まぶたにキスを、唇に愛を(槍弓+切)
弓を口説こうとする槍にお父さんがけん制する話。
時間枠はタイころアッパーで、アイリ、切嗣
ルート終了後辺りで。
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燃え盛る白亜の城で薄れて行く意識と存在の中みたあの顔が忘れられなかった。
初めて刃を交えた時、願いどおり芯の芯からやりあえる相手だと分かったと同時にこいつとは人として相いれないということも感じた。
皮肉屋で武骨でどこか掴み所のない、いけすかねぇ野郎。
それがこの第五次聖杯戦争で俺があいつに抱いた印象だった。
「はぁ、アインツべルンの城で晩餐会?なんで今頃。」
冬木市の港でいつものごとく釣りに勤しんでいたランサーは銅色の髪をした少年に聞き返す。
「ああ、ちょっと事情があってな、ランサーは虎聖杯のこと知ってるだろ?」
「まぁな、あんだけ騒げば嫌でも耳に入んだろうが。なんていうかもうめちゃくちゃだよなぁ、聖杯の定義ってやつを疑うぜ。必死になってやった初めの方の戦争が馬鹿みたいに思えるっての。そのうち死人も生き返って来て今までのマスターとサーヴァント全員集合で大乱闘ってのもありそうで怖いよな。」
「ああ、その通りなんだ。」
「は?どういう意味だそりゃ、まさかマジでこれまでの参加者全員生き返ったりとかしたんじゃねーだろうな。」
「いや、さすがにそんなことはないけど生き返ったのは本当なんだ。その、俺の親父・・・、つまりイリヤの父親と母親が二人とも帰って来てさ、色々遠坂達に調べてもらったけど特におかしいところはなくて虎聖杯に一時的な影響だってさ」
「またなんつーいい加減な・・・。それで、あの御嬢ちゃんが舞い上がってパーティーってか。」
「まぁ、そんないいものじゃないけど、アイリさん・・・イリヤお母さんが短い間だけでも楽しもうってことで今全員に声をかけて回ってるんだけど。」
「ああ、じゃあその日はバイトねーし、一応タダ飯食わせてもらえるわけだ、喜んで参加させてもらうって伝えといてくれ。」
そう答えたのが二日前、ランサーは長い魔境とも呼べる森を抜けて雄大にそびえる城の門の前に立つ。彼がここに来るのは二度目、あまりいい思い出がある場所ではないが感傷に
浸るのもらしくないと嫌な記憶をさっさと隅の方に追いやる。正直自分が最後どうやって消えて行ったかはひどく記憶が曖昧だ。かといって鮮明に覚えていたいものでもないが。しかしなんとなくどこの部屋で、最後に自分がこの城に火をつけたところまでは覚えている。
あれだけ派手に壊して燃やしたというのにその姿は今では元通りになっている。よく考えればあれから半年も経っているのだから当たり前といえば当たり前なのだが・・・。
時計をみれば七時をちょうど回ったところだった。中から感じる気配ではすでにもう大部分の人数は来ているらしい。
ふと誰かの視線を感じ上を見ると数有る窓の中で一つだけカーテンの閉まっていない部屋から人の気配がした。すでに窓からは人の姿は見えず、おおかたメイド達が自分の姿をみつけ案内のため下に降りたのだろうと思い、深く考えずに大きな門をノックした。
「あら、ランサーいらっしゃい。」
「よお、お邪魔するぜ。今日は招いてくれてサンキューな。」
出迎えてくれたのはこの城の主である銀髪の可憐な少女、イリヤスフィールだった。
礼儀正しくスカートをつまみ頭を下げるその姿はじつにかわいらしいがその中に大人の気品を感じさせた。
「わりーな、土産かなんか持ってこようと思ったんだが・・・思いつかなくてな。これで我慢してくれ。」
差しだしたのは彼が働いている店の花を使った白百合の花束で、嬢ちゃんをイメージして作ったときざっぽく言えば少女は驚きながらもほほ笑んで受け取ってくれた。
「けっこう御上手なのね。あなたってガサツなだけかと思ったけど実際のところマメよ
