超かぐや姫!本編ラストのかぐやとヤチヨの関係・状態の考察
⚠当記事は『超かぐや姫!』のアニメ・小説のネタバレがあります。
1)前置きと図解
◎超かぐや姫!本編ラストのアンドロイドかぐやとヤチヨの関係や、月にいるかぐやの状態がいまいちよく分からないというポストを見たのでその辺の考察・解説です。
◎当考察はray MV公開前に作成したものですので、MVに関する情報や考察は加味されておりません。
◎こちら👇️の図解が本考察の時系列の概略にもなっています。視覚的に分かりやすいと思います。
2)考察方針
◎本記事は「考察」です。願望や憶測や妄想ではなく、原則的にできるだけ作中、作者の発言、参照先に書かれた内容に沿って、一般的・常識的な原理原則を用いた論証を行うことで、誰が見ても納得できる説得力のある結論を導き出すことを心がけています。
◎また原則的に素材資料に描写されているものを余計な解釈や連想を含まずそのまま用います。逆にいうと明確に描写・記述されていないことは(論証によって有効と判断しない限りは)素材として使用しません。
(作中に描いてあることはあくまでも描いてあることだけ。描かれていないことまで頭の中で膨らませない。それは考察ではなく妄想であり説得力も失うため)
3)結論
①2040年以降のヤチヨは変化無し。
②月に帰って仕事中のリアルかぐやはここでは関係ない。これからまた8000年を繰り返す輪廻の中😭こちらから通信手段もないので阻止できない😭
③アンドロイドかぐやは8000年前の遭難直後の時点でヤチヨから分岐させて移植したことで別の存在・個体となったもの。その方法は以下の案A・案Bの2つが予想される。
結論:案A)
8000年前に不時着した直後時点までの記憶や人格をヤチヨから分岐させてアンドロイドに移植したもの。
結論:案B)
ヤチヨの分身・コピーから8000年の記憶だけをFUSHIの能力で削除したもの。
4)前提(本編ラストの解釈について)
本編ラストのかぐやとヤチヨについてもいろいろな説・推測が出ているようです。全ては書ききれませんがめぼしいものは以下のような説が多いでしょうか。
◎8000年前に不時着した直後時点のデータを移植した(本考察)
◎ヤチヨが分身してアンドロイドに入っただけ(演じている?)
◎ヤチヨ本体がアンドロイドに入り分身がヤチヨ(↑と実質同じ?)
◎ヤチヨもアンドロイドに移植してツクヨミはAIに任せる(根拠は不明)
◎ヤチヨとかぐやは二重人格で*****(根拠は不明)
◎ヤチヨとかぐやは合体して*****(かなり複雑な説ようです笑)
などなど色々な考察・解釈・妄想が発信されていますが、以下の根拠により本考察は上記の「8000年前に不時着した直後時点のデータを移植説」をほぼ確信して推しています。
5)根拠
要点だけ言うと
◎8000年生きたヤチヨの人格や生き方はかぐやとは別人。
◎それをそのままアンドロイドに入れても同じにはならない。
◎昔のかぐやを無理矢理演じさせるのも、ヤチヨを消し去る(修正?合体?)ような方法も、ヤチヨの生きた歴史やインターネットへの愛情を尊重しているとはいえない。
◎ヤチヨの生き方を尊重しつつ、もともとのかぐやも復元する方法として、「8000年前に不時着した直後時点のデータを移植説」が説得力が高い。
①ヤチヨはかぐやとは全く別人(のよう)になってしまった
ヤチヨが彩葉に正体を告白した場面で以下の発言をします。
「ハッピーエンド連れて行くって約束したのに」
「キラキラのかぐや姫はもうおばあちゃんです」
これは何を言いたいのか?表現しているのか?分かるでしょうか。
ハッピーエンドに連れていくと言ったのは、ヤチヨがまだかぐやだった時(8000年以上前の若かった時とも言える)、彩葉と出会ったばかりのことですが、この約束をした元々のかぐやの底抜けにポジティブで明るい性格、人格、精神状態から完全に変わってしまったことを示しています。
ヤチヨは8000年間実体がない状態で永劫とも感じられる孤独と絶望と恐怖の中、出会いと別れを繰り返し、時に凄惨で醜い人間の戦いの歴史と生死を見続けたことで、ある種の達観をしてしまい、よく言えば悟りを開いたような、悪く言えば疲れ切って諦めや虚無感を受け入れたような生き方が身に染み付いてしまっています。
かぐや自身がコラボライブ直前の楽屋で「(美味しいものが食べられないなんて)それなんて拷問?かぐやだったら絶対無理!」と言っていたように、まさに8000年間ずっと拷問状態で生きてきたわけで、想像を絶する地獄を生き抜いた結果と言えるでしょう。
昔のかぐや(ヤチヨ自身の過去)のように、理不尽な運命に抗って自分でハッピーエンドを掴もうと足掻く意思も気力も無くなってしまっているのです。
