加害者の男性です。女性加害者へ向けた「ハーパシー」といえるような現象は存在していません。
――なぜヒムパシーが生まれるのでしょうか。
女性に比べ、男性の方が社会的な信用を得る地位に就いていることが多く、全体として見た時に男女間には権力勾配があります。
性被害はこの勾配の中で起きます。すると、「そんな『ささいなこと』で、『将来のある彼』の人生がめちゃくちゃにされていいはずがない」という心情が働くのでしょう。
「レイプ神話」も影響していると考えます。「加害をする人は薄気味悪くて冷酷で、被害者は派手な格好をし、見知らぬ人から夜道に襲われる」といったものです。だからこそ、自分の知っている「優しいあの人」が、そんなことするはずはないと思ってしまうのです。
実際は違います。加害者は力関係によって態度を変えます。性暴力は、顔見知りの関係の中で起こるケースが多い、との事実もあります。
――性暴力は「ささいなこと」ではないのですが、そう捉えられている社会だからこそ、ヒムパシーが生まれるとも言えるのでしょうか。
その背景として、性暴力被害の深刻さが過小に評価されている社会の存在があります。そうした社会は、被害を「恥ずかしいもの」と見なして語りづらくさせたり、被害を公にする人をバッシングしたりと、性暴力を不可視化する様々な圧力があります。
マンは、ヒムパシーがはびこっている社会は「レイプを許し、レイプしても保護し、レイプするよう助長さえしている」と厳しく批判しています。
■被害者を否定しないために
――それでも、「そんな風に見えない」などとつい口走ってしまいそうです。
誰に対しても凶暴な人は、なかなかいません。「とてもお世話になった」「良くしてくれた」というのは、「あなたにそういう面を見せていた」ということに過ぎず、別の人には別の顔を見せていることは十分にあるのです。
ですから被害を相談された時、自分には「いい人」に見えるからといって、「そんな風に見えない」などと否定しないでほしいと思います。
ヒムパシーは、被害者をおとしめようという意図がないかもしれないところが難しいところです。加害者の男性をかばうような発言を聞いたら、「加害者に肩入れするのはどうして」などと素朴な疑問を投げかけ、どうして同情を向けてしまうのか、発言した人に考えてもらってはどうでしょうか。
すずき・あやか 1985年、静岡県生まれ。筑波大人文社会系准教授。ジェンダー平等などに対するバックラッシュ(揺り戻し)やミソジニー(女性嫌悪)について研究。著書に『女性たちの保守運動:右傾化する日本社会のジェンダー』(人文書院)など。同書で第20回大佛次郎論壇賞。
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- 【視点】
ヒムパシーは、スポーツにおけるパワハラ指導で子どもを傷つけたり、少数ではあるが自死に追い込んだ指導者に対してもあります。例えば、「監督としての才能があるのに」「ほかの選手には優しい人だ」「パワハラをしたかもしれなが、自分がいまあるのは監督のおかげ」と同情を向ける人は少なくありません。 たとえそれがある個人を指さない一般論だとしても「亡くなった子どももいるのに」と胸がざわざわします。鈴木先生が性加害者へのヒムパシーについて、『直接的な誹謗(ひぼう)中傷ではありませんが、「被害者はウソをついているのかもしれない」との考えに周囲を誘導しかねません。性被害の矮小(わいしょう)化につながり、被害者を傷つけます』と言及している部分も通底します。 それでも、少しずつ意識は変わってきています。ある若い指導者が、パワハラ指導を続ける恩師に対し「指導力は評価するけれど、共感はしない」と話していました。 スポーツの現場でも、ヒムパシーが生まれる背景に、パワハラ被害の深刻さが過小に評価されている社会があります。被害を受けた子どもを「弱かった」とか訴え出た保護者のことを「過保護だ」とか「わが子が補欠だったから腹いせだ」とバッシングすることがあります。まさにパワハラを不可視化する圧力です。 学ぶ余裕がないこんな時代だけれど、真摯な学びが必要だと感じます。
…続きを読む - 【提案】
今回の記事で指摘されている「ヒムパシー」は、日本の社会にも深く根付いている問題だと感じます。 私は、#芸能人を守る法律を作ろうという署名活動を行い、芸能界に根深く残る性加害問題に取り組んできました。芸能界では、権力勾配がわかりやすい形で存在しています。そのようななか、加害者男性への過度な同情は、その状況をさらに悪化させ、性被害の当事者が声を上げにくい社会構造を再生産しています。 「優しい人だった」「才能がある」という言葉は、加害者の持つ一面的な情報に過ぎません。芸能人も、マスメディアに出ているそのままのキャラクターで日常生活を送っているわけではありません。加害者は立場を利用して態度を変えることが十分にあり得ます。人は誰しも多面性を持っており、ある場面で見せる顔が全てではないのです。被害者の訴えを矮小化するような言動は、厳に慎むべきです。 さらに、社会全体で「沈黙の螺旋」を断ち切る必要があります。性被害を「恥ずかしいもの」とする風潮をなくし、被害者が安心して相談できる環境を整備することが急務です。他国でも、性暴力に限らず、芸能人と所属事務所との権力勾配が問題になっており、立法措置がなされた国もあります。現時点の日本では芸能人の人権に特化した立法はなかなか進みそうにありませんが、現在芸能人として働いている人のためだけでなく、これからの芸能界の持続可能性のためにも、不均衡な商習慣に規制をかけるような立法措置が必要です。 「ヒムパシー」の問題は、性暴力に限らず、様々なハラスメントや差別の問題にも通底します。私たち一人ひとりが、無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)に気づき、言動を改めることが、より公正な社会の実現につながると信じています。
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