ね。流石女慣れしてるわ。」
「そりゃあ女の扱いには自信があるぜ。優しく優しくして甘えさせるのが俺のモットーだからな。いきなり獣みてーに襲いかかったりはしねぇよ。」
「はいはい、あなたのモットーはどうでもいいわ。さあこっちよ。もうみんな来てるからあなたで最後よ。パーティーの最後はホールでダンスをするの。私はシロウと踊るからあなたも適当に相手を見つけなさい。」
「相手って言われてもなぁ・・・。」
この中の女性陣といえばキャスターはまず自分の夫とだろうしセイバーと赤い悪魔の嬢ちゃんとその妹はイリヤスフィールと同じく坊主ねらいだろう。あと残ってるのはライダーか、彼女なら機嫌が良ければ一曲くらいは付き合ってくれそうだが踊る最中であの魔眼を見ないようにしなければいけないので別の意味で色々疲れそうだ。だが一応後で声をかけてみよう。
大きな部屋に案内されるとそこには大きなテーブルを囲んでいつものメンバーがずらりと顔を合わせていた。それぞれ近場の席の物と話に花を咲かせているようで思っていたよりも硬くない空気にほっと息をつく。
テーブルの真ん中に空席が一つ、これはおそらくイリヤスフィールの席であることを想定としてその両隣りに見慣れない男女が一人ずつ。一人は少女そっくりの長い銀髪に赤い目をした美しい女性・・・そう言えば新都で声をかけたことがあったと思いだした。そう言えば子持ちだと言っていたような気がするがなるほど、瓜二つだ。なぜあの時気付かなかったのか。もう一人は黒髪に黒眼、黒服といかにも日本人だが、扉を開けた瞬間から品定めをされているような視線を感じる。
≪エミヤキリツグ≫この男は殺しを生業としている。ランサーは瞬時に感じ取った。しかも自分やセイバーなど戦場に生き誇りを持つタイプではない。こそこそと裏で手を回し自分の姿を現さない非常な暗殺者。この男は危険だ。長年の勘が告げている。この男とは合わない。その感覚は以前どこかで感じたものだった。
食事が始まりまたそれぞれに談笑が始まった。前菜が運ばれスープに魚、そしてメインの肉料理に差し掛かった時ふとイリヤの母親、アイリスフィールが口を開く。
「ねぇ、イリヤ。皆さんを詳しく紹介してちょうだい。もう顔を合わせたことがある人もいるけど、もう少し詳しく知りたいの」
子供のような無邪気な笑顔でアイリはイリヤに言う。
「そうだね。出来れば僕も知りたいな。知らないままだとなんだか落ち着かなくてね」
そう言って男はキャスター夫妻、自分、そしていつもの赤い色ではなく男と同じく黒一色で身を包んだ褐色の肌の男、アーチャーを見た。その眼には明らかに自分たちに対する警戒の色が見て取れる。
その視線にキャスターは眉をひそめる。あんなあからさまな態度をされるとこちらもいい気はしないが流石にここでなにか余計なことを言えばせっかくのパーティーの空気を壊してしまうと、おおげさに頭を掻いてごまかす。
その時に隣の席のアーチャーを見る。この男もおそらく居心地がいいとは言えないのだろう。向けられた敵意に先ほどから何度もため息をついている。
「ま、まあまあ。そんなに睨みあうなって。」
場の空気が乱れ始めているのを感じた士郎は隣の切嗣をなだめイリヤに説明を催促する。
「じゃあお母様、順番に説明するわね。まずはシロウ、知っての通りキリツグの養子でセイバーのマスター、その前にいるのが間桐桜。ライダーのマスターで士郎の高校の後輩よ。」
「あらためてよろしくお願いしますアイリさん」
「ライダーです。士郎にはいつもお世話になっております。」
「こちらこそよろしく、桜ちゃんとライダーさんでいいかしら。」
はい、と笑顔で答えた桜にアイリほほ笑んで返す。ライダーもぺこりと頭を下げた。
「それから奥にいるのがキャスターとそのマスター葛木宗一郎。普段は柳洞寺に住んで
て宗一郎は士郎の学校で教師をしているの。つまり大河の同僚になるのかしら。キャスターは今は彼と新婚さんなの。」