どんな状況でもハッピーエンドを掴もうとしていた若く無謀で希望に満ちたかぐやとは全く異なる価値観になってしまっています。もはや完全に別人のようなものということです。(ポジティブに言えば成長でもあり老いでもあり成熟したとも言えますが)
こうしたヤチヨの精神性は他にもストーリーの随所に描かれています。
以下にいくつか抜粋して記載します
黒鬼がヤチヨカップ参戦を表明した際に
ヤチヨ「そういう運命ならもちろんヤチヨは従うよ~」
と言います。
これはバッドエンドは受け入れない!自分でハッピーエンドを切り開く!ハッピーエンドまで彩葉を連れていく!と宣言していたかぐやとの対比とも言えるセリフです。たった一言なのにこめられたメッセージはとてつもなく深いですね。
ヤチヨはもう運命に抗うおうとしていないのです。どんな状況も(バッドエンドであっても)受け入れる。生きるというのはそういうこと。どうしようもできない運命もある。それで良いのだと思っているのですね。
ヤチヨが彩葉に正体を告白した場面で、ツクヨミの夜景を見ながら
彩葉「かぐやはそんな顔しなかったじゃん」
と言います。
これも同様に、もはや以前のかぐやとは全く異なる人格であることを表しています。(彩葉から見てもそう見えるということですね)もともとのかぐやならそんなことは言わなかったはず、そんなせつなそうな諦めた悲しい笑顔はしなかったはず、だと。
彩葉が8000年の歴史を聞くシーン。スリープモードに入ったヤチヨを撫でながら
彩葉「ずーっとケラケラ笑っちゃって」
彩葉「私みたいになっちゃったんだ」
と彩葉が言います。
この「私みたいに」は彩葉の何を指しているのでしょうか?
これはアニメ本編の序盤で、竹取物語の結末がバッドエンドであることに文句を言ったかぐやに対し、彩葉が語った以下のセリフに表れています。
彩葉「これはこういうお話しなの」
彩葉「どうしようもないじゃん、暴れたって歌ったって、決まっていることが変わるわけじゃないし」
彩葉「受け入れて覚悟するしか、ない」
「私みたいに」は、達観したように運命に抗わず、バッドエンドでもそのまま受け入れるという最初の彩葉の生き方や考え方を指しているのです。
そして、上記のような考え方で暮らしながら、本音ではどんなに苦しくしんどくて限界ぎりぎりな状況でも辛い表情を見せず、いつでもニコニコの優等生を演じていた彩葉のように生きるようになってしまったことが彼女たちの会話から見ることができます。
ツクヨミの夜景を見ながら
彩葉「どうして?(そんなにツラい状況だったのに)ヤチヨはずっと笑っている?」
ヤチヨ「それがヤチヨだから」
もともとこうした生き方、考え方はかぐや自身が理解できず、否定していた姿でもあります。
かぐや「えらい簡単に言ってるけど、みんなそんなことしてなくない?」
かぐや「そんなん、彩葉、余計に可哀想じゃん!」
もともとはかぐや自身が納得できなかった彩葉の生き方と同じように、どうにも抵抗できず変えられない理不尽な運命を受け入れて、どんなにつらくても人前で泣きもせず、完璧なアイドル・電子の妖精としてニコニコ笑い続ける。でもそれも納得・満足していて今を楽しめてもいる。これが「私みたいになっちゃったんだ」の意味することであり、ヤチヨはそういう成熟した考え方になったということです。
小説ではもっとハッキリと記載されています
P296
かぐや「でも彩葉。私は、元のかぐやではなくなってしまった。冗談を言うことも減った。再開を願っても、もはやその形は月で夢見たような華やかなものではない気がして。」
もう昔の自分には戻れないのです。
以上のように、途方もない歴史の流れの中で、感性や考え方も全く変わってしまったヤチヨはもう元のかぐやとは別人といっていい存在です。
では、このヤチヨがアンドロイドの中にはいって、元のかぐやのように生活し、立ち振る舞うことができるでしょうか?
例えばそれは
◎(あくまでも例え話ですが)あなたの亡くなってしまった兄弟姉妹の恋人のために、あなたが兄弟姉妹のそっくり真似をしながら生きるような。
◎80歳のおばあちゃんに若返ってほしいから「18歳の時を思い出して、その時と同じ喋り方・笑い方・考え方でこれからずっと過ごしてね」とやらせるような。
そのようなものではないかと思いますが、これは可能でしょうか?やっている本人は楽しいでしょうか?(しかも本人が元の自分ではなくなった、と言っているのに)
仮にできたとしてもそれは無理矢理演じ続けるような状態ですが、それは果たしてハッピーエンドなのでしょうか?誰が喜ぶのでしょうか?それを彩葉やヤチヨは受け入れるでしょうか?
