伊藤 穰一 MITメディアラボ所長。1966年京都生まれ。4歳からの10年間を米国ミシガン州で過ごし、タフツ大学、シカゴ大学を中退。非営利団体クリエイティブ・コモンズの会長を務めるほか、ベンチャー投資会社Neoteny Labsなど、さまざまな団体・企業の活動に深く関わっている。 Photo: Jessica Scranton for COURRiER Japon
Interview by Hiroaki Minami and Yosuke Iseki
事業家やベンチャーキャピタリストなどさまざまな顔を持ち、世界中を飛び回って活躍を続けている伊藤穰一。常に時代の一歩先を歩んできた彼がメディアラボの所長に就任したことで、どんな変化が生まれるのだろうか。
変化が求められていたメディアラボの新所長として、伊藤穰一は約250人の候補者のなかから抜擢された。就任後早くも、新たな風を吹き込んでいる彼に、メディアラボの今後のビジョンを聞いた。
シリコンバレーと共通のDNA
──まず、メディアラボの新所長に選ばれた大きな理由は何だったと考えていますか?
あと、西海岸系の遺伝子が、東海岸のメディアラボには少ないので、そういう文化を持ち込んでくれる人がいい、というのもあったと思います。
──西海岸と東海岸の文化の差を感じることは多いですか?
伊藤 はい、ずいぶん文化は違いますね。たとえばスタンフォード大からはどんどんベンチャーが生まれてくる。それには遺伝子的な要素も、環境的な要素もあるでしょう。
一方で、東海岸はインターネット、ベンチャーの波にいろんな理由で乗らなかった。でも、それをコンプレックスに感じている人もいれば、もともとインターネットはボストンから始まっている部分も多くて、そこにプライドを持っている人もいる。
──所長就任後、ブログに「(メディアラボには)共通のDNAが存在していた」と書かれていましたが、どういったところに共通のDNAを感じたのでしょう?
伊藤 みんなものを作るのがメチャクチャ好きで、何にでも好奇心がある。そして、ものの詰めかたとか進めかたの雰囲気がすごく僕の方法に似ていて、まったく「枠」がないんです。
これをしてはいけない、自分はこれをやるべきだ、っていう枠がなくて、とんでもないものを組み合わせて新しいことをやっていこうという意識がある。ボーダーレスにものを創造するのが好きという点では僕も同じだし、これまでは個人単位でいろんな会社と付き合ってきたけれど、メディアラボはそれを組織化していたわけです。
──自分に似た人たちが集まっている場所を見つけた感覚ですか?
教授たちに関しては、僕は本当にみんなの研究に興味があるし、彼らがやっていることを理解して、それをつないだり、サポートしたりするのが好きなんです。そういう意味で言うと、ビジョンはあるけれども、彼らの研究に深くまでは入っていかない。それがすごくいい関係なんですよね。
求められる変化とは
──メディアラボを創ったニコラス・ネグロポンテは、メディアラボにも「変化のとき」がきていると指摘していますね。
伊藤 ニコラスが所長だった頃は、比較的、プロダクトとか知的財産などが重要視されていました。メディアラボ自体もどちらかというとメディアラボというコンテナのなかで、いろいろなプロダクトを考えたり、アイディアを作ったりしていました。
ですが、これからはメディアラボがネットワークの一部にならなければならない。メディアラボが一つのプラットフォームになって、多くの会社や技術者を集め、さまざまなエコシステムを作っていかなければならないと考えています。
──そういった考えは、オープン・イノベーションの思想からくるものなんでしょうか?
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