「まあ素敵、よろしかったら今度お茶にいらしてくださいね奥様。」
「奥・・・!ええ、こちらこそ。お願いしますわ。おほほほ!」
奥さま、奥さまと顔を赤らめ幸せそうな顔をして何度も繰り返すキャスター。
宗一郎も教師として士郎の親であるキリツグにあいさつをする。
その応対に危険なしと見たのか彼の雰囲気が和らいだのを感じ思わずホッと息をついた士郎と桜。
「そして彼女は遠坂凛。知っての通り遠坂の魔術師でこの町のセカンドオーナーをやっているわ。」
「遠坂凛です。そして彼が私のサーヴァントのアーチャー。お二人のことは父とイリヤから聞いておりますわ。何かあればすぐわたしにおっしゃって下さい。出来る限りお力になります。」
「ありがとう、よろしくね凛ちゃん。」
「遠坂の魔術師か。君の父親には苦労させられたよ。直接対峙はしなかったが強大な相手だった。見たところ君も一流の魔術師だね。なんでも士郎の師をしてくれているとか。」
「はい、衛宮君はとても素直なのでよく私の教えを守り日々成長しています。私の自慢の弟子ですわ。」
その割には扱いが雑だがな、と心の中で呟くランサー。決して口には出さない。なぜならその瞬間赤い悪魔の咆哮が隣の男をすりぬけこちらに襲いかかってくることを知っているからだ。長い黒髪を優雅になびかせ花のような顔で笑う彼女に誰もが言いたいことであったが誰一人として口を開かない。うん、よく調教されたいい反応だ。
「アーチャーだ。聞いての通り凛のサーヴァントとして町の管理補佐をしている。」
それだけ言うとこれ以上自分に構うなと言いたげに腕を組み目を伏せる。
(なんだ・・・?いくら普段から愛想のねぇっていっても普段はもっと礼儀正しいヤローだと思ったんだが・・・。)
その態度にランサーが疑問を感じているとふとアイリスフィールが口を開く。
「アーチャーさん・・・でいいかしら?そういえば確かあなたも切嗣の・・・」
その瞬間アーチャーの顔色が真っ青に変わる。
思わず大丈夫かとランサーが声をかけようと思った瞬間勢いよく音を立てて士郎と凛、セイバーが椅子から立ち上がる。
「「「・・・・・・・!!」」」
その様子をキョトンとした顔で見つめるアイリスフィール。他の人たちも急な出来ごとに思わず食事の手を止めた。
「あ、あのすみません!フォーク落としちゃって・・・替えを貰ってもよろしいかしら。」
凛が床に落ちたシルバーを大げさに掲げて後ろのメイドに呼び掛ける。
そのフォークは立ち上がった時に落としたように見えたのだが・・・。
「ら、ら、ライダー!グラスに水がないじゃないか!悪い、リズ!ライダーに注いでやってくれ。」
「うん、分かったシロウ。」
メイドの一人が士郎に促されるままライダーのからのグラスに水を入れていく。冷や汗を掻きながら苦笑いで士郎は席に座る。
「すみません、こちらの料理におかわりはありますか?」
こちらはいつもの通りなので誰も気にはしなかった。
「あらよかった。セイバーのお口に合ったみたいで。」
「ええ、士郎の料理は、もちろん美味しいですが、ここの食事も大変美味です。」
「そう言ってもらえるとうれしいわ。」
どうやら彼女の意識が別の方向に向いたようで三人は互いに顔を見合し安堵した。
「最後にあそこの青い髪のチンピラ風の男がランサーよ。今は冬木市の色々なところでアルバイトをして働いているわ。ランサー、お母様のことナンパしたらしいけど今度そんなことしたらただじゃおかないから。」
「ふふ、お久しぶりねあの時のお兄さん。」
「よお、まさか嬢ちゃんの母親とは思わなかったぜ。安心しな、人妻に手を出すほど今は餓えちゃいねーよ。」
「そう、安心したわ。もし次何かあったらバーサーカーにばらばらにして貰うんだから。」
なんちゃって、とイリヤは冗談っぽく舌をだすが目が笑っていない。
「その風態にランサーの称号・・・。アイルランドの光の御子か。」
