「オープンな場」で最先端のネット技術を
MITメディアラボ所長に就く伊藤氏に聞く
編集委員 小柳建彦
デジタルガレージ取締役の伊藤穣一氏が9月、世界屈指のIT(情報技術)研究機関であるマサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボの所長に就任する。
伊藤氏は米国の2大学を中退しているが学位を持たず、これまで基本的に起業やベンチャー投資というビジネスの世界で生きてきた。学術機関のトップとしては極めて異例の人事を通じて、伊藤氏と同ラボは今後何を生み出していくのか。インタビューでの発言から探ってみる。
人事では「学位」より「インパクト」重視
伊藤氏はタフツ大のコンピューター科学科、シカゴ大の物理学科と2回大学を中退している。「型にはまった教育内容があまりにも退屈だった」という。十代のころ、父親の師匠だったノーベル賞学者の福井謙一氏に「大学が役に立った時代は終わったので行かなくていいよ」と言われたことも、影響している。1980年代、高校を出るか出ないかのうちから、パソコン通信などの分野でビジネスを始めていたことを考えると、まさしくゲイツ氏やザッカーバーグ氏に通じる、教育制度にはまりきらないIT起業家タイプだといえそうだ。
ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)やブラウザー(閲覧ソフト)といった技術が登場した90年代前半からインターネットでいろいろな実験や起業に加わってきたこと、米国育ちであることなどを背景に、これまでネットの発達を担ってきた世界中の学者やビジネスマンと広く深い人脈を築いてきた。メディアラボ創設者のニコラス・ネグロポンテ教授とも親しい。昨秋、MIT理事の立場で最初に所長ポストを打診してきたグーグル幹部のメーガン・スミス氏とも、20年来の付き合いだという。
それでも伊藤氏は所長の打診を受けたとき、学位のない自分の所長就任がそう簡単に承認されるわけはないだろうと思っていたという。だが300人以上の候補者から選ばれたのは自分だった。
異色のIT研、アバンギャルドな成果も
メディアラボは電子工学やコンピューター科学ではなく、建築学部に作られた組織。ネグロポンテ氏ももともと建築の教授だ。コンピューターを使った設計・デザインの可能性を探るうちに、コンピューターや通信そのものの表現力や使い方の可能性を探る学際的研究所として同ラボを1985年に創設するにいたった。つまりIT系の研究所としては成り立ちからして異色といえる。その後同ラボはすべての情報がデジタル化していくデジタル革命の案内人役を担いつつ、アートなどアナログ的、人間的な分野とITを融合させるプロジェクトを多く手掛ける。研究成果は視覚的にもアバンギャルド(前衛的)なものが多い。そういう意味でも、論文を審査するような伝統的な選考手法をかなぐり捨てた今回の人事は、極めて同ラボらしいといえる。
ソーシャル技術も使いイノベーションを
スタンフォード大は在学生がヤフーを生み、グーグルを生んだ、いわばベンチャー起業家の養成機関的な役割を果たしている。地元シリコンバレーの起業家、経営者による授業も多く、学長のジョン・ヘネシー氏も起業経験がありグーグルの取締役も務める。大学の内と外の壁が限りなく低く、結果的にシリコンバレーでの産学の連携や交流が極めて盛んになっている。これに比べると、東部のボストンにあるMITは外界との垣根が高く、研究成果が起業を通じて社会的に大きく影響を与えるようなケースが、スタンフォードに比べて少ない。
国籍・世代を超えたアカデミズムの新境地
しかし、伊藤氏は「ベンチャー企業は5年先のビジョンは描けるが、それより長いスパンのビジョンを追求するのは苦手」と指摘する。そこはアカデミックな機関の得意領域との認識だ。しかも「ネグロポンテは『論文書いてばかりいると自滅する』とか『デモをやらない者は去れ』というのが持論。メディアラボではその哲学が徹底されていて、論文中心の伝統的なアカデミズムとは違う場」とも言う。
そんなユニークな研究手法、情報発信力を持った学術機関である同ラボで、長期的なビジョンを追求するのを楽しみにしているようだ。そこに伊藤氏が得意な、国籍や分野、世代を問わない知性とのコラボレーションを導入すれば、アカデミズムの新境地を開けるかもしれない。
世の中がメディアラボに追いついてきた
伊藤氏のこれまでの起業やベンチャー投資は、その時々のインターネットの先端分野が中心だ。デジタルガレージは日本初の個人ホームページを作った会社。その後、検索エンジンのインフォシークの日本事業、ブログソフトのシックスアパート、ミニブログのツイッターと、常にネットの波頭をとらえてきた。インターネット上の住所を管理する団体であるICANNの理事を務めたこともある。
そんな伊藤氏にメディアラボが期待する大きな役割の1つが、インターネット分野の研究拡充に必要な人材、アイデア、外部とのコラボレーションを強化することのようだ。「今は言えないが、ネット分野でいくつか新しいプロジェクト・テーマが挙がっている。教授の増員枠もあって、ネットやソーシャル・ネットワーク分野の拡充があると思う」と言う。
世界中から「何かやろう」と誘いの声
直近の伊藤氏の"住所"はドバイ。日本のデジタルガレージの仕事のほか、シンガポールでベンチャー育成事業を手掛け、米国や欧州は当然のように頻繁に訪れる。これほど文字通り世界を飛び回っている人物はそう多くない。メディアラボ所長という、いわば常勤職につくとこのスタイルが変わるのではないかと思いきや、そうとも言い切れないらしい。
海外からの教授や学生のリクルートには積極的に外で情報発信することが必要。「中東・アフリカとのかかわりを拡充したいし、数人しかいない日本人の学生も増やしたい」とも言う。日本とメディアラボとのパイプも積極的に強化したい考えだ。「これからは米国にいる時間が最も長くなりそう」という程度で、日米欧とアジア・中東を飛び回る伊藤氏のライフスタイルは根本的には変わりそうにない。むしろ精力的に飛び回り続けてもらうことを、メディアラボも期待しているのではないだろうか。