答えは否だと思います。それはハッピーエンドとは言えず視聴者の願望を押し付けるような展開です。ヤチヨに幸せになってほしい気持ちはわかりますが、見方によっては「ありのままのヤチヨ」を拒絶し尊厳を奪うような展開になってしまいます。
よってヤチヨやその分身(分身とはいえ本人です)がそのままアンドロイドかぐやになったという説は、残念ながら正しい解釈ではないと思われます。
②ヤチヨとアンドロイドかぐやが異なる存在と明言されている
小説版の最後にヤチヨの以下のようなセリフがあります。
「ありがとう、彩葉。かぐやを産んでくれて」
「十年後本当にかぐやを産み出してしまいましたとさ」
ヤチヨがそのままアンドロイドに入るだけ、もしくは分身を入れるだけ等ならまずこういう言い方はしないと思います。不自然すぎますね。自分が入るだけでも分身を入れるだけでも「産む」なんて言い方は気持ち悪いです笑
明らかにヤチヨと別の存在となる、新しいアンドロイド(アバターボディ)かぐやが誕生することを示唆しています。
③ヤチヨはインターネットを愛しているから
上記で非常に辛い時間を過ごしたことで、別人のように考え方が変わってしまったと言いましたが、一方でヤチヨはインターネットとその文化やツクヨミという世界を愛し、感謝している描写がアニメにも小説にも随所で描かれています。
アニメ「ここからの眺めがヤチヨは本当に大好きなの」
小説「初めてのライブは(略)底抜けに楽しかった。八千年ぶりに歌えることが嬉しくてたまらなかった」
実体がない状態で、思うようにコミュニケーションが取れず(FUSHIが実体化するまでは身動き一つとれず…)孤独に過ごしてきたヤチヨにとってインターネットとツクヨミの存在はかけがえのないものになっていることが伺えます。最重要な目的は彩葉と再会することだったのかもしれませんが、同時にツクヨミがヤチヨにとっても大切な居場所になっているのは間違いなく、それをヤチヨ自身も感謝し純粋に楽しんでいることも間違いないと思います。イベントの取りまとめや告知をしている姿や発言からも、ちゃんとツクヨミを運営し、彩葉のためだけでなく平等にユーザーを楽しませることを考えて責任を負っている気配が感じられます。
「感謝感激雨アラモード」
「ヤチヨは果報者なのです」
ですので、決して苦しみながらイヤイヤ我慢してツクヨミで過ごしているわけではないのです。これこそまさに超かぐや姫!のテーマの一つでもある「インターネットカルチャー讃歌」の想いが込められている描写だと思います。
つらいこともいっぱいあったけどやっぱインターネットは最高だお!
(^ω^)ってことですね!
ヤチヨが過ごしてきた8000年の苦しみも悲しみも今では大切な思い出であり、長い孤独の体験が今のヤチヨを形成したからこそ、誰よりもツクヨミ、そして来てくれるファンに感謝し大切にしているのです。その過去の記憶や存在を可哀想だからと否定したり消し去ってしまうことはないはずです。
ですので、いくつかの説にあるように、ヤチヨが消滅?したり、記憶改変したり、かぐやと合体・統合されたりするというのは(アンドロイド化などの希望・ハッピーエンドが見えた2040年であれば)上記のようなヤチヨとしての人生を否定するような、ちょっと悲しい方法になりますから実行されないと思われます。
このような読み解きからヤチヨの生き方を尊重しつつ、もともとのかぐやも復元する方法として、「8000年前に不時着した直後時点のデータを移植説」はかなり説得力が高いと思いますので、以下にその詳細について説明と結論を述べます。
6)結論:案Aの説明
8000年前に不時着した直後時点までの記憶や人格をヤチヨから分岐させてアンドロイドに移植する
◎ヤチヨは8000年間実体なしで孤独に過ごしたことで地球にきた時のかぐやとは全く別人と言っていい性格、人格、精神状態になってしまった。なのでそのまま分身・分岐して記憶を移植しても見た目が戻るだけで遭難前のかぐやにはならない。戻れない。
◎そこで遭難直後までの記憶や人格で分岐させて8000年の苦しみを知らないかぐやをドロイドに移植した。
◎アンドロイドで起動したかぐやの笑顔や口調がヤチヨではなく元に戻っているのがそれを表している。上記のようにヤチヨがそのままアンドロイドに入っただけであればそっくりかぐやになることが難しいはずだし、またそれはただ真似しているだけで全くハッピーエンドとはいえない。
◎復活ライブでかぐやの「(ライブ)久々すぎ!」にイロハが「8000年ぶり?」と言っている。これはアンドロイドかぐやにとっては最後にライブしたのが引退ライブの記憶であり、また事実として8000年前に遭難したところまではかぐやも理解していることを示している。(8000年分の地獄の記憶はないが)
◎なのでドロイドかぐや的には月に戻って→再脱出→隕石衝突→遭難→気づいたら突然アンドロイドになって2040年にいた→数年開発研究、くらいだと思うのでたぶん体感では数十年ぶりくらいのライブなのではないか?