「まあな、つってもこの時代じゃただの敏腕アルバイターだが。そんなに難しい顔すんなって、だれもあんたの嫁さんと娘に手ぇだしゃしねーよ。今度店に来る時はサービスするぜ。」
「・・・・・・」
まだなにか言いたいことはありそうだがこれ以上は意味がないと思ったのか口を閉ざす切嗣。
それからはイリヤから二人の紹介を改めて告げられ、しめのデザートまで御馳走になったあとこの城の主人お楽しみのダンスの時間がやってきた。
さっそく士郎を囲って女性陣が争うかと思いきや、今回はどうやらイリヤスフィールに軍配を譲ったらしく嬉しそうに彼の手握りふわりとスカートをなびかせながら回る少女とそれをやさしく見守る父と母。幸せそうな一枚の絵がそこにあった。
ふと自分の記憶にある妻と息子の姿が浮かぶ。いや、正確には座にいる本体の自分の記憶から流れ込んでいるというのが正しいか。
どんな姿で、どんな声でどこへ行きどんな言葉を掛けたのかもはっきりと頭に浮かぶのにそれは全て自分の物ではない。自分はあくまで聖杯戦争で戦うために作られたいわゆるコピーだ。しかしそんなことで嘆いたこともないし、それはそれ、自分は自分としてわり切っているので自分は自分でこの生活を謳歌しているつもりだ。
自分の本体が味わえなかったであろう現代科学の恩恵を受けた娯楽を心行くまで楽しみ世界中の料理を味わい、気持ちよく労働に勤しむ。
これはある意味本当に奇跡といってもいい。だが座に帰ればこれもただの記録として本体の一部として取りこまれるだけだ。見たもの、聞いたもの、味わったもの、感じたこと、全て本体であるクー・フーリンのものだ。
ランサーとして冬木に召喚された自分個人の物は何も残らない。
ならばせめて一つだけ・・・、たった一つだけこの魂に刻みつけて還りたい。
この戦争で唯一つだめ望んだ。それだけでいい。それ以外何も残らなくていい。この魂に刻まれるのならどんな醜い傷跡になろうと構わない。
血の一滴まで振り絞り、骨を骨で削るような命のやり取りがやりたい。
『出来るさ・・・、ランサー。』
脳裏によぎる赤い部屋と肌を焼くにおい。断片的に浮かんでくるこれはきっと≪自分≫の記憶。この聖杯戦争で起きたランサー自信が体験し、忘れているだろうもの。
血でぬれた自分の手を取ってみたこともないような穏やかな顔のこいつは・・・。
「ちょっとランサー、いいかしら?」
声を掛けられ顔をあげると赤いドレスに身を包んだ凛がこちらへ向かってくる。
「よぉ、嬢ちゃん。どうした?」
「ねぇ、あなた。相手いないなら私が踊ってあげてもいいわよ」
長い髪を揺らしながら妖艶に首をかしげて尋ねる。
「そりゃあもちろん喜んで・・・と言いたいとこだが。アーチャーはどうしたんだ?」
「あいつは先に帰らせたわ。顔色悪かったし、最近働かせすぎたからちょっと疲れたのよ」
嘘だ。原因は明らかに先ほどのやり取りだろう。
「なんて、あなたに嘘なんてついてもしょうがないわね。お察しの通りよ」
「なんだ、せっかく騙されたふりしてやろうと思ったのによ」
「あら優しいのね。・・・ねぇ、ランサー。一つ聞いてもいい?」
「何なりと」
「あなた、今の状況・・・聖杯戦争が終わって、この冬木市に留まって生活してる状況に満足してる?」
驚いた。それは先ほどまで自分が考えていたことと同じだったからだ。
「たしかにこの時代はあなたのいた時代と違って平和だし、豊かだと思うわ。でもそれじゃああなたたちは満たされない。」
ゆっくりとはじまった演奏に合わせて彼女の手を取り腰を抱く。呼吸を合わせホールをまいながら凛は続ける。
「いえ、そうじゃない。そうじゃないの。そんなの唯の言い訳。今のキャスターやセイバー達が幸せじゃないなんで思わない。ライダーも、あなたも、アサシンやバーサーカーでさえ聖杯戦争中じゃあ考えられないくらいにとても穏やかだわ。」
ヒールのつま先でターンする。
「セイバーは士郎と、ライダーは桜と、キャスターは葛木先生と、あなただってカレンやバゼットといるとき楽しそうよ。」
「いや、カレンは余計だろ。」
「そう?チビギルと三人でいいトリオだと思うけど。」
「そう言うのは冗談でもよしてくれ。鳥肌立っちまった。」
「ねえランサー。」
「だからなんだよ。」
「あなたから見て私とアーチャーってどう見える?」
ドレスが翻る。
「私、あいつに約束したの。幸せにして見せるって。」
ふわりと舞い上がる髪から花の香りがする。
「アーチャーの真名ね・・・。」
「言うな、分かってるよ。」
「そう、やっぱり。」
かすかに凛の呼吸が乱れる。踊りの疲れからでなく押しとどめた言葉のせいだろう。
「私に出来ることはなんでもやるつもりよ。そのためならどんな苦労だって乗り越えてみせるわ。ムリなんて誰にも言わせない。」
彼女は白銀の少女と踊る少年を愛しげに見つめる。少年もどうやらずっとこちらのことが気になっていたようだ。しかしそのことに気付いた少女に怒られまた視線を戻す。
「でも、私じゃ今をどうにかすることしかできない。未来を、もう終わったことを変える力はないみたい。本当に嫌になる、一番大事なところはいつだって思い通りにいかないの。」
「馬鹿言ってんじゃねーよ。」
少女を強引に引きよせそのままターン。薔薇の装飾が施された赤いヒールが一瞬宙を浮く。
「お前はあいつの手を取ったんだろうが、だったらそのまま振り返らずにどこまでも突っ走って振り回してやれ。未来を変えられねぇだ?冗談じゃねぇ、未来を変えるためにあいつを変えるんだろう!あいつの幸せってやつに嬢ちゃんがいないなんてことあり得るわけねーだろ、今も未来も。端から見た俺でも分かることいちいち言わせんな。嬢ちゃんはふんぞり返ってあいつをこき使ってやりゃあいいんだよ。泣き言なんか聞きたくねぇ。」
タン、と脚を揃えフィニッシュ。一曲目が終わりまた談笑が始まる。
「なんだか懐かしい、それ、同じこといわれた。」
「そうか。じゃあおせっかいだったか?」
「ううん、誰かに叱って貰いたかったの。ありがとうランサー。」
少女の顔から不安が消えまたいつもの逞しいいい女に戻る。
じゃあね、と凛は少年に駆け寄り強引に腕をひいて踊りに誘う。やはり彼女はああでないといけない。
彼女を見送りホールを後にする。二曲目を踊る気分にはなれなかった。だが今はひどく清々しい気持ちだ。どうやらふっ切って貰ったのは自分も方らしい。
当てもなく城を歩いているといつの間にか見知った部屋の前にたどり着いていた。以前凛を助け最後を迎えた部屋だ。その瞬間またあの赤い光景が脳理をよぎる。
しかしそのイメージを強く掴む前にガチャリと音を立てて例の部屋から誰かが出てくる。
思わず気配を潜め霊体化して姿を隠す。部屋から出てきたのは衛宮切嗣だった。
まるで苦いものでも噛み潰したかのようなひどい表情をしているのにそこからは怒りも憎しみも感じ取れない。もしかしたら自分でさえそんな顔をしていることに気付いていないのかも知れない。彼はそのままランサーに気付かず下に降りていく。
ふと、その部屋からまた気配を感じた。今度は人ではなくよく知ったサーヴァントの気配だった。
中に入るとそこは以前自分が焼き払った跡など一つもない整理された綺麗な客室だった。
大きく開け放たれた窓の前、月明かりに照らされて揺れるカーテンの横にやはり男は立っていた。
「よぉ、帰ったんじゃなかったのか?」
大げさに肩を震わせこちらを振り返る彼はどうやらこちらの存在に気付いていなかったようだ。驚いた顔はいつもより幼さを感じさせたが、すぐにいつものニヒルな笑みを浮かべ
る。
「なんだ、私が帰ってなければ都合が悪いことでもあるのかね?」
「それだけ言えりゃあもう心配いらねぇみてぇだな。」
そのまま部屋に置いてあるアンティークの椅子に腰かける。