◎この分岐移植のイメージとして、ITエンジニアなら理解と共感をしてもらえると思うが、GITのブランチ機能を想像するとしっくりくると思う。これはプログラムを特定の段階から分岐させて本体とは独立した別バージョンとして管理するための機能で、現代のエンジニアの皆さんにとっては当たり前のように使われている技術である。
超高次元文明である月世界の思念生命体(デジタルと相性が良いらしい)であり、プログラミングやシステム構築能力に非常に長けていて、自分でも開発の天才と自負するシーンもあったヤチヨ(かぐや)とタケノコ舟の機能を使えば、現代の我々も行っているようなことと同様の処理はおそらく難しいことではないと想定する。
◎なおヤチヨ本体に、抽出した昔のかぐやの記憶で上書きしてしまう案も出たのではないかと思うけど、前述のとおりそれはそれで今のヤチヨを形成する大事な思い出を消してしまうことになるし、やはりヤチヨを消すことになるのはそれは全然ハッピーではないので採用されること現実的ではないと思われる。
7)結論:案Bの説明
ヤチヨの分身・コピーから8000年の記憶だけをFUSHIの能力で削除したものをアンドロイドに移植する
◎これは本編後半、正体を告白した後のヤチヨ自身がFUSHIにそういう能力があるから記憶消してもいいんだよ、とイロハに言いかけていたので、その機能で分身やコピーから遭難直後の記憶を消したのだということ。
◎上記のようなヤチヨの発言があからさまに劇中で出ていたことを考えるとこの案Bが採用される可能性も高そうだが、しかし(ここらは妄想だが)記憶を消したからと言って人格まで単純に戻るのか?とか、8000年分ゴッソリデータ消したら何か障害が残るのでは?といった、オタク特有の杞憂を感じるので採用されないのではないかと思う。人体実験か・・・
8)まとめ
◎一般的なITのデータ処理的に考えても8000年におよぶ膨大なデータを削除するのは良くないと思われ、また処理の重さがヤバいことになりそうだし、途中でクラッシュしたりしそうなので、個人的には案Aのやり方の方が推奨であろうと思う。案 Aのやり方ならきれいな分割が実現できそうに思う。
◎案A・案Bどちらにしても、考察の結果としては同じ。
アンドロイドかぐやとヤチヨは8000年前の時点で別の個体に別れたというのが結論である。これにより彩葉の年齢とか生物ではないアンドロイド状態という違いはあるものの、元々の三人の関係性に概ね戻ったということ。
月のリアルかぐやは可哀想だけど、それはヤチヨにつながる道でもある。
アニメ本編の結末はある意味彩葉がアンドロイドでもいいからかぐやといたいという、これまで押し殺してきた自分のエゴを貫く強さと自由を手に入れたとも言えるのではないだろうか。
以上
上記の続きの考察
ray MV考察「富士山頂のタケノコは埋めたのではなく掘り出している」も是非ご覧ください。
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コメント失礼いたします。 考察楽しく読ませていただきました。 理路整然とした考察で読みやすい文章でした。 ただ、やはりykmgさん同様、やちよの「触れたら、あったかいかなっていつも思うんだ」「また、彩葉と一緒にパンケーキ、食べたいな」という言葉を受けて「やりたいことができた」彩葉の出…
私はアンドロイドかぐやの中身はヤチヨ派の人間です。 考察楽しく読ませていただきました、新たな発見や自分の中の考えが変わる部分もありました。 ただ一つだけ引っかかったのが ①ヤチヨはかぐやとは全く別人(のよう)になってしまった の項で語られている「ヤチヨにかぐやを演じさせるのか」…
長文失礼いたします。 まずは、面白い考察を読ませていただきありがとうございます。 私も主の考察には大部分同意するところではあるのですが、一つどうしても腑に落ちない点があります。 それは、彩葉が「五感を取り戻してあげたい」と願った相手は、かぐやではなくヤチヨであるということです…
考察大変興味深く、楽しく拝見させていただきました! 一つだけ御質問なのですが、劇中ラストでアンドロイドかぐやに彩葉が言っていた「YC型のボディより適合する」というセリフはどのような解釈をしていますでしょうか。 「YC型」については、わざわざYC型と名付け、アンドロイドかぐやの実験中に…