「凛に何か言われて来たのなら気にすることはない。今日はちょっと気分が優れないだけだ。彼女は心配性でな、休め休めと煩いからちょっと席をはずしていただけだ。」
「その割にはたそがれてたみてぇじゃねぇか。衛宮切嗣になにかいわれたか?」
「・・・・・・」
「当たりか、まあ嬢ちゃんたちのあのごまかし方はねぇよな。あれじゃあ嫌でも何か隠してますって公言してるもんだ。」
「・・・いつから気付いてた?」
「・・・・・・・」
そっと椅子から立ちアーチャーに歩み寄ると人差し指ですっと心臓を服の上からなぞる。
「・・・そうか。」
「まぁ、確信したのはついさっき、いや思い出したと言うべきだな。あん時はどういう意味か分かんなかったが今ははっきり分かる。」
「あの時?」
「ああ、この部屋で。」
「ああ、そうか・・・。そうだったな。」
白いまつ毛を震わせ目を閉じるアーチャー。ランサーは今度ははっきりとこの部屋で迎えた最後を思い出した。
燃え盛る白亜の城、薄れ行く視界と存在の中静かに最後を迎えようとしていた。
後悔はない。自分のしたことが間違いだったなんて思わない。なんとか外道神父を道連れに少女を守ることが出来た。
唯一つ言うのならば、もう一度心行くまであいつと戦いたかった。自分の魔槍を正面まで受けきったあの男と、今度は余計なしがらみや節制などなく存分に戦いたかった。
やっと見つけた。この呪われた槍を持ってでも仕留められない相手。自分に壊されない、自分に媚びない、自分を・・・、受け入れてくれる相手。
「何考えてんだ俺は・・・、こんだけやって最後に・・・思い出すのが、男の顔かよ・・・。」
肺に溜まった血にむせゴフっと音を立てて吐き出す。肌を焼く暑さと煙りの臭いがひどく不快だ。
ふと足音のようなものが聞こえゆがむ視界をこらし見つめると炎ではない赤い姿が。
「おいおい、ついに幻覚か・・・。そろそろ本格的にヤベェか・・・。」
「まさか・・・、まだ本当に生きていたとはな。本当にしぶとい奴だ。」
「・・・このいやみったらしさは、本物か。は、手前もボロボロじゃねぇか。」
「ふ、君よりはましだ。私がまだ見えるか?」
「ギリギリな。・・・ほら早く持ってけよ。」
「・・・いいのか?」
「ああ、どうせ消えちまうくらいなら、やっちまった方がいいだろ。その代りせっかく助けたんだ。嬢ちゃんを最後まで守りきれよ。」
ほら、こっち来いと促せば自分の体を支えるアーチャー。
その胸の中心に人差し指と中指を揃えて当てルーンを刻み魔力を送り安くする。
しかしその途中で弓兵の体から知った気配の残骸を感じる。それは本当に意識をこらさなければ感じられないほど微かなものだったが確かに自分の物だった。
「では・・・・すまない。」
魔力補給のために自分の心臓から流れる血ぴちゃぴちゃと音を立ててを飲むアーチャーの姿は今までのギャップもありとても淫らに見えた。他の物に目もくれず一心不乱に自分を求める姿に興奮した。
(ああ、今頃分かった。俺は・・・。)
己の血を飲み少しずつ存在が濃くなるアーチャーの気配に安堵し、その頭を撫でてやれば心地よさそうに目を細めた。
「なぁ、アーチャー、俺は、またお前と闘ることが出来るか・・・?」
もう殆ど何も見えない。暑さも、痛みも目の前にいる奴の体温も感じない。
「また・・・お前と・・・逢えるか・・・?」
(きっとこいつが欲しかった、本体の自分じゃなくて俺だけの・・・・・。)
ふと手に何か触れた気がした。どうやら彼が自分の手を握っているようだ。
血で汚れたヌルつくその手は何も感じないはずなのに驚くほどに温かかった気がした。
彼は握った手を頬にあて、見たこともないような優しい顔で行った。
「出来るさ、ランサー。だって君は二回も私の目の前に現れたじゃないか。」
見えないはずの目で確かにみた一番きれいな灰の瞳に引き寄せられるようにその唇に近づく。
(そうか・・・、よかった。)
それは言葉になることはなく、その唇が彼に届くことなくその姿は光の粒子となって消えていった。
あの時とは違い、頬を撫でる風は少し冷たい。血の匂いもしないし目もはっきりと見える。
だがこの男の表情は最後に見たときとは違い暗く陰っている。
「衞宮切嗣が私の存在が恐ろしい、と。」
「・・・・・。」
「正体が分からないうえ、直感で自分と同類と分かったらしい。ただ、私を見ていると引きずられそうで怖いと言っていたよ。」
切嗣は自分を見た瞬間本能的に何かを感じたのだろう。目指すものも、使う手段も、誇りも持たないその姿も自分にひどく似ている。だが自分が出来なかった、至れなかった場所へと足を踏み入れたものだと感じ取った。それは高貴で、気高く、まっすぐな、しかし歪で救いようのない恐ろしいものだと感じた。
アーチャーは自分に似ている。いや、自分の理想の姿に似ている。だから危険だ。
「なるほど、危険ねぇ。」
「ああ、至って正論だよ。だが、彼と私は違う。彼は最後まで人としての道を踏み外さなかった。たとえそれがどんなに犠牲を出したとしてもだ。彼は私にならないし、あいつも私にはならないだろう。」
ひゅう、強い風が吹きカーテンを大きく揺らす。
「だから彼らと私は別の世界の物だ。私はここにいるべきではないのだよ。」
それだけ言うとアーチャーは入口に向かって歩き出そうとした。
「だからって、このまま勝手に消えちまおうってか?」
彼の左手を掴み引きとめる。
「別に本当に消えるわけじゃない。この騒ぎが終わるまで・・・二人が消えるまでしばらく姿を見せないほうがいいと思っただけだ。その方がイリヤためになる。せっかく帰ってきた父親が不機嫌では嫌だろう。」
「お前の父親でもあんだろうが!」
「私ではない、こっちの衛宮士郎の父親だ。」
「ならお前も同じだろう!」
「私と奴は違う!大体貴様には関係ないだろう、離せ馬鹿犬!」
「はっ!父ちゃんに構ってもらえないからってすねるたぁまだまだがきじゃねぇか。」
「・・・っ誰が!」
「手前なんかガキで十分だ。だからもっと簡単に甘えりゃあいいだろうが、親父にでも、嬢ちゃんにでも、俺にも。」
「・・・なぜ貴様に甘えねばならん?」
「そりゃあ俺は優しいからな。泣くなら胸くらい貸してやるぜ。普段はレディ専用だがお前は別だ。」
そう言って掴んだ腕を引き寄せそのまま腕に閉じ込める。
「何をするランサー!からかうのもいい加減にしろ!」
そのままバタバタと暴れだすアーチャーを筋力の差で強引に押しこめる。
「なんだよ、あん時は大人しく俺の胸に収まってたくせに。」
「あれはただの魔力供給だ!」
「かわいくねぇ奴。」
「当たり前だ、私にそんなものを求めるな。」
「でもあん時は可愛かったぜ。なあ、もう一回笑ってみてくれよ。あの顔がもう一度見てぇ。」
そっと色素の抜けた少し硬めの髪をなでる。2,3度繰り返すと少しづつアーチャーの体から力が抜け、どうやら少し落ち着いてくれたようだ。
「まったく、そんな薄ら寒い言葉男相手に言うものではないだろうに。」
「ったく連れねぇ奴だなホントにお前は。せっかくのムードが台無しだぜ。」
「貴様と二人でムードを出しても意味がないだろう。」
「空気読めよな、全く。人が一生懸命口説いてる最中なんだからよ。」
「は・・・?」
キョトンとした顔で自分の目を見てくる灰色がやがて左右とせわしなく動き出しやがて言われた意味を理解したらしく耳まで真っ赤に染まる。その姿が愛しく額に口付ける。
「・・・・・・!!」
勢いよく自分から離れたアーチャーはその勢いで部屋にあったベッドに足をぶつけ座り込む。な、な、な、と言葉にならないような呟きをいくつか繰り返し、額をこする。肩で息をし、信じられないものを見るような眼で見てくる。
「な、にを、するんだ君は・・・。」
「好きだ。」
アーチャーの座るベッドに近づきゆっくりと覆いかぶさる。彼の右手を取りあの日、この部屋でされたようにその手を頬にあてる。
「お前と最後にあったこの部屋で、お前が言った通りまた会えた。ガラじゃねぇけど運命感じちまってな。なぁ、アーチャー。俺はまたお前に会えて嬉しい。お前は違うのか?」
まぶたに口付けられて白いまつ毛を震わせる。
(君はずるい・・・。答えなんて、とっくに分かっているくせに。)
「答えてくれ、お前の口から聞きたい。」
正面から宝石のように赤い綺麗な瞳に見つめられアーチャーの胸が高鳴る。
遠い昔、まだ自分が生きていたころ初めてみた彼はあまりに美しく神秘的で近寄りがたい存在だった。我ながらどうかしていると思う。自分を一度殺した相手に魅かれるなど。
結局自分の時間のランサーとは一度もあれから会話することもなく聖杯戦争は終わった。
どんなにこがれても、もう二度と彼は自分の前に現れることもない。ならば一番大切な宝物として記憶の宝箱には彼女を、体に消えない傷跡として彼を刻みつける。
そして聖杯の奇跡でまた出会えた時、記憶は消えていても体は彼のことを覚えていた。
心が震え、肌が泡立つ。死の恐怖と再会の喜びを全身で感じ取った。
ランサーがそっとアーチャーの頬を包み、額と額を合わせ目を閉じる。
(あぁ、こんなにも彼に触れられるなんて考えもしなかった。私はただ・・・。)
もう一度会えるだけでよかったのに。
再び強い風がカーテンを強くなびかせる。雲に覆われていた月がまた顔を出し二人を照らす。
額を離し目を開けると照れくさそうに、しかし、穏やかにほほ笑む顔が映し出された。
「やっぱり、笑ったほうが可愛いぜ。お前は。」
「たわけ・・・。」
そのままどちらともなく顔を寄せあの日出来なかった口づけをおとぎ話に出てくるような城の中で、幸せをかみしめながら行おうとした瞬間・・・。
バキューーーーン!!
一声の銃声によって見事に音を立てて破壊された。
「「!!!!!」」
思わずベッドから飛び降り、壁に開いた穴から出てくる煙を冷や汗をかきながら見つめ、更にその反対方向を向くと先ほど部屋から出て行ったはずの衛宮切嗣が銃を構えたままこちらを、いやランサーをにらんでいた。
「ちっ・・・。」
「お、お、おい!!ちっ、じゃねぇよ!あっぶねーな、なにすんだオラ!!」
「じ・・、衛宮切嗣・・・。」
「イリヤに君に謝って来いと言われて来てみれば人の家で随分とお盛んなサーヴァントだな。光の御子が男色とは伝説とは当てにならないものだな。」
「嫌な言い方するんじゃねーよ。つーか撃つことねーだろーが!!」
「勝手に手が動いた。が、反省はしていない。」
「しろよ!ったくよく手前みたいなやつが坊主をまともに育てられたもんだ。」
「それは同感だ。よくあそこまでまっすぐに育ってくれた。自慢の息子だよ。だから・・・。」
お前には渡さない。
互いに無言で見つめあうがその眼は雄弁に語っていた。アーチャーの正体を気付いているわけではなく寝具に抑えつけられた彼を見て本能でとった行動なのだろう。きっと切嗣自身もなぜこんなことをしたのか分からないようだ。
だがその眼は自分の大切なものを守らんとする父親の目だった。
やがて彼はまだ状況が理解できずに混乱しているアーチャーを一瞥した後何も言わずに部屋を出て行った。
何とも言えない気まずい空気の中、ベッドに胡坐をかき座るランサーが言う。
「お前、あれでも愛されてないなんて言えるかよ。」
「いや、その、なんだ・・・。もうほっといてくれ・・・。」
先ほどよりさらに顔を赤くしたアーチャーは羞恥心のあまりベッドにもぐりこみうぅ、と声にならない声をあげている。
どうやらまずアーチャーとの甘い時間を得るためには赤い悪魔、妹、騎士王、そしてあの壮絶子馬鹿親父をなんとかしないということに気付き、これから先自分が生きていけるのか急に不安に駆られるランサーであった。
どうやら誰もが憧れる白亜の城でのキスはまだまだ先になりそうである。
end